第11話 前夜の昂り

「おい、そこの見習い」

「はい?」


声に振り向くと、ドサっといきなり重い鞄を投げつけられた。


「おっと」

「ウチの組まで運んどけ。もし中身が荒れてたら承知しないからな」

「わかりました」

「ハッ。早くやっとけよ」


感じ悪〜。

悲しいけど、これが見習い組の現実なのよね。


ただ実の所、日常的にああいった態度を取る生徒は密かに内申を下げられる。竜騎士たるもの、日頃から模範的な振る舞いが出来るかが常に求められる。この騎士と見習いという身分制度は、どれだけ勉学や訓練で結果を出せても人格面に難アリ……そんな問題児を浮き彫りにし、ふるいにかける役割も持っているのだ。


ま、実際のとこは500年続いている学校ってことで、古くからある時代遅れの制度に無理矢理理由付けをした……ってとこが真実らしい。生徒間による身分の格差なんて無い方が良いに決まってる。


んじゃお望み通り、丁寧に運んでやるとしますかね……早くしろとのことだったので全速力で届けに行きます。あー、早くしなきゃいけないから鞄の中身気遣ってる暇ないわー。丁寧に運んでるけど早くしろって言われてるからしょうがないわー。


モブキャラ風情で私をパシれると思うなよ。丁寧に対応して欲しかったら立ち絵とCVを用意することだな。


と、そんな感じで私は日々を過ごしている。


ちなみに聖竜教だが、教祖のおっさんにナシつけて一応支配下ということにしたけど、私の方から何か言わない限りはいつも通りに活動してもらってる。元々10年前にやってたような実験やら重犯罪やらは大分手を引いてたみたいだったからね。


でも結構意外だった。原作だと物語開始時点でもまだヤバめの犯罪とかに手を染めてたから、それに比べれば大人しくなってると言えるんじゃないかな。やっぱ私があいつらの拠点潰しまくったのが効いてるのかも。

ただ大人しくしてるとは言っても、やっぱり違法なことはそれなりにやっている。主な所で言うと、法で取り締られてる違法品の売買とか。麻薬、兵器の原材料、危険な薬品。その辺りだ。


これらをまだ続けている理由は、稼げるから……ってのもあるだろうけど、多分やめるにやめれない状況だからというのも関係してると思う。

要するに、表向きは規制して取り扱いが制限されてる商品でも市場に需要があれば裏で取引されるものだ。そうまでしてまで手に入れないと、日々の生活が立ち行かないって人までいるからね。命の価値が軽いこの世界だとこうした趣向品を完全に規制するのは難しい。


それに、聖竜教という大きな組織が商売を牽引してることで、むしろ出所のわからない粗悪品が市場に流れるのを防いでいるという側面もある。こういうのを必要悪って言うのかね。


聖竜教のようなアウトローな組織は一見無法なようでいて、実の所表の世界より規律の遵守や縄張り意識は強い傾向にある。


むしろアウトローだからこそ、客の情報や取引の内容、その時の会話記録といった細かいことまで記録しなくちゃいかんのだ。そこら辺を疎かにしている組織は質の悪い取引相手として信用されなくなるし、立場を失う。


悪の組織なのに仕事は生真面目とはこれいかに……。


だけどそのおかげで気になる情報を得ることも出来た。聖竜教の学校内に限定した取引リストの中に、学校内の生徒がある植物を購入している履歴を見つけたのだ。


その植物の名は“酒龍草”。ヴェルドラ帝国を始めとした各国で規制されている香草。

この“酒龍草”だが、燻ることで発生する煙にめちゃくちゃ竜が寄ってくるというアブナイ効能を持った植物なのだ。当然悪用しようと思えばいくらでも出来るので売買は禁止されてるし、栽培することも重大な犯罪だ。


それが学園内で……しかも生徒に購入されている。勿論偽名を使っていたようだが、聖竜教の情報部は優秀らしく、取引相手の身元が割れていた。


「……これ、見習いクラスの生徒だ」


結果出てきたのは、私と同じ見習いクラスの生徒の名前。


そして記憶にある限り、確かこの子はクロネ嬢の初日の演説で、いの一番に共感を示していた生徒だった。つまりモブキャラである。

モブキャラとは言え、一生徒……しかも入学したばかりの新入生がこんな違法取引をしていることに違和感を感じた私はちょっくら調査することにした。


方法は単純。聞き込みだ。ただし相手の会話を勝手に聞く方式。


私はただの原作厨ではない。透明になったり超高速で移動したり竜になったり出来る原作厨なのだ。

ってことで透明人間になって件のフモウ氏に張り込みをして聞き込み(無許可)を続けている内に、ヤバい事実がわかってきた。


まず、取引自体はクロネ嬢からの指示だ。


クロネ嬢以下、見習い生徒達数名……彼らは“クロネ組”と呼ばれクロネ嬢の統率の下、ある計画を秘密裏に進めていたらしいz

その名も“学園襲撃計画”……ってまんまだな。ただ名前からも分かる通りかなり物騒な計画だ。しかも、襲撃計画と言っても実行犯はクロネ組じゃない。


“酒龍草”を使って誘き出した竜だ。


作戦はこうだ。まず酒龍草で竜を学園に誘き出し、襲撃させる。だけどこの学校は竜騎士達の総本山でもある。当然、簡単に竜に陥落させられるほどヤワじゃない。だけど竜に対処してる間、学園は手薄になるよね。

その隙にクロネ組は警備の目を盗んで学園内で偽装工作。酒龍草を使った罪をを騎士生徒の中でも素行が悪い一生徒におっ被せて、さらにそれを見抜いたのが酒龍草を使った当人である見習い生徒だって言うところで騎士クラスの評判を下げつつ見習いクラスの評判を上げる算段らしい。


そんなに上手く行くもんかね〜?ってのが私の正直な感想。そりゃバレなきゃいいけど、どっかで外に漏れたらその時点で終わりだ。

現に、私という第三者に計画知られちゃってるし。私はクロネ嬢を突き出したりしないからいいものの。


クロネ嬢?悪いことを考える時は高速で動く透明人間に話を聞かれる可能性も考えなきゃダメよ?


まぁ計算高いクロネ嬢のことだ。ちゃんと成功する算段があってやってるんだろうけど……やっぱりちょっと不安だなぁ。


どうしましょ。



「……はぁ」


部屋で一人、肩を抱いて縮こまっていた女子生徒がいた。


「どうしよう……」


彼女の名はフロナ。ホーンブレイブ士官学校、見習いクラスの新入生だ。

フロナは今、大きな選択を迫られていた。


「……ははっ、選択って」


いや、それは選択の余地が残されていない強制だ。


フロナは、学園に竜を呼び寄せようとした“魔女”としての汚名を被ることを強いられていた。

それは、幼い頃からずっと自分を支配下に置いてきたクロネに科せられた役割であり、拒否権はない。


フロナはクロネに利用されるためだけの人生を送ってきた傀儡なのだ。

そして今もまた、クロネにいつでも切れる縄を首に繋がれて操られている。


「私……死ぬのかなぁ」


死ぬこと。それ自体は別に怖くない。むしろ、クロネに支配され続ける日々から脱することができると思えば現状よりずっとマシに思える。

この先生きていた所で良いことなんて何一つない。少なくとも、クロネという怪物が近くにいる限りはフロナに安息は訪れないのだ。


姿と名前を隠して裏社会の密売人に近づいた時ですら、クロネにあの底の見えない笑顔で話しかけられた時ほどの恐怖は感じない。もしかしたら竜ですら怖くないのかもしれない。


クロネさえいなければ、普通に友達や恋人を作って、普通の学校に進学して、普通の生活を送れたはずなのに……。


「どうして……おはぁっ!?」


深く沈みかけていた意識が、扉から響いた“コンコン”と言う名のノック音で強制的に引き上げられる。


(だ、誰!?クロネ!?なんでわざわざ部屋まで……!?塩撒いておいたのに!!)


「すいません。ここ、フロナさんの部屋ですよね?同じクラスのケイです」


自分の部屋にわざわざ訪ねてくるような物好きはクロネしかいない。という先入観から来訪者に警戒するフロナだが、扉の先から聞こえてきたのは男性の声だった。


「……」


……男性の声?


(えぇーっ!!)


フロナはこの日、自室に異性が尋ねてくるという爆弾級のハプニングに見舞われた。

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