第10話 教祖になろう
「うーん……」
夜。
私は自室で勉強机に向かい合い、紙の上に書いたいくつかの走り書きを難しい顔をして眺めていた。勉強ではない。次の試験範囲の予習はすでに終わらせてるからね。
ちなみに士官学校は全寮制だ。しかも一人一部屋。全生徒がそうだから部屋数としては相当なものだ。消灯時間は10時。なので私は蝋燭も点けずに起きているけど、竜なんでね。夜目が利くしぶっちゃけ寝ずに活動していられる。
そんないよいよ人外染みてきた……というか普通に人外の私が一体人間らしく何を悩んでいるのかと言うと、当初予定していた計画との乖離だ。
そもそも私の計画というのは、まず第一にノアたそが竜化実験の被害者となったことでラスボス化するのを止めること。これは成功した……はずなのだが、これがちょっと困ったことになっている。
「“氷帝”かぁ……」
“氷帝”。
それは原作内でノアたそに付けられた異名だ。だけどそれは“竜角散”で言えば第二部に当たる5年後の舞台で初めてそう呼ばれるようになるのだ。ノアたそは竜化実験の被害から逃れたはずなのに、ラスボス化の進行を止めるという意味ではむしろ悪化しているのだ。
おっかしいなー。原作に比べればノアたその過去はマイルドになってるから、もっと本来の明るい性格が表に出てる予定だったんだけど。
原作におけるノアたそは竜騎士に対して強い恨みを抱いて入学した。だから本当の目的は竜騎士になることじゃなくて、むしろ竜騎士達を潰すことだ。その過程で生徒たちごと学校を巻き込んで行って、戻れなくなる所まで悪の道に染まったノアたそは最後にラスボスとしてプレイヤーと生徒達の前に立ちはだかるわけだ。
それを回避するために色々工作をしたんだけど、現状そのルートから外れてくれそうにない。調べを入れた所、どういうわけかノアたそは原作通り竜騎士を恨んでて、裏で色々と暗躍しているらしい。そのために”聖竜教“とも繋がっているようだ。
原作は二部構成。学園生活を主軸とした一部と、それぞれの国が戦争に突き進んでいく二部。この時、ヴェルドラ帝国皇帝となったエレオノーアとフロイア王国の王位を継承したアレクロッドは敵対する。さらにそこにもう一人の登場人物を加えて三竦みとなった状態で戦線は開かれる。
このまま行けばノアたそラスボスルートは確実。さて、どうしよっかな。
◆
逆転の発想!
ノアたそが悪の道に染まるなら、逆にその道を先回りしてればいいじゃない!
ってことで……。
「貴様は……誰だ?」
はい、こちらのハゲでデブでチビのおっさん。”聖竜教“の教祖様です。
ぶっちゃけほとんどモブ同然。名前すらなくて、原作じゃノアたそに殺されるだけの役回りを演じる小物さんだ。
私は聖竜教の本部へと襲撃をかけていた。
実は学園の地下に聖竜教の本部があって、そこで密かに暗躍してるんだけど……原作知識持ちの私からしたらバレバレの潜伏場所だ。ここに来るまでには色んなセキュリティとかパズル染みた仕掛けを解いていかないと辿り着けないんだけど、それも答え知ってたらないようなもんだから、警備を担当してた何人かを倒せば最短距離で辿り着ける。
警備って言っても現代的な防犯システムとか監視カメラとかはないわけだからね。マンパワーに頼るしかないけどまともな人間じゃ私を目で捉えることもできない。
見られたとしても大丈夫。ちゃんと姿は隠してるからね。角を空気の層で隠すのと同じ要領で、私の姿がぼやけた黒いモヤのように見えるように光を屈折させて見せているのだ。ついでに声も変えてるよ。セルフボイチェン機能搭載だ。
にしても、まさか赤熱おじさんことシルバーレッドさんまで部下にいたとは。いい歳なのに滅茶苦茶強かったから突破するのに時間かかっちゃったよ。原作じゃただの助っ人キャラだったけど、聖竜教と繋がってたのか。思ったより竜騎士と聖竜教との繋がりは根が深いらしい。
「……なにが望みだ」
そうしてものの数分でたどり着いた聖竜教本部の最奥にて、私は教祖様と対峙していた。
ぶっちゃけ私としては原作キャラと言えどこのおっさんに思い入れはない、というか普通に嫌いなんでぶっ殺すことにはそんなに忌避感を抱いていない。そもそも10年前のノアたその誘拐を主導したのがこいつだったりするんでマジで死んでいい。
……いや、でも殺しちゃったら後で組織のゴタゴタとか面倒臭そうだな。一応降伏を促すか。最期まで抵抗してくれちゃってもいいよ?
ちっ、従うんかい。
しゃあない生かしたる。キリキリ働けや。
ってことで“聖竜教”をゲットしました!イェイイェイ。
これでノアたそを光の道へ導いていこうね〜。
……ところで教祖様の顔がなんか原作と微妙に違う気がする。まぁ言うてウン10年前のゲームだからね、リアルになったらそりゃ多少変わるか。
原作キャラはリアルになってもさすがの再現度だったけどね。
◆
私の名はセテンハイム。
世界一の大国であるヴェルドラ帝国宰相にして、大陸一の物流網を誇るセテンハイム商会の会長にして、裏の世界を牛耳る“聖竜教”の教祖。
……だがそれらの立場は全て、父から受け継いだものである。
私は幼い頃から要領が良かった。勉強も人付き合いも並以上には出来たものだ。だがそれだけのこと。優秀ではあっただろうが“天才”ではなかった。本物の天才というのはきっと父のような者のことを言うのだ。
父はまさしく傑物であった。表の世界でも裏の世界でも父の権威は広く轟いており、複数の顔と名前を持っていた。
やろうと思えば国を一つ興せるほどの才覚を持っていたのだ。
だがある日、父は呆気なく死んだ。
表向きには馬車の積荷に押し潰されての圧死という“事故”。だが実際には違う。父は暗殺されたのだ。
きっかけは3年ほど前、父が聖竜教の教祖としてある違法な品をホーンブレイブから仕入れた。それは、法的には取り扱いが禁止されている人に害を及ぼす効能を持った植物や鉱石類だ。詳しくは知らないが、聖竜教はこれらの品物を使って何やら違法な実験を繰り返しているらしい。
だがそこにイレギュラーが現れた。
“翡翠の竜”だ。
取引現場に突如として奴が現れ、取引品はその場で全て破壊され、聖竜教の教徒たちにも甚大な被害が出たのだ。
そして、事が公になり聖竜教との繋がりを疑われかけた学校側は父を始末した。証拠隠滅のために。
その後釜に座ったのが私だ。
父が殺されたことについては、私は特に疑問にも感じていない。父は天才で、傑物だったが、同時にどうしようもない下衆だった。恨みもたくさん買っていたらしい。いつかは死ぬ運命にあったのだと思う。
父の業務を引き継いだ私は、その手腕のあまりの悪辣さに眉を顰めたものだ。だがそれが続いていたのは父の圧倒的な力があってこそ。私は自身の手に負えないほとんどの事業を自ら手放した。
……だが。
『お前が元締めだな』
それでも父の残した負の遺産は、私が肩代わりする羽目になった。
「貴様は……誰だ?」
『口を開くな。そちらからの質問は許していない』
「……」
侵入者。
私の目の前にはそうとしか思えない体を黒い霧で包み込んだ者がいた。
一体どこの誰なのか。どうやって一切騒ぎを起こさずにここまで来たのか。そもそも何故この場所を知っているのか。
……恐らくその質問の答えは全て同じだ。
10年前。聖竜教は子供をひと所に集めて大規模な研究施設を開いていた。だが、ある日その研究施設は壊滅した。
唯一の竜化実験の成功例──恐らく今は“翡翠の竜”と呼ばれている実験体の一人。この者こそが、きっとそうなのだ。
“翡翠の竜”はここ5年で様々な場所で姿を現したが、実は出現場所にはある一定の法則があった。
何らかの形での聖竜教が関わっていた施設、土地、取引現場のみが襲われていたのだ。つまり翡翠の竜はかつて聖竜教に関わった何者か。恐らくは被害者の一人ということになる。
(──報いだな)
奴はここに“復讐”に来たのだ。10年前の恨みを今ここで晴らすために、10年間力を蓄えていたのだ。そして我々を圧倒する力を持ってやって来た。
私の部下であり、かつて“赤熱のシルバーレッド”と呼ばれた男ですら歯が立たなかったらしい。かつては“伝説”と称された勇士だが、あれも歳だ。現代最強の竜の一匹と成ったであろう“翡翠”には敵わない。
聖竜教が……いや、父が遺した負の財産だ。
「……なにが望みだ」
『この組織を貰おう。“聖竜教”は現時点を持って私の支配下となる』
「そうか。いいだろう」
私が即答すると、翡翠の竜は首を傾げた。
『随分簡単に諦めたな。あれだけの防衛網を敷いておきながら』
「それを破られたのだ。もはや抵抗する意味はない。好きにしろ」
私は凡才だ。目の前に簡単に自分の命を断てる化け物がいたとして、腹に一物を隠して強かに交渉できるほど、肝が据わっていない。
第一、私にとってはここの指導者を降りられるなら願ってもない話なのだ。
こんなイカれた組織のボスとして君臨するような人物は、同じくらい頭がイカれた者でなければ務まらないのだから。
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