第9話 思ったよりでかい

「あっ、ケイ!どこ行ってたのよ!」

「ごめんごめん。ちょっとお手洗いにね」


私は色々と校内でやるべきことを済ませてきた後、何食わぬ顔で持ち場へと戻ってきていた。


「ほら、早く掃除するわよ……って、なんかすごい綺麗になってる!?」

「あれ、ほんとだね」


戻ってくると、私達の班が本来掃除するはずだった持ち場はいつの間にかピッカピカになっていた。


いやーすごいなー誰がやったんだろうなー(棒)。


「これなら、僕たちがやる必要ないんじゃない?解散しよっか」

「え、えぇ……?まぁ、そうね……?」


掃除が早く終わった。それ即ち、見習いクラスが奉仕活動に取られる時間が減ることでもある。

見習いクラスの生徒が騎士クラスに進級するようなことはそうそう起こらない。そもそも成績下位の人達が集まっているということもそうだけど、日々の激務に手一杯で学業に専念する時間が取れないからだ。


その負担が減れば、騎士クラスに入れる人たちも増えるんじゃないかな。最終的には自分で努力する必要があるだろうけど。流石に個人の学業まで見てやれるほど私は超人じゃないし、慈悲深くもない。厳しいようだが、上に行く人というのはやっぱり努力をちゃんとしてる人のことを言うのだろう。


ちなみに私のケイという名前だが、この名前で活動すると私に改造をしてくれやがった“聖竜教”に勘づかれる可能性があるように思うかもしれない。ただ、名前自体はこの世界じゃ割とありふれた感じのネーミングなのでそこまで警戒していない。実際同じ名前の人今までに何人か見たし。それに、ただの一見習い生徒でしかない私の名前が広まるようなことは少ないだろう。

というか、そもそも聖竜教ってのは表舞台に姿を見せることは殆どないからあっちから接触してくる可能性は低い。私はこの10年各地で色々暴れ回ってそこそこ名前も売れたけど、向こうから接触してくる気配がないのが良い証拠だ。


同じ理由でツノ以外は実験の副作用である白髪と赤い目のアルビノ的特徴も隠していない。これも珍しい部類ではあると思うけど、普通にいるからね。

むしろこれらの特徴を無理に隠そうとして仮面やら帽子やらを被って、逆に周りの人たちに警戒されたりしたら本末転倒だし。私は基本的に自然体でいることを心がけてる。


……つっても私の竜形態が世間じゃ“翡翠の竜”とか呼ばれてめちゃくちゃ人間殺しまくってることになってたのは流石にビビったけどね。やっとらんがな!!って街中で叫ぶところだった。

現場の伝達ミス……というよりは意図的な情報操作と見るべきだろう。竜だけを襲って人間は襲わない竜、というのは竜騎士側からしたらきっと都合が悪いのだ。“善良な竜がいるかもしれない”って世論が生まれたら、それを討伐することを生業とする竜騎士が動きづらくなるわけだからね。私という一匹のために9割の人に害を及ぼす竜への対処が遅れてしまう。


ガッツリ捏造してでも大勢の人間を救う道を選んだと、私はそういう風に解釈した。元から私という存在が受け入れられるなんて思っちゃいないし。

それでもこんだけ派手に情報操作が行えるのは、やっぱ竜騎士と総本山であるこのホーンブレイブ士官学校の権力の巨大さ故かな。それは現代的な価値観で言えば歪んだ独裁体制と言えるのかもしれないけど……現状これについてはノータッチ。私はなーんも関与しない。


私の“竜”としての力は、多分やろうと思えば人間達を支配下に置くことさえ出来てしまう。

だからこそ私は出来るだけ人間社会に馴染もうとしてるし、安易に“改革しよう!”とか、そういう考えは持たないように自戒してる。出来てしまうだろうからやらないわけだ。


……そもそもこの世界が“竜角散”の原作時空である時点で改革の必要とかないんで。原作改変とかクソなんで。そこんとこよろしく!

ってわけで、私はまだ掃除し切れてない建物の隙間とか、そういう目立たない所を見ていくとしよう。こういうとこがいっちばん汚れてるんだから。この通った後はぺんぺん草も生えないと言われる“翡翠の竜”を無礼るなよ。


「……あなた、まだ掃除なんかしているのね」

「うん……?」


私が掃除用具を持ってウキウキで移動しようとすると、背後から声がかけられた。


「ケイさん、だったかしら?初めまして。私はクロネよ」


おほぉぉぉぉ!!ク、クロネ嬢!?


どうしたんですぅこんな辺鄙な場所で……!?あ、お茶菓子いります!?お紅茶も用意いたしましょうか!?いやはやご足労いただき誠にありがとうございますゥ〜……。


「クロネさんですね。初めまして」


だが現実には初めましてと言わなきゃいけないのが辛すぎる。これもうタイムリープものの主人公みたいなモンだろ私……こんな未来、受け入れられねぇ……!!


「もう掃除の必要はないんじゃない?校舎中、どういうわけかピカピカになったみたいだし」

「うん、だけどこれは趣味みたいなものだから」

「趣味ねぇ」


クロネ嬢が不思議そうに頬に手を当てて首を傾げる。めちゃくちゃ似合いますねその仕草。この手にスマホがあれば激写してたのになぁ……。


「あなた、今日はいつの間にか教室から居なくなっていたわよね」


ギギギ、ギクーッ!!


さ、流石の観察眼でございます……。こっそり抜け出したつもりだったのに。


「どうして?私の話が気に障ったからかしら?」

「いや、そんなことは……」

「それとも、恐いから?」


クロネ嬢がゆっくりとこちらに歩み寄ってきて、手のひらで私の頬に触れる。


ふぉぉぉぉ!!すべすべっすね!!ボディソープ何使ってるのぉ?これぇ……教えてほしいァ〜〜……!!


「あなたみたいな奴隷根性が染み付いた人間が、私は一番嫌いなの」


……。


なんだァ?てめェ……。



私はクロネ嬢こと大好きだよ♡



♡クロネちゃん♡ ♡罵倒して♡


チクショウ!なんでこの世界にはうちわがねぇんだ!!


「ごめんね?酷いこと言って。でも安心して?それは環境のせい。あなたも同じ“見下す側”の人間になれば……そんなことをする必要もなくなるわ」

「……どういうこと?」

「代わりにやってもらえばいいのよ。今は騎士と呼ばれている“彼ら”にね。私の味方になればそれは叶う。今度は彼らが靴を舐める番よ」


なんだって?騎士クラスの人たちが私の靴を……?


じゃあ靴の上に一口サイズの手作りお菓子とか置いておけば合法的に食べてもらえるってことじゃない!?


流石クロネ嬢!考えることがちげぇぜ!ありがとうございます!ありがとうございます!!


……まぁ、真面目な話、言いたいことはわかるけどね。竜騎士になりに来たらいつの間にか召使いにジョブチェンしてたとか、正直やってられんって感じだし。私みたいな変態は喜んで靴を舐めさせてもらうわけだけど。


ただ、それは入学前に説明されることだし、入学者は全て承知の上でこの学園の門を叩いた。ならその結果の待遇に文句を言うのは騎士を志す者のすることじゃない……ってのが学園側の言い分で、私も完全にとは行かないけどこの主張にはおおよそ同意だ。

勿論それは、試験が公平なものであるという大前提の上でしか成り立たないけどね。私的には憧れの竜騎士学園がそんな不正がまかり通るような場所であって欲しくないという期待も込みで是の立場。


結局の所、私とクロネ嬢の意見の相違は学園を信じられるか信じられないか、という所から生じるものだ。この溝は解消しようがないと思う。


「……そっか、楽しみにしてるよ」


だから私はそうとだけ言って、掃除に戻った。


「えぇ、私はいつでも歓迎するわ。ケイ?」


何がとは言わないが、触れ合いそうなほど近くでクロネ嬢に見つめられた私は何食わぬ顔をするのに必死だった。

何がとは言わないけどクロネ嬢のがもうちょっと大きかったら私はその魔性の魅力にやられてしまっていたかもしれない。何がとは言わないけど。


にしてもリアルで見ると思ったよりでけぇ。やっぱ生は違うわ。何がとは言わないけどさ。

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