第7話 扇動のクロネ

入学試験の個人成績は公表されなかった。


それは古来からの伝統だそうで、受験者は結果の合否と所属先が伝えられるのみ。ただ、例外が存在する。


主席合格者と次席合格者だ。


主席はエレオノーア様。次席はアレクロッド様だ。それぞれ満点と99点という驚愕のスコアを叩き出しての合格。もうね、流石ですとしか言いようがないよね。原作でも二人は入学時ツートップだったからね。二人の天才が同時に入学してきたと学内は大変な盛り上がりだ。


ただ……。


「はい、こんにちは。見習い組の皆さん」


見習い組はお通夜ムードでした。


「皆さんすでにご存知だと思いますが、我が校では合格者は大きく二分されます。“騎士”学生と“見習い”学生ですね。そしてあなたたちは“見習い”。謂わば成績下位の方々ということになりますね。はい」


私たちが今いるのは校舎の一室。“騎士学級”の生徒達が利用する綺麗な本舎の教室ではなく、敷地の隅に建てられた木造で年季の入った別棟だ。新入生はまず入学時の説明を受けることになる。


「その事実の良し悪しをここで論じるのはやめましょう。不毛な議論ですので。ですが、あなたたちはこの学校が提供する全ての権利を享受する事は原則できません。空いた時間は学内で騎士学級の生徒の多くの“頼まれごと”をこなすことになるでしょう。その上で講義や試験は騎士学級の方達と同数受けなければならない」


教室に集まった私たちの前で説明を続けるのは、大きく覗いた前歯が特徴的な講師。“デッバ先生”だ。そのまんまとか思っちゃいけないのだ。


「ですが、私はあなた達に期待しています。この困難を乗り越えて“騎士”学級に見事移籍した将来有望な生徒こそ……世界を救う立派な竜騎士に育つのだと。私は信じていますからね」


デッバ先生はそう締めくくって、説明会を閉じた。


だが、先生の希望ある言葉に反して……生徒達の顔は浮かないものだった。



さて、教室内ではすでにいくつかのグループに分かれて雑談が交わされている。入学以前から出来上がっていたグループか、あるいは入学早々同期に話しかけて早速友達を作ったコミュ強カースト上位の方達だ。


私?部屋の隅で弁当食ってるに決まってんだろ。舐めてんのか。はい舐めてました。すみません。


よく考えれば、というかよく考えなくても私は学生時代碌に友達もいなかったコミュ障だった。そりゃぼっち飯する羽目になるわな。異世界転生したからって性格まで変わるわきゃないのだ。それにこの学校、というか世界全体の気風として“弱い者は淘汰される”というものがある。私のような弱者中の弱者は淘汰されるまでもなく蚊帳の外でしたとさ。ぎゃはは!!


死にてぇ〜。


「皆、ちょっと聞いてくれる?」


自虐ネタで私だけが笑うという笑いの自給自足を楽しんでいると、教室の前に一人の女子生徒が立っ……フォー!!K・U・R・O・N・E!!クロネーー!!


はいすみません。興奮と出てしまいました。


でもしょうがないよな。原作キャラってのはもうそこにいるだけで私のアドレナリンをドバドバにしてしまう一人EDMフェスなんだから。悪いなのび太。このフロアは縦ノリなんだ。


「私、今回の試験には疑問を感じているの」


と、話を切り出したのは長い黒髪を背中に流した少女。彼女の名はクロネ。言わずもがな原作キャラの一人だ。

原作でも彼女は“見習い”クラスの所属だったけど、この世界に於いてもやはりそうらしい。


貴族出身が多いこの学園にしては珍しい平民の出であり、家族に楽をさせるために入学したという涙ちょちょ切れ案件な裏事情を抱えている子だ。原作においても率先して人の前に立ってリーダーシップを発揮する感じの子だったけど……さて、何を言うのか。


「ハッキリ言うわ。この学校の試験結果は、意図的に改竄されている可能性がある」


ΩΩΩ<<ナ、ナンダッテー!!


「な、本気で言ってるのか……?えっと、君は……?」

「クロネよ。平民出身。あなたも?」

「あぁ……」

「そうよね。私、クラスのみんなに聞いて回ったの。それぞれの身分を」


クロネはバン!と机を叩いて言った。ちょっと手が痛かったのかひらひらと振っている。可愛いね。


「結果!全員が平民出身だったわ……!!ねぇ、こんなことってある?」

「……」

「……本当か……?」

「でも……たしかに……」


ざわざわと教室内がざわめき始める。


……思うんだが、この会話って先生方に聞かれたらまずいんじゃないか?今は生徒だけだからまだいいけど、下手したら普通にクロネちゃんの退学もあり得る。


……廊下見張っておくか。先生が来たらなんか理由つけて遠ざかってもらおう。


「この学園の入学試験、成績は公表されていないわ。それは何故?生徒達に自主的に採点させるため?採点結果すら公表されないのはどうして?そして、何故平民ばかりが“見習い”クラスに落とされるの?竜騎士になるのは貴族ばかり。名を上げる名士は格調高い家の子供よ。私が何を言いたいのかわかる?」


クロネは全員の目を見渡して言った。綺麗な目だ。吸い込まれてしまいそう。


「平民出身の受験者だけが、意図的に成績を下げられている」

「っ!」

「や、やっぱりそうだったのか……ふざけやがって……!」

「お、おかしいと思ってたんです!」


クロネの言葉で、何人かの生徒が立ち上がって憤る。今のあくまで推測でしかない話がまるで真実だと確定したかのように。


いやまぁ、実際どうなんだろうね?本当に改竄が行われてるなら確かに大問題だけど、証拠はないしなぁ……原作でもそんな話は聞いたことないけど。

ただ、“見習い”という自分の今の立場に納得行っていない人たちにとってはその仮定は救いのように聞こえるだろう。それが真実であるかどうかは、もはや関係ないのかもしれない。


「成績が公表されてない理由はこれか……!」

「おかしいと思ったんだ!俺があんな低い点数取るわけが……」

「じゃあ、主席合格したっていうエレオノーア様も……?」

「どうせ金で買った点数だ。はっ、なにが次期皇帝だよ。インチキ野郎め」


徐々に熱に包まれる教室内では、すでに学校側が不正を行ったという“想像”は“事実”となって話が大きく膨らんでいく。

大したものだ。どうやらクロネは入学初日で、多くのクラスメイト達の心を掴んでしまったらしい。原作でもこういう風に人を扇動するのがうまかったけど、実際目にしてみるとその手腕には舌を巻く。


かわいい子が言ったことって全部真実に聞こえるよね。わかるよ。


……盛り上がってるところに水を刺すのも忍びない。私は静かに教室を出るとしよう。


いやー、どうにもやっぱり私は根がコミュ障だからなのかね?イマイチあそこの空気に乗り切れない。そもそも見習いクラスに配属されたことがまるで罰ゲームか何かであるように言われるのがね。認識の相違と言いますか。


私は前のめりな“見習い”だ。騎士クラスの皆のお世話が本分。まずは校舎全体を見て回ってゴミ拾いをして、武具倉庫の装備の点検、備品チェックして不足があれば買い出し。洗濯にゴミ出しに洗い物に、あ、あと騎乗竜の餌やりも欠かさずやらないと。

言われる前にやるのがお世話の醍醐味というものだ。未来の竜騎士たちの学び舎なんだから、快適に使って欲しいからね。そして私は整えられた環境で健やかに訓練や勉学に励む学生達を見て一人でデュフる。


完璧だ。これこそ理想の“竜角散”堪能ライフ。理想郷はここにあったんやなって……。


さぁ、まずはゴミ拾いから始めるとしよう。タバコの吸い殻一つ残さんから覚悟しとけよ。タバコとか無いけど。

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