第6話 お世話をやらせていただけるってことですかァ!?

やばい。


もう私最近ヤバいしか言ってない気がするんだけど、とにかくヤバい。


生殿下にエンカウントしてしまった……。


もうさ、言葉とか必要ある?何か言語を尽くす必要すらないよね。



あえて言うなら「ありがとう」……その一言で足りてるんだよな。



いやさ、ノアたそとかロッド様とか、この世界に来てからヤバい面子に会ってきてその度に発狂してきた私だけどさ……実はちょっと不安に思う所もあったわけです。


自分の中で“最推し”たる殿下ことカルヴァン様への期待の青天井ぶり具合がさ……。

どれくらい彼に狂ってたかと言うと、一時期殿下と同棲してたくらいの重さだ。お味噌汁とか作っちゃってたし。殿下のアクスタに“あーん”とかしてたよ。


殿下はロッド様の兄上であらせられるお方だ。乱暴な言葉遣いや尊大な態度からの、実はめちゃくちゃ配下や家族に対して優しかったり気遣いが出来るというキャラの振り幅がデカすぎて東京〜名古屋間くらいのギャップが存在すると“竜スレ”ではもっぱらの評判だが、私的にはパリと香港くらいの距離があると思ってる。約1万キロの振れ幅。あれは国境を跨ぐギャップだよ……。流石殿下です……未来のフロイア王国国王万歳……わたくしめに侮蔑と無関心が混ざった氷のような視線をお向けください……ブヒィと鳴きます……。


そんな殿下へのファーストコンタクト。うん、もうね。何度でも言うけどなにか言う必要あります?日本語じゃあの時の私の感情を言語化することなんてできないよ。“尊い”と“ヤバい”に類する言葉をあと100個ぐらい新しく用意した上で800字詰め原稿用紙500枚は必要だよ。

そりゃ目にした瞬間天に祈りたくもなる。後光差してて神の使いが降りてきたかと思ったもん。


でも心残りはある。殿下の腕と目。あれをお救いすることができなかった点だ。ロッド様に会った時点で恐らく王城はあのゴキブリ竜にボロボロにされてたと思われる。私はフロイア王国に関する情報は常に仕入れるようにしてたけど、それでも間に合わなかった。避けられない運命だったと言えばそれまで……いや、でももっと上手くできたんじゃないか?それこそ王国内に侵入してずっと城を監視してれば異変には気づけたはずだ。そこまで徹底してなかった時点で私の失敗だ。


あぁ、クソ。なんでだ。上手くやってるつもりだったのに。なんでよりにもよって殿下の所で失敗しちゃうんだよ。命は助けられたけど、でも原作でも殿下は生きてた。腕と目の負傷に加えて立てない体になってた上に、部下の兵士を全員失った上で生きてたんだ。私は兵士と殿下の足を助けられたかもしれないけど、もっと最善の道を選んでいれば全部を救えたはずなんだ。


なんで私はもっと干渉しなかった?いやわかる。原因は知ってる。怖かったんだろう、原作の展開に必要以上に出しゃばるのが。私に取って竜角散は原作こそが至高だ。そこに余計な味付けなんて必要ない。それこそ私なんていうミジンコ以下の下等生物が入り込む余地なんて全くないんだ。だから原作の展開を必要以上に変えるのが怖かったんだろう。知ってるよ、私のことだからな。


じゃあ殿下の目と腕の件は必要な犠牲だったのか?そうかもしれない。それも含めて殿下という人間の一部なんだから。いや、その理屈だとエレオノーアやアレクロッドに出会ってしまったのもミスなんじゃないか?そうかもしれない。私のせいで原作が狂う。嫌だなぁそれは。それだけは絶対に避けないといけない。


そもそも私なんて存在しなければ……。


「……」


パシン、と両頬を叩く。


いかんいかん。また思考が後ろ向きに飛んでいた。


私が世界に干渉しない方がいいとか、そもそもそんなことを考えるのも烏滸がましいというのに。竜角散に私みたいなミジンコがちょっと干渉した程度で世界観が壊れるとか、どんだけ自分の影響力過大評価してんだって話だよね。テメーは天才革命家かなんかかよ。


私なんて所詮はちょっとでかいトカゲになれるだけの一般人。トカゲが世界をどうこうすることなんてないんだから深く考える必要はない。殿下の隻腕と隻眼は気絶するほどカッコいい。それで話は終わりだ。私ごときが殿下の人生をどうこうしようなんて言うのがおかしな話だった。


ってことで、森の中で雑魚寝させてしまっている殿下の弟君を安全な城の中に運ぶとしよう。ノアたその時は騒ぎを起こしてしまったけど、そーっといけば大丈夫なはず。そーっとね。


そっと戻ってくる。そっと竜になる。そっとロッド様を抱える。そっと街の中に……アッ!目が覚めちゃった!ちょちょ、落ち着いて!大丈夫!私は悪い竜じゃないから!


あー待って!兵士の人たち槍投げつけないで!ごめんて!ごめんて!ちょちょロッド様に当たったらどうすんねん!?もっと王族大事にしぃや!はい返した!はい返したよ!?……ウワーッ!ちょっと待って大砲出てきた!?お客様!?お客様困ります!あー!お客様!!


……。


よし、そっと返してこれたな。


なんか私の竜ボディが若干煤けてるような気もするけど多分気がするだけ。ノーカンノーカン。ちなみにロッド様には傷一つつかんように送り届けたのでマジでノーカンだ。いくらでも再生する体なんて盾に使ってくださいと言わんばかりだしな。


あ、忘れてた。城を襲ってたゴキブリ。なんとアイツ能力持ちでした。正直出会った瞬間に殿下とロッド様の故郷を奪った怨念が籠った私カッターで首斬り飛ばしちゃったから全然気づかんかったわ。もし強かったんならすまんなゴキブリ。初見殺しレベル100みたいなことしちゃって。


名前をつけるなら“風操作”。風、もとい気流や大気を自在に操る能力だ。


ってまた風系かーい!!という一人ノリツッコミが虚しく響いてピュウゥ……と枯れ葉が舞う。うん、こういう演出に使わせたらピカイチだな。新能力の初使用タイミングとしては0点だけど。

とは言うもののこの能力、実は結構有能……というかなんなら大当たりレベルの代物だったんじゃないかと思う。だってこれのおかげで私のエアカッターがより緻密な操作できるようになるだろうし、何より私の悩みの種だった“竜角”を隠せるかもしれないからね。


ほら、どっかの騎士王がやってたじゃん。剣に風纏って見えなくするやつ。アレだよアレ。私にも同じことはできると思うんだよね。

そもそも風系の能力ってのは汎用性が高くて便利だ。攻撃、移動、防御、どれにだって使える。私は竜になったら基本空飛んで戦う都合上、気流を操れるアドバンテージってのはかなりデカい。


ギャグ描写に使うには勿体無い強能力だ。ゴキちゃんに、ありがとう。


さーて、早速能力研究しますかねー。



5年経った。


この5年間、私は様々なことをしてきた。


能力を研究したり、野生の竜を辻斬りしたり、なんか指名手配されてたり、原作キャラのイベントに干渉したりしなかったり、能力で大道芸人みたいなことしてお金を稼いだり、そしたら悪い貴族に誘拐されそうになって屋敷ぶっ壊して逃げたせいで二重に指名手配されたり。とにかく色んなことだ。


その仔細はまた後で改めて説明するとして……ついにこの日が来た。


ホーンブレイブ士官学校。竜騎士になるための登竜門。その入学試験会場に私は立っている。

感無量だ。外観だけならすでに下見は済ませていて、その時は感動のあまり学校の前で土下座して校舎に感謝する不審者情報が流布されたりしたけど、それだけじゃ表現しきれない感情の昂りがある。許されるなら校舎のあらゆる壁や床や調度品類をピカピカになるまで磨かせて欲しいくらいだ。


ホーンブレイブ士官学校は入学試験の成績によって二つの階級に組み分けがなされる。それが“騎士”と“見習い”だ。


“騎士”というのは文字通り未来の竜騎士候補。成績優秀者の中で選抜され、学内では憧れの的だ。多くは貴族や大聖人といった身分の高い者たちで構成され、学校のあやゆる設備や優遇処置、未来の竜騎士としてのポストが約束されている。


そしてもう一方の“見習い”は、士官学校に在籍してはいるが、やる事は勉学や訓練というより“騎士”学生たちの身の回りの世話だ。一部生徒からは“奴隷”や“飯炊き”などと呼ばれて冷遇されているとのこと。結果を出せば“騎士”階級に繰り上げされることもあるが、日々の雑務が過酷すぎて勉強に打ち込む時間は殆どなく、この中から騎士に進級できる者は稀なのだとか。


試験は筆記試験と実技試験の二科目から。それぞれ満50点ずつで計100点。毎年5000人を超えると言われる入学志望者の中から毎年合格者はわずか80名前後。そのうち30名が“騎士”に。50名が“見習い”となる。


竜の身体能力を持っている私にとっては実技試験は元より、この日のためにちゃんと勉強もしてきたからね。抜かりはないよ。


さて……行くとすっか。夢の原作時空。


リアル“竜角散”の世界によぉ!



試験の結果。



私の所属先は“見習い”クラスに決まった。



……


…………。


ちょっと待て……それってよォ……。



生徒の皆様のお世話をやらせていただけるってことですかァァァ〜〜〜〜!!?

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