第5話 天を仰ぐ夢女子
困った。
いやマジで困ってる。どうしたもんかね?この状況。
私の隣で、推しが寝ております。
……
…………。
これ襲っても
エ゛フ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ン゛!!
咳をしました。強めの。
脳に衝撃を与えることで正常に戻す働きをしてくれたよね。
さて、正気に戻ったところで現状整理をしていこう。
ロッド様が私の隣で寝ておられる。ということは、やはりロッド様はなんらかののっぴきならない事情でフロリア王国に帰還することが困難になっている可能性が高い。
だとすれば、そこには何らかの原因があるはずだ。クーデターとか政権争いとか暗殺とかね。ただ、この線は正直薄い。と言うのも現在のフロリア王は類い稀な名君として知られており、非常に慈悲深い善政を敷いていることで有名なのだ。外交の腕も確からしく、国は栄えている上に治安もすこぶる良いという黄金時代。反乱の噂なんて聞いたこともない。
とすればそれ以外の外的要因……真っ先に思いつくのはやっぱり竜被害かな。竜ってのは強い個体なら国なんて簡単に滅ぼしちゃうようなのがごろごろいるからね。そうだとしても、王子であるロッド様がこんな野宿をする羽目になるなんて相当ヤバイ状況に陥ってそうだけど。
とすれば、それを解決してやるのが私のやるべきことだよね。
んじゃ、行きますか。
王国に“殴り込み”をしに。
◆
「お前ら、無事か」
「ははっ、殿下こそ……」
「喋ってんだから死ぬわきゃねぇだろバーカ」
フロリア王国“王城”。レッドライン宮殿。
その中の狭い倉庫の中には、所狭しと兵士がすし詰めになっていた。それを兵士を積荷の上から見下ろすのは、その肩に“槍”を担いだ青年。
フロリア王国第一王子“カルヴァン”だ。
「んで?いつまでここに籠ってんだ。まだ戦える奴ぁいねぇのか」
「うーん、どうでしょうねぇ……もう皆くたびれてしまったみたいで」
「はっ、情けねぇ。城の兵士はいつから腑抜けばかりになったんだか」
カルヴァンが眼科を見下ろすと、そこにはまさに“死屍累々”とでも呼ぶべき光景が広がっていた。
無事な者など誰一人としていない。全員が満身創痍になるまで戦い、そしてこの場を最期の地と定めて逃げ延びて来たのだ。
だが、それでも全員に余力がないわけではない。何人かはまだ戦える戦力が残っている。
それでも誰一人としてこの倉庫から出ようとしないのは、一見臆病とも取られる事態だ。事実カルヴァンは彼らはそう評した。
しかし実態は少し違った。彼らは動かないのではなく、動けないのだ。
……誰よりも、彼らが慕う主であるカルヴァン自身が負傷しているために。
カルヴァンは左腕を肘の先から無くしており、凧糸で縛り上げて止血していた。右目はほぼ失明しており、視界も狭まっている状況。
このまま彼を“黒竜”の元へ向かわせれば、確実に死を迎える。しかしこうして籠城戦をしている間は彼も部屋から出ようとはしない。
カルヴァンにとって今一番守るべき対象が、兵士たちであるからだ。
「……ロッドの奴は、どこにいんだろうな」
不意に、カルヴァンがそう溢した。
「さぁ、どうでしょうねぇ……今頃は亡命先で女性を囲って、悠々自適な生活ですかね?」
「だといいけどな。アイツは女に疎い。逃げ延びた先で嫁の一つも取らねぇって線すらある……チッ。女の抱き方くらいは教えとくべきだったか」
カルヴァンは苛立たしげにそう溢すと、倉庫の壁に背中を預けた。
「あーあ。ここにいるのが野郎ばっかじゃなきゃ最後にちったぁ楽しめたのになぁ」
「あ、俺のでよければ貸しますよ?殿下」
「いらねぇよ、向けんなてめぇの臭いケツなんか。死ぬまで仕舞っとけ」
「ははは」
倉庫内に和やかな雰囲気が流れ、一瞬の沈黙。
そして。
「……行くか」
「えぇ」
「はい」
「了解ですよ、っと」
カルヴァンがそう一声かけると、全員が立ち上がった。足が折れていようとも、もう戦える体でなくとも。
「お前ら、先に言っとくぞ」
立ち上がったカルヴァンの目に宿った光を、全員が目にした。
「骨は拾わん。俺の骨も拾うな」
「「「はっ!!」」」
「ここにいる全員、死に場所は同じだ」
カルヴァンが兵士を見まわし、そして一息吐いた。
「……行くぞォ!!」
──オオオオオオォォォォォ!!
カルヴァンが倉庫の扉を蹴破り、走り出す。その後ろに兵士たちが続く。
「黒竜はどこだ!?」
「死体の多いほうかと!」
「なるほどなぁ!!」
猛進する死に体の軍隊は、まさに不死者の様相を帯びて、狂気的な熱狂を纏っていた。
「──あそこか」
やがてカルヴァン率いる死者の軍団は、一際大きな大扉……不遜にも王への謁見の間に通じる扉の先に竜の気配を見た。
「死に晒せ!!」
カルヴァンが思い切り扉を蹴破ると、そこにいたのは……。
「──」
首を断絶された黒竜の姿と。
「……な」
その体内から取り出した竜玉を、“翡翠色の竜”が貪っている光景だった。
「黒竜が……死んでる……?」
「なんだ、あの緑色の竜は……」
「……あ、あぁ……!」
その光景を見て、兵士の一人が慄いたような悲鳴を上げた。カルヴァンはその兵士に向け、無言の視線を送る。“何か知っているのか”と。
「や、奴は“災害”と呼ばれる竜です……あの色、間違いありません」
「災害?そんだけ被害が出てるってことか」
「い、いえ。奴は竜だけを喰らい、人間には興味を示さないと……!」
「竜だけ?……じゃあ善玉じゃねぇか」
「と、とんでもありません!同族のみを狙うその理由は、体内にある竜玉を確実に取り込むため……!その後は確実に人間に被害を及ぼします!」
「力を溜めてるわけだな」
黒竜の竜玉を口にした翡翠色の竜は、一口にそれを飲み込んだ。
(これでまた強くなったってわけだな)
竜にこちらを敵視するような色は見えない。だが、それが警戒を解く理由にはならない。特に相手がこちらを凌駕する力を持っているような場合。
竜にとっては人間など、塵芥のようなものだ。
「奴が現れたと同時期に、数々の戦士を屠った悪名高い“風刃”の目撃例が消えています。そして奴は“風刃”と同じ技を使うのです」
”風刃”。それはつい最近まで被害が絶えなかった鳥類に似た竜種についた二つ名だ。岩をも切り裂く風の刃を使うことからそう呼ばれるようになった。
だがその風刃が消え、新たな風刃が現れた。それが意味するところは……。
「取り込んだってのか」
「恐らく……」
つまり、少なくとも風刃以上の脅威。
「カルヴァン様、危険です……!今すぐこの場から離れ……!!」
そのことを察した部下が張り詰めた表情でカルヴァンを下がらせようと前に出て……。
「うっ……」
翠玉色の竜の射抜くような視線に体が固まった。凄まじい威圧感だ。
だがどうやらその視線は兵士ではなく、カルヴァンに向けられているようだった。
「なんだ?テメェ」
「──」
「俺に気があるってのかよ。……いいぜ。かかってこい」
「カルヴァン様!?」
カルヴァンは隻腕で槍を構えた。戦闘姿勢を取ったカルヴァンを部下はギョッとした目で見つめるが、なにも難しい話じゃない。
奴の前では逃げることも難しい。ならば倒して押し通ることだけが唯一の道だ。
「……あぁ?」
だが殺意を漲らせたカルヴァンに対し、竜は不可解な行動を見せた。
「竜が……祈っている……?」
翡翠色の竜は、その手をまるで祈るように合わせ、天に向かって掲げていたのだ。
竜という獣に似た生態を持つ存在には似つかわしくない、どこまでも人間的な仕草。
そして……。
「──!!」
竜は咆哮を上げて、崩れ去った建物の壁面から飛び立っていった。
カルヴァン達は空に消えていく竜を、見つめることしか出来なかった。
「……なんだったんだ、アイツは」
静けさが戻った空間で、カルヴァンは首を傾げた。
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