第4話 王子アレクロッド
私が竜になった日から、多分5年の歳月が過ぎた。
ちなみにこの世界における一年の周期は同じ。月火水木金土日の七曜と、12の月がある。竜角散は学園モノだから、一年の周期を現実と同じ感覚にした方がわかりやすいってな粋な配慮だ。決して手抜きではありません。
そんな5年間、私の竜狩りによる戦果は〜……!なんとゼロッッ!いや、嘘。何十体かは狩ったよそりゃ。だけど能力持ちというか、一番最初に倒した竜鳥みたいに新しい能力を獲得できる奴は一匹もいなかった。
これは私の竜ガチャ運が悪すぎるだけなのか、あるいは想像以上にこの世界では能力持ちというのは少ないのか……どっちかはわからないが、おかげで能力はいまだに“旋風”だけだ。一芸だけじゃこの業界やっていけないよ?と原作厨の私の厳しい批判が飛ぶ。だけどしょうがないじゃない。見つけられなかったんだ
しかも、これ一個しか能力がなかったせいかやけにこの旋風だけ扱いが上手くなったというか、威力が上がってしまった。
これ一つあれば竜は元より、木に石に岩に、最近は鉄まで斬れるようになってしまった。一度にたくさん出したり、大きさを調節したり軌道を曲げたりも思いのままだ。ぶっちゃけ戦闘に関してはこれ一つで事足りてるレベル。
とは言っても連発してたらすぐに息切れして、竜化時間が短くなっちゃったりするんだけどね。一発だけで決着付くから今んとこそんな事態には陥ってないけど。
最初は人里離れた場所で細々と竜を狩ってたんだけど、取り込んだ竜玉の数が10個を超えたあたりから成長の伸び率が下がってきたような感じがしたので、人里に近い場所に姿を現して人を襲ってる竜を集中的に殺すようにしてる。
なんでわざわざ人前に姿を出すのかって話だが、ぶっちゃけそこらの人間じゃ今の私は倒せないくらい強くなったことと、人には手を出さずに竜だけ殺すことで私の存在が人間に友好的な竜として広まってくれないかなーと思った次第だ。
そうなれば、わざわざ正体を隠す必要もなく堂々と歩けるからね。あっ、また人を襲ってる竜がいるな?おらおら!テメェうちのシマで何やってんじゃい!
あ?元々ここに住んでたのは自分だって?うるせぇ死ね!
うっし討伐完了。あっ、死体は持っていくで〜、お邪魔になるだろうから。そんじゃね人間の皆さん。出来れば私の噂を広めといてね〜。
来る日も来る日も竜を狩って、人間に戻ったら野生の中で動物を狩っての繰り返しだ。
お陰でサバイバルスキルもやけに上達してしまった。人間の姿でも旋風は使えるから便利だ。どれだけ使っても刃こぼれしない刃物みたいなもんだからね。
と言うわけで、今日の献立はキノコごろごろ野菜ごろごろのワイルドスープ。調理器具は今日倒した竜の骨を削って使っています。竜玉さえ取らなきゃ肉体はしばらく残るからね。こうして再利用する手もあるってもんよ。
「……この匂いは、誰かいるんですか?」
……うん?なんか謎の少年がフラフラとやって来たな……って゛ッ!!?
ほぎゃああああああァァァァァァァッッ!!!ァァァァァァァァァァァ
あ……あなた様は、も、もしやフロイア王国の第二王子であらせられる、ア、アレクロッド様でございますか……?あ、あの、サイン……!いえ、あの、握手だけでも……あぁッ!?あ、ありがとうございます!ありがとうございます!!き、綺麗なおててでございますネ……へ、ヘヘっ……!
っていうかマジか。こんなところで会うなんて……てっきり学園に入学してからのお楽しみだとばかり思ってましたよォ〜……。
そう。私がスープを作っているところに突如として現れた金髪の少年。彼は原作のメインキャラの一人であるアレクロッド様。例によって原作から5年前のお姿だが……そうだ。アレクロッド様って確か国難に遭って他国に亡命していた時期があったはず。それがいつの時代かとか、どこに行ってたのかは語られてなかったから知らなかったけどまさかこんなバッタリ出会うなんて……こ、これが運命って奴なんですかねェ……?ナンチテ!!
……流石にキモすぎるな私。一旦落ち着こう。
私はワイルドスープを興味深げに見つめるロッド様に一切視線を送らず、スープを黙々と煮込んでいた。
だってさぁ!喋ったらさぁ!!私の“オタク”の部分出て来ちゃうんだもん!!絶対引かれるって!!……え!?スープもっと近くで見たいって!?いやぁ〜……へへ、げへへへへ(語彙喪失)。
あっ、そんな近い場所で……!?お、同じ空気を吸わせていただいてよろしいんですかぁ〜〜……?そ、それでは失礼しますゥゥゥ……すううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ(吸引)。
……良い、匂いですね。
──くきゅうううう……。
ロッド様の30デシベル(当社比)のお腹の音が鳴った。
ロッド様が赤面なされた。
や゛だ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛か゛わ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ん゛
嘘だろ……?こんなことってある??
こんなの見せられたら私、濃いめのニューハーフにならないと情緒保ってられんぞ。いや今の私ってすでにニューハーフの進化先まで行ってる状態かもしれんけど。
ウーン。もしかしたら私、今日で死ぬのかもしれんな。
◆
龍とは恐ろしい生物だと物語上では知っていた。
だけど現実に見た竜は、それよりずっと恐ろしい存在だった。
人間の何倍もある巨体。空を飛び、どんな武器も跳ね除けてしまう鱗。腕を一振りしただけで、足蹴にしただけで、人の命が簡単に散っていく。
フロイア王国の王子だった僕……アレクロッドは、竜によって家族を失った。
父様も、母様も、兄上や妹も……皆、竜によって殺された。
絶対に許さない。故郷を襲ったあの黒い竜を……必ず僕の手で殺してやるんだ。絶対に、絶対にだ……!!
だけど僕には力がなかった。どんなに復讐を誓っても、実際に僕にできたことはただ侍女に連れられて城を逃げ出すことだけだった。
そうして逃げる途中で道すがら野盗に襲われ、侍女に逃がされた。僕は必死で森の中を走った。
走って、走って、走り抜けた先で……奇妙なものに出会った。
「君は……」
頭におかしな被り物をした、僕と同じくらいの少年だった。
「……誰ですか、あなたは」
こんな人気のない森で、彼は地面に胡座をかいて何かをしていた。目の前には湯気が立っている……“何か”。
どう見ても怪しい。僕は警戒心を剥き出しにして、腰に下げた短剣を抜いた。
訓練して、なんとか人並み程度に扱えるようになっただけの武器だ。僕には戦いの才能がなかった。
兄さんの方がずっと武器の扱いは上手かった。妹は手先が器用だった。僕なんかより、ずっと……。
「……なんで」
どうして僕だけが、生き残ってしまったのか。
誰も味方がいないこんな場所に立っているのか。
どうして……。
「……スープ、食べる?」
「……?」
不意に、少年がそう言ってきた。こちらには目もくれずに。
「……」
僕は短剣を抜いたまま、じりじりと近づいた。
彼は何も気にしていないように、その“鍋”に向き合っていた。どうやらこれは何かの料理をしていたらしい。
彼から人一人分くらいが空いた場所に座り、鍋を覗き込む。
「わぁ……」
そして、思わず喉を鳴らしてしまった。
(美味しそう……)
鍋の中には、野菜がふんだんに入った汁で満たされていた。
このところ、保存の効くものばかりを食べていた僕にとっては何よりも魅力的なものに見えた。
少しだけ少年に近寄る。もしかしたらこの人は悪い人じゃないのかも……。
──くきゅうううう……。
「……」
「……」
不意に、僕のお腹が鳴った。顔を覆って膝に顔を埋める。
……耳まで熱い。
「……食べる?」
「え?」
そんな僕に、少年は(何故か顔を背けながら)僕に小さな“器”を差し出して来た。
小さくて、歪な形で……どこか温もりを感じる器だった。
「……い、いただきます……」
僕は葛藤の末、結局鍋の中身をいただくことにした。
……流石に短剣は仕舞おう。この人に失礼だ。
「……ずずず」
器を傾けて、口に汁を流し込む。
「……美味しい」
その味は、素朴で、優しくて……今まで食べたどんな料理よりも美味しかったように感じた。
「……おいしっ、おいしいっ……」
「それなら、良かった」
自然と涙が溢れて来て、僕は泣きながら残りを胃の中にかき込んだ。
そんな僕に彼は……やっぱり何も言うことはなかった。ただ静かにその場に僕がいることを許してくれた。自分が恥ずかしい。こんな良い人を疑ってしまったなんて。王子として、いや人として失格だ。
……でも。
その頭の上の飾りは、やっぱり気になる……。
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