第5話 「……じゃあ、いくよ」

 俺はベッドの枕をスタンド代わりにして、スマホをセットした。



「……撮るぞ」


「……いいよ」


「……キスまで、するんだよな?」


「……うん」



 そして、俺はスマホの録画ボタンを押した。


 ピコン!と音が鳴り響き、一気に緊張感が増してくる。



「「……」」



 動画を撮り始めると、なんだか喋ってはいけないような気がして、俺も小春も黙り込んでしまった。


 俺は覚悟を決めて、ポッキーを口にくわえた。


「「……」」


 小春は黙ったまま、俺に向かって顔を近づけて……


(ぱくっ)



 口にくわえた。



「「……」」



 近い……とにかく近い……。

 普段は別に距離が近くてもなんともないはずなのに、これだけは全然違った。


 普段別になんとも思わない幼馴染の顔が、すぐ目の前にある。

 しかも小春は普通に可愛い。男子がそう言っているところを聞いたことがあるくらいには可愛い。

 そんな幼馴染の顔が、今はたった十数cmのポッキーを挟んだ至近距離にある。


 整った顔、そして……潤いのある桃色の唇。

 普段はなんとも思わないのに、こうやって見てみると、凄く……可愛いと思う。


 しかもポッキーの端と端が、俺と小春の口に繋がっている。その事実を改めて認識すると、俺の心臓はさらにペースを上げていった。



『……じゃあ、進めるよ』


「……うん」



 ポッキーをくわえているのでちゃんと発音出来ていなかったが、小春がそう言ったのは分かった。


 そして、



 ─サクッ



 小春はポッキーを食べ進めた。

 小春の顔が1cmほど近くなった。

 元々の距離が10cmもないくらいなのに、1cmも近くなるのはやばい。



(やばい、これ……)



 可愛い幼馴染の顔が近くなり、俺はもう倒れるんじゃないかと思うくらいに、心臓がうるさく鳴っていた。



「「……」」



 もちろん小春も顔がこれ以上ないくらい真っ赤になっていた。



『……颯太』


『……なに?』


『もう……一気にいっちゃっていい?』


『……いや、死ぬ』


『……私も』



 そんなことされたら……いや、逆に一気にしたほうが楽なのか……?



『……やっぱりゆっくり行く』


『……うん』



 そして、



 ─サクッ



 もう一口食べ進めた。



「「……」」



 そして、しばらくして



 ─サクッ



 もう一口。



 ──サクッ



 そしてもう一口食べたところで、あと1口食べたらギリギリくらいのところまで来た。



「……ねぇ」



 と思ったら、小春が少しポッキーから口を離して声をかけてきた。



「颯太は……いいの? ファーストキスが私で」


『……今更かよ』



 すると、小春またポッキーをくわえ直した。



『…………いや、じゃない?』


「嫌なんかじゃないよ」



 こんな可愛い幼馴染とキスするんだ。

 それに、めっちゃ仲も良いし、気が合うし、何より一緒にいて楽な、そんな小春とキスをしたくないなんて思わない。



「……」


「……」



『……もう、よく分かんないね』


『ほんとにな……このポッキーゲームのせいで』



 そして、会話が途切れた。



『『……』』




 もう、後には戻れない。




『……じゃあ、いくよ』


『……うん』




 ─サクッ




 小春が一口食べると、小春の唇が触れているかいないか分からないほどの距離まで来た。

 本当に、小春とキスするんだ。そんなことを今更思った。



 そして、小春は顔を少し傾けて目を瞑り、





 ─サクッ





 唇が重なった。




 初めて、キスをした。



 小春の唇は見た目通りとても柔らかくて、みずみずしくて、暖かくて、頭が真っ白になって、なんだかトロンとする、そんな不思議な感触だった。



 そして、とても心地よかった。


 俺の想像していたよりもずっと、心地よかった。


 ……ずっとしていたい、そう考えてしまうほどには。





 10秒ほど経っただろうか。


 俺たちはお互いの唇を離した。



「「……」」



 そのまま長い沈黙が続いた。



「……どう?」



 だが、小春が先に静寂を破った。


 俺はどう答えようか迷ったが、小春がどんな返事をしてくるか怖かった。



「……小春は?」


「……」



 またしばらく沈黙が流れた。



「……もう一回、しない?」


「……ああ」



 そして、俺はポッキーをもう一本取り出して口にくわえた。



「……いくよ」



 そして、また──




 ─サクッ




 ─サクッ




 ─サクッ





 ─サクッ





 ─サクッ





 ─サクッ






 ──サクッ





 唇が重なった。




 ただ、心地いい。




 それだけしか考えられなかった。




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