告発と告白

鮎崎浪人

第一話

 一


 控室のテーブルの上には、クラフト紙の茶封筒と一枚の便せん。

 脅迫状である。

 さきほど大学の人事課の事務員によって届けられたそれには差出人の名前はなく、消印は大学の最寄りの郵便局のもので、受付日時は昨日の午前中の時間帯だった。

 宛名は、「P大学総合心理学部 准教授 古都直能ふるいつ なおよし」となっており、手紙には、これから行われる予定のシンポジウムを中止せよ、という旨の内容が印字されている。

「どうする? 中止する?」と佐々木。

「今ならまだ間に合うし」と高柳。

 二人のどこか臆するような視線を黙って受け止めて、古都はしばしの間、天井を見上げてじっと考えていたが、やがてきっぱりと告げた。

「いや、予定どおり決行する」

「大丈夫かな?」、「今なら、まだギリギリ間に合うよ」と佐々木と高柳が不安げな声をあげる。

「ああ、こんな手紙一通を恐れることはない。

 根拠はある。

 この手紙は、たった今、つまりイベント開始の数時間前に普通郵便で送られてきたものだ。

 だけど、一般的に言って、脅迫状というものは、少なくとも数日前に送ってきて、なるべく僕たちに考える時間を与えようとしそうなものじゃないか?

 あるいは、直前になるなら速達を使うとかさ。

 一方、この手紙は普通郵便で消印の日時は昨日の午前中だから、今回はイベント直前に届いたけれど、もしかしたら郵便の都合で間に合わなかった可能性だってある。

 つまり、送り主からすれば、届いても届かなくても、どっちでもよかったんじゃないか、本気で中止させる気なんかないんじゃないかって思えるんだ」

「だけど」と高柳が疑問を呈する。「あえて直前に到着するように送って、考える暇を与えないようにする。

 そうしてイベントを中止させるという効果を狙ったかもよ」

 続けて、佐々木が、

「あるいは、直前になるまで、送るかどうか迷っていたのかもしれないな」

 二人の意見を受けて、古都は素直にうなずいた。

「たしかにその可能性はあるな。

 だけどね、一つおかしなところは、中止しろと命令はしているが、中止しない場合、危害を加えるとか具体的なことを何も書いていないところさ。

 つまり、脅迫状としての強制力が弱いんだな。

 このことからも、確信とまではいかないが、送り主には本気でシンポジウムを中止させる意思なんてないんじゃないかと僕は思うんだが・・・

 脅迫されたためというよりも、むしろ自主的に中止することを要請されているような変な気分だよ。

 でも、こちらには中止すべき理由などないのだから、やはり決行したいと思う」

「わかった、その意見に乗るよ」と佐々木がうなずき、高柳も「やってやろうじゃないか」と意気込んだ。

「ありがとう」

 古都は、心からの感謝の気持ちで二人に頭を下げた。

 と同時に、あらためて固く決意する。

 彼女のために、今日のシンポジウムは必ず成功させなければ。

 そして、僕のためにも・・・

 そのとき、古都のスマートフォンに着信音が鳴った。

 その彼女、立木理保たちき りほからだ。 

「今、どこですか? え? なんですって? ああ駅前ですか」

 あいにく電波の調子が悪く、理保の声はひどく聞き取りにくい。

「え? 大事な話? 

 ここに来てからではダメですか?

 早く今日の打ち合わせを済ませたいんですが・・・

 どんな客層が来ても楽しめるイベントにしたいので、入念に打ち合わせを・・・

 なになに? しに? ああ、シニア層? ええ、もちろん彼らもターゲットですよ。

 ええ? そうじゃない? よく聞こえないな。

 直接話しましょうよ、ね。

 手ぶらで、身一つで来てくだされば、それでいいんです、僕がしっかりフォローしますから。

 え? じさ? ああ、自作のトートバッグですか、あの、身一つというのはあくまで比喩でして・・・」

 いまひとつ要領を得ない会話だったが、とにかく理保がこちらに向かうことだけは確認して通話を切った。

 その後の十数分、仲間と打ち合わせを再開しながらも、ともすれば意識は立木理保に向かいがちで、古都は彼女の到着を心待ちにした。


 

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