第38話 2章 焦がれた色
◇◇◇
俺、石土礫は喪失感に打ちひしがれていた。
俺は学園の卒業生の中でも優秀だという自覚がある。
学園の中で実力を築き上げて、名実ともに最強への道を歩んでいた。
だが、そんな俺にも勝てない相手がいた。
俺はコロニー外遠征の選抜戦前、そいつに挑んで敗北した。
ついぞ勝てなかったやつをコロニー外遠征、そのメンバーを決める選抜戦前に負かしてやろうと自分から挑んだ勝負で負けたのだ。
完敗だった。
そいつはいい勝負だったと抜かしやがるが、俺の勝ち目はどこにもなかった。
情けは必要ない。
あいつが強くて俺が弱い。
ただ、それだけの話だ。
だから俺はコロニー外遠征のメンバーから降りた。
カラードを育成する学園において、コロニー外遠征の選抜メンバーに選ばれることは名誉であり、その実力が認められたことを意味している。
多くの学園生が選抜メンバーに選ばれることを目指し、研鑽の日々を送っていることだろう。
それはカラード育成校の中で1番大きな鬼庭学園でも変わらない。
むしろ1番競争が激しいのが本校と言える。
コロニー外遠征選抜戦の内容を補足すると、各々の学園内で学内選抜戦を行い、選ばれたメンバーはその後にその他の学園から選出されたメンバーと競い合う。
そこで最終的な学園区画の中での選抜メンバーが決定するので、この学内選抜戦前の段階ではメンバー候補生というのが正しい表現なのかもしれない。
俺がメンバー候補を降りたときは周りに散々な言われ方をしたが、それを目指して真摯に取り組むやつらからしてみれば、軽蔑されてもおかしくないだろう。
まぁ候補生の枠が一つ空いたのだからそれでいいだろと思う部分もあるが、俺の行動が学園生の誇りを、名誉を汚したのは事実だった。
それでもこの選択は正しかったと、俺はメンバー候補生を降りたことに後悔はしていない。
むしろメンバー候補生という目標を失ったことで味わった喪失感、それが俺を強くするのだと、今では思えるようになった。
その喪失感から立ち直るのに多少の時間がかかったことは、その視野を広げるという意味で自分への投資をしたと考えておく。
俺を負かしてくれたあいつには感謝するべきかもしれない。
そんな達観したような錯覚に酔っていたときのこと。
俺が凪沙と出会ったのはそんな時だった。
俺は自分を鍛えるために我流でカラーの特訓をしていた。
学園のカリキュラムに縛られず、己の思うままに鍛錬を続け、その進捗のあまりの牛歩具合に悩んでいるときのことだ。
そんな時に見た、周囲に媚びへつらって笑顔を貼り付けた女が凪沙だった。
その顔は笑っているのに、瞳は死んでいて。
色の感じられないその姿は、生きることに疲れているように見えた。
しかし、次に見た彼女は別人かと見紛うほどに変わっていた。
それは難関と噂に聞く転科試験を経て普通科から特別科に転科――一般生徒からカラードになっただけではなく、入学から今日までカラーの特訓を続けてきた特別科新入生のカラードと比較しても遜色ないカラーを持ち合わせていたことだった。
なぜあれほどのカラーを持った人間が入学試験で落とされて普通科にいたのか。
なぜあれほどの才能が埋もれていて、いま花開いたのか。
その理由はわからない。
だから興味を持った。
その強さの秘密を知りたいと思った。
学園内で優秀な俺の目からしても、凪沙という女は逸材に見えていたからだ。
自身の成長に行き詰まっていた俺の目には凪沙という女のカラーは魅力的に映っていたのだ。
一人で特訓を続ける俺は、同じく一人で特訓をする凪沙のことをよく見かけるようになっていた。
いや、俺のほうが彼女の姿を追うようになっていたのかもしれない。
そのような日々が続いたある日のこと、凪沙がカラーを使用したときに、彼女のパーソナルカラーである黄色に強い黒が混ざった。
それを見た俺は驚愕した。
その色の強さと――――――ということに。
凪沙はそれをすぐに抑え込んで、その場から逃げるように立ち去った。
どうやら誰にも見られたくなかったものらしい。
当たり前の話として、通常一人の人間に扱えるカラーは一色のみだ。
その色がパーソナルカラーと呼ばれることになる。
他人が生成したカラーをカラーを保存できるビンに入れておき、武器のサブエネルギーとして使用することは可能だ。
しかしそれは自分のカラーを使用するよりも汎用性に欠けるため推奨できない。
例外として、自分のパーソナルカラーと近似色のカラードが生成したカラーならば多少なりとも扱いやすいという部分はある。
だがこれも、カラーを供給する相手が双子でもない限り他人のカラーが自分と同じになることはあり得ないため、これも推奨できない。
他人のカラーを使うのは現実的ではないのだ。
それが実戦での使用となればなおさらだろう。
だが、俺は見た。
その黒が凪沙の中から発生したことに。
カラーが中から発生したということは、その発生源は凪沙のはずだ。
しかし基本的に人が持てるカラーは一色のみ。
つまりそんな当たり前の中で凪沙は二色の色を持っていることになる。
だが俺は知っていた。
何事にも世の中には例外と呼ばれるものが存在することに。
人間一人が持つカラーは1色。
その常識を打ち破る2色持ちの存在を。
この二色の色にはデュアルという名前がついていて、カラードの中でも特別希少な力として知られていた。
単に2色の色を使えるならダブルという表現でもいいところを、あえてデュアルという表現にしているのは、こちらの方が二者という意味が強いからだと思われる。
それは大和の権力組織である大和十華とは別の権力者、大和に多大な貢献をした個人が持つ最高の位――三天の一人であり、鬼庭学園の学長たる鬼庭校長こそが原初のデュアルだと言われている。
その強さは九州戦役において無類の強さを誇ったときく。
しかしそのデュアルは希少な特性ゆえに俺も見たことがない。
恐らく今の鬼庭学園の生徒の中、俺の知る限りではデュアルの特性を持ったカラードは存在しなかったはずだ。
デュアルの特性を持った生徒が在籍しているならば、それは嫌でも目立つはずだ。
だがその希少性ゆえに悪用されることを防ぐ目的で秘匿されている可能性はある。
天津と大阪との戦いを考えれば、技術や人材、情報の流出が致命的な問題になりかねないからだ。
希少なデュアル、その力。
凪沙の黒いカラーを見た俺は思った。
このカラーがあればあいつに勝てるのではないだろうか。
自分の奥底に封じて諦めていた、あいつに勝ちたいという感情が、ふつふつと煮えたぎり湧き上がるのを感じる。
先ほど説明したように、他人のカラーを制御することは難しい。
もちろん相性や才能、鍛錬によっていくらか実践レベルにもっていくことは可能かもしれない。
だがそれでは足りない。
その程度ではあいつに勝てない。
だが――世の中には何事にも例外が存在する。
カラードのカラーを制御するソウルコア。
カラーを生み出すそれを手に入れてしまえばいい。
ソウルコアとは、カラードのカラーを生成する器官であり、同時に制御する器官であり、人間の心臓の中に隠された不定形のカラーで構成された器官である。
物理的に存在しているわけではないため、外科手術で取り出すことはできない。
またこれに触れることができるのは同じくカラーを宿した存在――カラードに限られる。
ソウルコアを他人から奪うこと、譲渡することはカラードの禁忌とされていた。
その禁忌を犯したものへの処罰は大和の法に記載があるほどだ。
そのようなルールが設けられているのは、その力があまりに危険だからだろう。
ソウルコアが持つ力は危険であり、その欲望に駆られたカラードたちがソウルコアを制御できずに死亡したという例は多く存在する。
通常のソウルコアであれば、俺も手を出そうとは思わない。
ハイリスクハイリターン。
だがそれはあまりに無謀すぎる。
自分の中の欲望を抑え込む理性がその方法を否定する。
しかし凪沙の中に見えた黒はあまりにも魅力的で、蠱惑的で、俺の欲求を引き摺り出してしまっていた。
俺は凪沙のソウルコアが無性に欲しくなった。
俺があいつに勝つためには凪沙の力が必要だった。
俺の中の理性は暴走を開始する。
しかし欲望を叶えるために行動したとして。
学園生や先生がいる中で、白昼堂々凪沙のソウルコアを手に入れることは難しい。
その行為が悪であることはカラードの共通認識だし、何より校舎裏のような人気のない場所に連れ込んだとしても、体からソウルコアを摘出した瞬間に学園区画のカラーを計測している機器に探知されるのがオチだ。
あれだけのカラーを放つソウルコアが露出すれば、すぐさま異常だと判定されて人やドローンが一斉に駆けつけることだろう。
俺は凪沙の黒に惹かれつつも、それを手に入れる方法に悩んだ。
しかしそんな時、学園がコロニー外遠征で手薄の状況の中、学園区画に怪物が出現したとの連絡が学園区画を駆け巡った。
俺はすぐに凪沙を探した。
そして――凪沙はなぜか単独で行動していた。
人が変わってからの彼女は一人で行動することや姿を消すことが多い謎の生徒になっていたが、この日の凪沙の行動は輪にかけておかしかった。
俺は卒業生の中でも優秀なカラードで、行動には融通がきいた。
単独で行動することは容易く、誰も俺を疑うことはない。
この状況は俺にとって好機だ。
ついに焦がれた黒を手に入れる時がきた。
御誂え向きに凪沙には御園という大事な生徒がいて、彼を死なせたくないと思っているようだった。
他の怪物が俺を邪魔してきたせいで到着に手間取ったが、凪沙がやられそうになってたところに御園が飛び込むという瞬間に間に合った。
俺はすぐさま介入して怪物を倒す。
その後で凪沙に対して現状を問い詰めれば、その説明は的を得ないものだった。
彼女の精神は明らかに弱っていた。
凪沙に何があったのかはわからないが、明らかに動揺している。
気丈に振る舞おうとしても俺にはわかる。
戦士の表情は今まで飽きるほど見てきた。
だから凪沙がどのような状態なのかは手に取るようにわかる。
俺が凪沙のソウルコアを手に入れる状況は整っていた。
そして俺が倒すべきあいつとの戦いの前に、まるでデモンストレーションとでもいうように、怪物の頂点たる魔女が俺たちの前に現れた。
ソウルコアを使用するのであれば、低ランクのCEMを倒したところでなんの意味もない。
脅威度ランク――CEMの強さでいえば強すぎる相手が現れたことになるが、学園最強のあいつでさえ魔女を倒したことはないはずだ。
俺があいつよりも先に魔女を倒す。
いいじゃないか。
それは最高にいい。
何もかもが出来すぎていて、俺は笑った。
まるで俺が神様になって、自分が考えた脚本通りに話が進んでいるようだった。
世界が俺に味方をしている、そう思った。
だから俺は凪沙のソウルコアに手を伸ばす。
その圧倒的な黒へと――あの日、俺を虜にした力に手を伸ばした。
このままでは魔女に勝てないこともわかっていた。
このままでは負ける。
その打開策としてソウルコアを使うのは仕方ない。
これは仕方のない行動だ。
俺は邪悪な笑みを浮かべてソウルコアを求める。
ふと、そこで思う。
凪沙が黒き力を最大限に活用しないということは、2色のカラーを制御できる自信がないのか、その力を他人に見せることを嫌っているのか。
まぁ理由はそうだっていい。
お前が自分から使わないというのであれば俺が使う。
俺がお前を使いこなしてやる。
御園の命を天秤にかける脅迫紛いの言葉で凪沙のソウルコアを他人が使用できる状態にした。
凪沙の胸の部分に穴が出現する。
その中には凪沙のソウルコアがある。
ついに、ついに。
あの力が俺のものになる。
これで俺は魔女を倒して、あいつに勝利する。
俺は負けない。
俺は勝利する。
そのためには力が必要だ。
だからそのための犠牲になってくれ、凪沙。
俺は凪沙に突き入れた手を引き抜いて、凪沙のソウルコアを手中に収めた。
黒き力を手に入れて、勝利する自分の姿を夢想する。
勝利した自分の姿に酔う。
デュアルの力を得て、俺が学園の最強となる。
俺の夢が、望みが現実になる。
俺は全能感に浸りながら、手の中に収められた力を天に掲げた。
それが全て――黒き神の手の上だと知らずに。
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