第22話

◇◇◇

 俺、坂村英輔は自分が担当するホームルーム教室から職員室へと戻り、大和の現況確認をしていた。

 


 大和から発せられたCEM発生の急報。



 普通科の生徒は教室で待機しているため安全だが、万が一ということもある。



 生徒を諦められない俺は管理センターが発する速報をいち早く確認すべく、職員室の自分の端末を齧り付くように眺めていた。





 ――俺の心は無力感に支配されていた。



 教師という職にありながら生徒のことを守れない現実、この事実を突きつけられたことが、ここまで坂村英輔という存在を根底から揺るがすものだとは思わなかった。



 先ほど職員室に戻る途中で特別科の女性教師とすれ違った。



 彼女はこれから最前線に立ち、自らの手で生徒たちを守りにいくのだろう――何もできない俺とは大違いだ。



 その姿は凛々しく強さに溢れていて、羨ましくも、妬ましくもあった。



 俺たち普通科の教師は公募で集められたただの一般人だ。



 怪物と戦う力はない。



 一般人にできることは生徒の盾になるくらいだろうが、戦える人間からしてみれば立派な足手まといの類だ。




 俺はただの一般人で、生徒のために戦うことも、守ることもできない存在だった。




 そういえば北海道に位置する天津コロニーではカラードでなくとも怪物と戦えるように、一般人がカラーを応用した武器を使用するための研究が行われている、そんな話をダヴィンチ先生がしていたか。



 だが、それはあくまで天津の話だ。



 この大和でカラード以外の人間は、無力なのだ。



 それはそもそも大和上層部の考え方が、一般人が武器をとってCEMと戦うことなど想定していないのだろうから言っても仕方がない。



 そんなことはわかっている。



 俺はただひたすらに、職員室でこの状況の終息を祈ることしかできない。



 俺は無力だ。



 この無力感がどれだけ俺を苦しめるのか、大和上層部は理解していない。




 ――その時、PC端末が軽い音を立てた。


 どうやら学園区画の状況が更新されたらしい。




 俺はPC端末の画面に齧り付くように情報を確認する。



 「なんだ、これは……」



 画面に表示された内容は明らかな異常だった。



 CEMの出現数の変化や怪我人の搬送と医療施設の状況、最悪死者の情報まで覚悟していたつもりだ。



 しかし更新された情報は、そのどれにも当て嵌まらなかった。



 その内容が学園区画の状況を知らせるものだということは間違いない。



 だがそれはあまりに想定外のことすぎて、これが誤報なのかと疑ってしまうほどだった。



 俺はあくまで一般人で、学園内の所属も普通科だ。



 そして俺のようなカテゴリーの人間は、基本的にCEMに関する知識が薄弱だ。



 だが俺は独学によって学んだ知識とダヴィンチ先生との交流で得た知識を持っている。有識者からすれば半端な知識とはいえ、どうやらこの通知内容の異常性に気がつく程度の知識はあったらしい。




 その異常な内容は『学園区画にてカラーエリアの展開を確認。発生色ブルー。CEMの活動が活発化する恐れあり。注意されたし。発生カラーコード――』、というものだった。




 『カラーエリア』とは特定のカラーで満たされた領域のことで、色侵領域とも呼ばれる。



 そのエリアにはフィルターがかけられたように、特定色の影響下に置かれる。



 その空間自体が特定の色を持つことにより、その中では全ての生物が特定のカラーの影響を受ける。



 カラーエリアの色に対して近似色のカラーを持つ者の力は強化され、逆にカラーエリアの色に対して反対色にあたるカラーを持つ者の力は弱体化する。



 その強化も弱体化も、カラーエリアの色にどれだけ近いのかで決まる。



 CEMの活動が活発な欧州では、このカラーエリアの展開を考慮した上でパーソナルカラーを基準にカラードを編成、戦線に投入することが、CEM大戦勃発から100年が経過した現代の戦術の基本となっているようだ。



 そして欧州戦線から得られたデータによると、カラーエリアが展開した領域内に存在するCEMは、カラーエリアに適応したカラーに自分のカラーを変化させることができるらしい。



 カラーエリアに適応した全てのCEMはその力が強化される。



 つまりカラーエリアの展開は、CEMを掃討する難易度が上昇することに繋がるのだ。




 ――そして欧州から統計として算出されたもう1つのデータがあった。




 この情報を知っていたからこそ、俺はこのカラーエリアが危険だと、異常なのだと判断せざるをえなかった。



 それは。



 カラーエリアが発生した場所には。



 魔女が存在している可能性が高いという統計があるのだ。



 現在観測されているCEMの中で最強最悪の存在、脅威度ランク4――『魔女』。



 その能力は1個体で軍隊の一個師団に匹敵すると言われている。



 CEM大戦が始まって長らく、人類は魔女を退けた記録はあるものの、完全な勝利と呼べるものは存在していない。



 それは魔女を退けるため、人類側もかなりの損害を受けてようやく掴んだ結果だからだ。


 その戦いは勝利とはほど遠いものだったと記録されている。





 だがそれは、戦争の最前線の話だ。



 ここは大和だぞ。



 ここは結界で守られた九州の大地だ。



 そしてその九州の中心であり一番安全な場所が大和コロニーのはずだ。



 九州を覆うように張られた結界内にCEMが出現したというだけでも誤報を疑うレベルに平和が保たれている場所だ。



 そんな場所にカラーエリアが展開された?



 そんな場所に魔女が出現したかもしれない?




 これでは。




 これではまるで。




 この大和は。



 この学園区画は。




 ――戦争の最前線じゃないか。


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