第42話 2章 白き極光の世界

 「……?」

 


 体がふわふわしていた。



 しかし先ほどとは違って五感が機能している。



 視界は良好、耳も聴こえる。



 肌は暖かさを感じていた。



 何かに引っ張られているような感じもする。



 それどころか、ボロボロになったはずの体には傷一つ存在していない。



 僕は水龍の黒き雷に打たれ、拳は水の鎧を殴り続けて血塗れだったはず。



 考えられる可能性――それは。



 「あれ……僕、は。ここ、は……?」



 白い世界にいた。



 ここには何もない。



 何もないただ真っ白な世界に立っている。



 時折、何かが視界の端に映るような気もするが、何もない。



 「ここは、まさか」



 僕はハッとする。



 まさか、ここは死後の世界なのか。



 傷だらけの体が完治して五感が元通りになっていること、あまりにも現実離れした空間に自分が存在していることが、僕に死の世界を連想させる。



 僕は結局、何もできずに死んでしまったのか。



 努力をした。



 無理をした。



 想いを形にしようとした。



 悪夢に抗おうとした。



 現実に抗おうとした。



 それでも理想は現実にならなかった。



 想いだけでは現実を変えられなかった。



 そういうことなのだろう。



 「先輩……助けられなくてごめんなさい……」



 先輩に届くことはないと理解している。



 それでも僕は謝罪を言葉を口にせずにはいられない。



 悔しさと虚しさが込み上げる。




 僕は先輩を救えなかった。


 僕は――失敗したんだ。




 「わたしはこの地球の全て束ねし白き神様です。あなたに対話を求めています」



 「先輩っ」



 「わたしは白き神。あなたに対話を求めます」



 「先輩っっ」



 「わたし神、対話を要求――」



 「先輩っっっ」



 「――――あーもう! ねぇ、ちょっとーねぇねぇねぇ! きこえてるんだよね? 仏の顔も3度までだよ??? まさか、難聴ですか!?」



 「うわっ……女の子が出てきた。え? きこえてる……うん。まぁ聞こえているよ」



 さっきから何か聞こえると思ったが、それは僕の先輩への想いの前には雑音に過ぎなかった。



 なので特に気にしていなかったのだが、突然何もない空間から白い少女が現れれば、反応せざるをえない。



 白き少女は呆けていた僕の服を引っ張って自身の存在を主張していた。



 白き少女はぴょんぴょんとジャンプして僕の視界に時折入ってきていた。



 小学生くらいの身長に地面にまで垂れて地面に根を張る白い髪、髪と同じ色の白いワンピース、服以外は何も持たずに、僕の周りをくるくると回ってはしゃいでいる。



 肌の色素が薄い彼女は、その白い服装と髪の色も相まって、この白き世界に同化しているように見えた。



 少女の白き瞳は周囲に極彩色を纏い、全ての色を従えているようだった。



 「あなた、わたしが見えてるんだ。声もちゃんときこえてるみたい。繋がってる……」



 「繋がる? え、えーと、そういえば今日は変な声がきこえていたような」



 「うん。それはわたしと、――の声だよ。正直ダメ元だったけど、繋がったのがわたしでよかったね。わたしはカディア、あなたは? ちっぽけな人間さん」



 今日聞こえていた声の正体は目の前の少女の声だったらしい。


 少女によればもう一人の声でもあったらしいが、僕には判別がつかなかった。



 「僕は透、御園透。きみは一体なんなんだ? というかここはどこ? いや、ここはもしかして死後の世界……とか?」



 突然のことに理解が追いつかない僕は、頭に浮かんだ疑問を端から並べ立てていた。



 そして一番気になっていることは怖くて、否定してほしくて小声になってしまう。



 「そうだね。気になるだろうから最後の質問から答えようかな。まずは安心していいよ、透は死んでいない。この場所は白き世界、わたしの空間。この星の神であるわたしの世界だよ。いやーまぁ神だったというほうが正しいけど……それにこの体自体は端末だし。そこはいいや」



 カディアは不安で取り乱す僕とは対照的に、泣いている子供をあやすようにゆっくりとした口調で丁寧に答えてくれた。



 それは少女というよりも年老いた老婆がおどけて話すような口調だった。



 「そっか……僕は生きているんだ。そっか、そっか……よかった」



 僕は生きていることを確認できて安堵した。



 その安堵のおかげか、ようやく目の前の白き少女のことを考えることができた。



 彼女が本当に神様かどうかは考えても仕方ない。



 僕にそれを客観的に立証することはできない。



 CEMの存在と脅威を目の当たりにした後なのだ。



 僕の目の前にあるもの、感じたことが全てだ。



 今は自分の直感を信じるべきだと考える。



 「透、あなたをここに呼んだ理由を話そう。わたしはあなたが力を与えるに足る存在かどうかを見極めたかった。世界を変える力が欲しいんでしょ、あなたにはその資格がある。でもその前に、いくつか確認をしたいんだ」



 「力――うん、わかった。なんでも答えるよ」



 神様を自称する目の前の少女から力をもらえるというのが本当かはわからない。



 それでも現実を変えるための力が手に入る可能性が僅かでもあるならば、僕はそれに賭けようと思った。



 そしてなにより、僕はこの白き神様を信じてみようと思っていた。



 僕は以前、この白き神様に会ったことがあるような気がしていたからだ。




 「――あなたはなぜ戦うの? ――それは世界を救う?」




 最初の質問はいきなり核心を突く内容だった。



 だから僕は自分の心を包み隠さず、言葉にする。



 「先輩を助けたい、取り戻したいから――僕は戦う。シンプルだけど、これが僕の戦う理由だ。次の質問だけど……僕が戦っても広義の意味で世界のためにはならないと思う。でも僕の世界という意味でなら、世界を変えてくれた先輩を助けることは僕のため、世界のためといえるのかもしれない」



 世界という言葉は僕が語るにはスケールが大きすぎるものだ。



 でも先輩は、僕という小さな世界を救ってくれた。



 そんな小さな世界を救う物語も悪くないと、僕は思う。



 僕の返事を咀嚼するように間をおいてから、少女は次の質問をした。




 「――あなたは世界を変える?」




 この少女は世界の救済を願っているのかもしれない。



 僕はそう思った――だったら。



 「僕にヒーローみたいなカッコいいキャラクターは似合わないけど、自分が救われた分だけ誰かの世界を救いたいと思う――いや、救うって言葉は違うな。純粋に助けたい」



 僕は自分の理想をありのままに話した。



 それは色彩英雄譚に謳われるような、強きヒーローたちが紡いだ軌跡。



 それに憧れ、焦がれ、現実にすることができたならば、この世界から少しだけ悲しみをなくせるのかもしれない。



 だから僕は強きヒーローを目指す。



 大勢の人を救うヒーローになりたいわけではない。



 僕は自分の小さな世界を守れればいいのだ。



 でも、そんな小さなものを守る守護者をヒーローと呼ぶのなら。



 どんなに不恰好でもいい。



 泥に塗れて地面に転がっても構わない。



 自分が好きな人たちの悲しみを和らげる存在になりたい。



 僕はそんなヒーローになりたい――!



 「ヒーロー……………………ふふっ」

 


 白き少女はヒーローという言葉に反応を示した。



 思案するような白き瞳には深い何かが横たわっていて、そこから僕に読み取れるものは何もない。



 でも、最後には表情をくしゃっとさせて――



 「合格。わたしの力を透に貸してあげる。わたしのカラー、上手く使うんだよ」



 少女がわかりやすく微笑んだかと思えば、その姿は極彩色の白い光となって消えてしまった。




 「世界を変えて――わたしのペリフェリエス」




 最後の言葉に込められた意味を咀嚼する時間はなかった。



 この白き世界が極彩色の白き光となって収束し、僕の全てを貫いていく。



 それは僕という存在を拡張して、その奥で眠っていたモノすら覚醒させる。



 僕の中に色が溢れる。



 「――さア、反撃ノ時間ダ」

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