第32話 2章 認められるということ

 俺、緑川龍志は焦燥に駆られていた。



 何かをやり遂げなければと功を焦っていたのだ。



 ――俺は緑川一族の中で落ちこぼれだ。



 大和を統治する十華の内の一家といえば聞こえはいいが、緑川家は大阪の侵攻から九州に落ち延びた、いわゆる外様の一家なのだ。



 大和十華は衝宮を筆頭とした五家を九州の豪族出身者で固めていた。



 この五家は緑川を外様と形容したように、過去の日本になぞらえて例えるならば譜代大名にあたるのだろう。



 逆に黄更を筆頭にした残りの五家は東京の崩壊と大阪の侵攻に際して、自分たちの土地を捨てて九州に落ち延びてきたものたちで構成されている。



 要するに譜代大名に対しての外様大名のような扱いになっているのだ。



 もちろん元の意味通りに敵対していたわけではないし、落ち延びてきた、大和に降ったというところのみで引用している。



 その外様大名の中に俺の生家である緑川家が含まれているわけだが、その他本州から九州へと落ち延びてきた者たちは多い。




 それだけ大阪に支配されるのが嫌だったわけだ。



 大阪に支配されるくらいなら大和に降るほうがマシ、自分が根付いていた土地を捨てるほどの選択を彼らは行った。



 俺はその行為を否定するつもりはない。



 ただ彼らは土地を捨てることができても、自分達が権力者であることのプライドは捨てなかった。



 彼らは大和に降ってからも自らの地位を諦めなかった。



 だから大和で地位を得るために行動した。



 外様として十華の名前が与えられている家には、大和が名前を与えられるだけの理由がある。




 それは大和に対して何らかの貢献をしたものたちである、ということ。




 例えば大和への献上品がもっともわかりやすいだろう。



 その中身については金、人材、物資、技術と家によって様々だが、落ち延びてきた者たちの中で最も大和に貢献したのが黄更を筆頭とした五家なのである。



 この五家は外様の頂点で、下には十華の名前を与えられなかった家がたくさんある。



 日本が三つの勢力に分断されたのだから、その半分が九州に押し寄せても疑問は抱かない。



 もう半分は北海道の天津へ降ったのだろう。



 大阪に降るのは論外だ。



 まぁそんな大小様々な家が大和に降ったわけなのだが、俺は十華の名前を与えられた家のことしか知らない。



 知る必要がないと教えられてきた。



 緑川家は外様の頂点の五家でありながら、その序列は大和十華という華族の最低辺だ。



 そんな家に生まれた俺は、常にこう言われて育った。




 『優秀な人間になりなさい、大和に貢献しなさい』、と。




 俺を呪うように、母はこの言葉を繰り返した。



 それが大和ため、ひいては緑川家のためになるのだと。



 その呪いのせいで俺の人生は競争に始まり、いまでもそれが続いている。



 常に競争を求められる人生を走り始めてから十数年が経過して、俺は高等教育学校に進学する年齢になっていた。



 優秀な人間ならば、当然カラードを育成する高校に進学しなければならない。



 しかし俺にはカラードとして突出した才能はなかった。



 幼い頃は勉学や体力測定などでなんとか誤魔化せていたし、初歩的なカラーの発露程度ならば俺にも扱えた。



 だから緑川龍司という男は、今日まで大和十華の緑川家の長男としてギリギリのバランスを綱渡りするように生きてこられた。




 だが、それもここまでだ。




 俺は鬼庭学園の大階段を登る。




 そこはカラーの才能を持つものに重圧を与える場所だと、事前に家から教えられていた。




 俺は鬼庭学園の大階段を登る。




 試練の重圧に耐えるために一段一段、ゆっくりと慎重に、登った。




 俺は鬼庭学園の大階段を登る。




 そして俺は何事もなく大階段を登り切った――登り切って、しまった。




 登り切った大階段を振り返る。




 そこにあるのはただ広く、段数が多いだけの階段だった。




 事前に教えられた重圧など、発生していない。




 ここが特別な階段だとは思えなかった。




 しかしそこで俺は見た。


 大階段の途中で倒れているやつの存在を。



 俺はそれを心底羨ましいと思った。


 お前には才能があるんだなって。



 そして視線を上げれば学園区画の中心――大和を統括する大和管理センターが遠くに聳えていた。



 俺は大和の全てを管理するその塔に向かって叫びたい気持ちになる。



 なぜ俺を認めてくれないのか。


 なぜ俺は優秀な人間ではないのかと。




 俺が御園に対して苛立ちを覚えるのは、才能があるくせに普通科に収まっていることに不満があるからなのだろう。



 俺は御園が始業式の日に大階段で倒れたと、初日のホームルームで欠席の理由を先生が話したことで知ってしまった。



 知りたくなかった。



 あれは偶然だと思い込んでいたかった。



 1度倒れただけならば体調不良の可能性もある。




 でも2度目となれば、それは。




 大階段で重圧を受けた人間はカラードの才能がある。




 逆説的にそれは、重圧を受けなかった人間はカラードの才能がない、ということだ。



 つまり試験会場へと至る道すがらで、すでに試験の結果は決まっていたのだ。



 それから俺は予定調和のように、鬼庭学園特別科入学試験に落ちた。



 当然、その結果に家からは叱責された。



 お前は家のために尽くす気があるのかと、やる気がないやつは緑川の名に相応しくないと言われた。



 半年後の編入試験で特別科に転科できなければ勘当するとまで言われた。



 その時、俺は足元が崩れるような感覚に絶望を味わった。



 自分という存在の中で緑川の人間であるということは自身の存在意義であり、柱でもある。



 それが取り払われてしまったら自分を保てる自信がなかった。



 そんな時、鬼庭学園が何らかのデモンストレーションを行うという噂を耳にした。



 それは大和管理センター絡みのことで、ここにどれだけ学園の意思が関わっているのかはわからない。



 それでもこのデモンストレーションで何らかの貢献をすることが特別科への転科に繋がるならば、たとえそれが危険を伴うものであったとしても、この機会は逃す手はない。



 それは一年に一度しかない。



 俺は入学試験より一層厳しいと噂される特別科への編入試験を受けるよりも、遥かに確率が高いと考えた。



 『CED(カラー・エフェクト・デバイス)』の開発を主力事業とする緑川家はカラーに関する知識と、それに付随した情報網を持っている。



 緑川が大和十華の外様に入れたのも、代々国家事業を請け負って最先端技術の開発を主導してきた一族で、その技術を献上したことによる貢献をしたからだ。



 大階段の重圧に関する情報を知ることができたのも家が持つ情報網のおかげだったが、俺はこの機会を利用させてもらうことにした。




 それは俺が特別科へと成り上がるためで、家に認めてもらうためだ。




 だから利用できるものはなんでも利用する。




 そこに倫理観は必要ない。




 全ては緑川の一族として、俺が一人の人間として在るために。




 だが結果は――このザマだ。




 今日――俺のせいで委員長が怪物になって死んだ。




 今日――俺を庇って雪谷が死んだ。




 いつも一緒に行動していた仲間の一人が死んだ。




 俺だけで挑むべき戦いに周りを巻き込んだ。




 お前たちも一緒に特別科へ――なんだその甘い幻想は。




 全てを犠牲にする覚悟をした男が夢を語ってどうする。




 普通科生徒の特別科への憧れ。




 大和の中で優秀なカラードであることは格別のステータスである。




 誰もがそうありたいと願う。



 でも、現実はそう上手くいかない。




 だからカラードを育成する特別科に入れるチャンスがあるならば、その機会にあやかりたいというのも当然の心理で拒否する理由がない。



 俺は仲間に甘い夢を見させておきながら、結果――馬鹿をやるだけで何もできなかった。



 学園に認められるため、デモンストレーションに貢献するとはなんだったのか。



 もう自分自身がわからなくなってきている。



 そんな俺はクラスメイトのひょろっちいやつに言いたい放題にされた。



 反論はできなかった。


 それは当たり前だ。


 ――御園の行動を見て今更ながらにそう思う。



 御園は先輩の盾となるために怪物の前に飛び出していった。



 怪物は突如現れた存在に反応して、一瞬だけ動きを止める。



 動きを止めた理由が何なのかはわからない。



 だが御園の行動は、怪物が動きを止めることを想定した行動には見えない。



 御園の行動は運が悪ければ死んでいた。



 途中で何か黒い光が見えたような気もするが、普通は半々どころか九割以上の確率で死んでいただろう。



 御園、お前はすごいよ。


 認めるのは癪だが、お前はすごい。



 お前は大階段で倒れて世界に認められただけの男ではない。



 その心の強ささえ、俺なんかよりよっぽど強い。





 こんな俺にもできるだろうか。





 自分の命をかけて人の命を助ける――自己犠牲を。

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