第31話 2章 命の価値
「――カラーコアオーバードライブ。これが私の本気で――あなたへの償いだッ!」
先輩は自身の腕に装着されている黒い装備から黄色のビンを引き抜き、天に掲げた。
掲げられたビンは黄色く発色して、眩い光が辺りを照らし出す。
《イエロー・カラー――ブースト》
先輩が槍の持ち手部分にビンを納めると、機械音とともに槍はさらなる発色を見せ――雷光を顕現させた。
雷光はビンの色を吸うようにして槍の持ち手から広がり、先輩の纏う色の大きさを拡張していく。
「ボルテックス――」
発された言葉に呼応するように、槍の全身を包む色が穂先に収束していく。
《イエロー・カラー・オーバードライブ》
槍の輝きが一層の眩さを増した瞬間、先輩はサナギに再度狙いを定めて――放つ。
「イエロー・アウトッッッ!」
放たれる雷撃に、閃光と轟音が世界に響いた。
雷撃が起こした衝撃は光と音、後に風となって辺りに拡散していく。
その影響によって周囲は白煙に包まれ、次第に嫌な臭いが立ち込め始める。
やがて周囲の白煙が晴れていくにつれて、辺りにバラバラと焦げた残骸が散乱していることがわかった。
どうやら臭いの大本はサナギの殻が焼け焦げた残骸の山で、それは白煙を上げながらぷすぷすと音を立てていた。
残骸の山は白煙を吐き出しながら、世界に溶けるように消え始める。
それは委員長が死んだときと同じ光景だった。
しかし僕の中で起こる痛みは委員長の死を思い出したことによるもので、目の前の光景を見ても、特に感じるものはない。
これは一体、どこに違いがあるというのか。
「みんな、ここでは何が起こるかわからない、早く学園に――」
先輩がこちらに向き直って言葉を口にする。
――その背後で、残骸の山が動いた。
音もなく残骸の山の中から立ち上がったそれは、人間の大きさを優に超えていた。
サナギの残骸がぱらぱらと地面に落ちて、巨大なシルエットがその姿を明瞭にしていく。
「な――」
先輩が振り返った時にはすでに、シルエットが寸前まで迫っていた。
その鋭利な手――鎌と呼ぶべきものを先輩に振り下ろすべく、攻撃のモーションに入っている。
その姿は巨大な昆虫――極彩色の蟷螂だった。
人間よりも大きな極彩色の蟷螂は六本の脚で大地を踏み締め、両手が鋭利な鎌になっており、大きく翅を広げてこちらを威嚇する。
逆三角の頭部にある大きな2つの複眼で先輩を捉え、発達した大顎は食事の時間を今か今かと待っているようだった。
「ぐっ、うっ、サナギの殻を盾にして、カモフラージュにまで使うなんて……」
先輩は槍を両手で掲げるようにして怪物の鎌を受け止めていた。
しかし怪物の巨躯から生み出される力は強く、重く、先輩の立っている地面は悲鳴を上げるようにひび割れていく。
そしてついに、先輩が押され始めた。
CEMの力は先輩よりも強く、二本の鎌を受け止める先輩の体は徐々に地面へと近づいていく。
怪物の奇襲によって先輩は体勢を整える時間を与えられないまま攻撃を防御している。それにより上手く踏ん張ることができておらず、その力を十全に発揮できていないようだった。
不利な体勢で攻撃を耐える先輩がその膝を折りかけたとき――
「……元がどうあれ、私にだって負けられない理由があるんだッ……化け物ッ!」
先輩は槍を強く握りしめ、様々な想いを噛み締める表情で、体勢を崩す。
それは意図的な行動だった。
先輩が体勢を崩し反発する力がなくなったことで、怪物の鎌はその勢いのまま振り下ろされる。
だが、その場所に先輩はいない。
怪物は体勢を崩した先輩に狙いを変更することができなかった。
それは力を加え続ける怪物に対して、先輩がそのタイミングを外す形になったからだ。
怪物の鎌は先輩を斬ることなく地面に突き刺さっていた。
《イエロー・カラー――チャージ》
怪物が鎌を地面に振り下ろした鎌を引き上げながら先輩を探していると、戦場に機械音が響いた。
怪物はその方向に向かって即座に方向転換し、勢いよく鎌を振り下ろす。
その動作は早く、この怪物が俊敏性を備えていることを示していた。
「今度はどう? さっきのようにはいかないよっ」
再び怪物が鎌を振り下ろし、それを先輩が槍を両手で持つことで防ぐ――先ほどと全く同じ構図になっていた。
だが、先ほどとは違う。
それは戦闘の素人である僕にも理解できた。
今回の拮抗は怪物の奇襲によって発生したものではない。
先輩が誘導することで発生したものなのだ。
「はあああああああああああ!!!」
先輩の槍が纏う雷光が強く眩く発色し、怪物の鎌を押し返していく。
「ギャギャッ――ギッ」
怪物は押し返されることを嫌ってか、鎌を片方だけ振り上げて先輩の槍の守りを横からすり抜けるように――振るった。
先輩の槍は一振りで、相手の鎌は二本ある。
使用する得物の手数の差に先輩は不利な状況に陥っていた。
まるでそれを理解しているかのような、怪物による不意打ちが先輩を襲う。
「そうくると思ったよ――オーダー・ボルテックス・アウト」
その不意打ちに対して先輩は待っていたというように槍の穂先から雷撃を放ち、横から薙ぐようにして振るわれた鎌の動きを止めることに成功する。
一方、先輩は槍にかけられていた力が半分になったことでもう片方の鎌を押し返し、弾き返すことに成功していた。
二本の鎌が一本の槍によって無力化されていた。
片方の鎌を雷撃で止められ、もう片方の鎌を弾き返されたことにより、怪物はよろけて体勢を崩す。
先輩にとって絶好の機会――攻撃のチャンスが先輩に訪れていた。
「オーダー・ボルテックス・イン――これでどうだあああああ!」
先輩はこの機を逃すまいと、雷を纏った渾身の突きを怪物のガラ空きになった腹部へとねじ込んだ。
それを守るはずの二本の鎌は間に合わない。
先輩の攻撃は狙いをつけた怪物の腹部に到達する。
雷光とともに硬い音が響いた――金属音にも似たそれがもたらした結果は。
「化け……物、め……」
怪物は健在――怪物の腹部は硬く、雷を纏う先輩の槍であっても貫くことは叶わなかった。
人間ならば誰もが持つ蟷螂の腹は柔らかいという先入観、CEMの進化は人間の想像を遥かに上回り、怪物は先輩の攻撃をその硬さで弾いてみせた。
雷光を纏った槍が与えた変化は怪物の腹部を焦がした程度で、むしろ弾かれたことによって体勢を崩したのは先輩のほうだった。
「先輩避けてっ――」
咄嗟に声が出ていた。
怪物の鋭利な鎌が先輩に迫っていたからだ。
先輩を追い詰める怪物の動作に一切の慈悲はない。
まるで最初からこの状況を狙っていたというように。
まるで先輩の動作を読んでいたかのように。
怪物は無慈悲に鎌を振り下ろす。
想像するこの先の未来、思い起こされる死――委員長の無残な姿が頭によぎった。
僕は今日、この極限状態において、先輩のこと――先輩という存在を意識から遠ざけていた。
だから冷たく思考して学園に帰還することだけを考えようとした。
それは僕が怪物と戦う力を持つカラードではないこと、普通科の僕が侵入禁止の禁止区域にいること――それによって起きた死に対する後ろめたさがあったからだ。
先輩のことを考えると頭が痛くなるが、それは学園に戻って後日考えればいい。
そう、考えていた。
先輩もそれを察してか僕個人に何か特別言うことはなかった。
途中で先輩のことを考えてしまうこともあったけれど、状況がそれを許さないという点もある。
どんな窮地に陥っても強い先輩ならなんとかしてくれる、そんな希望的観測もあったはずだが、先輩が窮地になると、僕は先輩のことを考えずにはいられなかった。
それは先輩のことが大切だから。
僕に手を差し伸べてくれたから。
僕に――してくれたから。
そしていま、この瞬間。
先輩は絶対絶命ともいえる窮地に陥っていた。
その状況に冷たく回転する僕の思考は、色と熱を帯びて暴走を始める。
このままだと先輩が死ぬ?
優しい先輩が?
かっこいい先輩が?
可愛い先輩が?
憧れの先輩が?
僕の先輩が死ぬ。
そんなことあっちゃいけない。
だめだ。
そんなのだめにきまってる。
やめろ、やめてくれ。
僕から先輩を奪わないでくれ。
僕は先輩を失いたくない。
いやだ。
いやだいやだいやだ。
いやだいやだいやだいやだいやだ!!!
「うわああああああああ」
僕は先輩を守ろうとして前に出た。
片桐くんの静止を振り切って前に出た。
先輩と怪物の間に割って入る。
ぐちゃぐちゃの思考の中で僕の頭に浮かんだのは、先輩の盾になることだった。
それが無謀な行動だということはわかっている。
そもそも人智を超えた怪物に対して、僕みたいな何もできないただの人間が盾の役割をこなせるのだろうか。
わからない。
確証はない。
だけど。
それでも。
先輩を失うわけにはいかない。
だから僕は自分にできることをやる。
先輩が生きてくれるなら、僕はここで死んでもかまわない。
流れる涙とともに、足は前へと進む。
恐怖にも負けない先輩への気持ちを胸に、前へと進む。
これが御園透という人間の最期だ。
勇気と呼ぶにはあまりに粗末で、僕の命に価値はない。
でも。
価値のないもので価値あるものを守れるなら。
それは正しいことだと。
僕のしたいことだと思えたから。
怪物の鎌が僕に振り下ろされる。
世界がゆっくりと動く。
ゆっくりと死に近づいていく。
――瞬間、ゆっくりと進む世界から色が消失した。
「ホントウニ――ソレデイイノ?」
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