第20話

 僕は学園区画の端に存在する禁止区域と呼ばれる場所に向かっていた。



 禁止区域とは、大和が九州にコロニーを建設する際に、住み込みで作業する作業員たちの家や建設資材などが置かれていた場所である。



 この禁止区域は大和コロニーが完成したタイミングで学園区画に統合されて再開発が行われるはずだったのだが、度重なる事故の発生で工事は延期に延期を繰り返して今に至るらしい。



 その場所には学園区画の不良たちがたむろしているという話から、犯罪者が隠れ家を作っているとか、夜な夜な怪物が現れるとか、そんな都市伝説にも満たないレベルの噂がたえなかった。


 もちろん噂の中には都市伝説や怪談じみたものもあるらしいし、それを研究している人もいるらしいものだが、生憎と僕の人生には縁もゆかりもない。



 大和に暮らす一般国民の一人としては、近づきたくない不気味な場所というイメージだ。



 その不気味なイメージも相まって、禁止区域という場所でプラスになるような明るい出来事が起こる想像は全く出来ない。



 僕が目的地に近づくにつれて遠くに見えていたはずの区画を隔てる外壁――ホワイトウォールが大きくなっていく。




 やがて禁止区域が近くなってきた頃――僕は美しいハーフアップの青髪、それを持つ女生徒の背中を見つける。




 「――委員長」




 僕は委員長が教室で見た姿と何も変わらないことに安堵しつつ、物陰に身を潜める背中に話しかけた。



 「わっ――みそっ、むぐ」



 委員長は突然声をかけられて目を見開いた。



 驚きで大きな声が出そうになったのか、自分で口を押さえている。



 もう少し気を遣うべきだったか、反省。



 「み、御園くん!? どうしてこんな場所に……」



 委員長は一度深呼吸して、ボリュームを絞った声で僕に尋ねた。



 「委員長、職員室に行くだけにしては暗い表情だったから。気になって、つい……」



 「そっか……そんな表情してたんだ。私、演技力はないみたいね」



 他の人は委員長の表情に気づいていなかったようだし、そんなことはないと思うけど。



 「でもこんな場所まで追いかけてくるなんて、御園くんは相当なおせっかいね」



 「あはは……それは否定できないや……」



 それをおせっかいと言われては身も蓋もないが、僕にとってこれは勇気だ。



 教室での委員長の行動が僕に勇気を与えてくれたおかげで出せた、人生初めての特別な『おせっかい』だった。



 「まぁでも、ここまできてしまったものは仕方ないわね。じゃあ御薗くん、私に協力してくれる?」



 「もちろんだよ。それで確認だけど、今は緑川たちを待ち伏せしているって認識でいい?」



 一応の確認、委員長と目的のすり合わせをしておく。



 「ええ、その通りよ。大階段前で緑川たちに声をかけてもよかったけど、あの場所は特別科の生徒が入れ替わりで集合していたようだし、特別科の人たちを混乱させても悪いと思ったから」



 どうやら、彼女が調和を重視するタイプだという僕の見立ては正しかったらしい。



 「緑川たちがやってきたら、私が彼らを説得するわ。だから御園くんはここで見つからないように待機していてもらえる?」



 「えっ……でも1人で説得するなんて危ない……と思う」



 彼女は一人で緑川たちのグループと対峙するつもりだ。



 委員長の物怖じしない態度に、僕は驚くしかない。



 何がここまで、彼女をそうさせるのだろうか。



 僕は委員長の勇気ある行動の根源が知りたくなっていた。



 「先に学園を飛び出したのは私だからね。御園くんは私がダメだったときの保険になってほしい」



 「保険……?」



 「そう。もしも私に何かあったら……戻って先生に状況を伝えて欲しいの」



 「もしもなんてそんな――」



 彼女は現実と向き合って、先のことを見据えていた。



 目の前のことしか考えられていない僕とは違う。



 「わかってる。もしもなんて起きないに越したことはないよね。だけど、この状況は普通じゃない。現実として私たちは、一般人が立ち入ることができない禁止区域の近くまできている。何が起こってもおかしくない状況なの。だから不確定要素には保険をかけておくべきだと、私は考えるわ」



 彼女は正しい。



 教室で失敗した説得がここにきて必ず成功するとは限らない。



 そこに保険をかけておくのは合理的だ。



 「だったら――」



 合理的な彼女の判断に対して僕は感情的だった。



 自分の勇気で女性を助けようと、心の奥底ではカッコつけようとしていたのかもしれない。



 ここは男の僕が緑川たちを説得するから、委員長が保険の役割を果たしてくれ。



 そう言おうとして――



 「御薗くんが言いたいことはわかるよ。でもね、これは私が売られた喧嘩だから」



 彼女の口から出てきたのは意外な言葉だったが、それは委員長の覚悟の強さを滲ませる言葉だった。



 普通なら喧嘩を売られたからといって、ここまでの対応をすることはない。



 その根底にあるのが勝ち負けの話だとしても、これは本質として相手を助けるための行動なのだ。



 相手を気遣える彼女は強い――僕は心の底からそう思った。



 僕はその覚悟が羨ましいと思った。



 「委員長は強いね。でも保険とか言ってそっちが本音なんじゃ……」



 「あ、ばれた? でも、いいかな……御園くんお願い……」



 真面目なトーンから一転、委員長は表情を切り替え、上目遣いで僕を見つめる。



 その視線は女性に免疫のない僕には大きな効力を発揮した。



 顔が紅潮して委員長のことをまともに直視できなくなる。



 僕の胸は高鳴っていた。



 「わかっ、た……よ……」



 「ありがとう御園くん! 話が通じる人でよかった〜」



 これは話が通じたというか、かなりのパワープレイだった気がする。



 「この騒ぎが終わったら――この髪飾りをあげる。まぁお礼ってことで受け取ってよ」



 そう言って委員長は自分のハーフアップの髪を留める蝶の髪飾りを見せてくれた。



 僕にアクセサリーの知識はない。


 それでも直感的に、美しいと感じる一品だった。



 「そんな悪いよ。僕が何かやったわけじゃないし」



 「いいのいいの。こんな場所まで来てくれたお礼ってことで。実は私、お化けが苦手なの。ほら、禁止区域には噂があるでしょう? お化けの声が聞こえてくると、気づけば自分もお化けになっていたってやつ。一人だとかなり心細かったんだよね」



 その言葉に僕は、禁止区域の噂を思い出した。



 『お化けの声をきいちゃだめ。逃げなきゃ帰れなくなっちゃうぞ。お化けの声をきいちゃだめ。逃げなきゃお化けになっちゃうぞ』


 

 禁止区域の噂は多すぎて把握できないレベルなのだが、そういえばそんな噂もあった気がする。



 「うん。ありがとう。その気持ちは嬉しいけど、で、でも僕は男だよ。髪飾りはちょっと……似合わないと思うんだ」



 「全然っ! そんなことないよ! 御園くん可愛い顔をしてるし! ……まぁそれはそれとしてさ。蝶々っていうのはね、縁起がいいの。御園くんの気持ちが沈んだときとかにさ。きっと御園くんを導いてくれるよ」



 「そ、そう……? ありがとう……」



 そしてなんだかんだと食い気味の委員長に丸め込まれて作戦が決まった頃、禁止区域付近に緊張感のない声がきこえてきた。


 

 「怪物なんて本当にいるんですかねー」


 「いるって先生が話してたじゃん、ねー龍ちゃん」



 「ああ……」



 生徒の一団が禁止区域に向かってだらだらと進んでいる。



 その歩みは早いとはいえない。



 僕らが先回りできたのはそのせいでもあるだろう。



 生徒の中心に緑川の姿があることから、彼らが普通科の生徒たちで間違いない。



 人数は変わらず九人もいる。


 あの全員の前に出るのか……。



 そんな相手の人数を確認して気を揉む僕のことなどいざ知らず、委員長は僕に行ってくると告げて、僕にウインクをした。



 今から自分が緑川たちと対峙するというのに、彼女は僕の心配をしてくれる。




 彼女は強い。



 もしもないんて起こらない。



 きっと上手くいく。



 彼女は上手くやる。




 委員長は物陰を飛び出した。



 そして――緑川を睨み付けるように、集団の前に立ち塞がったのだ。

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