第14話 2章 先輩と巡る学園(5)
先輩とともに学園歩き、時に駆け回り、先輩の新たな一面を知って、先輩の変化を色んな人からきいた。
僕はこの時間がいつまでも続けばいいのにと思っていた。
終わりの始まりを告げる言葉となったのは、そう――
「そろそろ時間もなくなってきたし、最後はあの場所を教えておこうかな」
そう言った先輩は昇降スイッチの昇の方を押して、エレベーターへと乗り込んだ。
それに倣うように、僕もエレベーターに乗り込む。
先輩が階層のスイッチを隠すように立っているので、どこの階に向かうのかはわからない。
先輩もこちらに笑みを向けてくるだけで、どこに向かうのかは教えてくれなかった。
僕ら2人だけを乗せた金属の箱に揺れや振動は一切ない。
しかしそれは反対に僕の心は期待に弾んでいた。
僕は少しだけ身体が浮遊するような火照るような錯覚を覚える。
「学園にエレベーターが設置されているなんて驚きました。短距離転送が主流になったこの時代に、過去の昇降システムが残って稼働しているなんて」
「鬼庭学園は歴史のある学園だからねー。そもそも大和コロニーを作る際に、九州に元々あった施設をいくらか持ってきたって話もあるし、その一つがこの学園なのかもね。まぁ古いだけあって増改築は常にやっているみたいなんだけど」
短距離転送装置(ポーター)が発明されて以降、エレベーターのような建築物を設計する上で多くのスペースを必要とする階層移動機構は数を減らしていったらしい。
しかしポーターにも導入の懸念は多く、普及しなかった地域も多かったという。
だがそれはコロニーやシェルターが建設される前の話で、今の時代ではポーターが一般的に普及している――いや、これは大和だけに限った話かもしれない。
結局は僕も大和の外、他の国の事情に関して詳しいわけではないのだった。
「最後の場所、気になる?」
考え込んでいた僕のことが気になったのか、先輩は目的地の話を切り出した。
そのことについて考えていたわけではないのだが、そう言われると考えてしまうし気になるのは間違いない。
「ええ、まぁ……」
しかしエレベーターの移動する速度はとても早く、会話する時間は少なかった。
僕としてはこの密閉空間に先輩と2人きりというのも、趣向としては悪くないと感じかけていたところなのだったが、そんな思いはポーンというエレベーターの到着音によってかき消される。
自動で開いていく金属製の扉。
その隙間から差し込む光と風。
外からもたらされる刺激が僕たちを襲った。
先輩は光と風を切り裂くように扉の外へと飛び出し、踊るようにくるりと回って天を仰いだ。
「じゃーん! この景色を独り占めできるのは最高でしょ」
両手両足をを広げて大の字のポーズで立つ先輩が高らかに声を上げた。
風が強く吹き付け、大和の人工太陽の光が一層眩しく感じるこの場所は――
「ここは学園の屋上……ですか」
エレベーターが向かった先は終点――屋上だった。
屋上庭園と書かれたこの場所から見える景色は学園区画を一望できた。
確かにここから見える景色は絶景に違いない。
しかしこの場所、この光景から僕が感じ取ったものは――目の前で明るく振る舞う先輩の態度とは対照的なものだった。
「この景色は……ひどく、寒い。冷たく感じます」
大和の中心にそびえる白き塔。
その全てを管理する大和管理センターセントラルホワイト。
僕らの住む大和コロニーを管理する強者たちの作り上げた権力の塔だ。
ここに住む者達に与えられた絶対の安全、絶対の安心、安定した生活――選ばれた日本人としての確約された生活を謳うコロニー国家の中心部分がそこにある。
それらの景色はあまりに冷たく、生を感じない。
ただ、僕が大和のことを信じていないからこのように感じているだけで、目の前の先輩のようにほとんどの人は整えられた生活を提供してくれる大和のことを信頼していることだろう。
この大和という強者たちが作り上げた世界の中で、僕のような弱者は本当に生きていると言えるのだろうか。
それこそ、いま僕の後ろで動いているエレベーターのような、世界の一部となってただ機能するだけの歯車にすぎないのではないか。
僕はそんな風に思えて仕方がない。
部品が壊れたら取り替えればいいように、それは替えのきくモノであって僕という存在である必要はない。
この世界(大和)で――僕は本当に生きているのだろうか?
この世界(大和)で――僕は本当に生きる意味はあるのだろうか?
そこには根源的な疑問を覚え、世界を疑う自分がいた。
つい先ほどまで先輩から勇気を教えてもらって、たくさんの想いを感じていたはずなのに。
大和という信じられない存在は、その全てを台無しにして僕を猜疑の塊に戻してしまう。
そんなことは考えなくていいと――弱い自分は気付かないフリをするべきだと、世界の歯車として生きるべきだと、僕の中の何かが訴えている。
でも同時に、妹のため、家族のためには弱さに胡坐をかくのではなく、目の前の問題を直視するべきだと考える自分がいた。
「透くん。本当のこと……世界の真実を、知りたい?」
そんな逡巡の最中、先輩の声音に黒く冷たいものが混ざるのを感じた。
そこにいるのは先輩のはずなのに、先ほどまでの快活とした雰囲気は露と消えて。
「この世界で生きるには、世界の歯車としてではなく、一人の人間として生きたいなら、透くんは知らなくちゃいけない。この世界の、大和の闇を。君は薄々気付いているんでしょ。だからこの景色に嫌悪感を抱いている。でもそれでは足りないの。世界の真実を知り、自分の中にあるものと向き合わなければ、生きられない。ここはそんな世界なんだよ」
「え――」
「……この世界の真実。私はそれに気づけた。うぅん、違うか。私は教えてもらったから、気づかせてもらったから変わることができた。この世界の神様が選んだ、選ばれた透くんにだから真実を伝えるよ。これが私に与えられた役目だからね。これから先――君はずっと辛い目に遭う。これから私が言うことを、君が運命に抗うためだと知った上で選択して欲しい」
それは唐突な未来の宣告。
その荒唐無稽な内容にも、先輩の表情には冗談の欠片も感じ取れない。
「先輩……何を、言ってるんですか」
わからない。
何もわからない。
先輩が何を言いたいのかも、先輩が何を伝えたいのかも。
先輩が何を知り、何のために行動しているのかも。
僕には何もわからない。
「君は自分の全てを捨ててでも、私を選んでくれる?」
「この世界は――だから」
「この世界を――ために」
先輩の告白と、世界の真実――この世界に僕が生きる意味。
そして突きつけられた選択と差し伸べられた手。
その手に僕は、ぼくは、ボクハ――
「セカイガヘイオンデアリマスヨウニ」
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