第6話 1章 運命であり奇跡 3人の少女
私、御園透架は兄との幸せな時間を終えて学園へと向かっていた。
通学に使用している紫電は奇跡的に席が空いていた車両に乗ることができ、私はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
朝の貴重な時間を使って整えた髪とメイク、衣服が満員電車のせいで台無しにされるのは、朝から全てのやる気を奪っていくので遠慮したい。
私は紫電を降りて学園への道に足を向ける。
学園までの道は舗装された地面と規則的に植えられた街路樹が面白げもなく続いており、人間が人間のために作ったものしか存在しない景色が広がっていた。
私は個性というものを剥奪された人工的な光景に怒りを覚える。
しかしこの程度のことにいちいち癇癪を起こしていても仕方がない。それに私自身の目的を達成するためを思えば耐えるべきなのだ。
そんな道には私と同じ鬼庭学園の生徒らしき人々が散見された。
その人々のことを鬼庭学園の生徒と断定せず、らしきという推測に留めているのには理由があった。
私の通う学園鬼庭学園は生徒の服装を指定していない。
服装は自由、あくまで生徒の自主性を重んじているらしい。
私はこの理由から、単に同じ方向に向かって歩いていて学生特有のなんかそれっぽい雰囲気がある彼らを同じ鬼庭学園の生徒だと推測――つまり私の勘で判断しているに過ぎないから推測という言葉に落ち着かせたのだ。
私としては決められた制服があったほうがわかりやすくて助かるのだが、かつて日本という国家は前に倣えの教育を徹底して個性よりも統一を意識していた。
その時代の日本という国家のイメージからは脱却しているし、これは成長したと言っていいのかもしれない。
かくいう私がどのような制服をしているのかといえば、黒いセーラー服の上に白のカーディガンという捻りのない服装だった。
自分が着ている服についてそんなことを言ってしまうと、この服をなけなしのバイト代で買ってくれた白兄に怒られそうだが、この服装を選んだのには私なりの理由がある。
私は新たな学園生活を清楚キャラで通そうと計画している。
そして私の中で清楚キャラといえば白色。
つまり――カーディガンを白にしたのは清楚っぽいという理由からである。
しかし自分の好みの話をすれば黒の方が好きなのでセーラー服は黒にした。
私がこの捻りのない服装を着ているのは、自身の理想と嗜好が白兄のバイト代によって叶えられた結果である。
ところでそもそもの話、なぜ私が清楚キャラを望むのか。
それは言ってしまえば学園という空間において清楚キャラのほうがなにかとウケがいい、という俗物的な理由になる。
それは私が多くの人間と関わり合いたいと思っているからであり、同時にみんなの中心でありたいとも思っているからだ。
私は資産家の家系でもなければ、権力者の家柄でもない。
金も権力もない私が人と繋がるにはどうすればいいのか――私は考えた。
それから考えて考えて考え抜いた結果――学園の清楚キャラポジションこそが私の求めるモノを得るための最短の道だと結論を出したのである。
ちなみに学生のステータスといえば学力や運動能力が挙げられると思うが、学力は上の下くらいを、運動能力に関しては平均を目指すつもりだ。
下手に一番の成績を修めて有名になってしまい、どうでもいい争いに巻き込まれるのはゴメンだが、馬鹿な清楚キャラは私のイメージに合わない。
波風を立てずに生きるためには自分に折り合いをつけるしかない。
私が求めるのはもっと純粋な、誰にも影響されない色であるはずなのに。
それが私の理想であるはずなのに。
この世界はどうしようもなく私を縛る。
色を求める私を縛る。
でも、諦めない。
私は、諦めきれない。
だから私は求め続けるのだ。――純粋な、色を。
そして――――私の理想を体現するかのような存在が目の前に現れた。
大和の華族のみが乗ることを許された黒塗りの車両から姿を現した一人の女生徒。
長い黒髪をたなびかせ、私と対照的な漆黒のカーディガンを身に纏ったその姿は、まさに黒き女王と呼ぶのがふさわしい出立ちだった。
その色は――純黒。
その人は――衝宮濡羽。
穢れを知らぬ輝きを纏いし濡羽色がそこにはあった。
私はそれを美しいと思った。
私はそれを理想だと思った。
そんな彼女が車を降りた場所はいつの間にか人だかりでいっぱいになっている。
目の前の光景は、登校2日目の今日にして、学内が彼女に魅了されていることを示していた。
彼女がすり寄ってくる男どもを完全に無視して学園内への一歩を踏み出すと、モーゼが海を割ったかのように人の壁が開かれた。
彼女は彼女のために用意された道を進んでいく。
その姿の勇ましさと凛々しさ、流石は大和を統治する十の華族――大和十華に名を連ねる衝宮のご令嬢といったところか。
それと重ねて服の上からでもわかる主張の大きな胸と尻、こんなものを見せつけられては本当に同じ新入生なのかを疑いたくもなる。
血統や身分の違いは体の発育にも直結しているのだなと私はしみじみ思った。
「とても凛々しいお姿……」「美術品すらあの方の美しさには敵いません」「自分如きが彼女の視界に入っている、なんて光栄なんだ」「何もかも違いすぎて自信なくすなぁ……」
熱を帯びた羨望の声の中には、私と同じ感想を抱いた者も少なからずいるようだった。
私が彼女を認識した先日の入学式から私を含めた一部の女生徒は女としての自信を喪失している、もしくは比べることすらおこがましいと感じた人もいたことだろう。
それは雄大な景色に見惚れるようなもの。人間という生物は規格外の存在を認識したとき、感嘆の言葉しか出てこなくなるのだなと私は思った。
しかし、そんな彼女とも同じ学園で同じ特別科で――同じ新入生なのだ。
この条件に当てはまる人間は多く存在するとはいえ、その数は絞られる。
そして日本には縁という言葉があることを私は知っている。
もしかすると彼女と友達になるなんてこともあり得るのかもしれない。
私は別に親友になるほどの親密な関係を求めているわけではないが、同じ学年の子と友達になり、交流を持つことに憧れはあった。
それは、ずっとベッドの上で本ばかり読んでいてできなかったことだから。
私はそんなことを考えながら女王の行軍を見送った。
そして私が大階段を登ろうとしたとき、階段の中腹に女生徒が1人立ち尽くしているのが目に入った。
私と同じく衝宮濡羽を見送った生徒たちは彼女のことを気に留めることなく階段を登っていくが、私だけは彼女から目を離さなかった――いや、離せなかったという方が正しい。
私の胸は高鳴っていた。一体彼女の何がそうさせるのか、理由はわからなかった。
「――――――――」
視線を落とした彼女と私の視線が交わって、私は――――を確信した。
『彼女』と会うのは初めてのはずだった。
しかし私の感覚器官、精神、そして魂にいたるまでの全てが、この出会いを運命とも奇跡とも捉えていた。
先ほどの出来事ではないが、これは縁と表現するのが的を射ているだろう。
私は走り出した、彼女と出会うために。
私は駆ける、彼女の元へと。
「私のっ、名前は――御園透架っ。これから、はぁ、えと、よろしく」
私は運命に導かれ、その勢いのままに大階段を中腹の一段下まで登った。階段を登ったせいで体が重くなる感覚に襲われる。
なんとか息を切らせながらも名乗り、私は上段の彼女に向けて右手を差し出した。
彼女とはこれが初対面だとか、階段の真ん中でなにをやっているんだとか、体がまだ重いとか、その他諸々のことはどうでもよかった。
――気づいたときには、もう。
体を魂が動かしていて、すでに声をかけていたから。
自分より上段の相手に手を差し出すのは、まるで王に仕える騎士のよう――あれ?
舞踏会で男性が女性を誘うやつだったか。
よく思い出せないが、まぁそういった類のものだろう。
「私は……えっと………………新開、水凪。よろしく……です?」
私から見て上段の彼女は小首をかしげながらも、しっかりと挨拶を返してくれた。
気恥ずかしさからか手は取ってくれないが、私はその憂いを帯びた青い瞳に見惚れていた。
その瞳は澄み切っていて、この大和の人工の空よりも、なによりも青く美しいと感じる。
だから私は問う――その瞳に何が映っているのかを知りたいから。
「なにを、みていたの?」
それは、あなたのことを知りたいから。
「なにも、見てないですよ。でも――私はこの場所になにかを感じているんです。いま言えるのは、何もないが、あるということだけですけど。あ、すいません。初対面でこんなことを言われても困りますよね」
彼女は自嘲気味に笑って答えた。吹っ切れたように話す彼女の言葉はどこか諦観を感じさせ、それが彼女の脆さと儚さを私に印象づける。
「ふふっ。いいね、すごくいい」
自然と笑みが溢れていた。それは決して侮蔑や嘲笑が込められたものではなく、同類を見つけたときの、嬉しいときの笑みだ。
この人と一緒にいたい、触れ合いたい、同じ時を過ごしたい。
そんな喜びに満ちた感情が心の奥底から湧いてくる。
「じゃあ、それを私と探してみない? そのなにかってやつを、さ」
私の言葉を聞いた彼女の顔がぱっと明るくなった。
しかし次の瞬間にはハッとしたように目を逸らし、彼女はおろおろとして顔を紅潮させる。コロコロと移りゆく表情がとても綺麗に思えた――いや、今の私には彼女の全てが愛おしく見えているのかもしれない。
「え!? で、でも……いいんですか? 私なんかのために……」
「いいんだよ、私が手伝いたいだけだから」
「わ、わかりました。じゃ、じゃあ……よろしく、お願いします。御園さん」
「透架でいいよ。私も水凪って呼ぶから」
彼女の前では不思議と自分を偽る気がしなかった。
相手に良い印象を与えたいというのは常に意識しているはずなのに、なぜだろう?
「えっ、ええっ。いきなり下の名前ですか!?」
彼女はすごく驚いているが、そこに嫌悪感のようなマイナスの感情はなかった。
「私たちが出会ったのはきっと運命なんだよ。だから下の名前で呼んでもいいの。ほらっ、私の名前を呼んでみてよ」
「う、うん。よろしく………………透架!」
戸惑いながらも今度こそ手を取ってくれた彼女から伝わるものが、私の運命を決定的なものにする。
それは柔らかな手の感触と。
それから、それから。
世界を――する、カラー。
ああそうか、やっぱり彼女は――だ。
私と彼女の出会いは――運命であり、奇跡なのだ。
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