第2話 序章
「どうして真面目な人が損をするんですかっ!」
執務室に響き渡るほどの声に、俯いて手を動かしていた何人かの同僚が、顔をあげた。
思わず大きな声をあげたリンだったが、恥ずかしさよりも、憤りの感情が勝った。その様子に、最近目に見えて髪の毛が薄くなってきた中年の上司が、またか、と言った様子で小さくため息をつく。
「気持ちは分かるけどさ、あの人から魔法使用税を取り立てるの、ものすごいエネルギーがいるんだよ。差し押さえしようもんなら、弁護士とか議員とか、あと見た目が怖い人とか連れて来て、1日中喚き散らすの。そんなことになるぐらいなら、確実に取り立てれるところから取れればいいじゃない」
反省する様子もなく上司はつっけんどんに反論する。その様子がさらに、リンを意固地にする。
「だから、それが横柄な態度を招くんですよ!私たち公務員は、皆に平等でなくちゃいけないんですよ!決められた税金を、自分の感情だけで払わない人を許すわけにはいきません!どうしてそう思うことがいけないんですか!」
「いや、だから費用対効果がねえ……」
その台詞を耳にしたとたん、リンの頭の中で、何かが壊れる音がした。ぐっと押し黙ると、呆れたとばかりに黙って背中を向ける。
「なんですかそれ!……もう知りませんっ!」
話にならない。強くそう思いながら、胸の奥にわだかまるストレスを押し殺し、リンは顔を真っ赤にしながら自席に帰る。周りは何事もなかったかのように、また、黙々と仕事に戻っていた。
「リンちゃん、最後の日まで仕事に熱心だねえ」
となりに座っていた、先輩のチグサが声をかけた。
「すいません、明日から選挙管理委員会に異動なのに、こんな大声出して……」
リンは少し気まずそうに返事をする。
「いいのよ、リンちゃんが正しいから。あの係長、ちょっと難しいお客から逃げる癖があるからね」
「私、我慢できないんです。この魔法使用税課の収納係の一番大事な仕事は、ちゃんと税金を納めてもらうことだと思うんです。安定して魔法を使うにも、魔石を加工したり、魔力補充装置を各地に配備したりするのに、たくさんの税金を使わないといけない。そのために、ほとんどの魔法使いさんは、きちんと税金を納めてくれているのに、自己都合だけで、それを納めていない人って許せないんです。言ってみれば万引きと一緒ですよ!」
チグサはうんうんと深くうなずいた。昔から真面目過ぎて融通がきかないと周囲から言われ続けていたリンにとって、自分の話を流しもせず、バカにもしないチグサは数少ない信頼のおける先輩だ。
「わかるわよ、私も窓口でお客さんに、知り合いが税金を払っていないのを許しているのに、自分には厳しく取り立てて不公平だ、って半日ぐらいずっと怒鳴られたこと、あるもの。半分、正論よねえ」
「半分、ですか……」
チグサの台詞に、リンは疑問が沸いた。てっきり、ほとんど正解だと言われるものだと考えていたからだ。
「まあまあ、難しく考えなくてもいいのよ。どんな理由があっても、税金を払わない理由にはならないっていう単純なことよ。さ、引き継ぎ書の作成は私がやっておくから、リンちゃんは今日はもう、定時で帰りな。ここ最近、ずっと残業してたでしょう?」
チグサの温かな言葉に、リンは素直にうなずいた。
その時、終業の鐘の音がなった。リンはチグサに丁寧にお辞儀をして、さっさと荷物をまとめて執務室から外へ出る。最後の最後で上司と揉めてしまったことを、今更ながら少し後悔していた。
明日からは、今日と全く違う環境で、全く違う仕事をする。入庁して初めての部署異動で、実感は乏しかった。
けれど、とリンは小さく息を吐いた。今の課に不満があったから、もしかしたら、次は良いところかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、リンはまっすぐに前を向いて、家路につくのだった。
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