最近彼氏ができたばかりの幼馴染に「キスしてほしい」とせがまれたので、普通に無理と断ったら様子がおかしくなった

戯 一樹

第1話



「ねえ和樹かずき。ちょっとキスしてほしいんだけど」



 放課後の帰り道だった。

 幼馴染の真彩まあやと雑談しながら一緒に帰っていた時に、脈絡もなくそんな事を言われた。



 彼氏持ちの女子が、童貞の俺に、だ。



「キス……きす?」

「そういう魚の鱚と聞き間違える定番のボケはいいから」

「なぜ発音だけでわかった」

 さすがは俺の幼馴染──こっちの考えなんてお見通しってわけか。

「で、それは一体なんの冗談なんだ?」

「冗談じゃないけど?」

「冗談じゃなかったら、なおさらまずいだろ……」

 なんなのこいつ? この夏の暑さに頭でもやられたの?

「ていうかお前、最近彼氏ができたって言ってなかったか? 俺はまだ会った事ないけど、なんか別の高校に通ってるとかいう……」

「うん。バスケ部のエースだよ」

「そのエースな彼氏がいるのに、別の男にキスなんてしていいのか?」

「だって和樹は単なる幼馴染だし。男としてカウントされないから問題ないよ?」

 十二分に問題なんだよなあ。

「いや、真彩はそれでいいかもしれないが、向こうはそう思わんだろ。俺だって男なんだぞ?」

「生まれてこの方十六年、一度も彼女なんてできた事がない童貞なのに?」

「童貞は男ですらねぇってかオイ」

 まあ一理あるか。真理まである。

「なんにせよ、他の男とキスはさすがにやばいだろ」

 そもそも、と首筋に伝う汗を手の甲で拭いながら俺は続ける。

「なんでお前、急に俺とキスしたいなんて言い出したんだよ?」

 という俺の質問に対し、真彩は「んー」とちょっと考えるように夕空を見上げたあと、あっけらかんとした口調で返した。



「──予行練習、みたいな?」



「いや予行練習って……」

 当惑するあまり、思わず頭を掻いて口を閉ざす。

 本当に何を言い出してんだ、この幼馴染は。

「……キスなんて予行練習でするもんじゃないだろ」

「知らないの和樹? 最近の女子高生は予行練習で軽くキスするもんなんだよ?」

「マ!?」

 どうなってんの最近の女子高生の貞操観念は。俺はもう付いて行けんよ……知らない間に一気にジジイまで老け込んだ気分だよ……。

「いやいやいや。本当かどうかは知らんけど、やっぱ付き合ってる男がいるのに他の奴とキスしちゃいかんだろ。浮気はよくない」

「だから、和樹は男としてカウントされないんだってば」

「カウントしろ、今日から。いくら高校生になった今でも仲が良い幼馴染だからって、節度は守らんとあかんだろ。俺と真彩は恋人同士じゃねぇんだからよ」

「友達同士のキスならありなんじゃない?」

「同性ならともかく、男女はまずいだろ。欧米でもねぇんだからさ」

「そんな堅苦しく考える必要ないのに……」

「ダメだダメ。絶対にダメ」



「私、そんなに魅力ない……?」



 と。

 断固として断り続ける俺に、真彩は少し傷付いたように視線をアスファルトに落とした。

「私、いつか彼氏と初めてのキスをした時に失敗したくないから、その前にちゃんと練習しておきたかっただけなのに、そんなに私とキスしたくないの? 私ってそんなに可愛くない……?」

「いや……」

 と言葉を詰まらせつつ、俺はそれとなく真彩の顔を見る。

 ぶっちゃけ真彩は可愛い。幼馴染の俺から見ても、そこらの女子よりもよっぽど可愛いと言えるくらいには。

 目はクリクリしてるし、鼻梁はスッと高いし、でもそれ以外のパーツは小さくて可愛いし、肩まで伸びたカラスの濡れ羽色みたいな髪はふわふわで手触り良さそうだし、まさにこれぞ美少女といった感じではある。

 だから、魅力がないなんて事はないのだ。

 ないのだが──



「ねぇ和樹。私とキスしよ……?」



 と。

 俺が考え事をしていた間に、真彩が「ん〜」と不意に唇を近付けてきた。

 そんな真彩に、俺は──



「ストップ」 



 といった具合に、持っていた鞄でとっさに真彩の唇を防いだ。

「だからダメだって言っただろ」

「意気地なし……」

「意気地なしでけっこう。男として、不貞な真似はできんからな」

「据え膳食わぬは男の恥って言うのに?」

「毒とわかっている据え膳を食うほどバカじゃない」

「誰が毒か」

 ゲシっと真彩に太ももを蹴られた。全然痛くないもんねー。

「ほら、さっさと行くぞ」

 それまで止めていた足を進める。もう夕方だが、この真夏の晴天下にいつまでもいたら熱中症になるかもしれんしな。真彩の親父さんとお袋さんを心配させるような真似はさせたくない。

 真彩は俺の大切な幼馴染だ。恋人になる事はこの先何があってもないだろうが、家族みたいなものだと思っている。

 そんな大切な存在を一時いっときの気の迷いで手を出したくなんかない。

 これからも、この心地良い関係を続けるためにも。

 それに、俺にはもう──



「ニブチン……」



 先行して帰路を歩いていた時だった。

 そんな呟きが聞こえたような気がしたので後ろを振り返ったら、真彩が不満そうに唇を尖らせていた。

「? なんか言ったか?」

「なんでもありませーん。和樹のバーカ」

「え? なんで俺、罵倒されたの……?」

 何故か頬を膨らませながら足早に先を進む真彩に、俺ははてなと首を傾げた。



 ○ ○ ○



 私には、小さい頃からずっと仲良しの男の子が──幼馴染がいる。

 今でも二人で遊びに行くくらい、すごく仲の良い幼馴染が。



「今日も何も言えなかった……」



 お風呂上がりに火照った体でベッドに倒れ込む。

 お風呂上がりなのに全然気持ちが落ち着かない。さっきからずっと気分が沈んだままだ。まるで海底に沈んだ船のように。

「せっかく勇気を出して『キスしよう』って言ってみたのに……」

 枕に顔をうずめながら、私はボソッと呟く。

 今日こそは私の想いに気付いてもらう予定だった。この長年の想いに決着を付けるつもりだった。

 けれど、私の想いは全然気付いてもらえなかった。



 私の好きな人は──幼馴染の和樹は、いつも通り私をただの幼馴染としか見ていなかった。



 昔からそうだった。いくらこっちがアプローチしても、和樹は全然私の想いに気付いてくれない。

 いつだって私を仲の良い幼馴染としか見てくれないのだ。

 だから今日はいつもより思い切って攻めてみたつもりだったけれど、結局ダメだった。

「んも〜っ。和樹のバカバカ〜っ」

 バンバンと枕を両手で叩く。今日のフラストレーションをぶつけるように。

 いや、和樹は悪くない。悪いのは私だ。

 ずっと告白もせず、今日みたいに遠回し(言うほど遠くもないと思うけれど)にアプローチするばかりで直接自分の口から何も伝えていないのだから。

 それも、中学生になったばかりの頃に初めて和樹を異性として意識するようになってから、ずっと。

 つまり、かれこれ四年近く片想い中なわけだけれども、今のところ、その想いが成就する気配は微塵もない。

「はあ。もうあんまり時間もないのに……」

 溜め息を吐きながら、私は呟きを漏らす。

 そう──私にはもう時間がないのだ。

 だって、私は──



「うわ、姉ちゃんがまたナーバスになってる……」



 と。

 ひとり落ち込んでいた中、弟の聡太そうたが私の部屋に無断で入ってきた。

「ちょっと、入る前はノックくらいしてよ」

「したよ何度も。どうせ和兄かずにぃの事でも考えていたせいで聞き逃しただけなんじゃない?」

「うっ……」

 なかなか鋭い。

「で、何しに来たの?」

「英和辞典、返しに来た」

 言って、私が貸していた英和辞典を掲げる聡太。

 聡太は中学生三年生で、今年は受験生になる。だから私が使っている辞典や参考書をたまにこうして借りに来るのだ。

「あー、そのへんに置いといて。ていうか調べものくらいネットで調べたらいいのに」

「一度ネットを見ちゃうと抜け出せなくなっちゃうから自制してるんだよ。勉強が進まなくなっちゃうし」

「ふーん。で、用ってそれだけ?」

 気怠げに訊ねた私に、聡太は「いや」と首を横に振って、

「姉ちゃんが風呂に入ってた間に和兄から電話があったから、それを伝えておこうかと思って」

「和樹から!?」

 思わずガバっと起き上がった。

 我ながら凄い俊敏な動きだった。

「で、和樹はなんて!?」

「うわ、すごい食い付きよう……。いや正直、僕の口からは言いにくい事なんだけどさ……」

「なによ。ぐだぐだ言ってないで、はっきり言いなさいよ」

「じゃあ言わせてもらうけどさ」

 言って、聡太は嘆息混じりにこう続けた。 



「姉ちゃん、和兄に『キスしてほしい』って言ったんだって?」



 思わず体が硬直してしまった。二の句が継げなかったくらいに。

「和兄、心配してたよ? いきなりあんな事を言い出して、彼氏とうまくいってないんじゃないかって」

「うっ……」

「ていうか──」

 言いながら、聡太は壁に寄りかかって、腕を組みながら呆れ顔で言葉を紡いだ。



「姉ちゃんってさ、まだ彼氏がいるって和兄に嘘吐いてんの?」



 その言葉に。

 私はそばにあった枕を手に取って、力強く抱き締めた。

「うん……」

 首肯すると、聡太の口から「やっぱり」と心底呆れたような言葉が返ってきた。

「和兄の気を引きたかったのはわかるけどさ、思いっきり逆効果だって。和兄、めちゃくちゃ応援しちゃってるよ?」

「知ってる……」

 実際、今日も彼氏の話が出たけれど、和樹はどうとも思っていない様子だった。

 どれだけこっちの方からアプローチしても全然靡なびかないから、彼氏が出来たって嘘を言えば、少しは私に対する意識を変えてくれるかもしれないと──あわよくば好きだと思ってくれるかもしれないと期待していたけれど、完全に裏目に出てしまった。

 こんな事から、最初から彼氏がいるなんて嘘を吐かなきゃよかったって後悔するくらいには。

「だったら、さっさと嘘なんて撤回しなよ。そんで思いきって告ってみたら? 端から見てるとすごくじれったいんだよね、姉ちゃんの態度」

「無理よ。今さら嘘だったなんて……」

 だって嘘だったなんて言ったら、和樹にどう思われるかわからない。

 和樹なら「バカだなあ」と笑って済ませてくれるかもしれないけれど、絶対の保証はない。最悪、彼氏がいるなんて嘘を吐く痛い女と見られかねない。それだけはイヤだ。和樹との間に溝ができるような真似だけは絶対に。

 それに、私だってわかってはいるのだ。さっさと告白した方がいい事くらいは。

 でも、それが簡単にできないから、こうしてずっと苦悩しているわけで──。



「私だって告白できたら告白したいよ。でも、怖くて無理なの。断られたらどうしようって想像しちゃったら、どうしても言えなくなっちゃうの……」



 これが私の偽ざる本心。

 あっさり断られて恋が終わるのも怖いけど、和樹とのこれまでの関係が壊れてしまう方がもっと怖くて仕方ないのだ。



 だって和樹は、私の大好きな人ではあるけれど、同時にとても大切な幼馴染でもあるから──



「ほんと、じれったいなあ。和兄と一緒の高校まで行っておいて告白待ちなんてさ。和兄、ただでさえ鈍いんだから、遠回しのアプローチだけじゃ全然伝わらないよ?」

「……わかってるってば。でも私には私のやり方があるの。いつか絶対私の気持ちに気付いてもらう予定なんだから、聡太は何もしないでよ?」

「まあ、姉ちゃんがそれでいいのなら、僕からは何も言わないけどさ……」

 と、もう用は済んだとばかりに踵を返した聡太が、部屋から出て行く前に私の方を振り返って言った。



「でも、再来月からアメリカに住む事だけはさすがに伝えておいた方がいいよ。姉ちゃんが言うなって口止めするから、僕からは何も教えてないけどさ」



 それじゃあね、と言って部屋から出て行く聡太。

 そんな聡太の後ろ姿を見送ったあと、私は再び仰向けになる形でベッドに倒れた。

 聡太の言う通り、私達家族は再来月になったらアメリカで暮らす事になっている。お父さんの仕事の関係で。

 しかも、いつ日本に帰れるかもわからないらしい。

 ちなみに、聡太だけは野球の強豪校に行って甲子園を目指すというちゃんとした夢があるので、高校を卒業するまでは地元を離れて東京にいるおじいちゃんおばあちゃんの家に住むらしいけれど、私はお父さんとお母さんに付いて行く事になっている。

 最初こそ、私も反対していた。

 ここに居たいって。日本から離れたくないって。 



 でも、その希望は叶わなかった。

 私ひとりを置いていくわけにはいかないと、お父さんとお母さんに猛反対されたのだ。



 だったらせめて、私もおじいちゃんとおばあちゃんの家に行って日本に残るとも言ってみたのだけれど、子供が二人も厄介になったらさすがにおじいちゃんとおばあちゃんの負担が大きくなると、これも却下された。

 つまりどうあっても、私は両親と一緒に渡米するしかなくなってしまったのだ。

 正直、和樹にこの事を伝えるべきかどうか、今でもずっと迷っている。もちろん和樹の立場で考えたらちゃんと言った方がいいんだろうけど、今の私にはどうしてもできなかった。



 だってアメリカへ行く事を伝えてしまったら、もう和樹とは二度と会えないような気がしたから……。



 別に何かしらの根拠があるわけじゃない。完全に私の勘だ。我ながら、なんの説得力もないと思う。

 けれど、一度そう思ってしまったら、自分ではどうしようないくらい不安に駆られてしまうのだ。

 一度でも口に出したら、和樹と会えなくなっちゃうかもしれないって。

 だから、私にはもう時間がない。



 私がアメリカに行く前に、和樹の方から告白してもらわないとダメなのだ。

 恋人同士にさえなれれば、お互いに遠く離れていても確かな愛で繋がっていられる気がするから──



「できるかな、私に……」

 ついそんな弱気が私の口からこぼれる。

 ううん、弱気になっちゃダメ。絶対和樹の方から告ってもらうという強い意志を持たなきゃ。

 でないと、このまま一生和樹と離れ離れになってしまう。

「今度こそ絶対告白させてみせるんだから……!」

 ぐっと握り拳を作って。

 誓いを立てるように、天井へと拳を掲げた。



 ○ ○ ○



 最近、真彩の様子がおかしい。

 なんだか前よりもスキンシップが多くなってるし、笑顔がわざとくさいし、そのくせ目が合ったら露骨に視線を逸らそうとするし、マジでわけがわからん。

 今までこんな真彩は一度も見た事がないだけに、正直対応に困る。

 ただ、なんとなく心当たりはあった。



 数日前に、真彩から「キスしてほしい」と言われた時だ。



 あの時は俺も心配になって、真彩の弟である聡太に彼氏と上手くいってないんじゃないかと相談してみたのだが、

「心配する必要はないよ。たぶん姉ちゃんの悪ふざけだろうからさ」

 と言われて、俺もそう受け取る事にした。

 だが今にして思えば、悪ふざけにしてはけっこう真剣だったというか、何か思い詰めたような表情をしていたような気がする。

 聡太には心配するなとは言われたが、やっぱり真彩の奴、彼氏とケンカでもしたんじゃないだろうか。

 だから一時的な寂しさを紛らわすために、幼馴染である俺にちょっかいを掛けた……と考えた方が自然な気がした。



 となると、幼馴染としては放っておけない。

 どうにかして真彩を元気付けてやらねば! 



 そう一念発起した俺は、学校が休みの土曜日にとある場所に行って目的の物を購入したあと、真彩を近所の公園へ呼び出したのだった。

「……で、話ってなに?」

 夕暮れ時の閑散とした公園に、カジュアルなTシャツにレーススカートという私服姿でやってきた真彩。

 しかもうっすらとメイクもしていて、何かいつもよりオシャレだなと不思議に思いつつ、俺は「おー」と応えつつ、真彩の正面に立った。

「実はお前に渡したいもんがあってさー」

「渡したいものって、ラブレターとか?」

「なんでじゃい」

「えぇ〜? 違うの〜?」

「当たり前だろ」

 なんでちょっと不満げなんだよ。意味がわからん。

 などとツッコミを入れつつ、俺はズボンのポケットから紙の小袋を取り出した。

「ほい、お前にやる」

「私に……?」

 訝しげに眉をひそめながら、素直に紙袋を受け取る真彩。

「あ、この朱印、縁結びで有名な神社のじゃん。なんでそんなところに和樹が?」

「それは、その袋を開けてみればわかる」

「袋を?」

 と聞き返しつつ、真彩は紙袋を開けて中身を取り出した。



「あ、お守り……」



 真彩の言った通り、それは隣県にある縁結びで有名な神社のお守りだった。

 それも、恋愛成就の。

「これ、私のために買いに行ってくれたの……?」

「おう。なんか最近、元気が無さそうだったからな。たぶん彼氏とケンカでもしたんだろうなあって思ってそれを買いに行ったんだ」

 けっこう遠くにある神社だったから、まあまあ電車賃がかかってしまったが、大切な幼馴染のためと思えば安いものだ。

 なにせ縁結びで有名な神社で買った恋愛成就のお前だしな。これならきっと、真彩も元気を出してくれるに違いない!

 と、思っていたのだが。



 お守りを受け取った真彩の表情は、あんまり嬉しくなさそうに見えた。



「あー、悪い。それ、いらなかったか……?」

 微妙そうな顔をしている真彩に、俺はなんだか申しわけない気分になって顔を伏せた。

「そうだよな。よくよく考えたら彼氏がもういるのに恋愛成就ってなんか変だもんな。考え足らずだった。ほんとすまん……」



「そ、そんな事ない!」



 と。

 落ち込む俺に、真彩が慌てた様子で言葉を返した。

「嬉しい! すごく嬉しいよ! ありがとう和樹!」

「マジか。ホッとした〜」

 良かったわ〜。これでいらないとか言われたら、しばらく立ち直れないところだった。

「和樹ったら、そういう世話焼きなところ、昔から全然変わってないね」

「そうか?」

「そうよ。まあ、そこが和樹の良いところだとは思うけれど……」

「おお。珍しく真彩に褒められた」

「えー? 私、これでもけっこう褒めてきた方だと思うけどなー。ていうか、私にこんなお守りを買うくらいなら、自分の分でも買えばよかったのに」



「ん? それならちゃんと買ったぞ。俺、好きな人いるし」



 そう言った瞬間。

 えっ、と真彩の笑みが強張った。

「……それ、本当……?」

「おう。なんか照れくさってお前には言えずにいたんだけどさ、実は俺、けっこう前から好きな奴がいたんだよ。それも同じクラスの女子で。お前は別のクラスだから知らんかもなー」

「そう、なんだ……」

 ん? なんか微妙な反応だな。俺に好きな女子がいるとわかって驚いてんのか?

「和樹は、その人に告白するつもりなの……?」

「いつかはな。だからお前も、ちゃんと彼氏と仲直りしろよ? 俺に彼女が出来た時に、お前は彼氏と別れたあとだったなんてオチ、絶対イヤだぞ?」

「あはは……。うん、努力するよ……」

 うーん。やっぱ微妙な表情してんなー。

 笑ってはいるけれど、なんか悲しげっていうか。

 ともすれば今にも瞳に涙を浮かべそうな真彩の面持ちに首を傾げつつも、

「とりま、今日はそれを渡したかっただけだから」

 と、俺は口を開く。

「ああ、そうそう。なんか困った事がいつでも俺に言えよ? 俺達、幼馴染なんだからさ」

「幼馴染……」

 おう、と首肯しつつ、俺は真彩に向かって拳を突き出した。



「俺達、これからもずっと最高の幼馴染のままでいような!」



 俺の言葉に、真彩はなぜか一瞬だけ傷付いたような顔をしたあと、それからぎこちなくはにかんだ。

「……うん。そうだね」

 言って、真彩も拳を突き出してコツンと俺の拳に当てる。

 昔からよくやっているやり取りなのだが、なぜか今日はいつもよりちょっと弱々しい気がした。

 もしかしたら、今日は体の調子が悪かったのかもしれんな。最近は夏真っ盛りって感じですごく暑いし。

 だとしたら、夕方とはいえ、あんまり外で長々と話すべきじゃないな。俺は俺でこれから家の用事もあるし。

「じゃあ、俺はこれで帰るわ。またな!」

 言って踵を返した俺に、真彩は何度か迷うように手を上げ下げしたあと、意を決したように笑顔で手を振った。



「うん。バイバイ、和樹──……」



 その言葉を聞いて、俺は一瞬足を止めた。

 なぜならその時の真彩の笑顔が、今にも消えてしまいそうなくらいにとても儚げで。



 まるでもう一生会えないかのような、永遠の別れを告げるかのようだったから──



「ま、気のせいか……」

 そうだよな。小さい頃からずっといたんだし、いきなり離れ離れになるはずもないか。

 どこかへ行くなんて話も全然聞いてないし。

 だから今のは、きっと何かの気のせいだろう。

 そう判断して、俺はさっさと公園を離れた。

 そして、目の前の交差点を青信号になったと同時に駆ける。



 ふとどこかで、子供のように泣きじゃくる声が聞こえた気がした──。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最近彼氏ができたばかりの幼馴染に「キスしてほしい」とせがまれたので、普通に無理と断ったら様子がおかしくなった 戯 一樹 @1603

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ