蠱毒から生まれしもの

 ザクザク


もう手の感覚がないほどに何回この手を振っているのだろう。


 ごめんなさい、ごめんなさい


その言葉は声にならず、ただただ、刃物を握った手のみが振られる。

そして、終わりの時はやってくる。


 ビー!


いつものように管理部屋で同僚とだべっていると音がなる。


 「あ、終わったか。」

 「もうだらける時間も終わりか。

さてさてどうなっているかな?」


音とともに点灯し始めたスイッチを押す。

すると目の前の画面に映像が映る。


 「うわっ、今回もひでえな。」

 「一面血の海だからなあ。」


この実験施設ではある実験が行われている。

この世界にはスキルというものが宿り、それは全ての生物に与えられる。

その与えられるスキルの時期は種族によって違い、人間であれば10才ほどで手に入る。

スキルは様々であり、スキルが発現した時点でそれを感知するセンサーが働き、スキル鑑定機がスキルを調べる。

その調べられたスキルにより、国からの援助が決められる。

有用であれば、国に重宝され、不用であれば、少ない援助のみとなる。

そんなスキル至上主義の中、この実験施設で試みていることがある。

それが蠱毒と呼ばれる実験。

内容としては不用とされたスキル持ちを集め、殺し合いをさせ、スキルの覚醒を促すもの。

残酷なものではあるが、成果は出ているために秘密裏ではあるが、続けられている。

そのためにつくられた部屋がこの画面には映っている。

黒々とした内装の大部屋が映っており、その至るところに血がついている。

ちなみに黒々としているのは幾度も血がかけられ、それが取れなくなっているためである。

この仕事を始めて、かなり経つがこの確認作業には気が滅入る。

が、それだけ給料がいいのでそれは我慢する。


 「で、今回の勝者はと。」

 「多分、あの真ん中の獣だろうな。」


映像の部屋の真ん中には横たわる黒い獣の姿。

特に動く様子はない。


 「あれ?動かないな。」

 「最後までやって力尽きたのか?いや、でも生命反応はあるよな。」


動くこともなく、息をしている様子もないが、生命反応をみるセンサーは反応しており、その数値は「1」と表示されている。


 「何にせよ、回収しなくちゃな。」

 「だな、ああ、着替えるのめんどくさいな。」


そうブツブツ文句を言いながら、男達は防護服のようなものを着込む。

男達は着替え終わるとどこかに隙間が空いていないか互いに確認し、問題がないことがわかると、そのまま部屋を出ていく。


 コツコツコツ。


部屋を出ると靴の音だけが廊下に反響する。


 「にしてもよ、この防護服って凄いよな。

あの部屋で殺し合いをさせるために調合されたガスを無効化できるんだからよ。」

 「確かにな、これならどんな危険な地域にもいけるだろうからな。

・・・盗むなよ?」

 「わかってるって。

前にいたやつもそれで始末されたんだろう?」


この施設にあるものには全て発信機がつけられ、それを無効化、または施設から持ち出そうとした場合、即座に始末される。

実際に見たわけではないが、ほぼミンチにされるらしい。

そんな雑案をしつつ、そのまま進んでいき、一つの部屋の前へとたつ。

その部屋の金属製の重厚そうな扉には「第3実験場」と書かれている。

男達はまず、扉の横の掌サイズの画面にそれぞれ手をかざす。

すると掌から何かが出て、画面へと吸い込まれていく。


 ピッ!


認証が終わったようで、画面横の棚が解除される。

棚を開けるとそこには棒状の機械が入っている。

それを手に取ると、扉が開き始める。


 ゴゴゴゴゴ!

 

扉が開放されると中の煙が少し、外へと漏れる。

その煙は扉を開ける前に換気されたガスの残りであるが、吸った瞬間、凶暴性が増す効果があるためにこの防護服は必要装備である。


 「うわ!今回は随分暴れたなあ。」

 「天井にまで血がついてるもんな。」


画面ではわからなかったが、血がついていない部分を探すのが難しいほどの惨事だ。


 「で、肉片も何もないのはあいつの仕業か。」

 「骨も何もないなんてな、どんなスキルに覚醒したのやら。

油断せずにいくぞ。」


背後で扉が閉まる音を聞きながら、男達は慎重に中央で倒れている獣に近づいていく。

ある程度まで近づくと手にもった棒のスイッチを押す。


 バチバチ。


棒の先からは電撃が見え始める。

これは最大限まで高めた電撃であり、どんな獣であろうと一撃で無力化できる代物。

それを獣の体へとつける。


 バチバチバチ。


獣に電撃が伝わる。

が、特に反応がない。


 「?ぴくりともしないぞ?

こいつが勝者なんだよな。」

 「そのはずなんだがなあ。」


男は小型の端末で確認を取る。

そこにはこの部屋中での生命反応の位置が映る。

赤い点が3つ。

自分達のぶんが2つとしてあと1つはすぐ近くにある。

その反応は獣の位置とは少しずれている。


 「反応は獣じゃないな、おい、その獣の後ろに何かないか?」

 「後ろ?うん、こいつは・・・。」


獣の周りを歩き、反対側までいくと獣に埋もれるようになにかがいた。

それは血だらけで容姿はよくわからないが、人間のようだ。

そして、その手には刃物。

刃物は獣に突き立っている。


 「おい、ここに人がいたぞ。」

 

端末を確認しつつ、男が合流する。


 「・・・どうやら、こいつが勝者らしい。」

 「まじか・・・。

よほど運が良かったのか。

で、こいつのスキルは?」

 「確認する・・・。スキルは共有というらしい。」

 「共有?聞いたことないな。」

 「どうやら、どうすれば使えるかわからないため、数合わせでここに入れられたらしい。」

 「っていうことは、今回の実験は。」

 「多分、失敗だろうな。」

 「あちゃあ。」


この実験には失敗も多い。

そんな失敗の例が偶然、漁夫の利で勝利してしまったパターン。

こうなるとスキルの覚醒はないという過去の例があった。


 「はあ、とにかく回収していくか。」

 「だな。」


危険性はないと思い、棒は起動せずに生き残った者に手を伸ばし、その体に触れる。


 グシャッ!


何かが潰れる音がした。


 「!?あああああああああ!俺の腕が!」


手を伸ばした男の腕が二の腕を残してなくなり、ぐちゃぐちゃとなった断面からは夥しい血が飛び出る。


 「やっとやれた。」


そんな声が聞こえて、その声の主が体を起こす。

目の前で倒れていたはずのその人、少女だろうものは疲れた様子もなく、すくっと立ち上がる。


 「き、貴様何をした!」


けがをしていない男は棒を起動させて、起き上がった少女を威嚇する。


 「何をって、食べただけだよ?」


首を傾げつつ、そんなことを言う少女に男は恐怖を覚える。


 「くそっ!」


男は電撃を少女へと突きつける。


 バチバチ!


電撃は命中したが、少女に変化はない。


 「な、なんで?」

 「だってと言われてもさっきのも効かなかったでしょ?

知ってる?

絶縁体ってスキルがあるんだけど、それを使うと電気って効かないみたいだよ?」

 「は?何を言って・・・!?」


その時、男は気づいた。

棒の触れている少女の体が不自然に黒くなっていた。

そこで思い出した。

スキル絶縁体。

これは電撃を通さない物質で体を覆うことができるが、その代わり、体の自由が効かないという防御だけのスキル。

動けないという欠点のせいでこの実験に放り込まれた訳だが、今、絶縁体を使っている少女にその阻害効果はないように見える。

これがあのスキルなのか?


 「ね?これでそれが効かないよ。」

 「くそ!」


男は端末へと手を伸ばし、警報の操作をしようとする。


 「ああ、それは困るなあ。

ね、そうでしょ。

おじさん?」

 「そうだな。」


男の頭上に影が指す。


 「は?」

 「じゃあな。」


男が上を見上げると死んでいたはずの獣がその口を開けて自分に噛み付く姿。


 バクン!グシャ!


男は獣の口の中に消え、後には血だけが残る。


 「さて、後は。

あれ?」


先程、腕がなくなった男がいなくなっており、部屋には煙が溜まってくる。


 「ははは、残念だったな。

これはどんなやつでも眠る睡眠ガスだ。

これで動けなくなるんだな!」


いつの間にやら、腕の傷跡には白い塊がつき、出血がなくなった男が壁にあったであろう隠されたボタンを押している。


 「ふうん、中でもそんな操作できたんだ?

まあ、効くといいね。」

 「は?そんな余裕いつまで・・・ってなぜ眠らない!?」

 「それはね、あなた達のおかげよ。」

 「俺たち?」

 「うん。

だって食べさせてもらったから。

その服にそういうスキルがあるんでしょ?」


男はその言葉であの服がなんであるかを理解する。

そして、目の前の少女が喰らったもののスキルを得ることができることも。


 「そ、そんなスキルに覚醒するものがいるなんて聞いてない!」

 「?覚醒?

もとから持ってたよ?共有っていうスキル。」


共有。

スキルが発現した際にスキルを使おうにも使用方法がわからなかった。

そのせいでこんなところに入れられたのだが、そのせいで使用方法がわかった。

それはスキルを持つものを体内に取り込むこと。

今までスキルを持つものを口にしたことがなかったことで気づくことができなかった。


 「これ以上の説明は無駄だろう。

さっさとここから出るぞ。」

 「あ、うん、そうだね。」


獣から男の声がして、話は中断される。


 「そ、その獣も共有ってスキルで作った化け物か?」

 「化け物って失礼しちゃうな。

本当の化け物っていうのはね。」


ボコボコ。


少女の体が内側から膨れていく。

グチュグチュと皮が割れ、そこから血肉が噴き出る。

その血肉は人間の顔へと変わっていく。

血肉の塊の表面に顔がめちゃくちゃに配置されたそれは子供が粘土をめちゃくちゃに混ぜ合わせたかのような出鱈目なものだった。


 「「「「こういうのだよ」」」」

 「あああああああああ!」


血肉の顔に一斉に見つめられ、複数の声が同時に発せられた時、男は叫び声をあげる。


 「「「「あなたたちが望んだのはこういうことだよ。

だから、責任を取らないと。」」」」

 「せ、責任?」

 「「「「せいぜい、役にたってね。」」」」


恐怖で動けない男にぐちゃぐちゃの肉塊が上下に割れ、ギザギザ歯の大口が迫る。


 ガブッ!グチグチ!


飲み込まれた男は血だけがその場に残った。


 「にしてもこれって必要あった?」

 「仕返しくらいしたいじゃないか。」

 「せめて、この施設にいる奴らくらいには悪夢を見せないと。」

 「気がすまないよね。」


男を飲み込んだ肉塊は元の少女へと戻っていき、獣もまた、少女の中へと消えていく。


 「とにかく、ここを脱出しないとね。

これでいけるかな?」


ボコボコと体を変化させるとその姿は先程喰らった男達二人の姿に変わる。

そのまま、扉へと移動し、扉のそばの画面に手をかざす。


 ピッ。


電子音が聞こえると扉が開いていく。


 「取り込んでも認証されるのは都合がいいね。」

 「ああ、じゃあ、さっさと情報を引き出して、外に出るとしようか。」

 「うん!」


それから数十分後、無人となった実験施設の前には傷一つない少女が1人。


 「やっぱり、他にも色々な人がいたね。」

 「うん、大体の人はもう手遅れだったけど。」

 「そんな中でも私は運が良かったのかな?」

 「それは人によって違うだろう?

1人の少女に多くの人の意識があるのだから、それを幸福に思うか不幸に思うかは人それぞれだ。」

 「少なくとも僕は運が良かったと思うよ。

スキルが判明してからいじめられてたからね。」

 「・・・みんな、一緒だから寂しくないもんね。

さて、これからどうしようか。」

 「そうだな、選択肢は色々あるが、まずは・・・。」


そして、少女は歩き出す。

体の中にいる無数の仲間達と共に。

その先に待ち受けるのは地獄かそれとも・・・。


時を同じくして、施設を管理していた中央管理施設に少女達のいた施設がダウンしたという警報が伝わっていた。


 「どういうことだ!

今朝まで何もなかっただろう!」

 「わかりません。

定期連絡では実験室の一つがノルマ達成を告げていたのですが、それ以降、連絡がつかなくなっています。」


何時も通りの仕事をしていたい職員達は突然の異常事態に混乱していた。

確認しようにもその施設はこの中央管理施設からは遠く離れた場所にあり、すぐには移動することもできない。

そんな混乱の中、室内に入ってくる人間が1人。


 「どうした?

何があった?」

 「これは室長。

おはようございます。

今、施設の一つが原因不明のダウン状態になりまして、確認作業を行なっております。」

 「ふむ、映像も出ないのか?」

 「は、どうやら、ケーブルが切断されているか施設が倒壊しているかしているために映像は送られてきていません。」

 「監視用ドローンは?」

 「今、一番近くの施設から飛ばしているところです。

もうまもなく見えてくるかと。」

 「対処が早くてよろしい。

では、後少しで見えてくるのだな。」


ドローンが異常のあった施設までたどり着くと外見は特に何も異常の見られない施設。

ドローンを操作し、施設のロックを解除して、内部を確認すると


 「何もない。」

 「施設内の人間が誰もいないのはどういうことだ!

あれだけの血が地面に付着しているにも関わらず、誰もいない?

わけがわからん!」

 

全員が施設内の惨状を見て、混乱する中、室長のみが冷静にドローンを操作し、施設内のシステムを見る。


 「ふむふむ。

施設内のシステムがほぼ、破壊されている。

内通者がいたか?

それとも・・・。」


そんな推測をしながら、室長の口には笑みが浮かび、笑い声が漏れる。

その室長に混乱していた者達が気付き、騒ぎが収まる。


 「し、室長。」

 「実に、実にいい!」

 「ひっ!」

 「面白みのなかった日常に終わりがやってきた!

政府に緊急連絡を!」

 「は、はっ!

内容は?」

 「『パンドラの箱が開いた』と。」

 「了解しました。」

 「ふふふ、待つのは希望かまたは絶望か・・・。

これからが楽しみですね。」



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