第9話 格ゲーマーは怒られる

「全く何もあんなに怒ることないだろう」

「貴様は頭がどうかしてるのか! 怒らない理由がないぞ!」


 馬を疾駆させつつキャミーが怒鳴る。馬の一件からキャミーの不機嫌度は益々増していた。


 その原因は当然トーヤにあったわけで実際本人もよく考えたら自分にも非があるかと思った手前、切りかかってきても反撃はしなかった。


 何度かこれコボってもいいかな? と思ったりしたが自制したのだ。


「うん。俺は偉いな」

「エロいの間違いだろうが!」


 自画自賛するトーヤにキャミーが声を荒げた。本人としては手を出さなかったのだから実に紳士的だと思っているわけだが。


「とは言え確かに馬ぐらいあると便利かもな」

「フフン。言っておくが愛用の馬を購入するのは簡単ではないからな。これだって金貨20枚もしたのだからな。おまけに厩舎に預けるのにもお金が掛かる」


 購入分だけでなく維持費も掛かるのが馬というものだ。それなりの稼ぎがなければ冒険者といえど中々購入に踏み切れないようだ。


「その馬を貴様は私が乗る前に跨ったのだ。全く損害賠償を求めたいぐらいだぞ」


 キッとトーヤをキャミーが睨めつける。


「お前、結構根に持つタイプなんだな」

「お前が非常識すぎるからだろうが! たく――おっとそろそろ一旦休憩をとるぞ」

「何だもうか。急ぐんじゃないのか」

「馬にも休憩は必要なのだ」


 キャミーによると目的地までは馬でも90分程度掛かるようだ。その為、中間地点で一旦休憩をとることにしたようだ。話によるとこの森に飲み水に適した泉もあるようだった。


「しっかり休むんだぞ」

「ブルルッ」


 泉のある場所で馬を休め、喉を潤す愛馬のディカプリを優しくなでた。


「さて――おい貴様! 向こうにいっていろ!」

「は? 何でだよ?」


 トーヤも泉の水を掬って飲んでいたが突如キャミーからここから離れるよう言われ眉を顰める。


「わからんのか。貴様に、け、汚されたからな! 清めたいのだ!」

「お前誤解されるようなこと言うなよ。一体俺が何したってんだ」

「貴様、人の胸を、クッ! 貴様という奴は!」


 どうやらキャミーはトーヤが胸を掴んだことを言っているようだ。


「あぁそれか。全くわざとじゃないってのに」

「あんなにがっしり掴んでおいて何を白々しい!」


 怒鳴るキャミー。しかしトーヤとしては彼女の言う掴みやすいところを掴んだまでなのである。


「とにかく私がいいと言うまで絶対にこっちに来るなよ!」

「へいへい――でも、水の中だからってするなよ」

「する? 何をだ?」

「いや。だから飲んだりするわけだし。そういうのは草むらで」

「死にたいのか貴様!」


 トーヤの言っている意味が理解できたのかキャミーが目が飛びでんばかりに見開き叫んだ。


「お前さっきから怒ってばかりだな」

「誰のせいだと思ってるんだ誰の!」


 ぜぇぜぇと肩で息をつくキャミー。怒鳴りすぎて疲れたようだ。


「とにかくさっさと出てけ!」

「へいへい」

 

 仕方がないのでトーヤは泉から離れることにする。暫くして水の跳ねる音が聞こえてきた。


「はぁ、あの馬鹿の汚れが水に溶け込んで抜けていくようだ」

「聞こえてるぞ」

「貴様! 覗いたらたたっ斬るからな!」

 

 木を背にして反応するトーヤにキャミーが言い返してきた。ひしひしと嫌悪感が伝わってくる。


「全く。俺そんなにあいつに嫌われることしたかな?」


 トーヤが小首をかしげた。本人には悪いことをしたという自覚が全くない。


 そして暫く水浴びが終わるのを待つトーヤであったが。


「き、キャァアアァアアアアアアア!」


 キャミーの悲鳴が聞こえてきた。これを聞いたトーヤは――その場で欠伸をかいていた。


「貴様、な、何をする! や、やめろ! クッ! お、おい貴様助けろ!」


 騒がしいなとトーヤが思っているところにキャミーの助けを呼ぶ声が聞こえた。かと思えばヒヒーンっと白馬のディカプリがやってきてトーヤの袖を引っ張った。


「何だ何かあったのか~?」

「何かあったかじゃないだろう! こっちは思わず悲鳴だってあげたんだぞ!」

「覗くなと言っただろう」

「時と場合を考えろ! ヒッ! や、やめろ馬鹿!」


 仕方ないなとトーヤが泉に戻ると巨大な蛇にキャミーが巻き付かれ泉の上に持ち上げられていた。


「おお。でかいな何だこりゃ? ウミヘビか?」

「呑気か! こいつはモンスターのヴァッサシュランゲだ!」

「なるほど。しかしこれは――」


 ヴァッサシュランゲというモンスターはキャミーの体をチロチロとした舌で舐め回し嬉しそうに目を細めていた。美味そうな餌でも見つけたと喜んでいそうだが――


「なぁそいつはコボってもいいのか?」

「何でもいいから早く助けろ!」


 キャミーの返事を聞き、トーヤの顔に獰猛な笑みが浮かび上がる。ヴァッサシュランゲにとってのキャミーが美味そうな餌であるように、トーヤにとってもこのモンスターはとても美味しそうな獲物に見えていたのである――

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