第3話 各ゲーマーにとっては投げやすい

 闘野の必殺技により姫のドレスが破け吹っ飛んでいく。その様子をマジマジと眺めながら闘野が感慨深そうに言った。


「おお、脱衣KOまであるとは中々気の利いた世界じゃないか」

 

 闘野が興奮した様子を見せる。脱衣KOもKBFに備わっていた演出であり、一部のキャラは必殺技でKOすると服が破けてあられもない姿でダウンするのである。


「お、おお! 姫様のドレスが!」

「おっぱいデケぇ!」

「え、エロい……」

「姫様の下着は黒か――」


 そしてドレスが破け下着姿のまま床に転がったことで兵士たちがざわめき鼻の下を伸ばしている者も数多くいた。


「き、貴様ぁああ! 姫様になんてことを!」


 そんな中、アルマナの側についていたハウザーが怒鳴り声を上げた。しかし鼻血が出ているためイマイチ格好がつかない。


「だが、コボっていいと言ったよな?」

「はぁ? だから、それで何で姫様に暴力を振るうのだ!」


 闘野が首を傾げた。いまいち話が通じていない。それもその筈、闘野が言うコボるとはコンボするの意味であり、コボっていい? とはすなわちコンボを決めていい? という意味だったのだから。


「問答無用! 姫様に乱暴した貴様は断じて許さん!」


 乱暴とは随分な物言いである。しかしハウザーは剣を抜き、闘野に迫ってきていた。どうやら本気なようである。


 一方で闘野はというと――目を光らせて間合いを計っていた。このハウザーは体格が大きく剣も持っている。それでピンっときたのである。

 

 投げやすそうだ、と。KBFにおいて投げの範囲はキャラの大きさと密接に関係していた。なぜなら当たり判定はキャラの全身にあり、それには武器なども含まれていたからだ。


 つまりデカいキャラや得物を持ってるキャラほど闘野にとっては投げやすいのである。


 ハウザーが闘野に向けて更に一歩踏み込んだその時だった。


「これは決まる!」

「は?」


 ハウザーがキョトン顔を見せた。なぜなら彼が気がついた時、既に闘野が組み付いていたからだ。


「な、何だ?」

「団長がいつの間に!」

「ま、まるで吸われたみたいな動きだったぞ!」


 見ていた兵士たちも驚いていた。そう、まさに吸引されたかのようにみえただろう。ハウザーはただでさえ図体がでかい上武器もデカい為、見た目以上に投げ判定が大きい。


 そして突然の投げ。これは格ゲーの投げ技に置いてよく見られる現象だった。特に必殺技は投げ範囲が広めに取られている事が多く、コマンドが成立した瞬間に吸われたように投げに移行されることも多かった。


 そして闘野は組み付いた状態からハウザーごとゴロゴロと回転を始める。


「地獄天国ーーーー!」

「うごおぉおおぉおおお!」


 回転後にそのまま空中に投げる。それがこの地獄天国という必殺投げだ。空中に投げられたハウザーはそのまま落下を始めるが当然闘野はこの落下を見逃さない。


「屈大パンチからのキャンセル破天!」

「グボラァアァアアアア!」


 落ちてきたハウザーに威力の高いアッパー系のパンチを叩き込みそこから更にキャンセルして破天を喰らわせた。


 そのままハウザーは地面に叩きつけられ悶絶し目玉が飛び出でんばかりの苦悶の表情を覗かせた。


 必殺投げを決めた闘野が満足気に立ち上がる。この必殺技はゲームではダイゴンという柔道キャラが得意としていたものだった。


 投げキャラの中でも屈指の吸引範囲を誇るキャラでもあり、吸引力の変わらないたった一人のダイゴンなどとよばれることもあったという。


 もっとも闘野が選んだのはダイゴンの持ち技ではまだ投げ範囲が狭い方でもあった。


しかし代わりにこの必殺投げは決めた後にコンボを伸ばす事が出来る。


 だからこそこの投げを選んだ。


 闘野は投げの威力や範囲よりもコンボを重視していたからだ。コンボの神様とさえ称された闘野だが、一方で当然なかには投げの美学を追求したような格ゲーの達人がいたものである。


「「「「「「だ、団長ーーーーーーー!」」」」」」


 そしてこの闘野の行為に、周囲の騎士たちが慌て叫んだ。何人かが団長に駆け寄り意識があるか確認する。


 そしてそれ以外の騎士が闘野を囲みだす。


「よくも団長と姫様を!」

「しかし姫様に関してはよくやったと言えなくもない!」

「いやいや、あんな姿にした罪は問わねばいかんだろう!」


 そんな感じで思い思いの言葉を口にしているが、闘野として腑に落ちないところだ。


「そもそもコボッていいというからやったのに、何故責められなあかんのだ」

「黙れわけのわからないことばかりいいおって!」


 全くと頭を掻く闘野であったが、ふとこのシチュエーションに思い出す。


 これってワールドモードみたいなものではないか、と。ワールドモードはKBFの中に存在したおまけモードであった。おまけといってもオープンワールドを売りとしておりかなり本格的であった。


 広い世界を旅しながらクエストをこなしたり敵を倒したりお宝を得ることでキャラをカスタマイズできるのが売りでもあった。


 そしてワールドモードでは場合によっては複数人同時に相手にするイベントも有り、そういった状況では攻撃が続けばそれがコンボとみなされるので、複数の敵相手に対戦モードではありえないほどのコンボを稼げるのも一つのウリでもあったのだ。


「面白い、ならば相手してやろう」

「な、こんな真似をしておいてなんてふてぶてしい奴だ!」

「我ら王国騎士団をなめるな!」


 そして騎士たちが闘野に迫るが、一人目の騎士が攻撃態勢に移った瞬間、闘野の視界にフレームが表示された。


「発生20フレームだと? 舐めてるのか貴様は!」

「グボォオオオオ!」


 フレーム眼によって相手の発生フレームを理解した闘野は余裕で相手の攻撃に割り込む事が出来た。

  

 ちなみにフレームは基本1秒を60分割にして表すことが多い。つまり発生20フレームは3分の1秒ということになる。

 

 発生20フレームなど格ゲーを極めた闘野からすればイモムシよりも遅く感じる程だ。このフレームなら中パンチや中キックだって余裕で間に合ってしまう。


「む、そうか。つまりこのフレーム眼というのは相手のフレームが見える能力なわけだな」


 闘野が一人納得したように頷いた。そしてこれは闘野にとっては鬼に金棒といっても差し支えない程の強力なスキルでもあった。


「発生16フレームだと? そんなものは破天で割り込み~からの破天降!」

「「「ガバラァアァアア!」」」

「地獄天国!」

「「「ギャフン!」」」


 そこから闘野の独壇場であった。闘野が必殺技を一発撃つごとに騎士たちが次々とふっ飛ばされていき、最終的に必殺投げによる転がりと衝撃波に巻き込まれ投げられた本人と周囲の騎士も倒れたことで勝負は決まった。


「……いや、手応えなさすぎだろ。揃いも揃ってフレーム管理甘すぎだし、その上コンボもあまり稼げられなかったし」


 やれやれと肩を落とす闘野であったが、ふと冷静になって現状を振り返ってみた。


 半裸の状態で気絶する姫。そして闘野に頭から叩き落され失神した騎士団長や必殺技で倒された騎士たち。


 命にこそ別状はないが、あまりといえばあまりの惨状であった。


「ちょっと、やりすぎたかな?」


 ポリポリと頬を掻く。格ゲーに関することになるとつい熱くなり後先考えずにやらかしてしまう――そんな悪癖が出てしまったと言えるだろう。


 なんとなく振り返ってみると女神官が、ヒッ、と悲鳴を上げて尻もちをついた。


「お、お願いです乱暴しないで――」

「いや、何もしないし」

「ヒィ! こ、これを上げますから!」


 悲鳴を上げ女神官が革袋を差し出してきた。


「俺は別に追い剥ぎじゃないし、大体勝手に召喚したのはあんたたちだろう?」

「そ、それはそうですが、いえ、むしろだからこそこれなのです! もともと召喚した御方には渡す予定の軍資金でしたし、いえ、その蔑ろにしているのではなく」

「……そういうことなら、まぁ貰っておこうかな」


 軍資金ということはこの世界のお金なのだと判断した。こうなったらもう暫くこの世界にいるほかないだろうし、路銀になるなら貰っておいて損はない。


「それで一つ聞きたいのだけど」

「は、はい! 答えられることならなんでも!」


 凄くビビられている気がするな、と苦笑しながらも闘野は女神官に問う。


「出口はどっち?」

「で、で、出ていかれるのですか?」

「ま、まぁ。ここにいても仕方ないし。駄目かな?」

「いえいえいえいえいえ! どうぞどうぞご自由に! 出口はあちらです! このままここを出て――」

 

 そして女神官は丁寧に出口を教えてくれた。ありがとうとお礼を言って闘野は城から出ていくことにする。


 こうして召喚されたそうそうトラブルがありはしたが、闘野の異世界暮らしが始まるのだった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る