10話「必殺!ワダツミ作戦」だべ
さてどこへ向かうべきか?
エルフの渓谷を追い出されたので、とりあえず神馬人(しんばじん)が棲むという西に向かう。
森の中をエルフのシャルが飛び跳ねるように駆け回る。いやぁ美しいなぁ森の妖精みたいだ。
…俺の倍ぐらいデカいけど。
「シャルっていくつなんだべ?見た感じ18歳ぐれえだべか?」
「正解だぞ子供よ!私は218歳だ」
「全然違うだろうが!」
エルフはいろいろとケタが違い過ぎるが、
どうやらシャルがこんな天然美少女系なのは極度の『おじいちゃん子』だったからだろう。油断(ゆだん)するとおじいちゃんの話になる。
「おじいちゃんはエルフ国で一番強いんだ。
精霊魔法もすごいし、動物を使うのも上手いんだぞ子供よ」
いやアンタの方が子どもやろ。
精霊魔法。
そういえばシャルは水のエレメンタラーだったな。
森の魔女も人喰(ひとくい)虫を使役(しえき)していたが、シャルも虫や獣を使えるのだろうか?
いや……シャルの場合は自分が喰われそうだったからそれは無いな。それに誰かを使役するようなタイプの娘でも無い。
エルフの魔術師たちなら神馬人(しんばじん)も使役できるのだろうか?
『西の森のさらに奥地、湖の中の小島』そこに神馬人はいるらしい。
あの魔女なら知っていたと思うが、今となっては無理な話だろう。
エルフの森は巨大な渓谷(けいこく)の谷間にあった。
その谷間を抜ければ、再び北の森林につながる山地に出る。
「ここからは『ヤールおじ様』の西の獣王国(じゅうおうこく)だぞ、子どもよ」
西の獣王国?ゴモンさんたちの国か、たしか女王の国だとか。
「ヤールおじ様は西の獣王国(じゅうおうこく)の王なのだぞ。子どもよ」
あれ?獣王って女王じゃなかったのか?
などと呑気(のんき)に歩き回っていたが、時々シャルが怒った顔で後ろを振り返る。
怒った表情もカワイイなぁ。デカいけど。
おや?
背後に森の奧から我々を監視(かんししている黒い影がいた事に俺も気づいた。
(魔女の手下か…)
まぁ…あの魔女ならば俺たちに危害は加えないだろう。放置しよう。
さて、どこかで食糧を調達(ちょうたつ)せねばな。
「この先に行けば獣王国の王宮があるのだぞ子供よ」
シャルが指さす。
おお、さすが地元。
というか子供はやめろ…俺は美少女だぞ。
森を抜けると巨大なテーブルマウンテンが見えてきた。
巨大樹(きょだいじゅ)の切り株の様な形の巨岩が、丸ごと山になっている。
その巨大な垂直の岩肌には点々と横穴が開いていた。
もしかして王宮ってこれ?
ほぼ原始時代である。
(食い物は…マズそうな予感しかしない)
ドワーフも同じ穴ぐら暮らしだが、資源国の工業都市なので各国から商人が集まり、食い物のバリエーションも豊富だった。
まぁ子供相手に朝から酒盛(さかもり)で鍛(きた)えるのは勘弁(かんべん)してほしかったが。
「ここには大叔父(おおおじ)さまが居るのだぞ!」
シャルはニコニコと指差しながら崖に向かって歩いて行った。
「危ない!」
どこかから若い男の声が聞こえた。
「え?」
立ち止まった俺の目の前をかすめて、小さなボロ矢が、脇(わき)に立っていた木に刺(ささ)った。
「ヒイイ!毒矢ですぅ!」ボルゲルが腰を抜かす。
なんで毒矢だってわかるんだよ。どアホう。
木に刺さった矢のそばに居たイモリがいきなりボタボタっと二、三匹落ちた。
うげっ!マジで毒矢かよ!
というかこの臭いは…魔獣『卒然(そつぜん)』の毒じゃねェか!ヤバ過ぎだろ!
そういえばゴモンさんたちも巨獣トロルを倒すさいに猛毒の矢を使っていたが、あれも卒然(そつぜん)の毒だったからあんなに威力が有ったのか。
という事は…卒然(そつぜん)を操っていたのは獣王国の女王!
茂みの中を何かが駆(かけ)抜ける気配がする。
とっさにシャルが叫んだ。
「ダメよゴブリンさん!」
何っ?!という事は、ここはゴブリン村なのか?
茂みからまた矢が飛んで来る。
「ディバイディング!」とっさに鳶口(とびくち)を向けて空間湾曲(くうかんわんきょく)バリヤで毒矢を弾き返すが、
今度は空中から矢が降って来て足元の地面にブスブスと刺さった。
「何ぬっ?!」
あわてて見上げれば、はるか高空に黄色い鳥人らしき影が二、三人見える。
ヤバい!完全に上下から挟(はさみ)討(う)ちにされた!
俺とボルゲルは走り回りながら逃げるが、
あちこちから矢が飛んで来るのに、相手がどこに居るか見えない。これじゃ戦い様が無い。
「シャル、危ねぇからこっちさ来るだべ!」
その時、一本の毒矢が、俺のバリアで弾かれシャルに向かって飛んだ。
「しまった!」
「バシっ!」と鋭い音と共に『あの黒エルフ』が金色の剣で毒矢を叩き落としていた。
やはりさっき危険を知らせた声はコイツか。
黒エルフはシャルを守る様に立ちはだかると
金色の剣を頭上でクルリと回して空に向けてヒュンと振り上げる。
いきなり疾風(しっぷう)がゴウ!と巻き上がって鳥人を打ち落とした。
鳥人はクルクルと舞い落ちて森に消えた。
今度は森に向けて剣を振れば、デカイ竜巻が水平に走り、木々を薙(なぎ)倒し、茂(しげみ)に潜んで居たゴブリンが数匹弾(はじけ)飛んだ。
真空斬(しんくうぎり)か?!
見えない敵を一瞬で鎮圧(ちんあつ)してしまった。
黒エルフは、自在に大気(たいき)を操れる風のエレメンタラーだったのか。
あの金色の剣はシャルも使っていたが、エルフの精霊使いに与えられる魔法武具なのだろう。
やはりトンデモなく強い戦士だ。
黒エルフはジロリとボルゲルを睨(にら)んだ。
(まだボルゲルを狙っているのか?)
俺はとっさに斧を身構えたが、シャルが怒った顔でズンズン近づいて行くと、黒エルフは困った表情をして一瞬で目の前から姿を消した。
え??まさかエルフってテレポートもできるのか??
驚いているとシャルやボルゲルたちは上を見上げている。つられて見上げれば、はるか上空に黒い点が高速で飛び去るのが見えた。
(飛べるのか?!)
すごいスピードだ。
こりゃゴモンさんや、ヘタするとモフモフ恐竜ですら敵(かな)わない剣士かもしれない。
やれやれボルゲルのヤツもトンデモない相手に目を付けられたものだ。
シャルは気を取り直して微笑んだ。
かわいいなあ。
しかしあれほど冷徹(れいてつ)な剣豪(けんごう)があんな弱々しい表情をするのか。
あの黒エルフはシャルに対して特別な感情がある様に見える。年齢はシャルより少し上、
225歳ぐらいだろう。いや…適当だが。
ひょっとして黒エルフってシャルに惚(ほれ)てるのかな?ウシシシシ
まぁ、そんな話をよそにシャルは崖に向かって元気に手を振りながら声を上げる
「おじ様ぁ!出ていらっしゃい!」
大きめのボロい扉がギギギと軋(きし)みながら開くと中から門番らしい熊や山羊の獣人が出てきた。
茂みの中から数匹のゴブリンたちが慌(あわて)て飛び出して来て門前に並んだ。
ゴブリンがこの国の兵士なのか。
次に赤いオウムやフクロウの様な鳥人たちが門の奥から出て来た。
ゴモンさんと同じ鳥人だ。メガネを掛けて、立派なチョッキを羽織(はお)っている。さしずめ獣王国の大臣たちか。
最後に猫耳娘のメイドさん…というか『メイド服を着た猫獣人』たちと一緒に子供のエルフがオドオドと出てきた。
「や、やあシャル。何の用?」
これが大叔父さま?というか西の獣王?
子供の様な小さな身体に白い髪、薄い褐色の肌、ヨレヨレのシャツ。昨日まで見てきた超美形の村のエルフたちとは全然違うなぁ。
これが忍者部隊のゴモンさんや巨大恐竜を操って人間界に恐れられている西の獣王とは…
(どう見てもオタク系だよな!)
少し親近感(しんきんかん)が出た。
というワケで猫耳娘のメイドさんに案内されて西の獣王国の宮殿というか、穴倉(あなぐら)の部屋に入った。
中は意外とふつうの木造住宅っぽい王宮だった。
まぁ…ドワーフの穴倉(あなぐら)の方が立派だな。
穴倉(あなぐら)で勝ってもあまり嬉しくないけど。
『王宮』の中には粗末(そまつ)な椅子(いす)とテーブルがあり、中には数名のゴブリンと、カラフルな鳥人、簡易武具を身に着けた山羊や熊の様なモフモフ獣人たちが居た。
この人たちが獣王国の重臣か。
エルフは居ない様だが…
『おじ様』に使えているのは森の動物たちばかりの様だ。
ふと青髪魔女が人喰い虫を使役していたのを思い出した。
そうか『おじ様』はあの青髪魔女の様に動物やゴブリンたち、それどころか恐竜や伝説魔獣の卒然(そつぜん)まで使役できる能力があるのか!だから獣王なのか。
すごい。やはり魔女の息子だけはある。
ん?…いやひょっとして獣王国の女王って…
あの青髪の魔女じゃねぇか!
獣王…というか『おじ様』は、たどたどしくしゃべり始めた。
「シ、シャル、いきなり、よそ者を、連れてきちゃ、ゴブリンに、射(うた)れる、よ」
見境(みさかい)無しだな。これが獣王国の掟(おきて)か。
「おじ様、お客様にはお茶ぐらいお出ししないと」
「え、ああ…お茶ね。おい、出してやれ」
側に居たゴブリンに命じるとゴブリンは茶碗を用意し始めた。
やはりおじ様はゴブリンも使役できるみたいだ。
ゴブリンは部屋の隅(すみ)にあった水甕(みずがめ)に茶碗ごとドボンと手を入れて水を汲(くみ)上げ、ズブ濡(ぬれ)の茶碗をゴトリと差し出した。
(うわあ…)
「どうも」ボルゲルのヤツは当たり前に受け取って飲んでいる。
(飲むのかよ!)
いや、シャルも平気で飲んでるし。
仕方ないので俺も……なんか水面にコバエが浮いているんですけど。
これはアカン。話題を逸(そら)そう、いや本題に移ろう。
「おじ様は神馬人(しんばじん)を知ってるだべか?」
「し、知らない」
語り口までガキんちょぽいな。
シャルが屈託(くったく)の無い笑顔を向けて言う
「ヤール大おじ様はラ・デの最期の御子(みこ)だ。本当は何でも知っておられるのだがワザと私たちに隠しておられるのだぞ子供よ」
それっておじ様が根性が悪くてひねくれていると言ってるようなもんだが、まぁそうだな。
「おかわり下さい」
ボルゲルは空気を読んで無い。
「え、ああ…おかわりね…おい」
後ろに控えていたゴブリンが、また水甕(みずがめ)の中にドボンと手を入れて、ズブ濡れの茶碗をゴトリと差し出した。
ボルゲルのアホとシャルはまた仲良く飲んでいた。
(意外と似たもの同士なのか?!この二人)
ゴブリンが俺の所にもゴトンと茶碗を置く。
いや、俺はイイっす。
ゴブリンが悲しそうな目で見つめている。
(やめてくれ、そんな捨て猫の様な目で見ないでくれ)
愛くるしいゴブリンの瞳に負けて、俺はしかたなく茶碗を取り、口に含ん…オエ。
何日前の水だ?これ。
森の中なので湧水(ゆうすい)の汲(く)み置きだとは思うが、いくらなんでも長期保存し過ぎだろう。
というか…さすがにこれは保存状態がよろしく無い。
(ゴブリンさんが手を洗ってるとは思えないしな!)
ここは飲まずに話をゴマカすしか無い。
「おじ様、俺たちは巨人の国に行きたいけんど、どこさ行けば良いだべか?」
あ…ゴマカすつもりが本題に入ってしまった。まぁいいや。
「ん…し、知らない」
堂々巡りやな。仕方ない。
「おじ様、この水はどっから汲(く)んで来るんだべ?」
「う、裏山のね。沢からゴブリンに、汲(く)ませて、いる」
「ヨシ!俺が水路を掘って新鮮な水を大量に使える様にしてやるだべ」
「い、いいよ別に、それにアレが居るし」
「アレ?とは?」
シャルが水を飲みながら言う。
「裏山にドラゴンが居るのだぞ、子どもよ」
「ドラゴン?!モフモフ恐竜の事だか?」
ボルゲルが水を飲みながら言う。
「違いますよ。ガチの龍種(りゅうしゅ)です。空を飛び火を吐き恐竜や鳥人を捕食(ほしょく)します」
また怪獣かよ!
いやむしろ俺は怪獣退治の専門家だ、ここはそれで交渉しよう。
「よし!おじ様、取引と行くべ、俺らはそのドラゴンを退治する。おじ様は俺らに神馬人の土地への行き方を教えるだべ」
「おお、それが良いぞ子供よ!おじ様もこんなに喜んでおられるぞ!」シャルが勝手に話を認可(にんか)する。
ホントかよ。
「う…うん」
マジだった。
俺たちが裏山に登るためおじ様は巨大なモフモフ恐竜を呼んでくれた。鳥の様に空を飛べる西の獣王国の最強兵器だ。
これに乗ればあっという間だ。
しかも焼き鳥にすると美味い!
「おじ様、他にも焼き鳥…恐竜は居るだべか?」
「北の、国境に、何匹か配置している、よ」
「そういえば北でも見かけただべ。あれおじ様の恐竜だったんだな」
「北の、悪魔退治に、送ったけど、一匹、戻って来ない、んだ」
「へえ、不思議だなぁ。だべ」
あの恐竜の味を思い出したが、今回はガマンしよう。しかしドラゴンってどんな味かな?
もっと脂の乗った牛系とか豚系ならいいなぁ。
楽しみだ。
メガネをかけた赤いオウムの鳥人が、慣れた手つきで手綱を引くと、モフモフ恐竜は「お座り」して頭を地面まで下げて巨大な翼を広げた。
弓を担いだゴブリンさんがスルスルと恐竜の上に乗り、続いてシャルがキャッキャとはしゃぎながら飛び乗った。
俺とボルゲルはゴブリンさんに引き揚げてもらった。どうもすいません。
この羽毛、上に乗るとモッフモフだ。
恐竜の背中には屋根付きの籠(かご)のような輿(こし)が取り付けてある。まるで祭りの山車(だし)みたいだな。この輿(こし)はデカいので4、5人ぐらい乗れる。
それにこの仕事の丁寧さはエルフ国の工芸品だ。間違いない。
見た目は質素だが、まさに人間国宝が造った森の魔女の王族の乗り物だ。
モフモフ恐竜は「ぎゃんごぉお」とウルトラ怪獣のような鳴き声を上げて飛び立った。
巨大な翼の強風で、おじ様の横に居た猫耳娘のメイドさん…というか『メイド服を着た猫』たちのパンチラが見えた。
本能で思わず見てしまったが………いや、まぁ。
かくして俺とシャル、ゴブリンの射手、そしてなぜかボルゲルを乗せ、我々探検隊はドラゴン退治のため翼竜に乗り裏山へと飛んだ。
果たして我々の行く手に何が待ち構えているのであろうか!(BGM:藤岡弘、探検隊)
モフモフ恐竜が巨大な岩肌に沿って上昇し、雲海を抜けて視界が開けると広大な森とエルフの峡谷が見えた。
遥か彼方にドワーフ連峰が見える。
「うおお〜スゲぇ」
モフモフ恐竜はさらに上昇し、雲を通り抜ける。うおお耳がキーンとする。
すごいスピードだ。テーブルマウンテンに沿って上昇気流が発生しているようだ。
山頂を越えると巨大な山容(さんよう)が見えて来る。
そびえ立つ垂直の崖の上は平らな緑の大地になっていて、まるで雲上の木星浮遊大陸のようだ。
上空から見ると巨大なテーブルマウンテンのてっぺんから滝が流れている。
あれが水源か。
赤いオウムの鳥人が手綱を操作すると、恐竜は高度を下げた。
この人はラウルさんという名前だ。
物知りでいろいろ教えてくれる。
「あの高山は『世界樹の化石』と呼ばれている太古の台地です。
我々鳥人ではドラゴンに食われてしまうため、あの高さより上には飛べません」
赤い鳥人のラウルさんは恐竜の手綱を取りながら説明してくれる。さすがに宮廷の文官だけあって教養がある。
なるほど、鳥人たちが『あの王宮』の崖に住んでるのもドラゴンから身を守るためだろう。
いくらドラゴンでも、恐竜を使役するエルフにはそう簡単に手は出せない。
民家の軒下に巣を作るツバメみたいなもんだな。ちょっとした共生関係だ。
「あすこにドラゴンが居るだか」
ボルゲルが解説を始める。
「テーブルマウンテンは何億年も生態系が孤立しているため固有種が発達していくと言われますので、ドラゴンもその一種かもしれないですね」
ホントかよ?
鳥人のラウルさんが下を指さす
「そろそろ来ますよ、みなさん掴まってくださいね」
「え?どこ?」
鳥人の視力ではハッキリ見えるようだが、俺には全くだ。
森を凝視してみれが、どこに居るのか
…あ!森の一点に動く物を見つけた時は遅かった。
目の前に巨大なドラゴンが口を開けて「ぎゃおおぉうぇえぇぇん」とゴジラの様な鳴き声を上げて迫って来た。
ぎょえええ!早すぎる!
ドラゴンってこんなに早いんか!
おそらく筋力がこのモフモフ恐竜の数倍あるのだろう。驚異的な速さだ。
横に居たゴブリンさんがドラゴンの口めがけて素早く毒矢を放った。
ドラゴンは嫌がり「ぎゃおおぉうぇえぇぇん」とゴジラの様な鳴き声を上げながら、もの凄い勢いで横をかすめて行ったが、大きさが翼竜の倍近い。
全身が赤黒いアルマジロの様な硬質の鱗に覆われ、首や脇腹の急所付近はトゲトゲで隠れている。
こりゃ見るからに怪獣そのものだ、自衛隊でもムリだろこれ。
ゴブリンさんがスレ違いざまに次々と毒矢を放つ。
スゲぇ、一流のハンターだなこの人。
ラウルさんが手綱をさばいてドラゴンをやり過ごしたが、熱波に乗って強力な風圧が吹き込んで来た。
翼竜も煽られ、俺たちも危うく輿(こし)から転げ落ちるところだ。
なんちゅう熱だ、トンデモねぇ大怪獣じゃねぇか!
「ひいいいぃぃ〜」風圧でボルゲルが輿(こし)から転がり落ちた。
あのバカ!
ボルゲルは空中を平泳ぎみたいにヒョコヒョコかき回しながら泳いでいる。
ドラゴンがゆっくり反転してボルゲルに近づいて来て「ぎゃおおぉうぇん」とゴジラの様な鳴き声を上げている。
あ〜食われるな、こりゃ。
まぁ食われても良いのだが、仕方ない助けてやろうか。
「ラウルさん、ドラゴンの上に出れねぇだか?」
「私がお連れします」
ラウルさんは手綱をゴブリンさんに渡して俺を抱えて飛び立った。
こちらが空中を滑空する目前に巨大なドラゴンが迫って来る。
そのドラゴンの前に、古本の荷物を担いだボルゲルが空中で必死に平泳ぎをしている。
バカは死ななきゃ治らねぇな…
「放します!ベロンさん!」
「ラウルさん!ボルゲルを頼みますだべ!」
ラウルさんは俺を空中に放し、ついでボルゲルをキャッチし、モフモフ恐竜の方へ引き返した。
ボルゲルはまだ古書の荷物にしがみついている。
やれやれ。
さて、振り返ればドラゴンがこっちに向かって来るのが見えた。
俺は空中を滑空しながら腰のベルトから鳶口(とびくち)を引き抜き、ドラゴンを狙って構える。
「冷線砲!」
ドラゴンの顔面に直撃したはずだが熱が強力過ぎる。落下しながら冷線砲をズビズバと撃ちまくるが、デカ過ぎて全く効かない。
いきなりドラゴンが口から火を噴いて来た。
「ディバイド!」
とっさに空間湾曲バリアで火炎を防いだが、バリアを回り込んで熱が乗り越えて来る。
「アチ!アチ!アチ!!」
ドラゴンのくせに火を吐くなんてズルいぞ!
ダメだこりゃ強過ぎだろ。ドラゴン退治なんて請け負うんじよなかったよと、今すごく後悔している。
もうこうなったら直接攻撃しかない。
ヤケのヤンパチ日焼けのナスビで接近戦だ!
「変身!」
俺は落下しながら鳶口(とびくち)を振り上げた。
「ぴぴるまぴぴるま超力招来!!」
呪文を詠唱すると鳶口(とびくち)の先から光の輪が発生し、俺の全身を引き伸ばす。
手足はスラリと長く伸び、長く飛び跳(は)ねた赤い髪、クビレたウエスト、ピチピチの小さな服からはみだしそうな大きな乳!
今日は気合入れて揉(もん)だがドラゴンの牙が目前に迫って来やがった。
こうなったらこちらから口の中に飛び込んで、中から吹っ飛ばしてやる!ワダツミ作戦だ!
俺はドラゴンに喰われた瞬間、ドラゴンの口の中で空間湾曲バリアを展開した。
「ディバイド!」
「バキッ!」と、ドラゴンの口内で牙が割れる音が聞こえ、ドラゴンは首を振って俺を吐き出した。
クソっ!やはりデカ過ぎて吹っ飛ばすのはムリだったか。
ドラゴンは「ぎゃおおぉうぇん」とゴジラの様な鳴き声を上げ、嫌がって再び上昇を始めた。
巨大な腹が目の前を駆け上がっていく。
「逃すかあ!だべ」
鳶口(とびくち)の鎌をドラゴンの鱗に引っ掛けて腹に取り付いた。すごい熱だがもう逃がさねぇぞ!
「よっしゃあ!」ガン!ガン!ガン!と斧でブッ叩くが全く切れやしない。トンデモねぇ硬さの鱗だ。
ドラゴンの首がこちらを向いた。
あ、やばい気づかれた。
ドラゴンの巨大な爪が背後から俺を切り裂こうとする。
とっさに斧でドラゴンの爪を受けたが、当然ながら俺は空中にポイと投げ出された。
「ぎょえええ」
空中で手足をバタつかせている所にまたドラゴンの巨大な口が迫って来た。
(あ…終わった)
その瞬間、氷の竜巻がドラゴンを横なぐりに吹き飛ばした。
砕けた氷の破片がキラキラと飛び散り、寒気(かんき)がこちらまで吹き込んで来る。
そして冷風がビュウと吹上げて俺の身体をフワリと再び上空まで持ち上げた。
(何じゃこりゃ?)
何が起きたか理解できず振り返ると黒エルフが空中に浮かんで、金の剣を振り上げている。
なんで空に浮かんでるんや??ありえねぇだろ!
あ、いや、アイツはたしか風の精霊使い(エレメンタラー)だったな。
真空斬りで空を飛べるのを思い出した。
俺を空に浮かばせているのも、あの黒エルフの力か?俺を助けてくれたのか?
いや理由は知らないが、森の魔女も俺を助けてくれた。
俺が勇者だからか?
いや美少女だからかもしれない。
その時、突然頭の中に『違うわい!このビア樽(ダル)が!』と言う魔女の怒鳴り声が大音響で鳴り響いた。
あ〜っ!あのクソ魔女め!やっぱりテレパシーで俺を監視してやがったな!
『ばっ…バカ者!今はそんなことを言ってる場合ではない。魔法の使い方をよく見ておくのぢゃ!』
あ、なんかごまかしたな。
まぁ確かにあの黒エルフはすごい魔法使いだ。
超一流の攻撃魔法を目の前で見れるのはチャンスかもしれない。
魔王の杖はもっともっとスゴイ魔力を秘めているんだから力を引き出さないと。
黒エルフの氷の竜巻はじわじわとドラゴンを追い詰めていた。
黒エルフが空中で金の剣を振るうと氷の竜巻が自在にドラゴンを襲う。
ドラゴンは逃げ回るが氷の竜巻は右へ左へと、どこまでも追いかけて行き、ドラゴンへ氷の弾丸を浴びせている。
ドラゴンは火炎を吐こうとするが、すぐにその数倍の氷の弾丸が飛んで来る。
こりゃどっちがドラゴンだか分からない。
ついに氷の竜巻がドラゴンを捉(とら)えて包みこんだ。
ドラゴンは必死に抵抗していたが、やがて翼が凍りつき、浮力を失って失速しはじめた。
「今だ!」俺は回転するダブルトマホウクを鳶口(とびくち)に装着し、ドラゴンめがけて降下し背中の上に飛び乗った。
「王武刈刃(オーブかりば)!八相発破(はっそうハッパ)!」
回転刈り刃がドラゴンの片方の翼を斬り落とした。
バランスを崩したドラゴンは墜落しまいと、崖に激突しながら取り付いた。
俺は鳶口(とびくち)の鎌をドラゴンの首に引っ掛けながら崖に着地する。
「行っくぞ〜超重力!グラビトン!!」
膨大な重量でドラゴンの首を押さえ付けながら引きずり下ろす。
「落ちろ!こんニャロメ!」
俺は垂直の崖を駆け降りながら暴れるドラゴンを重力操作全開で引っ張って走る。
同時に斧を赤熱化させて崖の岩肌を斬り削っていく。
岩に亀裂が入り、崩れ始めた。
ドラゴンは「ぎゃおおぉうぇん」とゴジラの様な鳴き声を上げ、大蛇の様に全身をクネらせていたが、かまわずそのまま地面に激突させた。
地響きが鳴り、崖が崩れ落ちドラゴンを埋めた。
「やったか?!」
崩れた岩石を弾き返し、地面から長い首をもたげてドラゴンは起き上がってきた。
北のモフモフ恐竜を倒した技を食らってもまだ動けるのか!
トンデモねぇ怪物だ!
ドラゴンは不意に口を開いた。
(火炎か!)
口の奥が青白く光り、ガスバーナーの様な青白い光線を撃って来た。
まるでレーザーの様な火炎でものすごい熱だ。
周囲の巨木が熱光線でバタバタと薙ぎ倒されて燃え上がる。
こりゃ今まで戦ってきた怪物の熱とは比較にならない。
俺はとっさに斧を盾代わりにして、この青い熱光線をガードした。
熱光線は斧の熱に飲まれて丸く広がっていく。
熱には熱だ、斧の熱循環にドラゴンの火炎光線を蓄積させているので、ダブルトマホウクには高熱プラズマがどんどん形成されて行く。
さすが魔王の杖だ。ドラゴンの切り札に全く引けを取らない。
その時、上空から再び氷の竜巻がドラゴンを襲ってきた。
黒エルフが空中を飛び回りながら金色の剣で氷の竜巻を操っている。
ドラゴンは氷の竜巻に抑えつけられて身動きが取れなくなっている。
チャンスだ!
俺は空の翼竜に向けて叫んだ。
「シャル!滝の水を竜巻の方に流すだべ!」
…というか高度が高すぎて俺の声が届いてない。
身振り手振りで説明するが、上空でシャルさんやボルゲルたちは、それを見てキャッキャと騒いでいる。
アイツら…
俺が呆れて見上げていると頭の中に青髪の魔女の声が響いた。
『やれやれ、その様なヒョットコ踊りで分かるワケが無いであろうが!』
テレパシーか!
シャルはいきなり顔を上げ、左右を見回しながらしきりに頷(うなずい)ている。
どうやら魔女のおかげで俺の作戦に気づいた様だ。
シャルが翼竜の上で腕を振ると滝の水がウネリながら氷の竜巻に向かって来た。
滝の水は氷の竜巻に吸い込まれ、ドラゴンに降り注いで来る。ヨシ!それでいい。
「拡散冷線砲!」
無数の冷凍光線が空中で水を瞬間凍結させ、巨大な氷塊がドラゴンの上に砲弾の嵐となって飛来し、周囲にズンズンと降り積もる。
このまま超高圧でドラゴンを倒す!
ドラゴンは氷に閉じ込められまいと暴れながら火炎を吐くが、いかんせん滝の水量が膨大である。
おそらくあの氷の砲弾一つが4tダンプ1台分ぐらいだろうか、
ならばすでに数百トンの氷がのしかかっているはずだ。
ふつうの生物なら耐えられないが、コイツはまだ青白い火炎光線を吐いて来る。
コイツをこのまま放置すると獣王国が滅びる。
「俺が引導(いんどう)を渡してやる!王武刈刃(オーブかりば)!火炎車」
ドラゴンの火炎を吸収して青白く輝く斧を空中に放り投げ、鳶口(とびくち)の先端で受け止める。
風車の様に斧をグルグル回転させると、斧の回転と共に巨大な青白い光の輪になっていく。
「行くぞ!八つ裂きギロチン!」
ドラゴンめがけて鳶口(とびくち)を振り抜き、回転するダブルトマホウクを投げ付ける。
巨大な光輪がドラゴンへ向かってビューンと飛んで行くと氷の柱ごとドラゴンは真っ二つになった。
氷柱は轟音を響かせながら左右に崩れ落ちていく。
「勝ったべ!」
上空から白いモフモフ恐竜が降りて来た。
「勝ったなのだぞ!子どもよ!」
巨乳のシャルが抱きついてきた。
ありがとうシャルさん。君のおかげです。
だからもっと強く抱いて…思わず鼻の下が伸びたが、まぁ俺は美少女だけどな。
ドラゴンを倒せたのはたしかにシャルのおかげでもある。それともう一人。
空を見上げると黒エルフの姿は無かった。
今回はアイツに助けられたな。
さて念願のドラゴン肉をゲットしたので、さっそく獣王国では焼肉パーティである。
「というワケで今夜の晩飯はドラゴンでバーベキューだべ!」
おじ様たちエルフをはじめ、近隣の獣人たちや鳥人やゴブリンさんたちみんなでお祭りである。デッカいキャンプファイヤーに笛や太鼓の音が響く。
シャルは黒エルフのところに串焼きを数本抱えて走って行った。
アイツも来ればいいのに。
まぁボルゲルと乱闘になるのはゴメンだけどな。
しかし黒エルフとシャルの愛のおかげで助かったな。ウッシッシ。
俺は焼肉を焼いておじ様やラウルさんにも配った。
「おじ様、うまいだべ?」
「ん…」
なんかイマイチかな?
ラウルさんが歓喜の声を上げた。
「ヤール陛下は非常にお喜びです!」
そ う な の ? ?
モフモフ恐竜たちにはドラゴンの皮焼きを食わせたが、あの超鋼ウロコを煎餅(せんべえ)みたいにバリバリ齧る。スゲぇな、さすが野生のティラノザウルスだ。
「なかなかドラゴンもいけますね」
ボルゲルのヤツが肉を口いっぱい頬張(ほおばり)ながらしゃべる。
食うかしゃべるかどっちかにしろ。
でもまぁ、今回はボルゲルが調味料を作ってくれたので塩、胡椒、醤油に味醂(みりん)、白黒抹茶(しろくろまっちゃ)あずきコーヒーゆず桜、と味付けもバッチリだ。
俺は数本の串焼きを一気喰いした。
「しかしドラゴンの肉は恐竜焼き鳥に比べたら少し固いだな」
「恐竜焼き鳥とは何だ?子どもよ?」
「そりゃあシャルさん…あ!」
おじ様と鳥人たちがこちらを見ていた。
「つまり…恐竜焼き鳥とは……だな………」
つづく!だべ
あとがき
【ボルゲルのファンタジー用語解説】
さて今回も異世界ファンタジーの基礎知識を勉強しましょう。
⚫︎ 猫耳娘
この世界では獣人たちは、ただの人間っぽい動物です。
しかし、ふつうのファンタジーなら猫耳の美少女が出てくるはずだと思うんですけれど、ダメな作者ですねぇ…
⚫︎ テーブルマウンテン
昔は平地だった大地が数億年単位で風雨に削られ固い平地の部分だけが山の様に残ったもので、1000m以上あるものもあります。
⚫︎ 木星浮遊大陸
木星のメタンの海に浮かぶ大陸型の衛星ですね。
ガミラスの前線基地があります。
⚫︎ 白黒抹茶・あずき・コーヒー・ゆず・桜
ういろうのCMソングですね。
あずきが「上がり(こしあん)」に変わるバージョンもあります。
みなさんもぜひお試しください。
ではまた。
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