11話「天使はここにいる」だべ
ゴブリンさんの案内で、水源を探しに森の中を進む。
ゴブリンさんはゴリラ歩きを併用(へいよう)しながら手と足を器用に使って森の中をスルスルと進む。
エルフのシャルさんは長い手足で飛び跳ねるように駆け抜ける。
二人とも、いかにも森と共に進化してきた種族って感じがするねぇ。
俺は…と言うと洞窟(どうくつ)特化型の胴長短足のドワーフ体型美少女なので起伏のある土地を進むのはダックス犬並みに苦労するが、それでも反重力鳶口(はんじゅうりょくとびくち)を使って、枝や木の根に引っ掛けながら、よっこいしょういちと進めるだけマシかな。
まぁ古本の山を抱えて登ってくる。アホウよりはよほどマシか。
「おいボルゲル!早くしないと置いて行くだぞ!」
「ひいい〜待ってください〜ベロンさ〜ん」
順調に遅れているようだな。放置しよう。
知らんぷりで俺は歩き出した。
ヒーヒーと大げさな声で喘(あえ)ぎながら、ボルゲルは坂道を登っていたが、突然荷物を投げ捨てて、くるりと後ろを向き直って直立した。
「ふむ、少し目障(めざわ)りですね、イーグ。あまり近づくとお母様に怒られますよ」
木の陰から、あの黒いエルフが現れ、無言で金色の剣を抜いて構えた。
ボルゲルはメガネを直しながらニヤリと笑う。
「エルフの降魔(ごうま)の剣ですか。
それに切られては魔物でも致命症ですが、
残念ながらそれでは私を倒せませんよ。知ってるでしょう」
黒いエルフは剣を身構えた瞬間、滑り込むように移動し、黄金の剣が風を切った。
ものすごい速さだった…が、ボルゲルはもうそこには居ない
「無駄ですよ」
はるか彼方の岩の上にボルゲルは立っていた。
「神聖魔神国 四大魔将の一人であり、魔法司書室長だったこの私に体術で挑むおつもりなのですか?イーグ」
黒エルフは左右に剣を振り回しながらダンスの様なステップを踏む。
陽炎がゆらめくように二人、三人、四人と分身をはじめた。
黒エルフが四方に分かれて同時に剣を振り出すと、爆音と共に突風が吹き出し、竜巻が四方に走る。カミソリの様な氷の結晶が乱れ舞った。
ボルゲルの周囲の木々はカミソリの様な氷の結晶に粉々に切り裂かれ、石すらも斬り刻まれて弾け飛んだ。
荒れ狂う突風の中でボルゲルは涼しい顔をしている。
「四陣風殺とは懐かしいですね。
先手を打って逃げ道を潰(つぶ)すとは、さすが真空のエレメンタラー・イーグですね。
でもあなたのお姉様に比べたらまだまだ小粒です」
黒エルフは四方から突風に乗って一気にボルゲルに斬り付けようとするが、その瞬間、突然に数十の白虎が飛び出して黒エルフを一斉に攻撃して来た。
黒エルフはさらに分身し、表情一つ変えずに素早く白虎の一群をズバズバと斬り倒している。
「1000年前より少しだけ強くなりましたねイーグ。相変わらずクソ真面目に修行ばかりしていた様で感心です。『あの金ピカのチャラい男』にも少しは見習わせてやりたいものです」
そうボヤキながらボルゲルは突風の中で、何事も無かったかの様に日本語の古書の1冊を取り出しページをめくった。
本の中に書かれていたのは、おびただしい数の魔法陣と神聖文字だった。
ボルゲルが呪文を唱えながらパラパラと古書をめくると、ピタリと風が止み、黒エルフは一人に戻った。
「せっかくあなたが相転移魔法を使っている様なので、それを応用して気体の分子間相互作用の粘度を変化させておきました。これで貴方のスピードも、風の精霊操作も半減されますが…」
ボルゲルは古書をパタンと閉じると、それはいつの間にか魔法書に変わっていた。
「しかしこの大気位相では普通の人間なら呼吸すらできず即死するハズなのに、あなたは平気な様ですね。
さすがは風のエレメンタラー・イーグですね」
ボルゲルはまるで魔物の様にニヤリと笑いながら、数枚のページを破り取った。
空中に腕をグルリと回せば、マジシャンがテーブルの上でカードをサッとスプレッドするかのように空中に丸くカードの輪が現れる。
そのページに描かれている魔法陣のマークは、あの魔道士たちの入れ墨に似ていた。
「さて、では私も相転移魔法をお見せしましょうかね」
「鬼神魔道符陣か…」黒エルフがつぶやく。
「失礼ですよ。神聖魔神紋とを呼びなさいイーグ…爆炎防壁陣!」
魔法陣カードの輪から膨大な爆炎が奔(はし)り出る。
黒エルフのイーグが手をかざすと平らな水の壁が炎を防ぐ。
「なるほど、真空と水の多層防壁とは効果的ですね。瞬く間に二重三重の結界を張ってくる。さすが太古のエレメンタラーです」
ボルゲルは微笑みながら手のひらを返すと魔法陣カードも同時にターンオーバーして裏返った。
そのカードの裏には全く別の魔法陣が描かれていた。
「八方雷激陣」
こんどはカードの輪がイーグを取り囲み轟音とともに雷撃が発生した。
イーグは剣をクルリと回転させて水のマントを纏い、避雷針の様に稲妻を吸収してしまう。
「水をアースにして雷撃を吸収しましたか…いや」
イーグが稲妻を身にまとう様に電光に包まれて輝きはじめ、しだいに剣先に光が集中していく。
「ほう!多層の真空を誘電体に変え、稲妻を蓄えたのか。面白いアイデアです!素晴らしい」
「真空雷光弾!」
イーグが金色の剣を鋭く振り出すと、水の塊は輝くプラズマの光弾となってボルゲルに向けて射出された。
ボルゲルは目を見開いて微笑しながら巨大な光に飲み込まれた。
雷鳴の爆発音と共に、まばゆい光の塊(かたまり)から稲妻の枝葉が伸び、周囲の木々を焼き払って行く。
樹木は薙ぎ倒され岩壁が崩壊し、やがて雷光弾の光は、静電気のゆらぎとなって消えて行った。
イオン化されゆらめく空気の中、イーグがボルゲルの居た場所に近づくと、まだ静電気がパチパチと弾けている。
その足元では魔法陣カードが燃え尽きようとしていた。
「逃がしたか…」
ドドーンという雷鳴が森の中に響き渡り、一斉に鳥が乱れ飛んだ。
「お!お?何の音だべ??」
「崖崩れか何かじゃないですかねぇ〜」
ボルゲルのヤツが気の抜けた答えをする。
「あれ?お前、いつの間に?」
「さっきからおりましたが?」
「そうだっけ?」
水源の池。
さて、森を抜ければいよいよ水源の沢が見えてきた。
「これが水源か。高低差は充分だな」
振り返ると、はるか彼方に王宮の庭…というか原っぱが見える。
この沢を堰止(せきとめ)れば村の水量をまかなえるだろう。
まずマイクラで大型の分水枡(ぶんすいます)を作成して、簡単な水門を作り、
水門から流れる水とオーバーフローして沢に流す余剰水に分ける。
この小型の分水枡(ぶんすいます)に、仕切り板を差し込んでオーバーフローの水位を調整する。
水位が上がって取水口まで届くと左右の水路に水が流れる仕組みだ。
まぁ水田の農業用水路と同じだな。
昔は農道の水路工事もやってたのでお手のものだ。
次は水路だ。
ダブルトマホウクの高熱振動波で地面にザザザッと溝を掘り、粉々に砕けた砕砂をマイクラ棒でカチカチのコンクリートに固める。あっという間にU字溝水路ができた。
こりゃミニユンボより早いは。
さらに小型の分水枡(ぶんすいます)を何個か作り、そこから水路を掘ってさらに左右に広げて行く。
一週間ほどで獣王国の水路インフラ整備が完成した。
さて、では配水開始だ。
水門を開け、分水枡(ぶんすいます)の仕切り板を外すと一気に水が広がっていった。
ワッとゴブリンや獣人たちから歓声が上がった。
「どうだべ、おじ様」
「あ、うん。いや…」
あれ?反応薄いな。
シャルが笑顔で言った
「すごいぞ!おじ様も大喜びだぞ、子供よ!」
…… そ う な の?
獣王国の宮殿『世界樹の化石』
俺たちはボロ屋の『王宮』に戻った。
すでにラウルさんとフクロウの書記官が地図と資料を用意してくれていた。
ヤールおじ様が神話の時代を語り始めた。
「巨人の、島は、光の檻(おり)に、囚われて、いるんだ。そこに、行けるのは、神馬人ぐらい、なんだ」
「なんで巨人は檻(おり)の中に居るんだべ」
「神々の、戦争に、負けた、からさ」
「ゲゲッ、さらに上に神が居るのだか?」
「神々とは、古代の神。神聖大魔王さま、の事だ」
あ、そういえば青髪魔女の神殿に魔王が祀られてたな。
エルフにとっては神になるのか。
「大魔王が滅んでも、檻(おり)の上には、大魔王が作った、熾天使(しきてんし)セラピムが、いる。
巨人は、檻(おり)から、出られないんだ、永遠に」
「シキ天使?」
「大魔王が作った、最強の、魔法兵器だ」
なるほど、少し見えて来た。
巨人は魔王と戦い、二人とも倒れ魔王は死んだ。
だがその時、巨人は魔王によって熾天使(しきてんし) セラピムの島に封印された。
その時の武器がこの魔法の杖か。
「熾天使(しきてんし) セラピムが、居るから、空からは、島には、行けない、んだ。鳥人でも行けない。行けるのは、神馬人、だけだ」
「神馬人はどこらに居るんだべ?」
「さらに西の、湖だ、二つある。歩いて十日かかる」
「おじ様は神馬人を使役できるだべか?」
「ムリ、だ。神馬人は、魔王直属の存在だ。だから、神馬人と、いう。お母さまでもソラでも、イーグでもムリ」
「イーグ?誰?」
「イーグは、ラ・デの、長男だ。『黄金の翼の戦士』と、共に、悪魔王国を、滅ぼした、最強のエルフだ」
『黄金の翼の戦士』悪魔から世界を救った古代の勇者チームのエルフ戦士か。
それでも大魔王の配下の神馬人には及ばないのか。
いったい大魔王とはどんだけの存在なんだ。
「神馬人(しんばじん)は、魔王、直属の、太古の種族で、何者にも、支配されず、大魔王の、最後の予言を実行する。特別の存在だ」
なるほど神馬人は魔王直属の存在なのか。
そして大魔王の予言…って、それ俺の事だよな?
「なぁおじ様、ドワーフの伝承では魔王の杖はこの斧と鳶口。あともう一つハンマーがあるけんど、おじ様は知ってるだべか?」
「し、知らない。寝る」
おじ様はそのままテーブルにつっ伏して寝てしまった。
変人だが、さすがに物知りだ。
とりあえずラウルさんとフクロウの書記官が用意してくれていた資料から、簡易的な案内図を作成して日程の計画を始める。
一時間ほどすると、おじ様が起き上がり、いきなりゴブリンを叩いた。
「何すんだ!」
「ボ、ぼくが眼を覚ましたのに、食事が、用意、してない」
え?…え?
猫獣人のメイドが籠(かご)に小さな果実を入れて差し出したが、おじ様は「これじゃ無い」と言って叩き落として果実を床にぶちまけた。
慌ててゴブリンが潰れた果実を拾っている。彼らには貴重な食糧のはずだ。
「川エビが食べたい。す、すぐ獲って来い」
「え?ちょっと待て!まだ夜中だべ」
「今食べたい」
ゴブリンや獣人たちは部屋から出て行った。
こりゃ酷い虐待だ。
俺は怒りを覚え、思わず怒鳴った。
「あいつらアンタの仲間だべ」
「ボ、ぼくの家来だ」
「あ…?」
あまりの価値観のズレに言葉を失った。
ブン殴るべきだろうか?
いや、勇者である俺が国王を殴ったら困るのは獣人たちやゴブリンさんだろう。
ましてやエルフ国の最大戦力である獣王を怒らせたらドワーフや人間にまで危害が及ぶかもしれない。
こんなワガママ自己中の性格だから魔女にエルフの国から追い出されたんだろ。
王でありながら誰からも見捨てられ、ゴブリンさんやラウルさんもをまるで奴隷としか思ってない。
このままじゃあ誰も救われない。
世界を救う勇者の俺でも何もできない。
『すまぬのう…』
頭の中に不意に青髪の魔女の声が聞こえた。
そうか、やはりヤールおじ様を気にしていたのか…あんな魔女でも母親は母親だ。
女手一つで三百の子供たちを育て、王国を守ってきたんだ。
魔女の落ち込んでる姿を思い浮かべると、少し気の毒になった。
ああ見えてもやはり魔女も弱い女性なんだ。
ふとシャルが立ち上がった。
「おじ様、ダメよ!ゴブリンさんを叩いちゃ」
シャルがちょっと怒ったそぶりをした。
うわあ怒った顔もカワイイなぁ。
「だ、だってアイツら、グズだし…」
「おじ様、ゴブリンさんたちから嫌われちゃうよ!」
「え…?!」
おじ様は驚いた表情をしている。
自分が嫌われる事は頭に無かったらしい。
むしろそのことに驚いた。
「ゴブリンさんたちだって、おじ様の事あんなに大好きなんだから、大切にしてあげないと」
「え?…ボ、ぼくのこと、を…?」
「そうよ、みんなおじ様のことを大好きなのよ」
シャルが天使の様な笑顔で言うと、すごい説得力だ。
「そ、そうかなあ…そうかなあ」
あれ?なんかすごく嬉しそうだ。
「ねえ、おじ様。もうゴブリンさんを叩かないって約束よ」
「う、うん」
スゲぇ!
シャルってすごいよ!
そうだな…今まで彼は愛されるばかりで、愛する事が無かったんだろう。
だけど今、少しだけ愛を知った。
「おい魔女、お前の孫は凄いな!」
『そ、そうじゃろ!自慢の孫娘じゃからな!』
魔女は元気を取り戻したようだ。
シャルはすごいな。みんなを本気で愛して、本気で元気にしてくれるんだ。
俺には神も魔王も信じられないが、天使はここに居ると思ったね。
つづく!だべ
あとがき
【ボルゲルのファンタジー用語解説】
さて今回も異世界ファンタジーの基礎知識を勉強しましょう。
⚫︎ よっこいしょういち
横井庄一さんですね。小野田さんはあまり聞きませんが。
⚫︎ 真空のエレメンタラー
エレメントとは元素の事ですね。
「火、気、水、土、木、金」などの精霊魔法を使う者の事をエレメンタラーと言います。
真空には元素が存在しないのですが、イーグのヤツは大気を操つって真空状態を自在に造り出す風のエレメンタラーです。
わかりやすく言えば赤胴鈴之助が風を操っているのに技の名前が真空斬りみたいなものでしょうか。
⚫︎ 魔法司書
私は古代の悪魔王国で古今東西の魔法書の管理をしていました。
私の一番重要な仕事は古典や伝承などから法律や軍組織や戦術を整備する紀伝道(きでんどう)学者だったのですが、
魔人どもは、書物の価値が分からない頭が悪いクソバカばかりでしたので、
私は『金ピカ勇者』の方に寝返って悪魔城を壊滅させてやりました。クックックック。
それでは皆さんもぜひお試しください。ではまた。
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