12話「海タヌキ三本勝負」だべ

ゴブリンさんの案内で我々探検隊は神馬人(しんばじん)の住む湖を目指して西へと向かった。

俺とシャル、ボルゲル、ゴブリンさんの四人だ。

薄暗い森が途切れると、明るく開けた透明な湖が広がっていた。

水は深く、森や山を青々と写す。

まるで水鏡のようだ。


さて、湖の小島とやらはどこにあるのやら。

鳥人が居てくれたら助かったのだが、もともとドラゴンの巣の近くの水辺に鳥人は近づかなかったので、あまり詳しくは知らないらしい。


というかドラゴンの勢力圏内の山上に住んでるという事は、神馬人(しんばじん)って、あのドラゴンより強いのか?


青髪の魔女なら神馬人(しんばじん)の住む湖を知ってるとは思うが、あのババアは絶対教えてくれるワケが無い。


『誰がババアじゃ!』

突然、頭の中に魔女の大音声が響いた。


すいません。


魔女のヤツは俺の頭に勝手にリンクさせてやがるが、魔法の事以外は教えてくれない。


しかたがないので、とりあえず湖を眺めながら自分で考える。

「これは舟が必要だべ。なぁボルゲル、自作できる木造船の資料は無いだか?」


「木造船ですか…」

ボルゲルがパラパラと日本語の書籍をめくる

「カティサークとかゴールデンハインドなんてカッコイイですよね!」


「それは木造帆船模型だろうが!丸木舟で調べろ!だべ」


とりあえず丸木舟を削ってる原始人の想像図を見つけたので、その形をマネする事にした。

まず手ごろな太さの樹を探して斧で切り倒し、俺とゴブリンさんで枝を払い、舟の長さに切り出す。

鳶口(とびくち)でら大木の丸太を転がしながら砂浜まで引きずり出し、斧で舟の形に成形する。

考えてみればこれが斧と鳶口(とびくち)の正しい使い方だな。

俺の生まれたドワーフ村は冬場の出稼ぎで北方に木樵(きこり)のバイトに出るので、伐倒伐木(ばっとうばつぼく)作業はお手のものだ。


俺がダブルトマホウクで大まかに削り出すとゴブリンさんが石斧でキレイに仕上げてくれる。いやあ〜この人が居てくれて助かったは。


彫り上げてみれば、ちゃんと舟の形になっている…ように見えるな。

とりあえず丸木舟を水辺まで曳(ひき)出して浮かべた。

おお!!ちゃんと浮かんだ!自分で驚いた。


試しに乗ってみたが、ひっくり返る様子は無い。こいつはすごいぜ。


ゴブリンさんを船頭にして、いざ出発。

俺とシャルもオールで漕(こぐ)。

ちょっと楽しいな。

あボルゲル。お前は何もしなくてもいいぞ。

だから何もするんじゃない!いいから黙って座っていろ!


鏡の様な水面を静かに丸木舟は進んだが、どこに行けども島なんて見えない。


しかし、この湖の風景はなんとなく違和感がある。

はて?…この景色はどこかで見た様な…何だっけ?


湖の中央まで出て気づいたが、水底に枯れ木や石造りの民家が沈んでいるのが見えた。


「おや?これは町ごと水に沈んだ様ですねぇ」

ボルゲルのヤツも気づいた様だ。


「そんなに大昔の街並みには見えない感じだべな」


シャルが不思議そうに問いかけてくる。

「なんで町が水に沈んでいるんだ?子供よ」


「ん…」


頭にふと魔王大戦が浮かんだが、周囲に火災や倒壊の痕跡(こんせき)が無いので戦争や水害のせいではないはずだ。たぶん自然な増水か地盤沈下だろう。


「ゴブリンさん、もっと下流も見てみるべ」

舟を進めると彼方の水面にポッコリとした「薄黒いドーム型の小島」がいくつか見える。

…あれが犯人の棲家(すみか)か。


シャルが不思議そうな顔をして見ている

「あれは神馬人の島なのか?子どもよ」

「いや、違うだべな。見ろ」

さらに下流の水面上に黒くて細長い筋が蛇行しているのが見える。

その黒い筋をよく見ると、無数の木材を組み合わせたものだ。


「あれは何だ?子どもよ」


「ダムだべ」


そうだ、この風景は前世で建造したダム湖に似ていた。

しかし、あのダムは材木を集めて組んだだけの雑なダムだ。見るからに建築基準を満たして無い。というかこれは人間の仕事では無いな。


「ダムとは何だ子どもよ?」


「おじ様の村で作った水門のデカいやつだべ。あのダムが河を堰(せき)止めて水を溜(た)めて、町を水中に沈めたんだべ」


おや?「薄黒いドーム型の小島」付近の水面からポコポコと熊の様な影が浮かび出て、水中を泳ぎながらこちらへ向かって進んでくるのが見える。


「あ!やばい舟を岸に戻すだべ!」


獣は意外に早いスピードで迫ってくる。

マズイな。もし水中に引き込まれたら勝ち目は無い。


その時、頭の中に魔女の声が響いた、

『追いつかれる前に陸の上に上げてしまえば良いじゃろうが』


「え?どうやって?」


『魔法で氷棚(ひょうほう)を造れば良かろうが』


あ!氷山か!

なるほど、マイクラで水中に氷山を作り出して、下から持ち上げるのか。

やってみるか。

左の腰から鳶口(とびくち)を引き抜き水中に差し入れて狙いを付ける。


黒い毛球(けだま)がこちらに迫って来る。

まだだ、可能な限り近づけよう。


「冷線!」

水中でマイクラ棒を横に薙ぎ払うと、水飛沫と共に水中から巨大な四角い氷棚がドパーンと鯨の様に飛び上がった。


その勢いで三匹の熊かネズミの様なケモノが氷の上にピチピチと跳ね出されている。

モフモフの茶色い毛皮、水掻(みずかき)の付いた手足。光る長い歯。平たい尻尾。

やはりビーバーだ!

初めて見たがこの世界にもビーバーが居たのか。


「ひ、卑怯ずら!いざ尋常(じんじょう)に勝負するずら!」

あ、ビーバーってしゃべれたんだ。

というか何言ってんだこの珍獣は?


まぁいいや、何か利用できるかもしれん。勝負してやろう。

俺は丸木舟の上に立ち上がった。


「あ〜 えっへん!俺はかの有名なドワーフの伝説勇者ベロン様だ!お前らの挑戦を受けて立つだ。俺とダム建設で勝負だべ」


「何っ?ドワーフだと!相手にとって不足は無いずら。良かろうずら、オラもダム職人のはしくれ、勝負するずら!」


というワケで土建屋のプライドを賭けた、ドワーフとビーバーとのダム勝負が始まったのである!だべ。


『海狸』と書いてビーバーと読む。

あれ?ビーバーって海に居たっけ?知らんけど。


「オラの名前はドンずら」

「チャーずら」

「クーずら」

また著作権に問題のありそうな名前にしやがって。


ビーバーたちは、どうも斧と鳶口(とびくち)を持っている俺をライバル視しているらしく、しきりに俺に突っかかって来る。

そりゃそうだよな。どう見てもドワーフの木樵(きこり)だしな。


「やい、そこのチビっ子、さっきはよくもやってくれたな!いざ尋常に勝負ズラ!」


いやオマエたち、どう考えても負けてただろ。

まぁいいや、相手してやるか。


「いょ〜し、わかった。三本勝負で決着を着けるだべ。2回勝った方が勝ち。負けた方が家来になる。それでいいだな」


「よかろうずら。武士に二言は無いずら」

いや、オマエら武士じゃなく海狸(ビーバー)やろ。


 一本目「伐倒(ばっとう)勝負」だべ


「あ〜そこに二本の大木が生えてるだが、これを先に切り倒した方が勝ちだべ。それでどうだべ?」


ビーバーたちはクックックと笑った

「我らビーバー族に伐倒(ばっとう)勝負を挑むとは身の程(ほど)知らずなチビっ子ずら」


チビっ子じゃなく美少女と呼べ。

「あ〜3匹まとめてでもいいぞ」

俺も負けずにニャリと笑った。


ビーバーたちは俺の挑発にまんまと乗せられ怒り出す。

「ちょこざいなチビっ子め!名を名乗れずら」

いや最初に名乗ったが、まぁいいや。

「ドワーフ界一の美少女ベロン様だべ。覚えておけ。忘れてもいいけどな」


審判のシャルがルール確認をする。

「よいか海タヌキよ、先に木をこうやってドバババーンと切り倒した方が勝ちなのだぞ」


ビーバーたちはシャルのアバウトな説明に「ふむふむ」とうなずいている。

おじ様の勢力範囲なのか、この近辺の獣人はエルフのいう事を聞くらしい


「一本目始め!」

シャルの合図で試合開始だ。


ヒグマ大の三匹の巨獣が大木にしがみ付けば、たちまち大木の根本は痩せ細りエンピツ状に削られていく。

ビーバーの歯は鉄分が多いと言われるが、まさに野生の木樵(きこり)である。


思い出した。丸木舟を切り出すさいに、何本かエンピツを削った様な形の切り株があったな。犯人はコイツらか。


これはヤバいな。ちょっとズルいが、これを使わせてもらおう。

「よっ!」

ダブルトマホウクを空中に放り投げ、鳶口(とびくち)の先端で受け止めた。

そのまま皿回しの様に超重力でダブルトマホークを「ぎゅいいいいん!」と高速回転させるとちょうど雑草を刈る刈払機(かりばらいき)の様になる。


さて、鳶口(とびくち)を脇構(わきがまえ)に取る。


「王武刈刃(オウブかりば)!一刀両断(いっとうりょうだん)!!」


刈り払い機で雑草を刈り倒す要領で、回転刈り刃を大木に叩き付けると、一撃で大木は傾きメキメキとビーバー達の前に倒れた。

ビーバー達は驚いて逃げ去る。


あ、いけね。狙ったワケでは無いがちょっと悪い事をした。

この方法は早いのだが伐倒(ばっとう)方向がコントロールできないのが欠点だな。


「ひっ、卑怯ずら!こちらの作業を妨害するとは!」


「オメェらが遅いから見本を見せてやったんだべ。まぁ俺の勝ちだけんどな」

俺はニャリと笑うと、ビーバーたちは手足をジタバタさせて怒っている。


伐倒方向を間違えた事などお首にも出さず強者感を演出する。これも勝負だ。勇者は非情なのだ。


  二本目「木材加工勝負」

「次のお題は木材加工なのだぞ!この切り出した丸太から、あの様な丸木舟をこうガガガガっと作り、ダッパーンと水に浮かべた方が勝ちなのだ」


ビーバーたちは、ふむふむと真面目にシャルさんのルール解説を聞いている。

どうもシャル語はミスター長嶋語に似ている気もするが、なぜかビーバーには理解できる様だ。


「だがしかしだ!たとえ早く完成しても浸水したら負けだぞ、海狸(うみだぬき)たちよ!」

シャルがノリノリでルールを説明している。


ビーバーたちも、丸木舟を初めて見たようだが構造は理解したっぼい。

だが実は、今回は負けるつもりでいる。狙いはビーバーたちに2隻目の丸木舟を作らせる作戦だ。

おそらく木材加工はこのビーバーたちの方が上手いのではないかな?


「二本目始め!」


こちらはまた回転刈り刃を使って舟の形を削り出して行く。

チェーンソーカービングの要領だが、残念ながらこの方法ではキック・バックが起きてしまい精度が出せないので、舟を作りたいなら地道に手で掘るしかなかった。

(※ キック・バック:刈刃が木にぶつかり跳ね返る現象)


さて、隣のビーバーたちを見ると左右に一匹ずつが舟の形を彫り出し、一匹が内側をくり抜いている。

もう舟の外観になってるな。やはりこいつら腕がいい。

たちまち丸木舟が完成した。

おお!仕上げもキレイだ。さすがプロのビーバーたちだ。


「この勝負、海タヌキの勝ち!」

ビーバーたちは大喜びである。

いやタヌキでいいのか?お前ら。


ビーバーたちは不敵に笑った。

「ふふふふふふ。次で決着がつけばお前たちは、我々の家来になるのだずら」


3匹のビーバーたちは、すでに勝ったかのような態度だ。

まあ、二艘(にそう)目の舟はゲットしたし、笑いたいのはこちらの方だけどな。


三本目「ダム建造勝負」

「次のお題はダムの建造勝負だぞ海タヌキよ!」

シャルさんはビシっと湖の岸辺を指差す


「こちら側の岸と向こう岸に二つ小川が流れている!

その河口にダムをガガガっと作り、より多くの水をドパパパーンっと貯めたほうが勝ちなのだぞ!海タヌキよ!」

シャルのヤツ、ずっと海狸で通しているな。


ビーバーたちが笑い出した。

「ふはははは、われらビーバー族にダム建築で戦いを挑もうとする奴が居ようとは笑止千万(しょうしせんばん)ずら!」


ビーバーたちは、すでに勝ったような笑い声を上げている。

本人たちは海狸(うみだぬき)でも全く気にして無いようだ。


通常のビーバーでも数百メートルのダムが作れる。人間以外では唯一自力で自然環境を作り変えられる生物と言われる。

ビーバーのダムとは、それほど大規模な工事なのだ。


「じゃぁ俺はこちら側の水量の多い川を使わせてもらうだべ」


ビーバーは喜んで即答した

「異論は無いずら!」

ビーバーたち三匹は、喜び勇んで向こう岸にプカプカ泳いでいった。


クウ「兄ちゃん、あいつ馬鹿だな。水量が多い方がコントロールが難しいのに」


チャー「しょせん素人ずら、なぁ兄いちゃん」


どん「ふふふ。これでまた俺たちの勝ちずら」


ビーバーたちは大喜びである。


「いいんですか?なんかこっちの川って急流ですよ」

ボルゲルが少し不安げに言うが、俺は自信満々で答える。

「大丈夫だべ。水量が多い方が、手っ取り早いだべ」


シャルが手を振り上げて合図する

「三本目始め!」


ビーバーたちが、一斉に木を削り倒し始めた。ものすごいスピードで、川が堰止(せきとめ)られていく。

さすがプロのダム職人だな。

まぁ俺も『プロのドワーフ』だけどな。


「どれ、じゃあ俺もおっぱじめるか…冷線砲!」

急流の水がたちまち巨大な真っ白い氷の塊に変わり、氷結したツララがズンズン積もって行く。

まるで白いハリネズミのような形になった。


ボルゲルとシャルが見上げる。

「ほう、氷瀑(ひょうばく:ツララの塊り)ですね」

「おお、美しいな!子どもよ」


ビーバーどもが気づいて騒いでいる。

「あっ!魔法なんてズルいぞ!!」


あいつら俺がドワーフ界最強の魔法使い(土建業特化型)だと気づいて無かったようだ。

「そうだべな。ついでに石のダムなんてもっとズルいかもなっ!マイクラ!」


足元の地面に四角を描くとそのまま巨大な壁が競り上がってきて、あっという間にダムの形になった。


さて最後の仕上げだ。

「ダブルトマホウク!火炎車」

赤熱化した斧を氷瀑へ放り込むと、氷瀑(ひょうばく)は砕け散り、背後に蓄えられていた膨大な水が堰(せき)を切って流れ込んで来た。


たちまちダムが満たされ、上層部の水口からオーバーフローした水が滝の様に吹き出し、水しぶきが虹を描いた。


向こう岸ではビーバーたちがジタバタしている。

シャルはビーバーたちに向かって大声を上げた。

「負けてしまったぞ〜海タヌキよ!」


シャルさん最後まで海タヌキなのね。


つづく!だべ





あとがき

 【ボルゲルのファンタジー用語解説】

さて今回も異世界ファンタジーの基礎知識を勉強しましょう。


⚫︎海狸

ビーバーの事ですね。ビーバーは河川の動物なのですけど、なぜか日本語では海狸です。

ちなみに『沼狸』と書くとヌートリアになります。


⚫︎鳶口

これは材木の原料となる丸太や原木を取り回す「木遣り」作業で用いられていました。

現代では消防車に積まれていたりします。

昔の町火消の時代から使われている火災消火用の道具でもありますね。


⚫︎ 伐倒伐木

木を切り倒す事ですね。

現在の伐倒伐木の安全教育は、ほぼチェンソーで教習が行われています。

サメと戦うさいにはチェンソーは必要な教習ですからね。


⚫︎ 王武刈刃(オウブかりば)!一刀両断(いっとうりょうだん)

オーブカリバーとはウルトラマンの武器の名前ですね。

草刈り機の要領で脇構から横に振り斬るのが一刀両断(いっとうりょうだん)。

大上段から強打するのが「八相発破(はっっそうハッパ)」ですね。

じっさいの剣術に似た名前の技が有りますが、特に関係ありません。


皆さんもぜひお試しください。ではまた。

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