17話「悪魔将軍ジャセ」だべ

人の居ないレンガ街の真ん中で、狂ったように犬が吠えまくっていた。

虚ろな顔をした男が犬を殴りつける。

犬が噛み付き血が流れ出したが、出血にも構わず男は殴り続け、最後に犬の悲鳴が聞こえ静かになった。


「狂ってやがるだべ…」


「悪魔だらけですねぇ」

田園から市街地に入った頃にボルゲルがつぶやいた。


この大きな都市にまるで誰も居ないかの様に人々は息を潜めている。

俺はラーラに乗って空から郊外の様子を見るが、人の気配が無い。

みんな恐怖で疑心暗鬼になってるのだろう。


悪魔か…ちょっと困ったな

「俺には人間と悪魔の区別はつかねぇだべ」


「犬や猫には悪魔が見えますよ」

白虎のボルゲルが答えた。


「じゃあ犬に吠えられるヤツが悪魔か?」


「人間でも吠えられる人が居ますので、手当たり次第に悪魔判定したら魔女裁判になりますよ」


う〜む難しいなあ。

悪魔城に進む前に、まずこの都市の悪魔どもを一掃しなければ。人間は悪魔に支配されてしまう。

とりあえず俺たちはグレス城に戻った。


諸侯国の一つグレス公国

ドワーフ山脈のすぐ西の入り口であり、北方諸国に接する交通の要所だ。

そのためグレス城は地方豪族と言うにはなかなか立派な城塞都市である。

城塞都市の一番奧、湖の手前の小さな山の上に美しいシンデレラ城が建っている。以前ミヨちゃんと行った浦安みてぇだな。


グレス公爵城の庭に着陸すると数十のゴブリンさんたちが狼に乗って集結していた。


ゴブリンさんや狼なら悪魔を見分けられる。

ゴブリン隊が都市を周回して悪魔を見つけ、そこを正規軍が包囲し、

傭兵部隊が切り込んで倒し、

法皇庁の聖職者が魔物を祓う。


このゴブリン隊こそ「おじ様」が派兵してくれた対悪魔防衛部隊だ。

やはり俺が送った「アレ」をおじ様は気に入ってくれたらしい。

「もっと大きいのを送れ」との手紙が添えてあった。

俺の頭の上にちゃっかり居座っている『お人形ちゃん』のツクモンにお礼をせねば。


「やあやあ、皆さんお疲れ様でした。グレス公爵がお待ちですよ」

今日は貴族風の礼装に身を包んだファウストがにこやかに出迎えた。


出たよ黒幕が…


今回の作戦の立案から諸侯国の根回し、宣伝活動、資金調達、予算振り分け、冒険者ギルドからの傭兵の投入、市民の誘導と生活品の備蓄、軍事産業への転換、保証金の制度化。

そして法皇聖下の悪魔討伐の宣旨まで。

これ全部、ファウスト一人でまとめちまった。

いや、いいんだけどさ…この人って本当にただの人間なのかよ。ちょっと怖いわ。


石畳の舗道の周りには色とりどりの草花が植えられ曼荼羅の様な模様を描いている。花壇の土も良く練られている。

しかしすごい舗道だな。細石の上に平板を並べたようだが、ドワーフとしてはやはり舗道の加工技術が気になる。戦争が終わったら教えてもらおう。


ファウストに謁見の間らしき所に案内された。

絢爛な広間の両脇に衛兵が整列していた。

そんな中に汚いドワーフやゴブリンや、殺気に満ちたエルフや、インチキ錬金術師や男の娘が入って行くのはまた場違いな光景だな。

礼装をまとったファウストだけがTPO的にハマっていやがる。


従者の「おなり〜」の声と共にグレス公が現れた。

想像よりやや小柄だが、さすが威風堂々の貫禄である。


グレス公爵。

もとは交通の要所を押さえ、辺境地域を開拓する地方長官の家柄だったらしい。

今や莫大な富と軍備を蓄え、教皇庁や貴族たちを懐柔し、周辺の辺境国を多数配下に置くしたたかな大軍閥だ。

さしずめ頼朝か北条か曹操か。


グレス公はわざわざ俺たち一人一人に声をかけてくれる。

「ご協力感謝します。勇者ベロン殿」

あれ?この人は乱世の英雄にしてはすごく腰が低い。

いやいや恐縮っす。


とりあえずゴージャスなお食事に誘われる

おお!スゲぇ肉の塊だ。

「勇者ベロン、まだナイフを手に取ってはいけませんよ。

この時代はまだふつうのナイフだったので食事中に暗殺が起きてました。

魯の曹沬も、協定の席上でナイフを桓公に突きつけ領地を奪還したと言うでしょ」


ボルゲルのヤツがいちいちテーブルマナーを注意してくる。

よく言うよ。この前までハエの浮いた水をガブ飲みしてたくせに。


「まぁ、グレス公が乱世の英雄になれたのもファウストがそうやって相手を始末したおかげですけどね」

果実酒を勝手にテイスティングしながらボルゲルが教えてくれた。マナーはどうした。


なるほど、裏で秀吉が動いてたのか。

どうりでドワーフなんかを相手に丁重なはずだ。


さてメシが終われば、さっそく会議室に案内された。

部屋に入るなり錚々たる諸侯連合国軍の将軍たちが着席している。

(俺、ホントにこの場に居ていいのか?)


将軍たちは俺を見るなり立ち上がり、俺に向かって最敬礼をしている。

「えええ?!」

「皆さんあの場におられた方々ですよ」

ファウストが爽やかに言った。

そういえば何人か首や顔に悪魔の紋様が浮かんでいる。あの時の生贄の人たちか…

(というかお前が騙して連れて来たんだろうが!)


幸か不幸かこの人たちは全ての元凶がこのチャラい兄ぃちゃんだとは知らない。


さて、悪魔討伐の作戦会議だ。

将軍たちは街の戦闘状況や掃討の結果、被害状況などを報告している。

「今のところ順調に悪魔討伐は進んでおります」

会場に安堵の空気が漂ってきた。


いきなりボルゲルが笑い出した。

「このていどでは悪魔軍の本軍には勝てませんよ」

ボルゲルの一言に会場はどよめいた。


「悪魔の本軍…とは?」


「竜韜に曰く『術士は鬼神に依託し、民衆

の心を惑わす』つまり今来てるのはただの先遣隊ですよ。兵士ではありません。

コイツらは弱い人間や動物に取り憑いて民衆を混乱させるのが任務の下っ端です」

諸侯たちは沈黙する。


ボルゲルは腕組みしたまま語る

「次に来るのは人間の魂を喰らう幽鬼隊です。

これは強い兵士を襲って魂を喰らい、肉体を奪って悪魔に取り憑かせる役目の部隊です。これら幽鬼には人間の武器は通じません。

そして最後に制圧部隊が来ます。これは十匹の巨獣オーガ隊と数百のアンデット騎士隊です。

あいつらは強い。あなた方の力では防ぐのは無理でしょう。

それらの悪魔軍団は、灼熱の悪魔将軍ジャセが率いてます。コイツ一人で一国を焼き尽くす能力を持っている炎の悪魔です」

ボルゲルの発言に会場がザワつき始めた。


グレス公爵が毅然として聞き返す

「それは事実なのかね?」

傭兵砦の隊長さんが挙手するとグレス公が頷く。

「発言したまえ」


「はい、北の悪魔崇拝者たちもオーガを操って冒険者組合を襲撃して来ました。悪魔王の本軍ならばさらに規模は大きいかと」


会場がザワついた。

そりゃいきなり巨大怪獣と戦えと言われてもムリだわな。


「いえいえ、ご安心ください」

ファウストが立ち上がり発言する。

「低級幽鬼に対しては、我が法皇庁の神聖魔法結界で防ぐ事はできます。

また上位幽鬼に対抗するためギルドの冒険者たちに辺境の仙人術師を集めさせています。

オーガに対しては教皇庁の魔法部隊が率いるゴーレムで対抗すればよろしいかと」


なるほどゴーレムか。

ツクモンにゴーレムを造らせればかなりの戦力になるはずだ。

辺境の仙人術師というのはおそらくエルフの魔女ラ・デの配下だろう。

まぁここでは法皇庁とギルドの名前を前面に出しておくのが正解か。


ボルゲルがニヤリと笑う。

「では魔将軍ジャセはどうするつもりですかな?」


灼熱の悪魔将軍か…

ボルゲル以上の魔物なんて、人間でなんとかできる存在とは思えない。


「はい、それはこの『勇者様』にお願いします」

ファウストが最高の笑顔で答えた。


えええっ?俺かよ!


ボルゲルがうなずき立ち上がる。

「よろしい、それで迎え撃ちましょう。

まず国内の城塞都市を徹底的に整備して、魔物相手に戦力を最大限に発揮できる構造に勇者ベロンが造り直します。

次に国内の治安を安定させ、民衆を戦力に組み込みます。

ゴーレムの作成は勇者ベロンが行います」


ほとんど俺じゃねぇかよ!


目を瞑ってって聞いていたグレス公爵が静かに答える。

「存分に働いてくれたまえ、私が全責任をもって協力いたしましょう。

皆さん、異論はございませんね」

会場は静まりかえった。

やはり凄い人だなこの公爵は。ファウストが見込んだのは、身分でも軍事力でもなく、この人柄だろうな。


ボルゲルが将軍たちに宣言する

「これより周囲の状況は獣人、鳥人からの情報を活用します。

城塞周りの再開発はゴーレムを使用します。

ギルドからの指示に従ってください。

そして魔術師、エルフ、獣人、全ての戦力をこの湖に集結させます。

ここが決戦の地です」

グレス伯と諸侯国軍の将軍たちも一斉に立ち上がり歓声で答えた。


いや、ちょっと待てお前ら、戦うのオレだろ。


城の教会に『ド』の旗が翻った。

俺はさっそく傭兵砦の仲間たちと町の改装に取り掛かる。

グレス城は湖の断崖に建つ城塞都市である。

街道沿いの中堅都市といった感じか。


 東に湖があり、その先はドワーフ山脈に続く起伏の激しい山林地帯だ。

 西に向かえば城壁で囲まれた市街地があり、その街道の先には傭兵砦がある。

 さらに奥にはエルフの大森林がある。

南北はなだらかな丘陵地だ。


湖から見れば崖の上に白く美しい城が建っている。

白い塔には三段のテラスが設けられていた。

なんとなく戦艦の艦橋に似ている。


一番下の第一艦橋のテラスは大きな広間になっており、湖全体が見渡せる構造だ。

そこに諸侯国の武官が集まり「おじ様」のエルフ対魔部隊を出迎えていた。


数十の鳥人を従え、巨大な翼竜に乗って「おじ様」がやって来た。

まさか諸侯国連合とエルフが共闘する事になるとはな。不思議な話だ。


武装した鳥人たちの上には諸星仮面を付けたエルフのシャーマンたちが十人ほど乗っている。

魔女ラ・デ直系の魔術師たちだろう。

イーグの妹だと考えると、それだけで強そうた。

おじ様の姉と考えるとびみょうだが。


おじ様は俺を見るなり走って来た

「あ、アレは?アレは?」

へへっ、もちろんできてやすぜ旦那。


俺は萌えキャラのエルフ人形を取り出した。

八頭身のボディに大きな瞳、美しい髪に、長い耳。等身大のカワイイ萌えフィギュア!


これをデザインしたのはもちろん俺だ。

マイクラ棒で作った泥人形をツクモンが仕上げてくれた。


おじ様は動く萌えエルフ人形と二人で仲良くニコニコしている。

良かったな。おじ様。

我々の愛する日本式エルフと『この世界』の巨大で凶暴なエルフとは似ても似つかないからな。


「これは何だ?子供よ?」

シャルが不思議そうな顔で見ている。

そうか、日本式エルフを見るのは初めてか。


「あ〜シャルくん。これはな、俺の前世の世界では、癒しのエルフと呼ばれるモノだべ」


「なるほど!日本人のエルフか!わかったぞ、子どもよ」


ホントかねえ?


湖ではビーバーたちが木材を加工して漁師村を木場代わりに集めて来る。

それを巨大ゴーレムが城塞内に運び込み、傭兵たちが櫓や防壁などに組み上げていく。


街の区画も再構築する。住民には一時立ち退きを頼むが、ついでに排水溝や水路を整備してあげるので、意外と好評だ。

貧民街や避難民たちからは感謝までされた。

城壁の補強も魔王の杖なら一発だ。


さて、準備は整ったか。

俺はラーラに乗り、高空から偵察に行く。

鳥人たちの報告では悪魔軍はすでに湖や山地の向こうまで来ているという。

たしかに北も南も悪魔軍がゾロゾロと集結を始めている様だ。かなり大規模だな。


ボルゲルの予想通りならジャセはすぐにでも攻め込んで来るらしい。


俺たちは城のテラスに着陸する。

ここからなら城の三方をぐるりと見下ろせる。

テラスの先端ではボルゲルが腕組みをして東の湖をじっと観つめ微動だにしない。

決戦の始まりか。


湖側の城壁に居たフォールが叫んだ。

「来ます!東!湖上です!」


湖の向こうから防具も付けない数百の人間の群れが湖を一直線に渡って来る。

というかアレは…人間じゃ無え。


「ははあ、数合わせに死体に悪魔を受肉させた様ですね」

ボルゲルが気の抜けた声でつぶやく。


死体?…ゾンビか?!

森の奥から続々とゾンビが現れて、湖上をゾンビの群れで埋め尽くして来る。

ギョエぇ〜なんちゅう悪夢。


「ほら、もっと上をごらんなさい」

ボルゲルが湖上を指す。

ん?

なんか湖上に濁った人魂の様な不気味なモノが飛び回っている。

「幽鬼です。あれに憑かれると魂を喰われますよ」

ウゲぇ!嫌な死に方だ。


「来たぞ!」

城壁の上の兵士たちに、上から幽鬼が取り憑いて来る。兵士は悲鳴を上げたが、一瞬、甲冑から火花が散ると幽鬼は飛び離れた。


ボルゲルが甲冑に描いた魔除けの簡易魔法結界が働いた様だ。


飛び回る幽鬼をエルフのシャーマンたちが金色の剣や弓で始末していく。

シャルも左手に金の剣を取り、城壁を走り回りながら幽鬼を次々と斬っていった。


「え?剣で斬れるの?」


「あれは森の魔術師の与えた神呪のツルギと破魔の弓です」とボルゲルが解説する。


なるほど初詣に行くと神社の売店で売ってる破魔矢と破邪の剣か。

森の魔女もなかなか霊験あらたかな様だ。


湖側に居たフォールがまた叫んだ。

「死鬼が来ます!」

ゾンビが崖をよじ登り始めた。

そちらは兵士やレンジャーたちが投石と弓の物理攻撃で次々と撃ち落として行く。


南壁の兵士が叫んだ

「来ました!南から怪物が!」

南壁を見ると身長10メートルほどの青黒い肌に小さなツノが生えた巨大なゴリラの様な怪物が数匹飛び跳ねて来るのが見える。

オーガだ。

以前、北方の魔導士たちが連れていたオーガより動きが激しい。やはり天然ものは強そうだ。


「北からもオーガが来ます」

北方の丘陵地を駆け降りてくるコングの群れが見える。


「左右から挟み撃ちにする気だべか?」

「願ってもない展開ですね」

ボルゲルが悪魔の様な笑顔になった。


いや、お前怖ぇえよ。


巨大なオーガが南の城壁に取り付き登り始めた。

城壁から兵士が投石や弓を撃ち込むが、そんな武器が通用する相手では無い。

オーガは火を吹いて攻撃して来る。

これってヤバくね?


突然、湖の港の方の湖面が盛り上がり、水中からモフモフ恐竜の群れが現れた。

モフモフ恐竜の群れは南の入江の漁港から上陸して、オーガに背後から噛みつき城壁から引きずり下ろして湖に引き込んで行く。

おお〜キンゴジの熱海決戦やな。


「北壁!オーガ来ます!」

三匹ほどの石斧を持ったオーガが城壁にぶつかって破壊しはじめた。振動がここまで伝わって来る。


「そちらが本命の部隊です。投石!放て」とボルゲルが直接指示を飛ばす。


「投石!」ザーグが命じると兵士たちが一斉にデカイ石を投げ付ける。

あんな巨大な怪獣にそんなもの効くワケ…あれ?

いきなりオーガが倒れた。


投石に使われた石が珠数繋ぎに結合して大蛇の形になり、オーガを締め上げている。

「蛇型のゴーレムか!」

ツクモンが投石に魔法を仕込んでいた様だ。


オーガの背後の丘陵地の岩石が集まり出し巨大ゴーレムが形成される。

巨大ゴーレムはゆっくり起き上がり、大蛇に絡み付かれてもがくオーガに歩み寄り叩き潰した。


「お前ぇ、すげえなツクモン」頭の上のお人形ちゃんのを褒めた。ツクモンは嬉しそうに手を振って応えた。

この赤ずきん人形のツクモンが何者なのかは知らないが、ハンマー無しでこれほどの力が有るとは、もの凄い魔法使いなのは間違いない。


「北壁!騎兵侵入!」

先ほどオーガが石斧で破壊した北壁の隙間から、亡霊の様な騎兵が城内の市街地に走り込んで来た。


「そちらは頼みましたよ勇者ベロン」


「行くべ!ラーラ」

「おう!」ラーラは待ちかねた様にいきり立っている。パドックの競走馬みたいだ。

俺がラーラに飛び乗るやラーラはいきなり駆け出した。

「おっしゃあああ!」

ラーラは絶好調で城壁を超高速で駆け降り、市街地へと向かう。

ギョエエエ〜!いやちょっとラーラさん怖いんですけど!!!

必死でラーラにしがみついていると亡霊騎兵の本隊に出くわした。100騎以上居るな、これが市街地で暴れたら大変な事になる。


「オラあ!」ラーラが飛び上がり、たちまち数十体の騎兵を蹴り倒し落馬させる。

というか俺は振り落とされまいと、必死でしがみついてただけだったが。

しかしスゲえ破壊力だ。同じ騎馬でも神馬人はパワーの次元が違う。


だがアンデットの騎兵は死なない。地面から再び起き上がり始めた。


「放て!」人の声に振り返ると、ハゲの隊長さんが民家の上に居た。

角笛が鳴り響けば民家の窓が開き、中から次々と兵士や住民が飛び出して松明や油を投げ付けている。

ボルゲルが指示した伏兵である。

オバちゃんも子供も窓から火や薪を投げ付けていた。

亡霊どもが足を止めている今がチャンスだ。

俺は腰から瓢箪を引き抜くとドワーフの火酒を口に含み、火炎を浴びせながらアンデットを押し返す。


「マイクラ!」

地面に線を引くと地面から壁が迫り上がって、アンデット騎兵は壁に閉じ込められた。

そこに松明や油が次々に投げ込まれ、黒煙の中でアンデット騎兵は燃え尽きた。


「アンデットも燃やしてしまえば終わりですよ」と、昨夜の会議でボルゲルが作戦を主張していた。


ボルゲルの読みはこうだ。


「敵はまず我々を東の湖と南の港側から攻め登り、我々を引き付けます。

ですが、これは誘導です。


狙いは反対側の北の城壁です。

北の城壁をオーガに破壊させて、さらに丘陵地に隠した騎馬を一気に突入させれば城を内側から落とせるでしょう」


「この城壁が破られるのか?」グレス公爵が聞き返す。


「むしろ破らせて敵の本隊を市街地に引き入れるべきでしょう」ボルゲルは微笑した。


「市街地に?!避難民が居るぞ」グレス公が再び問うた。


「その避難民たちを伏兵に使いアンデット騎兵を倒すのです」


「なんだって?!」

会場がザワついた。


「入口が狭く出口が遠い地形で闘う場合は、たとえ精強な騎馬でも討たれてしまうものです。

太公望曰く、これを"没地"といいます。

市街地に伏兵を配し、罠を張り巡らせ、

敵の機動部隊をあえて狭い城内に引きずり込み殲滅するのです!」


会場は静まり返った。

魔将ボルゲルの迫力と作戦の説得力に異論を唱えられる者は居なかった。


さて、アンデットたちが燃えるのを見届けたら俺たちは次の仕事だ。艦橋に戻らねば。

ラーラが翼を広げ空へ駆け上がる。

オバちゃんや子供、民衆たちが屋上や窓から見上げて手を振る。

サンキュー、助かったぜ。


ラーラに乗り、空中から城を見廻ると湖のゾンビも南側の怪獣大決戦も、決着が着いた様だ。


俺と男の娘に戻ったラーラは城のテラスに降り立つと、そこには腕組みをしたボルゲルがまだジッと湖の彼方を見つめていた。

ボルゲルの立てた作戦は全て的中した様だ。

やはり魔将の尊称は伊達じゃ無かったな。


そして次に来るのは…

湖の彼方の森に赤い火の手が上がっている。

森の木々を踏み潰しながら赤く燃える巨大なオーガが現れた。

周囲の木々が燃え始めている。全身が生きたマグマの様だ。


「あれが炎の魔将ジャセ…か」

湖の水面に赤い光が乱反射している。


ボルゲルがニヤリと笑った。

「さて、今こそあなたが軽んじてきた知恵というものをお見せしてあげますよ。ジャセ」


炎の魔将軍ジャセ。

地獄の業火を身にまとう魔将軍の一人だ。

針葉樹の森の梢よりさらに巨大で、全長は十数メートルはある。

炎の様に赤く光る身体に白く光る眼。水牛の様な巨大な角。

全身には亀裂が走り、そこからマグマが滴り落ち、足元から炎が噴き上がっていた。


今までの敵とは次元が違い過ぎる怪物だ。

ボルゲルの隣で俺とラーラは口をあんぐりと開けて見ていた。


「ヤツには火炎も雷撃も風陣も冷凍光線も全く通用しません。ですがパワーだけで押してくる単細胞なので、たいしたことはありません」

…などとボルゲルは言うが、それって俺の武器が全部通用しないって事じゃん!

あんな怪物どうやって倒すねん。


ジャセは森を燃やしながら進み、湖に入ろうとする。

一瞬で沸騰した湖水が熱い蒸気となってバババババと足元から噴き上がり周囲に居たゾンビたちが高熱で吹き飛ばされ、湖の斜面が崩れ落ちた。


ええ〜水に入れるんかい?!

悪魔将軍ジャセは水にはお構い無しに真っ直ぐこちらへ向かって来る。轟音と共に周囲に蒸気が吹き出している。


「ね、バカでしょ」ボルゲルが呆れた声で言う。

いやいやいや、そういう次元じゃねーだろありゃ怪獣だよ!怪獣!


というか水中なのにスピードが早くね?

深い湖のはずなのに膝までしか沈んでいないぞ?

「なんでアイツは沈まないんだ?」


「水蒸気爆発ですよ。高熱で水面との界面に強烈な衝撃波を連続発生させ水面に浮かんでいるのです」


なるほどよくワカランが、水の上を力技で歩けるらしい。トンデモねぇ怪物だな。


天空はしだいに曇りはじめ空が黒くなった。

遠くに雷鳴が聞こえる。

暗くなると、ますます赤い光が強く見える。


水中から無数の大蛇のゴーレムが飛び出しジャセに絡み付いたが一撃でバラバラにされた。

これではモフモフ恐竜でもムリだろう。

どんだけ強いんだコイツは。


赤い怪物の白い眼がこちらを見ている。

ボルゲルを見つけたようだ。

こちらを見て吠えている。


「始まりましたね。さて、では勇者の出番ですよ」


「はいはい、わかってますよ。ぴぴるまぴぴるま超力招来!!」

マイクラ棒から光の輪が発生し、俺の全身を引き伸ばす。

手足はスラリと長く伸び、長く飛び跳ねた赤い髪、クビレたウエスト、ピチピチの小さな服からはみだしそうな大きな乳!!

おおお!と周囲の兵士たちはどよめいた。

ふっ。お兄いちゃんたちも俺のナイスバディに…


「揉むのは後にしてさっさと行ってください」ボルゲルが呆れた目で見ている。


「うむ」

俺はラーラに飛び乗ると湖に向かって飛んだ。


見届けたボルゲルは横に居るファウストに向かい指示する

「伝令を走らせ城壁に居る兵士はすぐに退去させなさい」


「勇者が戦っているのにかい?」

ファウストはイタズラっぽく聞き返す。


「彼女達ではジャセには勝てませんよ」

そっけなく言って再びボルゲルは湖に向き直った。


ジャセは、もう湖の真ん中ぐらいまで来ている。湖が赤い光と蒸気で埋まっていた。

近づくほど熱で肌が焼けて来る。

これで接近戦はキツイな。

なら飛び道具だ!

俺は背中の斧を引き抜いた。

「ダブルトマホウク・ブーメラン!!」

ガチン!と音がして弾かれる。


なんちゅう硬い身体だ。

神馬人の速度にダブルトマホウクの破壊力を併せ(あわせ)ているハズなのに全く効かないのか。


急上昇してダブルトマホウクを鳶口の先で受け止めてさらに高速回転させる。

「ラーラ!あいつの脇をすり抜けられるか?すれ違いざまに斬るだべ!」


「まかせろ!」急降下したラーラは翼を広げ滑空しながら水面を蹴り上げ怪物の脇を走り抜ける。

スゲぇ、神馬人ってこんな立体的な戦い方ができるのか!


近づく俺たちをジャセは叩き落とそうとして右腕を振り上げた。今だ!

「王武刈り刃!」

刈払い機でジャセの右腕を切り払った。


ジャセの巨大な右腕が脱落した。

切り口から黄色いマグマが噴き出て湖面に落ち蒸気が爆発して熱波が吹き荒れた。


やったか?

ジャセの右腕からマグマの様な体液が流れて切り落とされた腕を受け止め、元の位置に戻る。

「再生しやがるのか!」

やはり悪魔将軍。ただの怪物では無い。

ならばコレだ

「拡散冷線砲!」

数条の冷凍光線を放ったが、全く効かない。

この巨体では焼け石に水だ。

というか、クソっ!熱風と赤い光で、こっちの目が眩みそうだ。頭のドワーフゴーグルを掛ける。

ラーラだって相当熱いはずだが弱音は吐かない。さすがじゃじゃ馬だ(男だけどな)


ジャセは蒸気を噴き上げながら、さらに城に近づいて来る。


真っ白い城は薄暗い空の下、そこだけスポットライトを浴びたかの様に光に照らし出されていた。

城のテラスの先端に白地に黒の服を着たボルゲルが立っているのが見える。

ボルゲルは不敵に笑った。

「私はここですよ。ジャセ」


「ラーラ!水面スレスレに回り込むだべ!」

ラーラは旋回してまた水面近くを滑空する。


俺は鳶口を水中に差し込んだ。鏡の様な湖面に一線の波を切って行く。

行くぞ!

「拡散冷線砲!」

水面がたちまち凍り、巨体な氷山が水中からドパーンと跳ね上がった。

さすがの魔将ジャセも巨大な氷山に押されている。


水面に出ている氷山は一部分だ。水中には巨大な氷山の本体が埋まっている。

いくら炎の悪魔将軍でも、そう簡単には溶かしきれないはずだ!


「もういっちょだべ!レイズ・ざ・タイタニック・アタック!」

今度は反対側から巨大な氷山の壁が跳ね上がり、両側からジャセを押し潰した。

ジャセも負けじと氷を溶かそうとするが、さすがに氷が巨大過ぎて手足が氷に潜るばかりだ。


成功だ!

だがいつまでも氷の中でおとなしくしているようなヤツではない。ここで決着を着けねば。


一瞬、空の黒い雲間から光が差し込んだ。

見上げれば黒雲のド真ん中がポッカリ口を開けて青空が見える。

その真ん中に丸く白く輝く棒が輝いて見える。


「できたか!ラーラ空に登れ!」

「おう!行っくぞ〜!!!」

ぎょえええ〜早い早い!

黒い神馬人が翼を広げて天空の青空めがけて駆け上がって行く。

腕組みをしたボルゲルもまた光の中を翔け昇る天馬を見上げ、眼を細めた。

「まさに勇者…ですね。ベロン」


真っ黒な雲のど真ん中に丸くポッカリ開いた青空が見える。

円筒状のまっ白な入道雲。

その真ん中に白く光る巨大な天空の柱が立っていた。

その真下には金色に輝く剣を振り上げた黒い点が見える。

イーグが巨大な氷の柱を作っていたのだ。


天空の氷柱を見上げてボルゲルは言った。

「積乱雲の水分は数十万トンを超えると言われます。さて、その一部分を使ったとして、その落下の衝撃に耐えられますかね?ジャセ」


俺は氷柱に鳶口を引っ掛けた。

鳶口の鎌の上に氷柱が乗っている状態だ。


俺は鳶口ごと巨大氷柱を担いで超巨大な投げ槍を構える。

こいつが一撃必殺の切り札だ。


ボルゲルがつぶやいた。

「神の杖の力、見せてもらいましょう」


地上を見れば薄暗い湖の上にぽっかりと明るく照らされ真っ白な氷山が輝いている。


「ラーラ!あの地面の光るところに突っ込め!」

「了解!」

スポットライトに照らし出された湖に向けて神馬人は急降下する。

ラーラは降下しながらさらに加速を続け、ぐんぐん地面が近づいて来る。

とっくに音速は超えているはずだ。


白く輝く蒸気に包まれた湖に、赤い光が見える。

悪魔ジャセの巨大な身体は氷山を抜け出し、再び歩き出した。


赤く光る巨体が城に迫る。

強烈な熱波と恐怖で周囲の武官たちは逃げ出したが、一人だけボルゲルが崖のテラスの先端に居た。

輻射熱と熱気を帯びた蒸気をかぶっても真っ直ぐ見つめているだけで、腕組みしたまま微動だにしない。


お互いの目線が合った。

悪魔将軍ジャセの白い眼に映ったそれは猛獣の眼であった。

猛獣に睨まれたジャセは怒った。

咆吼しながら光の領域に足を踏み入れて来る。


「終わりですよ。ジャセ」

猛獣の眼のボルゲルは笑った。


「行っくぞお!超重力グラビトン!!」

落下の加速に鳶口の超重力を加えて、俺は全力で巨大氷柱を投げ落とした。

キン!と高い音を立てて音速を超えた数万トンの氷のドリルがジャセを一瞬で上から潰して消し去った。


その時、時間は止まっていたのかもしれない。

ジャセの空虚な白い眼にはボルゲルが映っていた。

自分を睨んでいた様に見えたボルゲルは、じつは自分のはるか彼方を見ていた事に気づいた。

ジャセは自分の敗北を悟った。


氷のかけらが爆発飛散し、同時に衝撃波と共に、真っ白になった世界に爆音が響く。

地鳴りと共に大地は揺れ、崖や城壁が崩れ、城の塔が倒れ城は半壊した。

水上に居たビーバーやモフモフ恐竜も高波によって岸まで打ち上げられ、周辺の無人漁村は波に飲まれる。

水しぶきが高空まで吹き上がり、雨となって降り注いだ。


だが城の影になった北の市街地と避難民たちは無事だった様だ。

この世の物とは思えない光景に兵士も住民も空を見上げていた。


空は黒雲に覆われ、雷鳴が轟いていたが、黒雲の中にはポッカリと輝く白い雲と青空が丸い口を開いている。

その青空には虹がかかり、その虹の上を勇者を乗せた天馬が翔けているのを人々は見た。


「やあ、終わりましたね魔将軍師ボルゲル」

どこに隠れていたのかファウストが出て来た。


「ええ計算どおりですよ。まぁ思ったより濡れましたがね」


「暖かいお茶を入れてありますので、どうぞこちらへ」

ファウストがうやうやしく案内する。


ずぶ濡れのボルゲルは笑みを浮かべ、きびすを返して濡れた石畳の上を立ち去った。

ボルゲルの立ち続けたその跡には、水に濡れていない乾いた足跡が残っていた。

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