17話「悪魔将軍ジャセ」だべ
人の居ないレンガ街の真ん中で、狂ったように犬が吠えまくっていた。
虚ろな顔をした男が犬を殴りつける。
犬が男に噛(かみ)付き肉が裂け血が吹き出したが、出血にも構わず男は殴り続け、最後に犬の悲鳴が聞こえ静かになった。
「狂ってやがるだべ…」
「悪魔だらけですねぇ」
田園風景から市街地上空に入った頃にボルゲルがつぶやいた。
俺はラーラに乗って、ボルゲルを連れ、空から郊外の様子を見に来たのだが、街中に人の気配が無い。
悪魔に取り憑かれた人間や死体が時々徘徊しているのが見えた。
この大きな都市が、誰も居ないかの様に冷たく息を潜めている。
みんな恐怖で疑心暗鬼(ぎしんあんき)になってるのだろう。
悪魔か…ちょっと困ったな
「俺には人間と悪魔の区別はつかねぇだべ」
「犬や猫には悪魔が見えますよ」
白虎のボルゲルが答えた。
「じゃあ犬に吠えられるヤツが悪魔か?」
「人間でも吠えられる人が居ますので、手当たりしだいに悪魔判定したら魔女裁判になりますよ」
う〜む難しいなあ。
悪魔城に進む前に、まずこの都市の悪魔どもを一掃(いっそう)しなければ。人間たちが先に悪魔に支配されてしまう。
とりあえず俺たちはグレス城に戻った。
諸侯国の一つグレス公国
ドワーフ山脈のすぐ西の入り口であり、北方諸国に接する交通の要所だ。
そのためグレス城は地方豪族と言うにはなかなか立派な城塞都市(じょうさいとし)である。
城塞都市の東側、ドワーフ山脈の方向には大きな湖があり、その先は小型トロールが棲む「おさびし山嶺」の森林が続いている。
この湖のほとりの高い崖の上に美しい白亜のシンデレラ城が建っている。これがグレス城だ。
以前ミヨちゃんと行った浦安の遊園地みてぇだな。
グレス侯爵城の庭に着陸すると、シャルとイーグ隊長の元に、すでに数十のゴブリンさんたちが狼に乗って集結していた。
そこに冒険者ギルドや教皇庁の傭兵隊が集まっている。
ゴブリンさんや狼なら悪魔を見分けられる。
ゴブリン隊が都市を周回して悪魔を見つけ、そこを正規軍が包囲し、教皇庁の傭兵部隊が切り込んで、教皇庁の聖職者が魔物を祓(はら)うという段取りだ。
このゴブリン隊こそ「ヤールおじ様」が派兵してくれた対悪魔の防衛部隊だ。
やはり俺が送った「アレ」をおじ様は気に入ってくれたらしい。
「もっと大きいのを送れ」との手紙が添えてあった。
俺の頭の上にちゃっかり居座っている『お人形ちゃん』のツクモンにお礼をせねば。
「やあやあ、皆さんお疲れ様でした。グレス侯爵がお待ちですよ」
今日は貴族風の礼装に身を包んだファウストがニコやかに出迎えた。
出たよ黒幕が…
今回の作戦の立案から諸侯国の根回し、宣伝活動、資金調達、予算振り分け、教皇庁や冒険者ギルドからの傭兵の投入、市民の避難誘導と生活品の備蓄、軍事産業への転換、保証金の制度化。
そして法皇聖下の悪魔討伐の宣旨まで。
これ全部、ファウスト一人が数日でまとめちまった。
いや、いいんだけどさ…この人って本当に『ただの人間』なのかよ。ちょっと怖いわ。
石畳(いしだたみ)の舗道(ほどう)の周りには色とりどりの草花が植えられ曼荼羅(まんだら)の様な模様を描いている。花壇の土も良く練られている。
しかしすごい庭園だな。
舗道(ほどう)は細石の上に平板(へいばん)やタイルを並べたようだが、ドワーフとしてはやはり舗道の加工技術が気になる。戦争が終わったら教えてもらおう。
ファウストに謁見(えっけん)の間らしき所に案内された。
絢爛(けんらん)な広間の両脇に衛兵が整列していた。
そんな中に汚いドワーフやゴブリンや、殺気に満ちたエルフや、インチキ錬金術師や、頭にツノがある男の娘が入って行くのはまた場違いな光景だな。
礼装をまとったファウストだけがTPO的にハマっていやがる。
従者の「おなり〜」の声と共にグレス侯爵が現れた。
想像よりやや小柄だが、さすが威風堂々(いふうどうどう)の貫禄(かんろく)である。
グレス侯爵。
もとは交通の要所を押さえ、辺境地域を開拓する地方長官の家柄だったらしい。
今や莫大(ばくだい)な富と軍備を蓄え、教皇庁や貴族たちを懐柔(かいじゅう)し、周辺の辺境国を多数配下に置くしたたかな大軍閥(だいぐんばつ)だ。
さしずめ信長か曹操か。
グレス公はわざわざ俺たち一人一人に声をかけてくれる。
「ご協力感謝します。勇者ベロン殿」
あれ?この人は乱世の英雄にしてはすごく腰が低い。
いやいや恐縮っす。
とりあえずゴージャスなお食事に誘われる
おお!スゲぇ肉の塊(かたまり)だ!
さっそく食おうとするとボルゲルのヤツに止められた。
「勇者ベロン、まだナイフを手に取ってはいけませんよ。
この時代はまだふつうのナイフだったので食事中に暗殺が起きてました。
魯(ろ)の曹沬(そうかい)は、協定の席上でナイフを敵の桓公に突きつけ領地を奪還したと言うでしょ」
いや知らんがな。
ボルゲルのヤツがいちいちテーブルマナーを注意してくる。
よく言うよ。この前までハエの浮いた水をガブ飲みしてたくせに。
ボルゲルのヤツは適当なウンチクを垂れながら果実酒を勝手にテイスティングしている。
マナーはどうした。
「まぁ、グレス公が乱世の英雄になれたのもファウストがそうやって相手を始末したおかげですけどね」
なるほど裏で秀吉が動いてたのか。
どうりで侯爵さんはドワーフなんかを相手に丁重なはずだ。
さてメシが終われば、さっそく軍議の会場に案内された。
部屋に入るなり錚々(そうそう)たる諸侯連合国軍の将軍たちが列席している。
(俺、ホントにこの場に居ていいのか?)
将軍たちは俺を見るなり立ち上がり、俺に向かって最敬礼をしている。
「えええ?!」
「皆さんあの場におられた方々ですよ」
ファウストが爽(さわ)やかに言った。
そういえば何人か首や顔に悪魔の紋様が浮かんでいる。
あの時の生贄(いけにえ)の人たちか…
(というかお前が騙(だまし)て連れて来たんだろうが!)
幸か不幸かこの人たちは、全ての元凶がこのチャラい兄ぃちゃんだとは知らない。
教会では、あの悪魔騒動の被害は十字軍が悪魔王に取り憑かれたためだと吹聴しているらしい。
まぁ…そう情報操作を指示したのもファウストだけどな。
さて、悪魔討伐の作戦会議だ。
将軍たちは街の戦闘状況や、掃討(そうとう)の結果、被害状況などを報告している。
「今のところ順調に悪魔討伐は進んでおります」
会場に安堵(あんど)の空気が漂ってきた。
いきなりボルゲルが腕組みしたまま笑い出した。
「このていどでは悪魔軍の本軍には勝てませんよ」
ボルゲルの一言に会場はどよめいた。
「悪魔の本軍…とは?」
「竜韜(りゅうとう)に曰く『術士は鬼神に依託(いたく)し、民衆の心を惑わす』
つまり今来てるのは悪魔軍のただの先遣(せんけん)隊ですよ。兵士ではありません。
弱い人間や動物に取り憑いて民衆を恐怖で混乱させるのが任務の、下っぱ悪魔どもです」
諸侯たちは沈黙する。
ボルゲルは腕組みしたまま語る
「次に来るのは人間の魂を喰らう幽鬼隊です。
これは強い兵士を襲って魂を喰らい、肉体を奪って悪魔に取り憑かせる役目の部隊です。これら幽鬼には人間の武器は通じません。
そして最後に制圧部隊が来ます。これは十匹の巨獣トロル隊と数百のアンデット騎士隊です。
あいつらは強い。あなた方の力では防ぐのは無理でしょう。
それらの悪魔軍団は『獄炎(ごくえん)の悪魔将軍ジャセ』が率いてます。コイツ一人で一国を焼き尽くす能力を持っている炎の悪魔将軍です」
ボルゲルの発言に会場がザワつき始めた。
グレス侯爵が毅然(きぜん)として聞き返す
「それは事実なのかね?」
一瞬場が静まった。
ギルド傭兵代表のジャクス隊長さんが挙手して礼拝する。
グレス公が頷く。
「ジャクス隊長、発言したまえ」
「はい、先日ギルド本部にも北の悪魔崇拝者(あくますうはいしゃ)の魔導師たちが、トロルとオーク、戦術狼などを操って襲撃して来ましたが、それに対抗するだけでも750人規模の部隊と勇者ベロンの参戦が必要でした。
悪魔王の本軍と対抗するならばさらに大規模な軍備が必要かと」
会場がザワついた。
そりゃいきなり巨大怪獣軍団と戦えと言われてもムリだわな。
「いえいえ、ご安心ください」
ファウストが立ち上がり発言する。
「低級幽鬼に対しては、我が法皇庁の魔法結界で防ぐ事ができます。
また上位幽鬼に対抗するために、すでにギルドの冒険者たちに命じて辺境の仙人術師(せんにんじゅつし)を集めさせています。
巨獣トロルに対しては教皇庁の魔法部隊が率いるゴーレムで対抗すればよろしいかと」
なるほどゴーレムか。
ツクモンにあのゴーレムを造らせればかなりの戦力になるはずだ。
辺境の仙人術師(せんにんじゅつし)というのはおそらく魔女ラ・デの配下のエルフ神官たちだろう。
『まぁここでは妾(わらわ)の事は伏せておいて法皇庁とギルドの名前を前面に出しておくのが正解じゃ』
頭の中で青髪魔女ラ・デのテレパシーが聞こえる。
なるほど、表向きは教会と悪魔の戦いにしておくのが無難だな。
ボルゲルがニヤリと笑う。
「では悪魔将軍ジャセはどうするつもりですかな?」
灼熱(しゃくねつ)の悪魔将軍か…
ボルゲル以上の魔物なんて、人間でなんとかできる存在とは思えない。
「はい、それはこの『勇者ベロン様』にお願いします」
ファウストが最高の笑顔で答えた。
えええっ?俺かよ!
ボルゲルがうなずき立ち上がる。
「よろしい、それで迎え撃ちましょう。
まずこの城塞(じょうさい)都市を徹底的に整備して、魔物相手に戦力を最大限に発揮できる構造に勇者ベロンが造り直します。
次に国内の下級悪魔を一掃し、治安を安定させ、勇者ベロンの名の下に民衆を戦力に組み込みます。
またゴーレムの作成は勇者ベロンが行います」
ほとんど俺じゃねぇかよ!
目を瞑(つぶ)ってって聞いていたグレス侯爵が静かに答える。
「存分に働いてくれたまえ、今から勇者ベロンのパーティに軍事の全権を委譲いたします。
資材と人員に関しては私が全責任をもって協力いたしましょう。
皆さん、それで異論はございませんね」
会場は静まりかえった。
そりゃ侯爵閣下にここまで言われたら何も言えないよな。
やはり凄い人だなこの侯爵は。
他人の意見を引き出しつつ、的確な判断力もあるのに、それでいながら現場に口を挟まない。
立派な経営者だ。
ファウストが見込んだのは、身分でも軍事力でもなく、この『人物』の懐の深さと決断力にだろうな。
ボルゲルが将軍たちに宣言する
「これより周囲の状況は獣人、鳥人からの情報を活用します。
城塞(じょうさい)周りの再開発はゴーレムを使用します。
ギルドからの指示に従ってください。
そして魔術師、エルフ、獣人、全ての戦力をこの湖に集結させます」
諸国の武将たちもボルゲルの演説に同意した。
ボルゲルが立ち上がって宣言する。
「悪魔どもを殲滅(せんめつ)します。ここが決戦の地です」
グレス侯爵と諸侯国軍の将軍たちも一斉に立ち上がり鬨(とき)の声で答えた。
ん?いや、ちょっと待てお前ら、戦うのオレだろ。
城の塔や町の教会に『ド』の旗が翻(ひるがえ)った。
俺はさっそく傭兵砦の仲間たちと町の改装に取り掛かる。
フォールは冒険者やレンジャーを指揮して既に地形図、地質調査、武器、食糧備蓄、流通経路などのデータを既に揃(そろえ)ていた。さすがフォールだ。
怪力ザーグも最近では『イボ結び』も覚えてなかなか良いドワーフになってきた。感心感心。
グレス城。
ここは湖の断崖に建つ城塞都市である。
街道沿いの中堅都市といった感じか。
東に湖があり、その先はドワーフ山脈に続く起伏の激しい山林地帯、南北はなだらかな丘陵地だ。
西の街道側には城壁で囲まれた市街地があり、その街道の先には傭兵砦がある。
さらに奥にはエルフの大森林がある。
湖から見れば崖の上に白く美しい城が建っている。
白い塔には三段のテラスが設けられていた。
なんとなく戦艦の艦橋(かんきょう)に似ている。
一番下の第三艦橋のテラスは大きな庭園型の広間になっており、湖全体が見渡せる構造だ。
そこに辺境諸侯国の武官が集まり「おじ様」のエルフ対魔部隊を出迎えていた。
数十の鳥人を従え、巨大な翼竜に乗って「ヤールおじ様」がやって来た。
巨大なモフモフ恐竜がテラスに着陸すると諸侯軍の将軍や兵士たちがザワついた。
そりゃビビるよな。空飛ぶテラノザウルスだぜ。
しかし、まさか諸侯国連合とエルフ獣王国が共闘する事になるとはな。不思議な話だ。
武装したカラフルな鳥人たちが整列すると、巨大なモフモフ恐竜の背中の輿(こし)からエルフ神殿のシャーマンたちが十人ほど降りて来た。
白いヒラヒラ衣装に金銀のアクセサリーを身につけ『諸星仮面』をかぶっている。
みんな強力な魔力を持つ魔女ラ・デ直系の精霊魔術師たちだ。
仮面を着けていても皆スーパーモデル体型で美しい。
エルフのシャーマンたちは、それぞれ金色の『降魔(ごうま)の剣』を持っている。
彼女たちが「イーグの妹」だと考えると、それだけで強そうだよな。
まぁ「ヤールおじ様の姉」だと考えるとびみょうだが…
ヤールおじ様は俺を見るなり走って来た
「あ、アレは?アレは?」
へへっ、もちろんできてやすぜ旦那。
俺は萌えキャラのエルフ人形を取り出した。
八頭身のボディに大きな瞳、美しい髪に、長い耳。等身大のカワイイ萌えフィギュア!
これをデザインしたのはもちろん俺だ。
マイクラ棒で作った泥人形をツクモンが仕上げてくれた。
ヤールおじ様は魔法で動く萌えエルフ人形と二人で仲良くニコニコしている。
良かったな。おじ様。
我々の愛する日本式エルフと『この世界』の巨大で凶暴なエルフとは似ても似つかないからな。
「これは何だ?子供よ?」
シャルが不思議そうな顔で見ている。
そうか、シャルくんは日本式エルフを見るのは初めてか。
「あ〜シャルくん。これはな、俺の前世の世界では、癒(いや)しのエルフと呼ばれるモノだべ」
「なるほど!日本人のエルフか!わかったぞ、子どもよ」
ホントかねえ?
俺はマイクラで巨大岩石を生成する。
それをツクモンが組み立て巨大ゴーレムにす
湖ではビーバーたちが木材を加工して漁師村の舟着場(ふなつきば)を木場(きば)代わりにして丸太を集めて来る。
それを巨大ゴーレムが城塞(じょうさい)内にどんどん運び込み、ギルドの傭兵たちが櫓(やぐら)や防壁などに組み上げていく。
城壁の補強も魔王の杖のマイクラ機能ならあっという間だ。
街の区画も再構築する。住民には一時立ち退きを頼むが、ついでに排水溝や水路を整備、外壁の補修までしてあげるので、住民たちからは意外と好評だ。
貧民街や避難民たちからは感謝までされた。
インフラ整備や行政サービスなら前世の頃からお手のものだからな。志村喬になった気分だぜ。
ギルドの傭兵たちやゴブリンさんは自分たちは野営しているのに、住民全員の仮設住宅を造ってくれている。住民たちもだんだん協力し始め、みんなで作業を手伝う様になってきた。
そして各現場には手作りの『ド』の旗が翻(ひるがえ)っている。
みんな良いドワーフになったものだ。泣かせるじゃねぇか。
さて、準備は整ったか。
俺はラーラに乗り、高空から偵察に出る。
鳥人たちの報告では悪魔軍はすでに湖や山地の向こうまで来ているという。
たしかに北からも南からも悪魔軍らしき怪物がゾロゾロと集結を始めている様だ。かなり大規模だな。
その後方、遥か遠方に森が燃えて黒煙が上がっていた。
煙の奥には、赤く光るマグマの様な巨大な人影がうごめいているのが見える。
あれが「獄炎(ごくえん)将軍ジャセ」か!
森は煙に包まれ、その奥に赤く輝く巨体が進んで来る。デカい!モフモフ恐竜やトロルよりデカいんじゃねぇか?!
ジャセは森を焼き払いながら真っ直ぐこちらに歩いて来る。
なるほどこれでは一国を焼き尽くせるのも納得だ。
とんでもねぇ化け物だ。
ボルゲルの予想通りならジャセは到着ししだい、すぐにでも攻め込んで来るタイプらしい。
「この分なら、あと半日ぐらいで到着するだな」急いで対応せねば。
俺とラーラは本陣に引き返した。
俺たちはシンデレラ城の第三艦橋のテラスに着陸する。
ここの広間からなら城の三方をぐるりと見下ろせる。
ボルゲルの指示で、ここを本陣とする事に決定している。
テラスの対策本部にはジャクス隊長とフォールが詰めて逐次(ちくじ)城内の人員配置の情報を整理していた。
城の四方の城壁や通路にはエルフのシャーマンたちが配置され、
ファウストは…テラスの奥で優雅にお茶を点てている。
テラスの先端ではボルゲルが腕組みをして東の湖をじっと観つめて微動だにしない。
あの向こうからジャセは来るはずだ。
決戦の始まりか。
東の湖の彼方から狼煙(のろし)が上がって角笛が鳴り響いた。
フォールが湖側の城壁に走り出し叫んだ。
「来るぞ!東!湖上だ!敵の徒兵約400!」
スゲぇ、狼煙(のろし)と法螺貝だけでそこまで伝達できるのか。
湖の向こうから防具も付けない数百の人間の群れが湖を一直線に渡って来る。
というかアレは…人間じゃ無えよな…
「ははあ、数合わせに死体に悪魔を受肉させた様ですね」
ボルゲルが気の抜けた声でつぶやく。
死体?…ゾンビか?!
森の奥から続々とゾンビが現れて、湖上をゾンビの群れが埋め尽くして来る。
ギョエぇ〜なんちゅう悪夢。
「ほら、もっと上をごらんなさい」
ボルゲルが湖上を指す。
ん?
なんか湖上に薄暗く濁った人魂(ヒトダマ)の様な不気味なモノが飛び回っている。
「幽鬼です。あれに憑(つ)かれると魂を喰われますよ」
ウゲぇ!嫌な死に方だ。
「来たぞ!」
城壁の上の兵士たちに、上から幽鬼が取り憑いて来る。兵士は悲鳴を上げたが、一瞬、甲冑から火花が散ると幽鬼は飛び離れた。
ボルゲルが甲冑に描いた魔除けの簡易魔法結界が働いた様だ。
飛び回る幽鬼をエルフのシャーマンたちが金色の剣や弓で始末していく。
シャルも左手に金の剣を取り、城壁を走り回りながら幽鬼を次々と斬っていった。
「え?剣で斬れるの?」
「あれは神聖魔女王ラ・デ様の与えた、
神呪(しんじゅ)のツルギと破魔(はま)の弓です」とボルゲルが解説する。
初詣に行くと神社の売店で売ってる破魔矢(はまや)と破邪(はじゃ)の剣か。
森の魔女もなかなか霊験あらたかな様だ。
そういやシャルも同じ降魔(ごうま)の剣を持っているな。
『本来ならシャルもシャーマンとしてエルフの魔術師になれる能力がある特別な存在なのじゃ』頭の中に青髪魔女の声が聞こえてきた。
ん?なんでシャルさんはシャーマンにならないのだ?
『まぁあの娘にはムリじゃろう…な』
うむ。納得した。
湖側に居たフォールがまた叫んだ。
「死鬼が来るぞ!投石用意!」
ゾンビが崖をよじ登り始めた。
そちらは兵士やレンジャーたちが投石と弓の物理攻撃で次々と撃ち落として行く。
ビーバーたちが切り出して城壁に積み上げた木材を怪力ザーグが投げ落とし、まとめてゾンビを薙ぎ払う。
南壁の兵士が叫んだ
「来ました!南から怪物が!」
南壁を見ると身長10メートルほどの青黒い肌に小さなツノが生えた巨大なゴリラの様な怪物が数匹飛び跳ねて来るのが見える。
トロルだ。
以前、北方の魔導士たちが連れていたトロルより動きが激しい。やはり天然ものは強そうだ。
城の遠方から次々と狼煙が上がる。
「北からもトロルが来ます」
北方の丘陵地を駆け降りてくる数匹のコングの群れが見える。
「左右から挟み撃ちにする気だべか?」
「願ってもない展開ですね」
ボルゲルが悪魔の様な笑顔になった。
いや、お前怖ぇえよ。
巨大なトロルが南の城壁に取り付き登り始めた。
緊急を告げる角笛や鐘の音があちこちで響いている。
城壁から兵士が投石や弓を撃ち込むが、そんな武器が通用する相手では無い。
トロルは火を吹いて攻撃して来る。
これってヤバくね?
突然、湖の港の方の湖面が盛り上がり、水中からモフモフ恐竜と双頭の大蛇『卒然』の群れが現れた。
モフモフ恐竜は南の入江の漁港から上陸して、トロルに背後から足に噛みつき、城壁から引きずり下ろして湖に引き込んで行く。
そこに『卒然』の群れが猛毒の牙で水中から襲いかかる。これではトロルの火炎攻撃も効かない。
おお〜キンゴジの熱海城決戦やな。
「北壁!トロル来ます!」
三匹ほどの石斧を持ったトロルが城壁にぶつかって破壊しはじめた。振動がここまで伝わって来る。
「そちらが本命の部隊です。投石!放て」とボルゲルが直接指示を飛ばす。
「投石!」ザーグが命じると兵士たちが一斉にデカイ石をトロルの頭に投げ付ける。
巨大な怪獣にそんなもの効くワケ…あれ?
いきなりトロルが倒れた。
投石に使われた石が珠数繋(じゅずつな) ぎに結合して大蛇の形になり、トロルの首を締め上げている。
「蛇型のゴーレムか!」
ツクモンが投石に魔法を仕込んでいた様だ。
すると、いきなり外壁の城壁が人間の形にバカっと崩れ出て、巨大ゴーレムが形成される。
城壁に擬装したゴーレムだったのだ。
巨大ゴーレムは大蛇に絡み付かれてもがくトロルに、上からズシン!と覆い被さる。じわじわとトロルを岩が包み込んでしまい、やがてトロルは完全に岩に飲み込まれ動かなくなった。
「お前ぇ、すげえなツクモン」頭の上のお人形ちゃんのを褒めた。ツクモンは嬉しそうに手を振って応えた。
この赤ずきん人形のツクモンが何者なのかは知らないが、ハンマー無しでこれほどの力が有るとは、もの凄い魔法使いなのは間違いない。
また緊急を告げる角笛が鳴り響いた。
「北壁!騎兵侵入!」
先ほどトロルが石斧で破壊した北壁の隙間から、亡霊の様な騎兵が城内の市街地に走り込んで来た。
「そちらは頼みましたよ勇者ベロン」
「行くべ!ラーラ」
「おう!」ラーラは待ちかねた様にいきり立っている。パドックの競走馬みたいだ。
俺がラーラに飛び乗るやラーラはいきなり駆け出した。
「おっしゃあああ!」
ラーラは絶好調で城壁を超高速で駆け降り、市街地へと向かう。
ギョエエエ〜!早い!早い!早い!ちょっとラーラさん怖いんですけど!!!
必死でラーラにしがみついていると亡霊騎兵の本隊に出くわした。
ゾンビの様な甲冑武者が、小型恐竜の様な物に乗って凄いスピードで移動している。
こりゃ傭兵砦で見たオークライダーより凶悪そうだ。
100騎以上居るな、これが市街地で暴れたら大変な事になる。
「オラあ!」ラーラが飛び上がり、急降下してアンデット騎兵の群れへ飛び込んで行く。
「うぎょええええ!!」俺は振り落とされまいと、必死でしがみついていると、ラーラは、たちまち数十体の騎兵を吹き飛ばす。
「ひいい〜スゲぇ」
アンデット騎兵の部隊は一撃で分断された。
しかしトンデモねえ破壊力だ。同じ騎馬でも神馬人はパワーの次元が違う。
分散したアンデット騎兵は路地に逃げ込んだが、路地の出口にはあらかじめ数本のチェーンが張ってある。
路地のアンデット騎兵も次々に落馬して路地に閉じ込められた。
だがアンデット騎兵は死なない。地面から再び起き上がり始める。
突然民家の石壁がバカっと人型に割れてゴーレムがアンデット騎兵にのし掛かって動きを封じた。
「放て!」人の声に振り返ると、ハゲのジャクス隊長さんが民家の上に居た。
角笛が鳴り響けば民家の窓が開き、中から次々と重装備の傭兵隊が飛び出してアンデットたちを押し返す。
屋根の上から住民たちが松明や爆薬を投げ付けている。オバちゃんも子供も窓から火炎瓶や薪を投げ付けていた。
ボルゲルが指示した伏兵である。
亡霊どもが足を止めている今がチャンスだ。
「ラーラ!もっと近づくだ!」
「おう!」
俺は腰から瓢箪(ヒョウタン)を引き抜くとドワーフの火酒を口に含み、上空から火炎を浴びせながらアンデットどもを押し返す。
「ラーラ!作戦どおり回り込むだ!」
「了解!」
ラーラはアンデット騎兵たちの周りを地面スレスレに旋回する。
俺は鳶口(とびくち)で地面に一線を引く
「マイクラ!」
地面に引いた線から壁がズズーンと迫り上がって、アンデット騎兵は壁に閉じ込められた。
そこにボルゲルの調合した爆薬やドワーフ酒の樽や油ビンが次々に投げ込まれ、壁の内側は爆発と火炎で火柱の様に燃え上がり、
その中でアンデット騎兵は燃やされた。
街のあちこちで黒煙が上がる。
「アンデットも燃やしてしまえば終わりですよ」
昨夜の会議でボルゲルが作戦を主張していた。
ボルゲルの読みはこうだ。
「敵はまず城の東の湖側と、南の港側から攻め登って、我々を左右に分散させる作戦を取るでしょう。
ですが、これは敵の誘導です。
狙いは反対側の北の城壁です。
北の城壁をトロルに破壊させて、丘陵地に隠した騎馬を一気に突入させ、城を内側から落とすという単細胞な計略が推測されます」
「この城壁が破られるのか?」グレス侯爵が聞き返す。
「むしろ破らせて敵の本隊を市街地に引き入れるべきでしょう」ボルゲルは微笑した。
「市街地に?!避難民が居るぞ」グレス公が驚いた表情で再び問うた。
「その避難民たちを伏兵に使いアンデット騎兵を倒すのです」
「なんだって?!民間人を?」
会場がザワついた。
「入口が狭く出口が遠い地形にで騎馬を大量に投入しても隊形を維持できないですからね。
太公望曰く、これを"没地"といいます。
たとえ精強な騎馬隊でも弱兵に討たれてしまうものです。
市街地に伏兵を配し、罠を張り巡らせ、
敵の機動部隊をあえて狭い城内に引きずり込み殲滅(せんめつ)するのです!」
会場は静まり返った。
魔将ボルゲルに異論を唱えられる者は居なかった。
これが昨夜の話だ。
さて、アンデットたちが燃えるのを見届けたら俺たちは次の仕事だ。第三艦橋に戻らねば。
ラーラが翼を広げ空へ駆け上がると、オバちゃんや子供、民衆たちが屋上や窓から見上げて『ド』の旗を振る。
城壁の兵士たちも『ド』の旗を振っていた。
魔女が作ってくれたあの旗がまさかこんなに喜ばれるとはな。
サンキュー魔女。助かったぜ。
『妾(わらわ)のデザインが秀逸(しゅういつ)だったからじゃな』青髪魔女は自慢げだ。
いや、それはどうかな?
ラーラに乗り、空中から城を見廻るが、湖のゾンビも南側の怪獣大決戦も決着が着いた様だ。
俺と、男の娘に戻ったラーラが城の第三艦橋のテラスに降り立つと、そこには腕組みをしたボルゲルがまだジッと湖の彼方を見つめていた。
ボルゲルの立てた作戦は全て的中(てきちゅう)した様だ。
やはり魔将の尊称(そんしょう)は伊達じゃ無かったな。
そして次に来るのは…
湖の彼方の森に赤い火の手が上がっている。
森の木々を踏み潰しながら赤く燃える巨大な鬼神オーガが現れた。
周囲の木々が燃え始めている。全身が生きたマグマの様だ。
「あれが獄炎の魔将ジャセ…か」
湖の水面に赤い光が乱反射している。
ボルゲルがニヤリと笑った。
「さて、今こそあなたが軽んじてきた知恵というものをお見せしてあげますよ。ジャセ」
獄炎の魔将軍ジャセ。
地獄の業火を身にまとう悪魔将軍の一人だ。
針葉樹の森の梢よりさらに巨大で、全長は十数メートルはある。
炎の様に赤く光る身体に白く光る眼。
水牛の様な巨大な角。
全身には亀裂が走り、そこから黄色く溶けたマグマが滴り落ち、足元から炎が噴き上がっていた。
今までの敵とは次元が違い過ぎる怪物だ。
ボルゲルの隣で俺とラーラは口をあんぐりと開けて見ていた。
「ヤツには火炎も雷撃も風殺陣も冷凍光線も全く通用しません。
ですがパワーだけで押してくる単細胞なので、たいしたことはありませんよ」
…などとボルゲルはあっさり言うが、それって俺の武器が全部通用しないって事じゃね?
あんな怪物どうやって倒すねん!
ジャセは森を燃やしながら進み、湖に入ろうとする。
一瞬で沸騰した湖水が熱い蒸気となってバババババと足元から噴き上がり周囲に居たゾンビたちが高熱で吹き飛ばされ、湖の斜面が崩れ落ちた。
ええ〜水に入れるんかい?!
悪魔将軍ジャセは水にはお構い無しに真っ直ぐこちらへ向かって来る。轟音と共に周囲に膨大な蒸気が吹き出している。
「ね、バカでしょ」ボルゲルが呆れた声で言う。
いやいやいや、そういう次元じゃねーだろ!ありゃ怪獣だよ!怪獣!
というか水中なのに歩くスピードが早くね?
深い湖のはずなのに膝までしか沈んでいないぞ?
「なんでアイツは沈まないんだ?」
「水蒸気爆発ですよ。高熱で水面との界面に強烈な衝撃波を連続発生させ水面に浮かんでいるのです」
なるほどよくワカランが、水の上を力技で歩けるらしい。トンデモねぇ怪物だな。
天空はしだいに曇りはじめ空が黒くなった。
遠くに雷鳴が聞こえる。
暗くなると、ますます赤い光が強く見える。
水中からタコ型のゴーレムが飛び出してジャセに絡み付いたが一撃でバラバラにされた。
これではモフモフ恐竜や魔獣卒然でも噛み付くのはムリだろう。
どんだけ強いんだコイツは。
赤い怪物の白い眼がこちらを見ている。
ボルゲルを見つけたようだ。
こちらを見て吠えている。
ボルゲルは不敵に笑いながらこちらを向いた。
「さて、では勇者の出番ですよ」
「はいはい、わかってますよ。ぴぴるまぴぴるま超力招来(ちょうりきしょうらい)!」
マイクラ棒から光の輪が発生し、俺の全身を引き伸ばす。
手足はスラリと長く伸び、長く飛び跳ねた赤い髪、クビレたウエスト、ピチピチの小さな服からはみだしそうな大きな乳!!
おおお!と周囲の兵士たちはどよめいた。
ふっ。お兄いちゃんたちも俺のナイスバディに…
「揉(も)むのは後にしてさっさと行ってください」ボルゲルが呆れた目で見ている。
「うむ」
俺はラーラに飛び乗ると湖に向かって飛んだ。
見届けたボルゲルは横に居るファウストに向かい指示する
「伝令を走らせ城壁に居る兵士はすぐに退去させなさい」
「勇者ベロンが戦っているのにかい?」
ファウストはイタズラっぽく聞き返す。
「彼女たちではジャセには勝てませんよ」
そっけなく言って再びボルゲルは湖に向き直った。
ジャセは、もう湖の真ん中ぐらいまで来ている。湖が赤い光と蒸気で埋まっていた。
近づくほど熱で肌が焼けて来る。
いや、これで接近戦はキツイな。
なら飛び道具だ!
「ぴぴるまON!」
腰に差した鳶口(とびくち)が光り、超重力が発生する。
俺は背中の斧を引き抜いて投げ付ける。
「ダブルトマホウク・ブーメラン!!」
ガチン!と音がして弾かれる。
なんちゅう硬い身体だ。
神馬人の速度に超重力状態のダブルトマホウクの破壊力を併(あわ)せているハズなのに全く効かないのか。
急上昇してダブルトマホウクを鳶口の先で受け止めてさらに高速回転させる。
ならば回転刈り刃だ。
「ラーラ!あいつの脇をすり抜けられるか?すれ違いざまに斬るだべ!」
「まかせろ!」急降下したラーラは翼を広げ滑空しながら水面を蹴り上げ、水上ターンしながら怪物の脇を走り抜ける。
スゲぇ、水上も走れるのか!神馬人ってこんな立体的な戦い方ができるのか!
近づく俺たちをジャセは叩き落とそうとして右腕を振り上げた。今だ!
「王武刈刃(オーブかりば)!一刀両断(いっとうりょうだん)」
刈払い機でジャセの右腕を切り払った。
ジャセの巨大な右腕が脱落した。
切り口から黄色いマグマが噴き出て湖面に落ち蒸気が爆発して熱波が吹き荒れる。
やったか?
ジャセの右腕からマグマの様な体液が流れて切り落とされた腕を受け止め、元の位置に戻って腕がくっついた。
「再生しやがるのか!」
やはり悪魔将軍だ、トロルとは次元が違う。
ただの怪物では無い。
ならばコレだ
「拡散冷線砲!」
数条の冷凍光線を放ったが、全く効かない。
この巨体では焼け石に水だ。
というか、クソっ!熱風と赤い光で、こっちの目が眩(くら)みそうだ。頭のドワーフゴーグルを掛ける。
ラーラだって相当熱いはずだが弱音は吐かない。さすが大魔王直属のじゃじゃ馬だ(男だけどな)
ジャセは蒸気を噴き上げながら、さらに城に近づいて来る。
薄暗い空の下、真っ白い城はそこだけスポットライトを浴びたかの様に光に照らし出され輝いていた。
城のテラスの先端に白地に黒の服を着たボルゲルが立っているのが見える。
ボルゲルは不敵に笑った。
「私はここですよ。ジャセ」
「よし、そろそろ行くだべ!ラーラ!水面スレスレに回り込むだべ!」
ラーラは旋回してまた水面近くを滑空する。
俺は鳶口(とびくち)を水中に差し込んだ。鏡の様な湖面に一線の波を切って行く。
行くぞ!
「拡散冷線マイクラ!」
水面がたちまち凍り、巨体な氷山が水中からドパーンと跳ね上がった。
さすがの魔将ジャセも巨大な氷山に押されて浮き上がる。
水面に出ている氷山は一部分だ。水中には巨大な氷山の本体が埋まっている。
いくら炎の悪魔将軍でも、そう簡単には溶かしきれないはずだ!
「もういっちょだべ!レイズ・ざ・タイタニック・アタック!」
今度は反対側から巨大な氷山の壁が跳ね上がり、両側からジャセを押し潰した。
ジャセも負けじと氷を溶かそうとするが、さすがに氷が巨大過ぎて手足が氷に潜るばかりだ。
成功だ!
だがいつまでも氷の中でおとなしくしているようなヤツではない。ここで決着を着けねば。
一瞬、空の黒い雲間から光が差し込んだ。
俺は空を見上げた。
空一面に広がる黒雲のド真ん中がポッカリ口を開けて丸く青空が見える。
その青空の真ん中に、細長い白い棒が輝いて見える。
「できたか!ラーラ!空に登るだ!」
「おう!行っくぞ〜!!!」
黒い神馬人が翼を広げて天空の青空めがけて一気に駆け上がって行く。
ぎょえええ〜早い早い!
腕組みをしたボルゲルは光の中を翔け昇る黒い天馬を見上げ、眼を細めた。
「まさに勇者ですね…ベロン」
真っ黒な雲のど真ん中に丸くポッカリ開いた青空が見える。
円筒状のまっ白な入道雲。
その真ん中に白く光る巨大な天空の柱が立ち、上空から氷の竜巻が集まっていた。
その真下には金色に輝く剣を振り上げた黒い点が見える。
イーグが空中に巨大な氷の柱を作っていたのだ。
天空の氷柱を見上げてボルゲルは言った。
「積乱雲の水分は数十万トンを超えると言われます。さて、そのわずか一部分の数千トンを使ったとして、その落下の衝撃に耐えられますかね?ジャセ」
俺は鳶口(とびくち)を氷柱に引っ掛けて巨大氷柱を担ぐ。
『超巨大な氷の投げ槍』
こいつが一撃必殺の切り札だ。
ボルゲルがつぶやいた。
「神の杖の力、見せてもらいましょう」
地上を見れば薄暗い湖の上にぽっかりと明るく照らされ真っ白な氷山が輝いている。
そこに赤い一点がうごめいているのが見える。
俺は巨大氷柱を担いでラーラの上に立ち上がる。
「ラーラ!あの赤く光るところに突っ込むだ!」
「了解!」
スポットライトに照らし出された湖に向けて神馬人は急降下する。
ラーラは降下しながらさらに加速を続け、ぐんぐん地面が近づいて来る。
全身にものすごい風圧がかかる。
とっくに音速は超えているはずだ。
俺は巨大氷柱を構えた。
白く輝く蒸気に包まれた湖に、赤い光が見える。
悪魔ジャセの巨大な身体は氷山を抜け出し、再び歩き出した。
赤く光る巨体が城に迫る。
強烈な熱波と恐怖で周囲の武官たちは逃げ出したが、一人だけボルゲルが崖のテラスの先端に居た。
輻射熱(ふくしゃねつ)と蒸気がボルゲルに吹き掛かるが、ボルゲルは熱蒸気をかぶっても腕組みしたまま微動だにしない。
お互いの目線が合った。
悪魔将軍ジャセの白い眼に映ったボルゲルの目は猛獣の眼に見えた。
猛獣に睨(にら)まれたジャセは怒りがこみ上げ、咆吼(ほうこう)しながら『光の領域』に足を踏み入って来る。
「終わりですよ。ジャセ」
猛獣の眼のボルゲルは笑った。
「行っくぞお!超重力グラビトン!!」
落下の加速に鳶口(とびくち)の超重力を加えて、俺は全力で巨大氷柱を投げ落とした。
「キン!」
と高い音を立てて音速を超えた数千トンの氷の投げ槍がジャセを一瞬で上から潰して消し去った。
その時…時間は止まっていたのかもしれない。
ジャセの空虚な白い眼にはボルゲルが映っていた。
自分を睨んでいた様に見えたボルゲルの眸(ひとみ)は、じつは自分のはるか彼方を見ていた事に気づいた。
ジャセは自分の敗北を悟った。
氷のかけらが爆発飛散し、同時に衝撃波と共に、真っ白になった世界に爆音が響く。
地鳴りと共に大地は揺れ、崖や城壁が崩れ、城の塔が倒れ、美しい城塞は半壊する。
水しぶきが高空まで吹き上がり、土砂降りの雨となって降り注(そそ)ぎ、水上にいたビーバーやモフモフ恐竜も高波によって岸まで打ち上げられ、陸の上で転げ回っている。
周辺の無人漁村もまた波に飲まれて破壊された。
だが城の影になった北の市街地と避難民たちは無事だった様だ。
この世の物とは思えない光景に兵士も住民も空を見上げていた。
空は黒雲に覆われ、雷鳴が轟いていたが、黒雲の中にはポッカリと輝く白い雲と青空が丸い口を開いている。
その青空には虹がかかり、その虹の上を勇者を乗せた天馬が翔けているのを人々は見た。
城のあちこちで『ド』の旗が振られている。
ボルゲルもまた一人、広大な城のテラスから青空を翔ける勇者を見上げている。
「やあ、終わりましたね魔将軍師ボルゲル」
どこに隠れていたのかファウストがひょっこり出て来た。
「ええ計算どおりですよ。まぁ思ったより濡れましたがね」
「暖かいお茶を入れてありますので、どうぞこちらへ」
ファウストがうやうやしく案内する。
ずぶ濡れのボルゲルは笑みを浮かべ、きびすを返して濡れた石畳の上を立ち去った。
ボルゲルの立ち続けたその跡には、水に濡れていない乾いた足跡が残っていた。
つづく!だべ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あとがき
【ボルゲルのファンタジー用語解説】
さて今回も異世界ファンタジーの基礎知識を勉強しましょう。
⚫︎ 神の杖
宇宙から地上に向けて数トンの金属棒を超高速で落下させて狙い撃つ「運動エネルギー爆撃」と呼ばれる計画です。
今回のは大気圏内から空間操作と重力子を使って加速する方式ですね。
⚫︎超重力グラビトン
大鉄人17の必殺武器ですね。
重力子という素粒子を蓄えて質量を増大させたり自在に引力を上下左右に発生させます。ドワーフキックや超電磁竜巻真空斬りもこの原理です。
⚫︎ レイズ・ザ・タイタニック
第1回ゴールデン・ラズベリー賞にノミネートされた大作映画です。
まぁ…ラジー賞と言った方が分かりやすいですかね…
皆さんもぜひお試しください。ではまた。
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