14話「馬娘?神馬人」だべ

小さな火山湖である。

とは言っても泳ごうと思うとそこそこの距離だ。

神馬人(しんばじん)の島まではさほど遠くないので俺は火山湖を泳いだ。

キレイな水に青い空、なかなか快適である。


俺のドワーフ泳法(犬かき)は水中のダックス犬を思わせる優雅な…


「先に行ってるぞ、子どもよ」

「え?」


シャルはゴブリンさんを連れてスーパーモデルの様に優雅に水面をスタスタ歩いて行ってしまった。

「あれ?」

さすがエルフの水の精霊使いだ、このていどの距離ならふつうに水面を歩けるらしい。


まぁ…できれば俺も連れて行って欲しかったけどな!


ボルゲルのヤツも

「先に行ってますよ」

魔法陣に乗ってさっさと空を飛んで行ってしまう。

あんの野郎ぅ今まで散々俺たちの足を引っ張っておいてどアホうが! 


まぁ!俺は伝説の勇者だけどな!


ようやく島の絶壁まで泳いでみれば、シャルたちが水の上で待っていた。

上から蔓(つる)が垂らしてある。ボルゲルのヤツ気が利くじゃねぇか。

蔓(つる)を伝って、絶壁を登る。

上に上がってみると、崖の上は、広い草原になっていた。

遠くに森が見える。

あれが神馬人(しんばじん)の棲家(すみか)かな?


草原の中にビーチパラソルがある。

よく見るとボルゲルのヤツがビーチチェアに寝そべって読書しながらトロピカルジュースを飲んで待っていた。というか自分で自分のスペアに給仕させていやがる。

ふざけた野郎だ。


「おいボルゲル、神馬人(しんばじん)は居たんだべか?」

「ええ、あそこに」ボルゲルがジュースを片手に指差す。


「ん?ん?アレ…が…神馬人(しんばじん)?」

はるか彼方に栗毛色の髪で黒いゴスロリ風のミニスカヒラヒラ衣装を着た少女がこちらに歩いて来る。人間だと中学生ぐらいか。

丸くて大きな目に、少し険しい顔、かなりの美少女だが見るからに悪ガキ…いや、じゃじゃ馬な感じ。

しかし、どう見ても普通の人間だよな。


ゴスロリ少女が口を開いた。

「ここは人間の来るところではないぞ」


近くで見ると頭に羊の様な二つの角が生えている。

神馬人(しんばじん)って鬼なのか?馬かと思ってた。


「オラは予言の勇者ベロンだべ、巨人の住む島に行きてぇから神馬人(しんばじん)の力を借りてえだべ」


「断る。去れ」


取り付くシマも無いな。

ヤールおじ様の話では神馬人(しんばじん)は魔王直属の太古の神獣と聞く、

何者にも支配されず魔王の予言を実行する特別の存在だ。


だが俺も魔王の予言の勇者だ、ここで帰るわけにはいかない。


すると奥から真っ白な服を着たもう一人の神馬人(しんばじん)が現れた。

髪の毛も肌も服もミニスカートも真っ白で、ストレートのロングヘア。

少しボーっとした眠そうな顔だが、やはり額に一本の小さなツノがある。


「ラーラ、ボクが巨人の島へ連れて行くよ」

白い神馬人(しんばじん)が言った。


「あそこは呪いの地だぞ!シーシ」

栗毛のじゃじゃ馬が大きなジェスチャーで反論する。


シーシとラーラというのか。

ツノ以外はふつうの人間に見えるが


「呪いの地とはどういう事だべ?」


「………………」

神馬人(しんばじん)は何も答えない。

予言に関するタブーか、それとも何か言えない理由があるのかも知れない。


「魔王のシキ天使の事だべか?」

神馬人たちの顔色が変わった。図星かな。

まぁ要は俺が『予言の勇者』だと証明すりゃいいんだよな。


「この斧と鳶口は大魔王の杖で作られているだべ」

白い神馬人のシーシが斧を手に取って見る


「すごい魔力だ…これは『魔王の杖』だ、間違いない」

やはり神馬人は『魔王の杖』を知ってたのか。


シーシという白い神馬人は、もう一人の栗毛の神馬人に静かに語り出した。

「ラーラ、やはりこの『彼』は予言の勇者だ。7950年前に神聖大魔王さまに観せてもらった未来映像と同じ姿だ」


え?この白い馬娘は大魔王に直接会ってるのか?!


栗毛のラーラが怪訝(けげん)そうな顔をする

「え〜!勇者は『美少女』の姿をした男で、エルフと虎と天使を従えてると予言されてるって言ってたじゃん。シーシ」


いや、それ当たってるわ!大魔王って凄い!


「というか7950年前って、お前ぇらいくつなんだべ?」


栗毛のラーラが答えた。

「シーシは1万歳馬だ」

ぶっ!1万歳だと!エルフの婆さんより長生きなのかよ!


『誰が婆さんじゃ!!』

すかさず魔女の怒鳴り声が頭の中に響いた。


すいません。


ラーラは平たい胸を張って言う。

「シーシは勇者のお供をするという使命を神聖大魔王さまから与えられているからな。一頭だけ特別長生きなんだ」


「ラーラはいくつなんだべ?」


「オイラはまだ2515歳馬だ」


じゅうぶん長生きだよ。


「ドワーフの伝承では1000年前にドワーフの勇者がこの三つの杖で魔王城を打ち破ったと聞いただが?」


シーシが無表情で答えた。

「違う、魔王大戦は一万年前だ。

だからそれは本当の魔王城では無い、千年前に世界を荒らしていたのは悪魔たちの巣食う悪魔王国城のほうだ」


ラーラが答える。

「だがその悪魔王も『黄金の翼の戦士』たちのパーティに討伐(とうばつ)された。それが1000年前の話だ」


なるほど1000年前の出来事ならラーラも知っているんだな。


あ、そういえばボルゲルと黒エルフも1000年前以来の戦いとか言ってたな。

黄金の翼の戦士が悪魔軍にトドメを刺したのが1000年前か。


…ん?まてよ。


「お前ぇ、知ってただな」

「何の話です?」

ボルゲルのヤツはすっトボケている。

そうか、コイツは悪魔軍の大魔法使いだ。

俺がドワーフの秘宝「魔王の杖」を発動させたのを知って鉱山に潜り込んできたんだな。


「だとしたら本当の魔王城ってどこに有るんだべ?」


神馬人(しんばじん)たちは意外そうな表情で顔を見合わせた。


「魔王城とは熾天使(しきてんし)セラピムの支配する巨人の島の事だ」


な?なんですと〜??


「巨人とはいったい何なんだべ?巨人が魔王なのだべか?」


白い神馬人のシーシが答えた

「巨人とは悪魔の神であり最強最悪の魔物だ。

もし解き放たれれば巨人はこの世を破壊するだろう。だから神聖大魔王様によって熾天使(しきてんし)セラピムの檻(おり)に封じ込められた。だからあの呪いの島を魔王城と呼ぶ」


「ならば魔王はこの世界を守ったのか?」


「そうとも言える。違うとも言える。神聖大魔王様もまた神々とも我々とも違う」


「魔王と巨人は同じ存在なのか?」


「そうとも言える。違うとも言える。魔王は魔王。人の神だ」


ダメだ理解ができない。まるで禅問答だ。


シーシがまた語った

「だからお前は巨人の島に行かなければならない。予言の勇者よ」


なんでそうなる。


「世界を救うためだぜ!予言の勇者よ!」

ラーラがシンプルに言い切る

いや、だからなぜそうなる。


予言とも行き当たりばったりともつかないまま、神馬人(しんばじん)たちに連れられて巨人の島に向かう事になった。


「お前たちは私に乗れ、予言の戦士たちよ」


二人の神馬人たちが飛び上がると、たちまち下半身が巨大な馬に変わり、頭のツノが大きくなった。背中に天使の様な大きな翼が生えている。


神馬人(しんばじん)とはケンタウロスだったのか!


そういえばケンタウロスの賢者ケイロンは医師で預言者だったと言われる。

白い方のシーシが白馬のユニコーン。

黒い方のラーラが羊の様な二本ツノの黒馬だ。

さながら生食(いけずき)と磨墨(するすみ)だな。

(※ 生食と磨墨。源頼朝の持っていた伝説の名馬)


…というか下半身に見覚えのあるアレが付いているのだが…

お前たちって

『オスだったのか!!』


もっとも下半身が馬体ではミニスカートしか履(はけ)ないわな。


「オイラたちは純潔の乙女しか乗せない」

ラーラが断言した。


ああ、ハイハイ。

言っとくが俺も純潔の美少女だからな。オッさんだけど。


俺とシャルは神馬人(しんばじん)たちに乗り、ビーバーたちは森に返すとして、ゴブリンさんは?


「私が連れて行きます」

ボルゲルはゴブリンさんをヒョイと持ち上げると四次元ポケットに投げ入れてしまった。

1500体のボルゲルの抜け殻(がら)と過ごすとは…ゴブリンさんが気の毒というか。


シャルは「キャハハ」と楽しそうにヒョイと飛び乗り白馬のシーシにまたがる。

白いユニコーンにエルフ少女!スゲぇ、美しい!まるで神話の絵画みたいだ。


俺は、ボルゲルにつまみ上げられてぬラーラの上にポイと放り投げられた。

黒い天馬にしがみつくドワーフ美少女。

まるで赤塚不二夫のギャグマンガみてぇだ。


ボルゲルはまた巨大な白虎に変身して黒雲に乗った。こうやって見るとスゲぇ巨体だ。

よくこんなのに勝てたな…ま、あいつなりに手加減してたのかも知れないが。


「行くぞ!」神馬人(しんばじん)たちが背中の翼を広げてビュビューンと空へ飛び上がる。

ぎょええええ!スゲぇ高い!早い!怖い!

必死にラーラのベルトにしがみ付いた。

眼下に火口湖が見える。彼方にエルフの森とビーバー湖が見える。

山頂があんなに低い!耳キーンとする!これ高度3000mを越えてるだろ!

まだビーバーの方が乗り心地がよかった。


あ!シャルは!…大丈夫か……楽しそうだな。


後方に黒雲に乗ったボルゲルが見える。


クソっ!あいつら余裕だな。

ん?ちょっと待て。

来た道を戻ってるんですけど…


「なあラーラ、魔王城ってこっちの方角なのだべか?」


「ドワーフ鉱山の向こうの砂漠が悪魔城、さらに海の向こうが巨人の島だ」ラーラが答えた。


ええっ?!悪魔城ってウチの裏山の向こうにあったんかよ!!


ビーバー湖を越えると、もう獣人国のテーブルマウンテンが見える。スゲぇ早い。

だが俺は神馬人酔いで吐きそうだ。

シャルは………予想通り元気だ… うっぷ


神馬人(しんばじん)たちは獣人国『王宮』の前に着陸した。二人とも、もうゴスロリ風の男の娘に戻っている。


獣人村か、少し懐かしいな。

もう少し元気なら水路を点検しながら我が作品の水門を観に行きたいところだ… うっぷ


シャルがまた崖に向かって声を上げる

「おじ様ぁ!出ていらっしゃい!」


数匹の武装した獣人やゴブリンや猫メイドたちと一緒に、のそのそと小さなエルフが出てきた。

今日の「ヤールおじ様」はやる気なさそうなので機嫌が良いようだ。だんだん分かってきた。


あれ?獣人やゴブリンさんたちも武装してる?


「あ、神馬人の、高地に、行ったん、だね」


一緒に旅をしてきたゴブリンさんは走っておじ様の元に行き、何か敬拝(けいはい)する所作をしているが、おじ様は見向きもしない。相変わらずだな。


神馬人たちは人間体の男の娘の姿で片膝をついてかしこまった。


「西の森の獣王よ。お会いできて光栄です」

「あ、うん。よく来たね、神馬人よ」

あれ?ひょっとして、ヤールおじ様ってすごく偉いの?


「き、昨日、ビーバーと、魚人の、族長も来たん、だ」


どうやらこのへんの森や水辺や山地の魔獣は、ヤールおじ様の支配下のようだ。


「しかしおじ様、この装備は何事だべ?」


「東の、人間たちが、攻めてくる、んだ」


東の人間たち…傭兵砦か?!

まさかアイツらが…


「この獣人村を襲うのだべか?」


「違う。ラ・デの、エルフの、森だ」


あそこか!

しかしなぜ急に…

…ふとあの若い神官の顔がよぎった。

「法皇庁だべか?」


「そう、だ。多国籍、の、連合軍、だ」

諸侯国の連合軍か!

まるで十字軍だな。


すると中継基地はあの教会のある冒険者村の砦だろう。

もともとあの砦は森を背にして人間の諸侯国を向いていた。

あの峠を押さえれば人間たちは、魔獣や恐竜の棲む森からは攻めて来れないし監視や攻撃もできるからな。


だが今は反転してしまった。

俺が森に抜けるルートを開拓したせいで、エルフ神殿への侵攻ルートが出来上がってしまった。

開拓者コロンブスの次に来るのは侵略だ。


考えてみたら人間たちにとって、あの地域で一番やっかいな存在は魔女ラ・デだ。

今は人喰い虫も、最強の黒エルフも、オークもトロルも伝説怪獣の卒然(そつぜん)も居ない。

みんな俺たちが倒してしまった。

(※ 「卒然」:孫子に登場する伝説の大蛇)


森に侵攻ルートができれば、次は山嶺(さんれい)を越えて諸侯国はエルフの森へ勢力を伸ばして来る。

それを仲介すれば教皇庁も利益につながる。

おそらく、この計画をまとめたのはあの若い神官だろう。

でないと話の進行が早すぎる。


どうやら俺は人間たちがエルフの森へ侵略するための手助けをしてしまったらしい。


シャルが大きな胸を張りながら歩み出て言う

「ふん、安心しろおじ様。また私が皆殺しにしてやるぞ」


え?「また」って言いましたか?シャルさん。

そうだ忘れていた。この娘は人間凶器だった。

というかこの世界のエルフはなんでみんな凶暴なんだよ。


…というかゴブリンの村人たちは楽しそうに何を作ってるんだべ?


「卒然(そつぜん)から抽出した猛毒だぞ、子供よ。あれを石斧や矢尻に塗って打ち込めば、相手は口から血を吹いて倒れるのだぞ」

シャルが自慢げに大きな胸をさらに張る。


そうだ忘れてた。ここのゴブリンや鳥人は伝説魔獣「卒然(そつぜん)」の猛毒を使うんだった。

というか、シャルさん。なんであなたが自慢げなんですか?


「よし!オイラたちも人間を蹴ちらそう!な、シーシ」

「…うん」

神馬人たちも…一頭は参加する気満々だ。


彼らの戦力は未知数だが、あの飛行速度とパワーは、おそらくあのドラゴンをも圧倒する。

この世界なら超音速攻撃ヘリ並みの脅威だろう。ミサイル無しでどうにかできる相手では無い。


しかし人間の軍隊か。

まず間違い無く傭兵砦の連中が居るよな…


「俺はどうすればいい」


はるか遠くに、傭兵峠のある山並みが見えた。


ボルゲルを連れて神馬人ラーラの背中に乗って東へ飛んだ。

森の中に大軍が居るのを見つけた。

「あれか…スゲぇ数の軍隊だ。東京マラソン3万人ぐらいの大規模な人数だべ」

あちこちに諸侯のテントが建ち並び、群衆や荷駄馬がひしめいている。想像以上の大軍勢だ。


その奥には広い棒道(ぼうみち)の輸送路や宿営地の広場まで作られている。

しかしどうやってこの短期間でこれほど大規模な基地を整地したのか?

(※ 棒道:荒野の中を敵地に向かって真っ直ぐ一本の棒の様に伸びる軍用道路。武田の信玄棒道が有名)


道の最前列に青黒い鎧の騎兵たちが数人集まっていた。あの若い神官の「アイツ」に付き従っていたのと同じヤツらだ。


その集団の前に、赤いフードを被(かぶ)った神官の少女が、デッカい飾りの付いた杖を担いでヨタヨタと歩いてるのが見える。


赤ずきんちゃんか!


その後ろにはさらに別の青黒い鎧の騎士たちが、奇妙な紋章を描いた旗をなびかせている。


あの旗のマークはまさか…『悪魔の紋章』?!

なんで教皇庁の十字軍が悪魔の紋章を掲げるんだ!


赤ずきんの少女が、デッカい杖をヨロヨロどっこいしょと振り下して地面を叩いた。

轟音(ごうおん)と共に地面がドドドドーン!と、めくり上がり、森の木々が吹き飛ばされた。

数100mほどの真っ直ぐな道が現れ、地面がむき出しになっている。


捲(めくれ)た地面の上をドカドカと例の騎兵たちが走り回って状況確認している。


スゲぇ!俺のマイクラ棒でもこれだけの広範囲は整地できない。


「太公望(たいこうぼう)曰く。森の中では、草木を刈り取り、道を広くし、周囲に弓、内側を槍で備える。これを『林戦』と言う。まぁ教科書どおりの布陣ですね」

また白虎のボルゲルがインチキ臭いことわざを引用している。

(太公望:兵法書「六韜(りくとう)」の作者)


赤ずきんちゃんは杖の装飾が、だんだんブッ壊れていくのにもかまわず、さらに地面を叩いて地面を整地していく。


あれ?赤ずきんちゃんの魔法の杖が壊れて… いや?あれは杖じゃ無い。棒の先に四角い鉄塊(てっかい)が…


「ハンマーじゃねぇか?!」


という事は赤ずきんちゃんが今まで使っていたのは魔王の杖の真ん中。ドワーフハンマーだ!


そりゃそうだよな、あのギルドマスターの若い神官が俺の魔王の杖に匹敵する魔法神器を持ってるとか言ってたが、こんな超兵器が世界中にゴロゴロあるワケが無い。

俺がずっと探していたハンマーがまさか目の前にあったとは!


また赤ずきんちゃんがどっこいしょと地面を叩くと、今度は地中から巨大なゴーレムがモコモコと出現した。


ゴーレムはガリガリと地面を掻いて地ならしを始める。


こりゃ驚いた。まるで生きてるみたいだ。

これがあの赤ずきんちゃんの魔王の杖の本当の力か。


しかしこの調子だとあと二、三日で、エルフ村まで到達してしまうな。

そうなったら全面戦争だ。


「止められるのだろうか」


その時、兵士たちの人混みが一斉に分かれて群衆のど真ん中に一本の道が現れた。

その中心を例の青黒い騎士団が進んでくる。


その中心に赤いフードをかぶった例のエルフの美女。

そしてその隣には法王庁のピカピカの礼服を着たあの若い神官が居た。


「あ!アイツだ!」

やはり裏で糸を引いていやがったか。

それにしても…一体何者なんだ?


俺がそうつぶやくと、地上にいた若い神官が不意にこちらを見上げた。ニコッと笑って手を上げる。

ウソだろ?聞こえたのかよ?!


赤いフードの女性が立ち止まりこちらを見た。遠目から見てもスゲぇ美人だ。

名前は『ラ・ソラ』だったか。

森の魔女の長女だけあって顔は魔女に似ている。いや、あのうるさい魔女も静かにしてれば美人なんだけどな。


『誰がうるさいじゃ!!』

頭の中に魔女の大音響が響いた。


すいません。


赤いフードの美女、『ラ・ソラ』はこちらを指差すと、一瞬指先が光ったと思ったら、急にラーラが墜落した。


「何いぃ!」

ラーラは人間体に戻っている。

気を失っているっぽい。

どんどん森の地面がこちらに迫ってくる。

いや!これはやばいだろ!

マイクラ棒を引き抜いて重力操作を目一杯に振り絞るがダメだ、方向が定まらないと重力子(グラビトン)が集中できない。


また頭の中に魔女の声が聞こえてきた

『大気圧位相変換の魔法を使え』


え?何それ?大気圧…あ!エアクッションか!

黒エルフが空中に浮かんでいたアレか!


『高圧の空気の塊(かたまり)をマイクラで作り出せば良い』


了解だ!

俺は鳶口(とびくち)を地上に向けて差し出してデッカく円を描く。


「マイクラ!」

マイクラ棒で巨大な高圧空気の塊を作り出すと、ボヨ〜んと跳ね返り減速した。

イケる!さすが魔王の杖だ。なんでもアリだぜ!


「マイクラ!」ボヨ〜ん「マイクラ!」ボヨ〜ん「マイクラ!」ボヨ〜ん「マイクラ!」ボヨ〜ん


俺とラーラはボヨ〜んボヨ〜んと跳ね回りながら森の中へ落ちて行った。


ラ・ソラが呆れた声で若い神官に言った。

「何ですの?あのメチャクチャな魔法は」

若い神官は笑いながら答えた


「魔女の長女であるあなたでも、彼の魔法はご存じではありませんでしたか?ラ・ソラ」


「その名前はおやめくださいゴウル様」

赤い頭巾を外すと緑の髪の美女が現れた。

瞳の色が別世界の不思議な景色が映っている。


ゴウルと呼ばれた若い神官はニコニコと楽しそうに答えた。

「彼こそが予言の神聖勇者ベロンですよ」

若い神官の瞳は赤く光っていた。


「彼?…」

魔女の娘は恐ろしいほど美しい瞳で森の彼方を見たが、彼女もまたゴウルに反応するかの様に瞳が赤く光った。


薄暗い森の中。

俺とラーラは無事墜落…いや着陸した。

とりあえず森の苔むした平地の上に寝そべりながら考えた。


たしか勝海舟が言ってたな。

「国家が決定して出陣した大軍を止めさせる事なんざ、一人の力で出来るはずが無ぇんだぜ。とかな」

などという話を前世で読んだことがある。


「あんな大軍勢、俺一人でどうやって止めるんだよ…」

薄暗い森の中でふと考えた。


気絶して落下したラーラは人間体に戻っていたが、まだ死んだ様に寝ている。

いや、ぜんぜん動かないけどマジで死んでんじゃね?これ。


「これは意識が遮断(しゃだん)されてますね」

うわ!びっくりした!

いつの間にか人間体のボルゲルが横に立っていた。


「意識を遮断(しゃだん)とは、どういう事だべ?」ガバっと飛び起きる。


「まぁ分かりやすく言えば強制幽体離脱ですね」


「治せるだべか?」


「簡単です。身体と幽体に同時に強いショックを与え、体の感覚と幽体の感覚をシンクロさせるのです。

その身体の反射反応により幽体が身体に呼び戻されます」


「意味わかんねぇぞ」


「ただの気合(きあい)術ですよ。ではやってお見せしましょう」


パラパラと手帳をめくるとボルゲルは白虎に変身した。

白虎はラーラをジッと見つめていた瞬間「

ゴォオー!」と爆音のような咆吼(ほうこう)を浴びせた。


いきなりの猛獣の爆声に危うく俺も腰を抜かしそうになったが、同時にラーラも飛び起きた。


「おいラーラ、目が覚めたべか?」


ラーラはまだ少し呆(ほう)けている。

「さっき川の向こうの花畑に、1523年前に死んだお婆ちゃんが見えた」


意味が分からんが臨死体験は成功したようだ。


「あ!姐(あね)さん!」

聞き覚えのある声に振り向くと、おお、懐かしのレンジャー隊のフォールと怪力ザーグたちではないか!


フォールが軽く会釈して語り出す。

「猛獣の声が聞こえたので来てみれば、やはりベロンさんでしたか」


あ、ヤベ。白虎は…

ボルゲルはいつの間にか人間に戻っていた。

いくら歴戦の冒険者でもいきなり猛獣や神馬人を見たら腰を抜かすよな。


ちょっとゴマカシぎみに挨拶(あいさつ)してみる。

「い、いよっ!久しぶりだべ、元気そうじゃねぇだか!」


ザーグが泣きそうな顔ですがり付いて来る。

「てっきりアイツらにやられちまったかと思いましたぜ姐(アネ)さん!」

あ、そうか人喰い虫に襲われた時以来、連絡取って無かったからな。

どうも本気で心配してくれてた様だ。

ありがたいな。


「いや、森の魔女に助けてもらった感じだべかな」


「森の魔術師…」

一瞬でフォールたちの顔色が変わった。

やはり冒険者にとって森の魔女は恐怖の存在のようだ。


「ところで、あの大軍勢は何だべ?」


「あれは姐(アネ)さんの仇討(かたきうち)の討伐軍でさぁ」


「あ??ちょっと待て!俺は生きてんぞ!」


フォールは視線を落とした

「ベロンさんの他にも二人死にました。法皇庁は『勇者ベロンの死』をもって諸侯国軍にエルフ討伐(とうばつ)を命じたのです」


「俺たちのギルド冒険者は、軍勢の案内役なんでさぁ」


二人は申し訳無さそうに言った。


シャルに斬られた連中か… そうか死んだのか。というかシャルを連れて来なくてマジで良かった。ちょっと寒気がした。


「あの若い神官が俺の死を利用したんだべか?」


傭兵たちは無言だった。

まぁ言えないよ…な。

仕方ない、コイツらだって法皇庁に雇われただけの傭兵だからな。スポンサーには逆らえまい。


「ならば俺があの若い神官のアイツと話を付ければこの戦争は終わりだべ」


二人は驚き、すぐに困惑した顔に変わった。

分かってる。

一度国家が決定した遠征軍を引き止める事なんてできない …だろ?


「あ、姐(アネ)さん!」

二人は呼び止めようとしたが、俺は軍勢の方へ向かって歩き出した。


「生きておられましたか、勇者ベロン」


森の奥から数人のレンジャーを率いたハゲのジャクス隊長さんが現れた。

レンジャーの一団は俺に近づくなり、素早く左右に展開して道を塞いだ。

俺を止めるつもりだ。


「あの若いヤツに話があんだべ。居るんだろ?」

俺は止まらずに進んだ。


バシッ!

足元に矢が刺さった。

「?!」

俺を撃つのか?お前たち。


「もう賽子(サイ)は投げられたのです。ムダな事はお止めなさい、勇者ベロン」

ハゲのジャクス隊長さんは無表情に諭(さと)した。


「隊長さんだって分かってんだべ。魔女と戦ったらアンタたちも死ぬど」


「はい。そうなるでしょうね」

ジャクスさんは少し遠くを見る様に無表情に答えた。


そうだな。彼らが決めた戦争ではない。

彼らは国家の決定に従って、国のために働いているだけだ。

民衆や家族を守るのが彼らの使命だ。

いくら話しても納得してくれるはずもない。


俺は黙って進み出した。


バシッ!

激痛で俺は倒れた。

右脚にボウガンの矢が刺さっていた。

「ぐう…」


「大人しく死んだままでいてください。せめてこの戦いが終わるまで…お願いします」


ハゲのジャクス隊長さんは真っ直ぐ俺を見て諭(さと)すと、そのままボルゲルたちに見向きもせず背を向けて森の奥へと消えて行った。

フォールとザーグたちも森へと走り出した。


…見逃してくれたのだろう。

おそらくジャクスさんは俺を「殺せ」と命令されていたかも知れない。

でもあいつらはそれをしなかった。


俺は立ち上がれなかった。

足の痛みより、アイツらに撃たれた痛みが苦しい。


分かっている。何もできない。


俺は苔むした地面にうずくまった。


つづく!だべ



あとがき

 【ボルゲルのファンタジー用語解説】

さて今回も異世界ファンタジーの基礎知識を勉強しましょう。


⚫︎ ケンタウロス

ギリシャ神話に出てくる半獣人ですね。

野蛮な魔獣ですが、賢者ケイロンだけはケンタウロスでありながらクロノス神の子だったので不死身だったと言われます。


⚫︎ 超音速攻撃ヘリ

ちなみに私はDVDBOXを所持しております。


⚫︎ 六韜 林戦

六韜の第四十三 豹韜「林戦篇」よりの引用です。


⚫︎ 勝海舟

島原の乱の鎮圧のため板倉重昌の軍が出発しましたが、

それを知った柳生宗矩は、板倉の身分では九州の大国の軍勢をとても制御しきれないと判断して、進軍する軍勢を一人で止めようとしたというエピソードですね。

幕末の時勢を体験した勝海舟が、自分の体験をふまえて語りました。

一度政治的に決定された戦争は、たとえ英雄や剣豪でも止める事はできないという事です。


ちなみにこの板倉の軍には、途中から尾張柳生の柳生清厳が参加しています。


皆さんもぜひお試しください。ではまた。

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