第9話 吸血鬼領へ出発

朝は弱い方だ。

目を覚ますたびに重い瞼をこすりながら、そう思う。

――可能なのなら、次の朝まで寝ていたいと。


 コンコン


小気味のいい扉を叩く音ののち「入りますよ」とルツの声が聞こえてきた。


 ガチャ


「zzzzz」


「そんな音を立てて寝る人はいませんよ。ウィスト様」


「うーん、わかってるよ。あと5分」


「…既に昼を回っております」


「ん――?」


「こうして朝7時から起こしに参っていますが…」


飛び起きた。

いい加減直そう。

正確な歳は忘れたけど、100万歳超えてこれはまずいな、と思った。


「ルツ、ごめん。すぐ支度するよ」


「はい、セラが昼ご飯を作ってくれています」


「おお、急ごう」


ルツの銀髪が朝日で輝いている。

昔から気配りができるし、やさしいなぁ。

そう思いながら急いで服を正装に作り替える。


黒のローブを身にまとう。


100万年前、魔法使いは皆白いローブを纏っていた。

それが正装だった。

封印されたあの日も然り。


しかし、封印を解いたあの日、白のローブは黒に染まっていた。

100万年に渡って沁みついた血液が酸化し、黒と化したのだ。


でも、実はこの黒色が気に入っている。


それは、彼女たちと同じ服の色だから。


吸血鬼は夜に溶け込むためか黒色の服を好む。


これでお揃いなのだ。


黒のローブに作り替えて、リビングに向かう。


おいしそうな匂いが漂ってくる。


「遅くなってごめん、みんなおはよう」


『おはようございます!』


いや、こんにちわだったか。

相変わらずのシンクロ挨拶。

あれ、なんでセラもそんな息ぴったり?

仲がいいってことで良いのかな?


5人はそろって円卓について、こちらを見ている。

そんなずっと見つめなくても。


円卓につく。


卓上には、サラダにキノコのソテー、コンソメスープに魚のムニエル。

なんてレベルの高い朝ごはん兼昼ごはん。

さすがはセラ。

昨日、あの材料のない中、あれだけの料理を作っただけのことある。


「ウィスト様、トガ様やウル様も手伝ってくれたんですよ。ウル様は材料集めを、トガ様は料理を手伝ってくださいました」


「そうなのか?」


「「は…はい」」


二人そろって何を恥ずかしがっているのやら。

どうせ、昨日少しばかり俺に優しくされたセラに嫉妬していた自分が恥ずかしい、というところだろうか。


「私は掃除をした」


エリが自慢げに見つめてくる。


「みんなありがと!食べたら出発だ」


『はい!』


うん、最高においしかった。


食事を食べ終え、みんなで後片付けをする。


みんな「座っていて」と訴えてくるけど、特にすることもないため、一緒に片づけた。


サラの一件で、城には結界も張り巡らせたが、敵が現れる可能性もある。

 

城を守る班と偵察班で別れた方がよさそうだ。


んー。


少し悩んでから5人に役割を告げた。


「よし、ウルとトガ。一緒に行こうか」


「やった!!」「はい!!」


ウルは飛んで喜び、トガは明るく返事をする。

一方、ルツとエリはかなり落ち込んでいる。

セラは少し申し訳なさそうな顔をしていた。


 「これからは、みんなの家であるこの城を守らないといけない。これは何よりも最重要任務だよ。任せてもいいかい?」


『任せてください!』


3人とも気持ちを切り替えて、笑顔でそう答えた。

いや、エリだけはその後「いきたかったー」と呟いていたが、聞こえなかったふりをした。


城を出る。


太陽はちょうど真上を差す。


「よし、いくぞ」


3人は手を振りながらお見送りをしてくれた。


さくっと終わらせて、みんなでおいしいご飯を食べよう。


吸血鬼領は都市からさらに時間がかかる。


夜になると困るから、早くしないとなー。


こんなことなら、早起きしておけばよかった。


朝に弱い自分を呪いながら、速度を上げていく。


「二人とも、もう少し早くてもいいかい?」


「大丈夫です。私たちもこの100万年伊達に生きていませんよ?」


確かに、俺の復活を待ち続けた4人も、100万年という途方もない時間を生きていたのだ。


―――吸血鬼は不老不死だ。


しかし、人から吸血しなければ生きていけない上に、弱点が多く、戦争もしている為、大体が数百から千年の間で死んでしまう。


ちなみに千年を生きた吸血鬼は天使級以上でなければ太刀打ちができないほど。

そのクラスになると、王族直轄の部隊や、前線の指揮を執る個体である。


当時は、そんな吸血鬼たちを束ねる王族を「真祖」と名付けていたが、それでも1万年以上生きているという記録はなかった。


吸血不足や戦死もあるが、真祖の多くが自殺をしていた。


なぜそんな強い存在が自死を選ぶのか。


それは、生き続けることに、精神が耐えられなくなるからだそうだ。


死ねないという一種の呪い。

生まれてから見ている光景は、戦争ばかりで楽しいことはほとんどない。

確かにそんな境遇では精神が持たないのだろう。


でも、彼女たちは違った。

俺との再会のために、100万年の時を生きたのだ。

力の蓄積も計り知れないだろう。


「じゃあ、ちょっと力を入れてみようかな」


「ついていきます」


トガはそう返事をする。

ウルはピースサインを出している。


さて、ついてこれるかな。

とはいえ、全力は出さないし、身体強化魔法も使わない。

徐々に慣らしていかないとね。


筋肉に力を入れ、踏み込む。


地面をえぐりながら、10歩進んだ。


時間にして10秒ほど。

距離にして10キロ。


やはりすごい力だ。


二人は、ほんの少し汗がにじむ程度だが、息に乱れはない。


ただ一つ問題があった。


この速度で走ると、もの凄い衝撃音と共に、周囲の木々が吹き飛んで行ってしまう。

この数秒で通った軌跡がきれいに残っている。


「これはよくないな。もう少し速度を落とそう」


「「はい!」」


「あ、その前に―」


「「?」」


魔法をかける。

 

 気配魔法イントク


これは、気配を極限まで薄め、透過する魔法。


城を隠した時の「クモガクレ」より緻密な魔力操作と術式が必要だ。


イントクは、同時に魔法をかけた者達には、その姿や気配を感じられるが、常人であれば絶対に気が付かれない。


「よし、完璧」


「気配魔法イントク…あとで残った3人に自慢しないと」


トガはどこからともなくメモ帳を出し、魔法名を記載した。


んーそこまでされると少し恥ずかしい。


「さ、いくよ」


「「はい!」」


速度はやや控え、周囲に気を配りながら突き進む。


そうして、吸血鬼領のすぐ手前にたどり着いた。


よどんだ空気が漂っている。


吸血鬼領は木々が枯れ、地面は酸化した血で真っ黒。


「すごいな…これは」


昔の吸血鬼領でもここまで荒れてはいなかったと思うが。


「ちなみにここは?」


「はい、ここは吸血鬼領王都スノッリ・サガでございます」


だからなんで、最初に王都を?


端っこの村や町から少しづつ情報を集めようよ。

そう思ったが、しっかり指示しなかった自分の非と気が付き、反省した。


「王都スノッリ・サガか、どこかで聞いたことがある気が」


「「そうなんですか?」」

 

どうやら二人は特に覚えはないようだ。


気のせいか。


「補足するとですね、我々も来たのはここまでで、領内には何度かしか入っていません」


「何度かは入ったんだ―――」


「「はい!」」


そんな生き生きと返事をされても。

いくら力があるとはいえ、過信はいけない。


弱いものでも、集まって策を練れば強者と渡り合えるし、自分より強者いる可能性もあるのだ。


だからこそ、慎重にならねばならない。


「慎重にね?」


「「ご…ごめんなさい」」


 「大丈夫だよ、早く2人を見つけたいもんね」


二人は激しく首を縦に振る。


「ちなみに何度か入った時はどうなったの?二人とも相当強いと思うけど」


「この先に、吸血鬼領王都は強大な血の砦で守られており、見つからずに侵入するのは厳しいと思われます。さらに、入り口では疑似太陽を使ったあぶり出しが行われているのです」


「ほう?」


「私たちはその――ウィスト様の魔法で太陽を克服しているので通過できなくて」


「そういうことかー」

 

そういうことか、と口にはしたが、何かおかしい。

何故吸血鬼が弱点の太陽を扱えているのか。


やはり何かがある。


となると、手詰まりである。

もちろん侵入手段は無限だが。

事を荒げるのは悪手だろう。


今だ領内の様子は見えてこない。


他の方法、何かいい手を探そう。

  

「よし、一旦戻るよ」


「「はい!」」


転移魔法を唱えようとした瞬間。


なぞの黒い影に襲撃された。

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