第5話 ちょっとした昔話2
舞い上がっていた。
禁忌を犯している罪悪感などはない。
あまりに人間味にあふれた彼女たちと喋るのが幸せだった。
週に何度も国を抜け出して彼女たちに会いに行った。
もともとズボラだったので、大丈夫だろう。
そして対吸血鬼魔法の開発を命じられていたはずが、気づけば吸血鬼用魔法を開発。
しかも開発は順調で、なんと「太陽の克服」「吸血衝動の消滅」の魔法を開発したのだ。
それを彼女たちに付与したときはみんな泣いて喜んでいた。
次第に6人は、従うだけではなく、かなりの好意を寄せていた。
こちらとて、やぶさかではない。
みんなきれいでかわいいし、人なんかよりよっぽど。
そして――気が付けば、何度も交わったりもした。
一夫多妻制のこの国では珍しい事でもない。
極々普通の人と同じ生活。
そんな日々が幸せだった。
数年経ったある日、いつものように彼女たちの元へ出発をしようとしたところで、盛大に階段から落ちて怪我をした。
一見して右腕が解放骨折している。
天使級以上の治癒魔法を受けに行けないといけないレベルの怪我だ。
治癒もそのうち自分で覚えたいと思っていたが、治癒魔法は修行中でまだまだ上級レベルなのだ。
ん?
あれ、痛くない。
なんで…。
不思議に腕を見ていると、骨や皮膚が見る見ると治っていった。
これは…不死だ。
なぜだ、なにがそうさせた。
この世界における不老不死は、吸血鬼のみ。
その認識で間違いはない。
吸血鬼に吸血され、眷属となれば不死身になれるが、俺は吸血をされていないから当てはまらない。
不老不死は、国において対吸血鬼魔法の開発とは別に、極秘で研究されていた内容。
王直属のものが研究していたようで、関わっていないが、多少は噂を聞いたことがある。
だが俺はそんな魔法を開発した覚えは…――いやまて、もしかしたら。
吸血鬼の血を、人に入れる実験はなされていたが、一度も成功していない。
少量でも、猛毒。
中量以上では、吸血衝動に駆られるだけの廃人と化すか、死ぬ。
そして中量以上は神級治癒魔法でも直せない。
一度は、血以外の体液でも試されたことがあるとも聞いたことがあるが、何の効果も出ていなかったはず。
これまでの行動に、研究の穴。
要するに意外性があるものと言えば、彼女たち複数の吸血鬼の体液の接種、はたま交わることか。
どちらが正しいかはわからないが、研究では絶対に出ない答えだ。
興味深いがそれ以上に湧き上がる気持ちがあった。
彼女たちと永遠に一緒に居られる。
心に残っていた靄。
自分だけ老いて、彼女たちに置いて行かれる恐怖が少しだけあったが、これで一緒に居られる。
急いで報告に行こう。
報告後、みんなでパーティをしたのを覚えている。
あんなにうれしいことが今まであっただろうか。
――――――――
それから数日経ったある日。
もちろん、抜け出すときは、いつも尾行や偵察には細心の注意を払っていた。
頻度は…たしかにそこそこ多かったが、対策は完璧のはずだった。
第一、世界に10人しかいない神級魔法使いの内の1人なのだ。
底辺偵察兵など目ではない。
はずだった。
外出先をつけていたのは残り9人の神級魔法使いだった。
彼女たちの家に着くまで数キロと言ったところで気配に気が付く。
ほんの少し漏れた殺気に。
「にげろ!!!!!!!!!!!!!」
本気で叫ぶ。
その叫びは大気を震わせ、周囲が激しく揺れた。
魔力を込めたその叫びはきっと彼女たちに届いたはず。
目の前に9人の魔法使いが一瞬で現れた。
「やぁメルキオール」
「―――どうも、ソーサレス」
「第一位の君がこそこそと何かと思えば、今の魔力を込めた叫びは何かな?」
純白の緻密な魔法が編み込まれたローブを纏う、神級第二位ソーサレスはそう問う。
「うーん。叫びたくなっただけですよ、ストレスの発散ってやつですね」
「君はストレスをため込むたちではないだろう」
「みんなストレスは密かにためているのさ」
「そうか、ではその後ろのはなんだ?」
「――は?」
「禁忌を犯しましたね。王のもとへ突き出します。抵抗するなら―首だけで構いません」
そこには吸血鬼6人が居た。
「なんで―――逃げろと…」
「ごめんなさい、ウィスト様、できません」
ウルが今まで見せたことのない険しい顔で、そう返す。
逆の立場だったら、どうだろう。
―――同じことをしたな。
で、あるなら彼女たちは責められない。
この場で出来ることは。
創造魔法を双方に放った。
魔法使いたちには、全力で創造した無数の剣を絶え間なく浴びせる。
「く…さすがか…」
魔法使いたちは、各々の魔法で防御、回避をしている。
彼女たちには、無数の柱を突き出して吹き飛ばす。
「だめ…ウィスト様」
「大丈夫、必ず会えるから、愛しているよ―」
6人とも瞳に涙が。
だがこれでいいのだ。
これが最善だ。
「逃げなさい。僕は生き続ける。みんなで助け合うんだよ。だからいつかきっと」
6人をはるか彼方へ飛ばす。
さぁ、ここからどうするか。
「どう言い訳します?」
「全力で抵抗しようかな」
「ですか――」
「あぁ―」
戦闘が開始する。
創造と気配魔法を行使して、9人の神級魔法使いと渡り合う。
属性魔法を使いたいが、こちらの極めた分野を知っている奴らは、着用しているローブに各属性結界魔法を編み込んでいた。
とはいえ、全く削れないわけでもないため、属性魔法を多方向から放ち、相手の防御を削る。
そして物理的に攻防ができる創造魔法で防壁や、武器を作って、間合いを保ちながら攻撃を仕掛ける。
今のところ、拮抗している。
神級魔法使いの内、唯一複数の魔法を極めているとはいえ、9人と渡り合うのはかなり厳しい。
9種の魔法、9種の脳。
いくら実力があっても、じりじりと差を埋められる。
数時間経ったところで、2位ソーサレスが極める大気魔法にとらえられた。
彼の魔法は、対象範囲の大気を自在に加圧できる。
ただその魔法は消費魔力が多く、とても乱発が出来る代物ではないため、タイミングをうかがっていたんだろう。
「つぶれろ」
捕らえられた範囲は右足。
一瞬の間に骨は折れ、血が噴き出す。
全く原形が無くなった、それ。
だが、少しづつ元の形戻っていく。
「な――!?それは…不死…ありえない!!」
「ばれちゃったか…」
足は完治した。
そういえば、ソーサレスやほかのメンツも、不死研究に一枚嚙んでいたっけ。
「―――尚更、回収する必要が出てきましたね」
「捕まったらモルモットかな」
「国のために方法を教えてもらえればすぐに解放されますよ。それは何にも優先される」
「死んでも言わないよ――」
「不死が何を言う!力ずくで回収だ!」
そこから数分がたった。
肉体には問題がないが、連続の魔法の行使で魔力が底をつきかけていた。
「さすがは一位です。よく持ちこたえました。ですが動きが大分鈍ってますよ」
「じゃあ9対1をやめてくれないか」
「はい、と言うとでも?」
「だよね」
少し距離をって息を整えようと考えた一瞬の気の緩み。
「いまだ!作戦Ωだ!!」
2位のソーサレスが何かの合図をかける。
9人はこちらを中心として陣形を組んだ。
「あなたと言えど、これは耐えられないでしょう?」
「なにを――」
『永久封印エターナルシールド—発動』
同時詠唱。
その魔法は、本来人や単純な吸血鬼に使われるように開発されたものではない。
対真祖用魔法。
太陽を克服した、正真正銘の不死身の吸血鬼の王族。
その真祖を制する唯一の手段として開発された魔法だ。
ああ、こんなことなら封印魔法を研究すればよかった。
走馬灯。
彼女たちと過ごした思い出がよみがえる。
「くそ―――が――――………」
「おしまいです。さようなら。第一位メルキオール」
体は十字架に固定され杭が刺さっていく。
それから外界の様子はわからなくなった。
刹那の瞬間、防御魔法を発動した。
しかし、間に合うはずはない。
封印魔法から逃れることができたのは脳のみ。
100万年の永遠とも思える永い時の中、閉ざされた肉体、そして五感。
保護した脳内での魔法式の研鑽、開発、修行――――――それが唯一許された行為だった。
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