6 二つの病室


 目が覚めたアルは、小さな病室にいた。


苦労して起き上がる。自分の他には誰もいない。

さっぱりだ。何も覚えていない。

不思議に思いながらベッドから這いだし、後ろを振り返った。古びた扉を発見した。

「どうして病院なんかに?」

 とりあえず外へ出ようとしてドアノブを引いた。しかし予想に反して扉は開かなかった。どうやら鍵がかかっているようだ。何度ガチャガチャやってみても開きはしない。


 アルはベッドに戻って大の字に寝そべった。シーツのパサパサした感触が肌に合わない。静かすぎて耳鳴りがしてくる。何もない、虚しい時間が流れる。父はどうしているだろうという思いと、空腹感が同時に襲ってくる。

 その時。

アルが起き上がって返事をしようとする前に、扉はガチャリと開いた。

怖い顔をした村民が、20人ほどゾロゾロと入ってきた。村民たちはベッドの前まで来ると、重い表情でアルを見下ろした。

「目が覚めてすぐのところ悪いんだが、ひとつ穏便に話し合わないか?」

先頭で腕を組んでいる、屈強な男がアルに言う。

 


 その頃、シュラは別の病室で寝こんでいた。傍らにアステルが座っている。アステルの後ろから村民達が、固唾を飲んで見守っている。みんな不安げな表情である。

「シュラ様は大丈夫ですか?」

村民の一人が尋ねた。

 アステルも様々なことに対して混乱していたのだが、それでも民への気遣いは崩さなかった。安心させるように微笑む。

「大丈夫だ。少し疲れていらっしゃるのだ。なんと言っても、豊祭が終わったすぐだったのだから」

影のことは口にしたくなかった。しかしまた一人が尋ね、口にするしかない状況に陥った。

「あの黒い影は、何者だったのでしょう?恐れながら、アステル様の息子さんが黒い何かに包まれて現れたように見えたのですが・・・」

すると、「そうだ」という相槌が村民達の間で広がっていく。アステルは声に少しだけ怒りをあらわにした。

「アルが悪者だというのか?」

村民は焦った様に否定した。ざわめきは一瞬で消え去るが、アステルとてわかっている。自分の目で見たのだ。あの黒い影がアルと無関係ではない。そしてもっと辛いことに、『器』がない為に、アルは人々に不信がられているのだ。

 大丈夫だからと言って村民を帰らせると、アステルはシュラに向きなおった。思いだす。


 影との戦いが終わってシュラが倒れてすぐ、彼を抱き起こしたアステルは、囁きを聞いた。シュラのか細い吐息が、何かを賢明に伝えようとしていた。

「わしが使った魔法は、神を……」

その言葉の後、シュラは気を失ってしまったのだ。


アステルは眠り続けるシュラにもう一度目を向け、問う。

「あのお言葉は、一体何を意味していらっしゃたのですか」

返事は、なかった。

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