7 居場所


アルは村民達の説明を素直に聞いていたが、途中から理解が追いつかなくなった。

「僕が、黒い影になった?どういうこと?」

「とぼけるんじゃない。お前、一体何をしようとしていたんだ?」

「正直に答えないと、痛い目見るよ」

他の村民達が続々と自分の『器』を手にし、こちらに向ける光景は、アルの胸に痛みをもたらした。

「僕が『器』を持っていないから、信じてもらえないの?」

すると男は意地悪い笑みで言った。

「『器』がない人間なんて怪しすぎる」

村民達はひそひそと囁き始める。

「アステルさんの息子だから何も言わなかったが、俺はおかしいと思っていたんだ」

「それにあの、気味の悪いあざ。目の形だなんて悍ましい」

アルは真っ赤になった。目のあざだけは何一つ変わらないまま同じ位置にある。昔から、そうだった。脳内をたくさんの言葉が巡りだす。幼い頃から、理不尽にぶつけられてきた言葉の数々が、胸を貪ってくる。

『どうしてあの子だけなのだろう』

『アステル様がお可哀想、なんのための後継なのやら』

『あまり関わらない方がいい』


「どうして生まれてきたのだろうね」


どくんと心臓が動いた。自分だけが違うという虚しさに、ごちゃごちゃした感情に支配される。支配される瞬間、惨めでたまらなくなる。


 気がつくと、アルは村民達を思いきり突き飛ばし、逃げていた。



「待てぇぇ!」

病院の廊下に足音が何重にもなって響く。アルは一心不乱に走り続ける。病院を出ると、灰色の濁った空が目前に現れた。まるで自分だと思った。

「出ていけ!」

後ろを振り返る。恐ろしい目つきをした群衆が距離を詰めてきている。アルはぐっと唇を噛んだ。怖くて仕方がなかった。

村の門が見える。その先は白い霧が充満していて何もわからない。ここを通り過ぎた外の世界を、アルは何一つ知らない。

とはいえ、もはやここには、いられない。アルは駆けだした。門を、超える。群衆は足を止め、一人の異質な少年の背中をただ見つめる。

 アルの身体は白いもやの中に入り、完全に見えなくなった。



拳が頬を打つ音が響いた。アステルと群衆が門の前で向き合っていた。

「自分達のしたことがわかっているのか!?」

虎が咆哮を上げるような怒号を浴びせる。村民達は、未だかつて見たことのないアステルの怒りに怯えた。

「門の先は崖になっているんだぞ!』

アステルは白いもやを指さす。その指先は、震えていた。

炎の村は高地にある。白いもやを取り除けばそこにあるのは、何十メートルも下に続く空だ。群衆は皆、言い訳もできずに俯いた。

「もういい、後で覚えておくことだ」

口笛を吹くと村の奥から愛馬ウイルが走ってきた。真っ白な毛並みとサファイア色の瞳が美しい雌馬だ。跨ると、アステルは馬と共に出発した。村の門の直前で立ち止まる。

目線を下げる。白い霧で濁っている。あまりの霧の深さに、恐ろしい想像が流れる。それを無理矢理かき消した。

「あきらめないぞ、どこまでも駆けてお前を見つけてみせる」

息子はまだ生きているのだと信じたいだけなのかもしれない。それでもアステルは、異様な力に突き動かされるようにして、垂直な崖を馬に乗って駆け降りていった。その姿は、竜が霧の中を降っていくかのようだった。

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