第5話 合宿


新しい高校に来て、

弓道部に入部して

一月が経とうとしていた。



寮生活は、週末以外は

勉強と寝るだけでクタクタだけど、

すごく快適で毎日楽しい



マネージャー業は、

唯ちゃんに色々教えてもらいながら、

お仕事以外の弓道の勉強は

本を読んだり、見て聞いて

前よりわかってきている





週末はお姉ちゃんのマンションに戻り、

買い物に行ったりと

家族の時間も過ごしながら

少しずつ料理や家事も学んだ



「ねぇ、お姉ちゃん‥

 私髪の毛短く切ったら変かな?」



長い髪が嫌なわけじゃないんだけど、

やっぱり髪色が派手だから、

短い方が目立たなくていい気がしていた。



放置しすぎて

胸下まで伸びてたなんて‥‥

女子力に欠けるし、上手に結んだり

出来ない



葵君が私の髪に触れると、

その度に周りの人たちが騒ぐから、

私はいまだに慣れないでいる。



『朔は可愛いから短いのも似合うよ。

 じゃあ明日一緒に行く?

 私もちょうど切りたかったから。』



「ほんと?‥‥じゃあ切ろうかな。

 なんか変わりたくて‥‥。」



ソファの背もたれから

キッチンにいるお姉ちゃんの方を向くと

何故か思いっきり笑われた



『良かった‥‥朔は楽しいんだね。

 お姉ちゃん嬉しいよ、また

 朔が笑ったりしたいこと

 こうして教えてくれて。』



「‥‥ごめんなさい。

 お姉ちゃんには一番不安定な時に

 側で支えてもらったから‥‥。

 ありがとう、もう私大丈夫だから。」



次の日



お姉ちゃんの行きつけの美容院に行き、

胸下まであった長い髪を肩まで切り、

部活の時はギリギリ結べるくらいに

してもらった。



『朔すごくいいよ。

 首が見える方がスタイル良く見えるし

 可愛いくなった。』



「そうかな‥‥すごく軽くて

 久しぶりに変えられて嬉しい。」



前髪は小さい時から使ってなくて

ずっとワンレングスできたけど、

スタイリストさんにすすめられて

前髪も作ってみたのだ。



今の髪型が嫌じゃなかったけれど、

新しい環境でスタートしたかったんだ‥‥



みんなに出会えて、

昔の自分とサヨナラしたような

そんな私になりたかったから。



「そうだ、お姉ちゃん、来週の三連休

 弓道部の合宿だから、足りない物

 ついでに買ってもいい?」



『ん、いいよ。

 服や下着も見にいこっか。

 好きな人出来たりしたら朔にも

 これから必要だから』



「えっ!?‥‥まだそんな人いないよ‥‥

 優しくしてくれる子はいるけど」



『へぇ‥‥お姉ちゃん楽しみだな。

 朔がいつか彼氏連れて来てくれるの。』



ドキン



なんでここで頭の中に

葵君が浮かんだのか分からないけど、

いつも私のこと気にかけてくれるから?




第一に葵君はすごく優しいけど、

私に対してそういうんじゃないと思う。



今まで私も何度か告白されたことが

ないわけじゃないけど、

この見た目が珍しいから遊んでそうとか、

経験ありそう、落とすの簡単そうとか

そういう目的で近づく人が多くて、

自分から本当に心から好きになったことは

まだないのだ。



苦い思い出があるからこそ、

まずは新しい学校や部活に慣れて、

家族を安心させることが私の目標。



‥‥でもいつか唯ちゃんみたいに

誰かに恋してみたいと思ってる。



『じゃあ着替え終わったら

 準備して10時にここに集合な。

 マネージャーは食料の調達と

 掃除など頼む。荷物は一年生も

 運ぶの手伝うように。』



顧問の浅尾先生は、

段を持つ師範も務めていて、

学校では古文を教えてくださっている

優しい先生だ。



『じゃあ各自、部屋割りに沿って

 荷物を置いてから、

 道場の掃除や的の準備をするように。』



『はい!!』



三年生が引退された今は

部長が佐伯君、副部長が葵君だ。




今日は学校内での合宿ではなく、

都内から一時間ほどの

合宿所に来ている。



緑も多くて、風も気持ちがいい場所で、

合宿所の側には広い公園と宿泊施設も

隣接されているのだ。



『朔ちゃん、じゃあ私たちも

 買い出し行ってお昼ご飯の準備だね。

 先にお米だけ炊いていこう』



「うん、初めてだから

 唯ちゃんよろしくお願いします。」



毎年、六月と十月の年に二回

弓道部はここで合宿があるらしく、

唯ちゃんは勝手がよく分かってる。



よし、私も

部員さんが過ごしやすいように頑張ろう。



来る時に重たいお米や、大量の水などは

持って来ていたので、まずはそれを

調理場へ運ぶことからスタートだ。



一年生と二年生を合わせてちょうど十名。

前までは三年生もいたから、

唯ちゃん一人だと

相当大変だったと思う。



『朔先輩ーー!俺運びますよ!』



十二キロのお水を運ぶのも

のそのそと苦労していると、

一年生の達志(たつし)君達が

向こうから手伝いに来てくれた。



一年生にして次の団体戦のメンバーに

選ばれている達志君は、体は葵君達より

細いけど、弓を引く力強さはあるから、

ヒョイっと重たい水を簡単に持ち上げて見せる



『ありがとう、達志君。助かります』



『やだなぁ、先輩。どうです?惚れますか?』



ふふ‥‥

達志君って弟みたいで可愛い‥‥



背こそ私より少し大きいけれど、

華奢な達志君はやっぱり男の子で、

軽々と私が持っていた物を奪うと

スタスタと友達と歩いて行ってしまう



まだ緊張するけど、他の部員さんとも

少しずつ話せるようになって

みんなこうして優しく私に

声をかけてくれるから嬉しい‥‥



そんな一年生の姿を眺めていると、

遠くに葵君が見えたから

小さく手を振ってみた



えっ?



あれ‥‥おかしいな‥‥



絶対目があったと思ったんだけど

気のせいだった?



行き場のない手を寂しくおろして戻すと

葵君の後ろ姿を見て何故か切なくなった。




月曜日の日、

髪の毛を切って登校した私に、

佐伯君と唯ちゃんは触れてくれたのに、

葵君は何も言ってくれなかった。



可愛いとか言ってもらえなくても、

20センチも切ったし、葵君なら

何か言ってくれるって期待してたんだよね。




やっぱり長い方が良かったのかな‥‥

そんなことでさえ落ち込んでしまう



あれから、なんとなく

葵君が私に近づくことが減った気もするし、

一緒にはいるんだけど前とは違って

頭を撫でたらとかしなくなった。



肩上まで切った髪の毛を触ると

少し後悔した気分になって泣きそうになる。



ダメだ‥‥

こんなこと考えず今は頑張らないと‥‥



荷物を何往復かして運ぶと、

唯ちゃん達とスーパーに買い出しに行き

お昼はおにぎりを30個近くと豚汁を作った。



『これみんなで食べてね。』



毎年合宿に来る生徒に、

近所の方々から差し入れもあり

大きなスイカやアイスキャンディーに

みんな大喜びだった。




日程で作る料理は予め目を通してたから、

週末家でお姉ちゃんに作り方とかを

本当に習ってて良かった‥‥



料理はできなくはないけど、

ママに任せっぱなしだったから、

これを機にレシピ増やせたらいいな‥‥‥



午後は、

みんなが寝るお布団にカバーをかけてから、

お風呂掃除をしてからお湯を溜めて、

また夕食のカレーとサラダを作ったりと

マネージャー業はやっぱりハードだ。




「はぁ‥‥ちょっと休憩」



『朔ちゃんお疲れ様、大丈夫?

 明日は買い出し行かないから

 もう少し落ち着くよ。』



「唯ちゃん尊敬する‥‥。

 これは一人じゃ無理だよ‥」



『ほんとだよね。去年は赤尾先生の奥さんが

 お手伝いに来てくれたから

 今年は来られなくて残念だけど、

 朔ちゃん居てくれて助かるし楽しい。

 休憩今のうちにしておいてね。』



唯ちゃんには申し訳なかったけど、

休まずずっと動いてたから

ちょっとだけ休憩させて

貰うことにした。



大変だけどなんか楽しい‥‥





ここに今いなかったら、

もしかしたらあのまま部屋に

閉じこもってたかもしれない。



今日も色々用意しながらも、

弦音や的に当たる矢のいい音を聞けて、

みんなが頑張ってる姿が見れてるから。



葵君と話せてないことが

寂しいけど、今は大会前の

大事な合宿だから、

終わったらまた沢山話したいな‥‥



『あ、朔先輩、ここにいた。』



明るい声に振り向くと、

お風呂上がりの一年生が、

食堂に向かうところだった。



もうそんな時間なんだ‥

いけない‥‥

夕食の準備手伝いに行かないと‥



自販機前のソファから

立ちあがろうとしたら

一気に目の前が暗くなり

その場に座り込んでしまった



‥‥あれ?

‥視界が回る‥‥貧血‥?



『朔先輩?朔先輩!大丈夫ですか!?』



達志君達の声が聞こえるから

立ちたいのに力が入らない。



どうしよう‥‥



『朔、大丈夫だから掴まれ』



‥‥葵‥君?

あれ‥‥気のせいかな。

‥久しぶりに葵君が朔って呼んで

触れてくれている気がする



なんだろう‥‥

すごく安心して‥‥あったかい。



「‥葵‥く‥」



ふわっと身体が宙に舞うと

私はそのまま意識が飛んでしまった。







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