第6話 温もり


‥‥‥あれ


‥‥‥私‥何してるんだろ。



ゆっくりと目を開いてから左右を見渡すと、

私の荷物が目に入り

合宿所の女子部屋なのだと気付いた



‥‥確かわたし‥休憩してて



『朔‥‥目覚めた?』



あまりにも静かだったので、

誰もいないと思っていた私は

ゆっくりと体を起こした。



「葵‥君‥‥

 ごめんなさい‥‥

 みんなに迷惑かけてしまいました。」



さっき立ち上がれなくなったことも

ちゃんと覚えてるし、

葵君が来てくれたことも覚えてる



マネージャー頑張るって

あれだけ言い張ったのに

全然ダメだ‥‥わたし



『無理して疲れが出ただけだよ、

 さっき少し熱があったから仕方ない。』



「‥熱?‥‥それなら尚更

 自己管理不足だね‥‥ほんと‥ごめっ」



泣きたくなるのを抑えたくて

片手で口を覆って俯く



泣いたって仕方ないけど、

ちゃんと頑張りたかった。



背中押してくれた両親やお姉ちゃん、

それに楽しさを教えてくれた

葵君達のためにも‥‥なのに



『朔‥こっち向いて。』



多分私すごい顔になってる‥


嗚咽を抑える為に手はそのままだけど、

両目からどうしようもなく

悔し涙が溢れてきてしまう



小さく左右に首を振ると、

目の前に座った葵君が

優しく私を両腕で包み込んだ‥



『みんな朔が頑張ってること

 知ってるに決まってるだろ?

 朝早く来てみんなの弓道衣を畳んだり、

 空いた時間に一生懸命、本を読んで

 弓道のことノートにまとめてること、

 みんな言わないけど、朔のこと

 マネージャーとして認めてるから

 今日だって声かけしてくれただろ?』



葵君の腕の中が暖かくて

抱き締める腕が優しくて

私の涙を受け止めてくれている



『俺も声かけようと思ってたけど、

 あんまり側にいると、

 頑張り始めた朔の邪魔になるから

 見守ってた。』



葵君‥‥


あんまり話せてないって思ってたのは

私の為だったの?

無視されたと思ってたのは

他の子達と馴染めるように?



想像してなかった以上の優しさに

自分のことしか考えれてなくて

恥ずかしくなる



みんなちゃんと側で助けてくれてたのに。



唯ちゃんだって大変なのに

私のことすごく気遣ってくれた。



本当にここに来てよかった‥‥




いつまでもくっついているのも

申し訳なくて自分から離れると、

葵君が着ていたTシャツで少し乱暴に、

私のグチャグチャな顔を拭いてくれ

ビックリした私を見て声を出して笑った。



『ハハッ‥‥すごい可愛い。』



可愛いって‥‥

絶対泣き過ぎて変な顔になってるし‥



でも久しぶりに葵君とこうして

笑い合えたから私も嬉しくなって

一緒に笑った



『朔、夕食まだだろ?

 食べれそうなら行くぞ。』



「あ、葵君!ちょっと待って」



立ち上がって

部屋の扉を開けようとした葵君の服を

引っ張ると、そっと背中にくっついた。



「‥‥‥いつも側にいてくれてありがとう。」



今の私にはこんなことしか言えないけど、

これからも葵君のそばにいたい。



『朔、意味分かってやってる?』


「えっ?‥‥うわっ!」



振り向いた葵君が腰を抱き寄せると

顔を屈めて鼻と鼻がぶつかりそうになる



さっきあれだけ長く腕の中にいたのに

急に緊張して心臓がどんどん早くなっていく



綺麗で整った葵君の顔


抱きしめてくれる腕


近くに感じる吐息全部に


体が熱を持ち始めた



『‥‥そういう顔他で見せるの禁止な。

 あと髪型可愛い‥‥よく似合ってる。』



ドキン



葵君の手が私の短くなった髪を撫でると

そのままゆっくり顔が近づいてくる



バァン!!



ものすごい音と共に開かれた襖に

驚いて慌てて離れると

そこには佐伯君と唯ちゃんが立っていた。



び、ビックリした‥‥



『葵時間切れ。

 あとは合宿終わってからやれ。

 小早川さん体調大丈夫?』



『秀‥‥覚えとけよ。』


『おお怖い怖い‥‥さ、飯行くぞ。

 八時からミーティングだからな。』



『朔ちゃん大丈夫?

 一時間くらい寝てたけど少しは

 良くなった?』



「うん、唯ちゃんありがとう。

 もう大丈夫だよ。

 心配かけてごめんなさい。」



『目まぐるしい毎日だったから

 朔ちゃん疲れが出たんだよ。

 私は朔ちゃんいて楽しいから

 一緒で嬉しいよ。

 さ、私たちもご飯食べて

 お風呂入っちゃおー。』



唯ちゃん‥‥


私が泣いたこと多分分かってる



みんなのためにも頑張りたいけど、

自分が楽しく頑張れるように

明日からもやっていこう



次の日、大会に向けて

団体戦の練習が始まり、

ご飯を作ったり掃除以外の時間は、

私も唯ちゃんも射場でスコアをつけたり

スマホでみんなの射型などを撮影した。



葵君‥やっぱりすごく綺麗だ



立ち居振る舞いもだけど、

品があるのに力強くていい音が響く



久しぶりにじっくり見れて

嬉しいな‥‥



『沢山食べて大会頑張ってください。』



『『いただきまーす!!』』



夜は学校からの労いで

みんなが大好きなお肉の差し入れがあり

食堂内が一気に盛り上がり、

沢山楽しい思い出が出来た気がする。



ほんといい顔してるなぁ、葵君達

楽しそう‥



練習とは違って楽しそうにしている

みんなを見ると自然にそう思えた。




『朔ちゃんって葵君のことどう思ってるの?』



合宿二日目を終えて

ホッとした私たちは、贅沢にも

広々としたお風呂を今日も二人で

貸し切っている



温泉に行ったことないけど、

こんな広いお風呂に入る機会

なかなかないから、また来るのが

楽しみになってしまう。



「どうって‥‥‥すごく優しいし、

 うーん、側にいて安心する‥。」



お風呂に浸かりながらも

葵君のことはすぐに頭に浮かんできて

色々思い出してしまう



『そうなの?てっきり昨日は

 キスしてるの?って雰囲気だったけど。』



ドキン



‥‥確かに、あの時は勝手に体が動いて、

葵君の背中にくっついてしまったし、

あのまま唯ちゃん達が来なかったら‥‥



『朔ちゃんは恋愛ってしてきた?』



「えっ‥‥うん、好きな人はいたよ。

 でも、あまりいい思い出ないから、

 恋愛に発展するのが怖いのかも‥」



あまり思い出したくないものが

一瞬頭をよぎって私は少し俯いた。



『そっか‥‥朔ちゃんが楽しくて幸せなら

 私は嬉しいから、いい恋できること

 願ってるよ。』



「うん‥‥ありがとう、唯ちゃん。」



本当は、なんとなく自分の気持ちが

どんどん変わってることに気付いてる。



でもまだ前に進む勇気が出ない‥



もっと自分に自信がついたら

変われそうな気がしてるし、

これが本当に恋なのか分かった時は

伝えれるといいな‥‥

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