第4話 変化


『おはよう、朔ちゃん。

 今日も捕まってたね。』



入学して五日目



まだまだ沢山の人からの視線の多さに

リラックスして楽しく

教室まで辿り着けないけれど、

唯ちゃんが毎日声をかけてくれるのが

私の癒しだ。



「おはよう、唯ちゃん。

 この勧誘っていつまで続くのかな‥‥。」



『そうだなぁ‥

 来週末が一応朔ちゃんの

 入部届の締め切りだから、

 それまでは付き纏うと思う‥‥。

 朔ちゃん綺麗だからみんな欲しいと

 思うよ、マドンナ的な?』



マドンナって‥‥

見た目だけじゃないの?



弓道部のマネージャーを

やってみたいって言ったものの、

部活動となると寮へ入らなくては

いけない決まりが運動部はあるから、

今は家族の許可がおりなければ

難しい為、現在保留中のまま。



両親は海外で今事業をしているから

日本にしばらく戻らないし忙しい。



学校を変わることだけでも

心配を沢山かけてるのに、

急いでとも言えないけど、

毎日これが続くと思うと、

早く連絡が欲しいな‥‥




でもこんなにたくさんの部から

勧誘されるなんて思ってなかった。



中には葵君や佐伯君のことを

聞いてくる人も何人かいたから、

改めて彼らの人気を思い知った。



三年生の人達からも葵君は

やっぱり人気なんだと思う。



弓道見ている人の中には

リボンの色が違う

一年生や三年生もいたし‥‥




『おはよう、朔』


「あ、おはよう葵君、佐伯君」


『秀ちゃんおはよう』



朝から部活して来たのかな‥

二人とも相変わらずカッコいいから

みんながまた見てるよ‥‥



まだみんなよそよそしいものの、

挨拶できる子も増えて来たのは

この三人の力が大きい気がする


 

『朔それ何?』



葵君に机の上に置いてあった何枚もの

部活の勧誘である紙を纏めて取られると、

少し険しい顔をしたあとこちらを見た。



『‥‥他にももらってる?』


「えっ?ううん‥それだけ。」


『これ登録してないよな?』



私だけじゃなく、佐伯君と唯ちゃんも

一緒に見せられた紙をよく見る。



‥‥あ

これって電話番号とアドレス?



ちゃんと見てなかったから

そんなのが沢山書いてあることにも

気づいてなかった‥‥



『へぇ‥小早川さん人気者だね。

 葵?これほっとくと大変だぞ?』



『はぁ‥‥朔スマホある?

 俺と唯と‥‥‥佐伯のは別にいいけど

 登録して。何かあると困るから。』


『おい、なんで俺だけ変な間があるんだよ!』



「あ、うん‥ありがとう。

 あのね葵君‥‥私それが書いてあること

 言われるまで知らなかったよ。

 だって他の部活より

 葵君の弓道が私は見たいから」



『‥‥‥』


『‥‥朔ちゃんって天然?』


『あれー葵、なんか赤くない?』



あれ‥‥?

私変なこと言った‥かな‥‥



初めて見た時から

葵君の弓引く姿が綺麗で

ずっと見ていたいって思えてる。




目の前では、葵君が佐伯君と

じゃれあってて、唯ちゃんは

何故か葵君の頭を撫でている



『やめろって!

 朔‥‥今日も部活見に来る?』


ドクン



「う‥‥うん。」



からかう佐伯君を押し退けて来た

葵君が耳元でそっと囁いたから

私は小さな声でそう答えた。




授業が終わってから

帰る準備をしていたら

スマホのバイブが鳴り、

私はその相手に立ち上がり

すぐさまベランダに出て

通話ボタンを押した。



「もしもし!」



『(朔、元気か?

 連絡遅くなってすまない。

 プロジェクトが始まって

 バタバタしてたからごめんな。)』



久しぶりのお父さんの声に

なんだかとても安心してしまう



「大丈夫だよ‥お父さんこそ

 体壊しちゃダメだよ?

 もう若くないんだからママと

 仲良くいてね?」



『(朔は優しいね。

 寮のこと聞いたよ。お姉ちゃんにも

 伝えたけど、朔が楽しめるなら

 お父さんもお母さんも止めないから

 やりたいことやってごらん。

 書類はお姉ちゃんにお願いしてあるから。

 そうだ‥‥朔?)』



「ん‥‥なに?お父さん。」



『(今は楽しいか?)』



優しいお父さんの声でも涙が出るのに、

私のことを大切に、

遠くから応援してくれてることが

電話でもじゅうぶん伝わる‥‥



「すごく楽しい‥‥。

 あのね、素敵なお友達ができたんだ。

 だから大丈夫だよ、心配しないで。」



数ヶ月前は、

食事も食べれない日もあり、

眠れない日も多かった。



そんな時でも、家族はいつも

抱きしめてくれたあったかい存在で

すごく助けられたから、

これからは楽しんでる姿を沢山見せたい。



電話を切った後

空を見上げて、遠くにいる家族に

想いを届ける



お父さん、お母さん

本当にありがとう‥

私頑張るから見ててね。




あれから、

顧問の先生に入部届と入寮届けを提出して、

週末はお姉ちゃんと荷物を纏めて

寮に行く準備をしていた。



こんなに自分が行動力があるとは

思っても見なかったけど、

初めて自分でやりたいって思ったことだから、

一生懸命頑張ろうって思える。



『朔、たまには顔出しなさい。

 それとツライ時はいつでも

 帰っておいで。』



お姉ちゃんがここにいなかったら、

今の学校には通えてなかったし、

片親は違っても家族だし、

なんでも話せる友達のような

大切な存在だ



七つも離れてるけど、

働きながら私を受け入れてくれて

本当に感謝してる‥



「お姉ちゃん、ありがとう。」



日曜日、

無事にプチ引っ越しが完了した私は、

部屋に来た唯ちゃんと片付けをしながら

話していた。



寮は主に運動部の生徒が殆どで、

生徒数が多い為、五階建ての

立派な建物だった。



入り口を入って正面が大きな食堂


左は男子棟


右が女子棟



一階に男女それぞれ左右に広い浴室と

ミーティング部屋や談話室があり、

二階から上が寮になっている。



「唯ちゃんと同じ階で良かった。

 てっきり相部屋だと思ってたから

 一人部屋だったんだね。」



『部屋は狭めだけど、

 ちゃんとプライバシーがあるから

 体休まるよ。

 仲良くても一人になる時間も

 大切だからね。』



確かに今までいたところよりは

ちょっと狭いけど、

机とベッドとクローゼット、

備え付けの電子レンジやミニ冷蔵庫もある。



一階に大きなお風呂もあるけど、

部屋にシャワーとトイレがあるのも

とても嬉しい



一人暮らしみたいで少しワクワクするけど

不安がないわけじゃない。



『朔ちゃん、ある程度片付けたら

 秀ちゃん達と外にお昼行かない?

 寮は日曜日のお昼だけ食堂お休みだから。』



「うん、行きたい。」



出かける準備をしてくると

一旦唯ちゃんは部屋に戻ったので

私も荷物をテキパキと並べてから

部屋着を脱いで着替えた。



『唯、小早川さんお待たせ。』



一階のエントランスで

唯ちゃんと待っていた私達のところに、

秀君だけかと思ったら葵君もいて驚いた。



‥それにしても

この二人、

私服でもカッコいいなんてずるい。



唯ちゃんも可愛いし、

もう少しちゃんと服選べば良かった‥‥



『おはよ‥‥今日も可愛い。』



ドクン


可愛いなんて言ってもらえるような

服装じゃないし、髪の毛だって

さっきまで片付けしてたから

左右で緩く編んであるだけだから

少し恥ずかしくて俯く



葵君の方がずっとカッコいいよ‥‥



シンプルなTシャツにハーフパンツ

ソックスにスポーツサンダルと

ラフなのに、モデルさんみたいだ。



『葵、あんまり小早川さんのこと

 困らせんな。じゃあ行こっか。』



四人で前に葵君と行った街へ行き、

ランチをした後、二人はデートの為

そこで別れた。



私たちはと言うと、

私が足りないものを買いたいと言うと

一緒に葵君もつきあってくれている。



「葵君、せっかくのおやすみなのに

 本当にいいの?」



昨日も遅くまで練習してたって

さっき言ってたから

心配になる。



『ん、平気。

 朔と一緒に買い物楽しいから。』



葵君‥‥



まだ出会って一週間くらいなのに、

葵君には沢山話してもらったり

一緒にいてもらって、

すごく助かってる。



何かお礼したいな‥‥



雑貨屋さんなどで色々買った後、

帰る前に葵君がよく行くカフェに

連れて来てもらった。



『朔疲れてない?』


「私は大丈夫、葵君の方が心配。」



『ハハッ‥運動部の体力は

 こんなにやわじゃないから心配いらないよ。

 明日から部活一緒だな‥‥』



冷たいラテを飲みながら、

店内の人たちが、みんな葵君のことを

見てることに気がついた



一応目立たないように

キャップは被ってるけど

髪色と瞳は隠せてないから

一緒にいて大丈夫かな‥‥



『朔?どうかした?』


ドキン



「あ、ううん‥‥葵君やっぱり

 モテるんだなって。

 葵君優しいから甘えちゃってるけど、

 心配になっちゃって‥」



たまたまあそこで初めてあったのが

葵君なだけで、もし違ったら

今もこうして二人でカフェなんかに

来てなかったかもしれない。



そう思うと少し寂しくなる‥‥



『朔は分かってなさすぎ。

 今だって朔のこと見てるやつが

 沢山いるよ。

 それに俺は朔しか見てないから』



えっ?



肘をついてこちらを見る葵君の瞳が

いつもより真っ直ぐに届く



私しか見てない‥‥?



不意に伸びて来た手が、

適当に編んだ三つ編みに触れると

長い指が毛先を触って指に巻きつけ始め、

優しく私に笑いかけて来た



「葵君!みんな見てて恥ずかしいから‥‥」



焦る私と、至って冷静な相手の温度差に

アイスラテを一気に飲み干す。



どうして葵君は私に構うんだろう‥



教室内や、それ以外でも、

葵君に話しかけてる子は多いのに

本当に無表情で冷たい



目の前でこんなに楽しそうに

笑ってるなんて嘘みたいだ



あの後、弓道のこと勉強したくて

本屋に寄り入門書を買ってから

二人でゆっくり学校に向かって

歩いていた。



「葵君、結局こんな時間まで

 付き合わせてごめんね。

 それでね‥‥よかったらこれ

 沢山助けてもらってるからお礼です」



荷物を持ってくれていた葵君から

それを受け取ると、袋の中から

さっき買った物を手渡した。



『‥ありがとう‥開けてもいい?』



「うん、大した物じゃないよ?」



『‥‥あ、タオル?』



案内してくれたり、佐伯君や唯ちゃんに

出会わせてくれたら、

弓道部に誘ってくれたりと、

葵君には感謝してる。



何より葵君のおかげで笑えてるから。



『‥ヤバ‥‥めっちゃ嬉しい。』



「ふふ‥部活で使える物だから

 沢山使ってね。」



『朔、抱きしめてもいい?』



えっ?



返事をする間も無く、

葵君に引き寄せられると

またあの腕の中に

すっぽりと包まれる

 


何にも葵君は話さなかったけど、

腕の中はあったかくて安心したから

私もそっと身を預けた。



「葵君、ありがとう。

 これからもよろしくね。」



『‥‥ん。』









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