第3話 友達



『‥小早川 朔です。

 よろしくお願いします‥‥。』



初めての転校でこんなにもいっせいに

たくさんの視線と共に注目されることに

なるとは思ってもなくて、

正直ここから逃げ出したいような

気持ちでいっぱいの教室内



ザワザワと落ち着かない生徒に

どこを見ればいいか分からず俯いてしまう



昨日も葵君とここに居たのに

沢山の人がいると雰囲気が全然違う‥‥‥




『小早川さん、あそこの一番後ろの

 空いてる席に座ってちょうだい。』



「あ、はい‥」



みんなの視線を受けながらも

机と机の間を歩いて行き

言われた席に静かに腰掛けた



この髪の毛は派手だからおろすと目立つので

髪の毛をポニーテールにして来たけど

意味なかったかな‥‥‥



どうしても今までのトラウマからか、

小さなことでも気にしてしまう



『はい、みんな静かにして。

 小早川さんはご家族に

 外国籍の方がいますが、今までも日本で

 皆さんと同じように暮らしていたので、

 わからないことは助け合っていくように。』



先生‥‥‥



まさか事前にこんなことまで

先生から説明してくれるなんて

思っても見なかったから嬉しくもあり

少しだけ力が抜けてホッとした。



こんな大きい学校のせいもあるけど、

ましてや私立ともなると今までとは

人への扱い方が丁寧な気がする




お父さんは日本人。

お母さんと祖母はイギリス

祖父はロシア国籍だ。



お姉ちゃんと見た目が違うのは、

今の私の母とは違う人との子供だからなのだ。



お父さんとしか私達は同じ血が

繋がっていないけど、お姉ちゃんは

昔から優しくて見た目とか関係なく

私のことを大切にしてくれる



事情があって父が姉の母と離婚したあとの

再婚相手が私の母でもあるイギリス人だから、

私だけがこの見た目になった。



何回も周りに見た目の事聞かれるのがずっと

小さい時からしんどかったから、

先生の優しさにかなり感謝してしまう



昨日やっぱり学校に挨拶に来ておいて

良かったのかもしれない。



その時も先生が安心しておいでと

言ってくれていたから。



こんな変な時期に、親の転勤とかでもなく

公立から転校してきた来た生徒だから

それなりに事情もあるってことが

伝わってないといいな‥‥




ホームルームが始まると

少しだけ落ち着いて周りが見えて来た私は

窓際の真ん中あたりにいた彼の姿を

ようやく見つけた



ふふ‥‥

葵君は背が高いから座ってても目立つ‥‥



サラサラな黒髪は

センターで分かれて少しだけ長めで、

昨日の印象とは違って

雰囲気も大人っぽくて少しだけ

遠い存在にさえ思えてしまう。



偶然だったけど、葵君とのあの時間は

楽しかったな‥‥‥



少し話せただけだけど、

ここが全く知らない

場所じゃない気がしてるのは

葵君の存在のおかげだ‥‥



『今日はこれで終わりです。

 各委員会や部活などがない人は

 速やかに下校するように。』




『起立ー、礼』



チャイムの音と共にホームルームが終わり

一斉に教室内がザワツキ始め、

外の廊下からも賑やかな声が聞こえてくる



まずは早くこの場所に慣れるように、

頑張りすぎず頑張ろう‥‥





『朔、おはよう。

 ハハッ‥今日の髪型も可愛い。

 よく似合ってるよ‥‥』



えっ?



さっきまでザワツイていた室内が

嘘かのように一気にシーンとなり

目の前に立つ相手と視線がぶつかる



‥‥‥葵君?




いつのまにか前の席の人が

いなくなり、葵君がそこに座ると

手を伸ばし私のポニーテールの先を

指に巻きつけ触ってきた



「あの、葵く‥」

『『キャーーー!!!』』



ビクッ!!



教室内に悲鳴のようなものが一斉に響きわたり

両手で思わず耳を塞いで肩を丸めてしまう



な、何!?



突然何が起こったかわからなずパニックな私と

表情一つ変えずに私の髪の毛先を

指に巻き付けて遊んでいる葵君



『佐藤君が笑ってる!!』

『えっ!?何どうして!?』

『笑った顔ヤバい‥可愛いんだけど!!』

『しかも今、朔って

 名前で呼んだ気がするんだけど!?』

『マジかよ‥‥嘘だろ!?』



よく分かってなかったけど、

様々な声が聞こえて来てなんとなく察した



この人‥‥やっぱり

すごく人気がある人なんじゃないかと‥‥



これだけ整った容姿を見れば

私だって納得するし、素敵だと思う



でも‥‥‥どうしよう

人もどんどん増えてきてとりあえず

今すぐにでもここから逃げたい。



『朔?』

「あ、あの!!そう言えば私

 職員室に呼ばれてたから行かなきゃ。

 ごめんね、あお‥‥‥佐藤君」



あまり注目されるのは好きじゃない‥‥



小さい時から

この見た目でいじめられたこともあるし、

この前あったことだって‥‥



葵君から離れて勢いよく立ち上がると、

私は俯いたまま教室を飛び出した。




葵君、変に思ったかな‥‥‥



せっかく声かけてくれたのに

嫌な思いさせちゃったかもしれない




それにどうしよう‥

鞄を席に置いて来ちゃったよ‥‥



何処かに隠れてて

みんな帰ったくらいに戻ろうかな‥‥



たくさんの視線を受けて走りながら

色々な事が頭を駆け回る



『待って、朔!!』



ビクッ!!



階段を降りようとした私の腕が

その先に行かせないというかのように

後ろに引き寄せられていく



『‥ハァ‥‥‥なんで逃げんの?

 ほんとは呼ばれてなんかないだろ?』



ドクン



ドクドクと心臓の音だけが大きくなり、

背中に触れる葵君の体からは

息を整えるかのように上下に軽く揺れるのが

伝わってきてしまう



「‥‥私ただでさえ見た目が派手で

 目立つから‥その‥‥葵君に

 迷惑かかるの嫌だなって‥」



下校する人達が私達を見てヒソヒソ話したり、

通り過ぎながら横目で見てきたりするのに

耐えられず、思い切り俯く。



なんで追いかけて来るの‥‥‥


こんな階段の踊り場で動けず

どうしていいか分からないよ‥



この手を振り払うべきなのに、

周りの視線が怖くて俯いたまま

顔が上げられない。




「うわっ!!」



その時力強く引き寄せられ

私はすっぽりと後ろから葵君の腕の中に

閉じ込められた。




「ちょっ‥‥葵くん!!」


『‥‥そんなの大丈夫。

 俺がいつでも隠すし朔のこと守るから。』



ドクン



耳元で響く低音に一瞬体が震える。



周りでは先ほどよりも大きな悲鳴や

ヒソヒソ話が聞こえるけれど、

手を引かれて来た道を歩く私は

大きな掌から伝わる葵君の体温しか

今は感じられない



守るって‥‥どういうこと?



後も振り返らず、周りの視線気にせず

スタスタ歩く葵くんの気持ちがよく

分からない‥‥



ガラッ



もう一度教室に戻ると、

さっきよりは少ないけど生徒が残っていて、

廊下からも覗くように

こちらに視線を送る人達が気になってしまう




『お、帰ってきたな。

 小早川さん大事な用事は済んだ?』



「えっ?‥‥あ、はい‥‥」



葵君と同じくらい背の高い男性がニコリと

笑って見せるとすごく優しそうで、

葵君と並ぶと二人ともすごく絵になる



『朔、秀は俺の友達だから大丈夫。』



『大丈夫って‥酷い言い方だな。

 小早川さん、はじめまして。

 佐伯 秀 (さえき しゅう)です。

 それと、後ろに隠れてるのが

 彼女の唯 (ゆい)。』



えっ?



隠れてることにも気づかなかったけど、

佐伯君の後ろからひょこっと顔を出した

小さな彼女が真っ赤な顔をして

ペコリと頭を下げて来た。



‥‥‥すごく‥可愛い子だ。



165センチもある私とは違って、

佐伯君の彼女さんはとっても小さい‥‥



黒いボブベースの髪もよく似合っていて

素直にとても可愛いと思えたので、

私もペコリと頭を下げて微笑んだ



『うわぁ‥‥‥やっぱり綺麗な人だね。

 ‥‥‥葵君が構うのも納得‥‥

 ね、秀ちゃん。そう思わない?』



『ん?‥‥だな?

 葵、お前あれはお前が悪いぞ?

 いきなり近づいたと思ったら

 髪の毛触って微笑めば女子も騒ぐわ。

 小早川さんビックリしたよね?』



「あ、いえ‥‥‥えっと‥‥少しだけ」



葵君と佐伯君、それに唯さんが私に気を使わず

普通に話してるのを見てたら、

なんか肩の力が抜けてきた。



もっと自分の容姿を特別視されるのか

不安になってたのに、

三人ともすごく普通に話してくれる



葵君の周りにいる人は

みんな柔らかい空気感が伝わってくる‥‥




『朔?どうかした?』


「えっ‥‥あ‥ううん、

 あの‥ありがとう‥‥葵君』



覗き込んできた葵君に笑顔で

そう伝えると、葵君の綺麗な顔も

優しく微笑んでくれて、それを見た

目の前の佐伯君と唯さんも

笑ってくれてすごく安心した




『朔ちゃんって呼んでもいい?

 私は春野 唯。

 そのままだけどよかったら

 唯って呼んでね。』



「うん、ありがとう唯ちゃん」



あの後歩いて帰ろうとした私は誘われて

四人で昨日訪れた弓道場にまた来ていた。



昨日は二人きりだった場所も

今日は他の部員さんも少しいたので

唯ちゃんと隅っこに座って色々話していた。



佐伯君も弓道部で、

背の高い二人が袴姿で並ぶと本当に素敵だ。



『昨日二人にそんなことがあったのね‥‥。

 葵君が女の子に自分から寄って

 話しかけるの私は初めて見たから、

 みんなも相当驚いたんだと思う‥。

 ほら、葵君はあの見た目だから

 目立つのは仕方ないんだけどね‥。

 普段仲良い人以外にはあまり

 笑わないし目だって合わせない。

 ましてや女子の下の名前を

 呼ぶなんて私でも驚いた。』

 




そうなんだ‥‥

昨日も何度か普通に笑ってくれたし、

最初から朔って呼ばれたから

あまり気にしてなかった



確かに‥‥

葵君はすごくカッコいいと思う。

制服着てても、袴姿もどっちも

似合ってるし。



葵君が矢を放つと

道場の脇から見てる多くの女子達が

みんなキャーーーっと声援を送ってる。




「すごい人なんだね‥葵君は」



美しい姿で矢を放つ葵君と、

昨日覚えたての美しい弦音が綺麗で

ずっとそこから動けなかった



『暑っ‥‥』



何本か打ち終えた後、

私の横に腰を下ろした葵君が

美味しそうにポカリを飲み始める



先に帰った佐伯君達を見送り、

私もそろそろ帰ろうかと思っていた



『朔も飲む?』


「えっ?‥あ‥ううん、大丈夫。

 私水筒に今日

 コーディアル持って来てるから」



小さい時から、

イギリス育ちの祖母がよく作ってくれた

コーディアルが大好きで

水筒を開けると私もそれを飲んだ。



『何それ?

 初めて聞いた。』



「美味しいよ、良かったら飲む?

 ‥‥あ、でもコップないからまた今度」



『いいよ、そのままで。』



ドクン


 

水筒の蓋を

もう一度閉め直そうとしたのに

わたしの手ごと水筒を自分の口に含んだ彼に

心臓が跳ねる



顔の距離も近いから

私は咄嗟に顔を背けた



『‥さっぱりして上手いなこれ‥

 今度また飲ませて。』



「う、うん‥‥また持ってくるね。」



『‥朔‥‥こっち向いて?』



さっき唯ちゃんが言ってたことって

本当なの?



葵君、ものすごく寄ってくるし、

これって普通のことなの?




『耳真っ赤‥‥着替えてくるから

 一緒に帰ろう。』



何故だろう‥‥



急に意識し過ぎて顔が熱い

喉が渇いてるのに、

恥ずかしくて飲めない



すごい人と友達になってしまったのは

私でも分かってる



葵君も、初めてここに来た私に

優しくしてくれてるだけなのに、

嬉しくなる自分も恥ずかしい



制服に着替え終えた葵君と

弓道場を出た時も、

外にいる多くの女子生徒の視線が

私はとても気まずかったのに、

葵君は顔色ひとつ変えずだった



『(俺が隠すよ‥‥)』



そんなこと言ってもらえたのも

勿論初めてだし、

あんな風に抱き締められたのも

初めてだ‥



「葵君は家は近いの?」



『あ‥俺ここの寮に入ってるんだ。

 秀も唯も寮生だよ。

 部活やってるやつは寮生多いから。

 付き合わせたから今日は

 朔のこと送らせて。

 ついでに何処かでお昼食べる?』



葵君達みんな寮生なんだ‥‥

この学校に寮がある事も

知らなかった。



いいな‥‥

学校終わってもすぐそばに

家があるのって。

それに楽しそうだ‥



「私ね‥‥実はまだこの街のこと

 全く分からないんだ。

 迷惑じゃなかったら一緒に行きたい‥」



なんといっても

昨日初めて外に出て、

地図アプリ見ながら帰っただけだから

お店屋さんなんて全く分からない



『‥迷惑なわけないし行こう。』



頭にポンッと置かれた手に

隣を見上げると、葵君は

少しだけ嬉しそうに笑った



街に出た後も

周りからの視線が気になったけど、

葵君がすごく自然体でいてくれたから

カフェでも外でも

思ったより緊張しないでいれた




『そう言えば朔って部活やらないの?』



「部活?‥‥高校入ってからは

 やってなかったよ。どうして?」



『唯さ、弓道部のマネージャーを

 一人でやってるから、

 朔もどうかなって。』



マネージャー‥‥か。



今から何かを始めるのは

二年生も半ばだし中途半端になるけど

マネージャーならみんなと

一緒にいられるかな‥‥



それに葵君の美しい弓道姿も

もっと見たいと思ってる



「私やってみようかな‥‥」



『えっ!?ほんと!?

 ダメ元で言ったから‥‥。

 でも‥‥朔がいたら嬉しい。』



そんなこと言ってもらえると

私も嬉しくなって葵君に向かって

ニコッと微笑む



「あの、家族に相談してからでもいい?

 私‥‥ここに来て不安だったけど

 ‥‥その、葵君の弓引くとこも

 もっと側で見たい‥あっ」




細い道に差し掛かった時に

前から来た車を避けようとしたら

葵君が盾になって、壁との間に挟まれる



まただ‥‥



なんでだろう‥

葵君が近づくと心臓がうるさい



「あ、葵君、ありがとう、

 車もう行ったよ?」



『‥‥ん、知ってる。

 今は朔のこと誰にも見せたくないから』



ドクン



あれから何分そうしてたか分からないけど、

葵君は何も話してくれずで、

私もずっと動けないままだ



「葵君?‥‥」



『‥‥朔といると俺危ないわ。

 さてと、どうしていこうかな‥。』



ん?



ようやく解放されたあとは

また何事もなかったかのように

家まで送ってくれて、

私はベランダに出ると

葵君が見えなくなるまで

その姿を見送った。



なんだろう‥‥

私も葵君といると変なのかもしれない







 







 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る