らっきょの思い出

暗黒後光

らっきょ

 チーバくんのお腹あたりの某町に、「らっきょ」と呼ばれるおじさんがいました。

あだ名はシンプルな髪型と低い背丈に由来するもので、いかつい顔面を除けばみなさんがイメージしているままの容貌だと思います。仮に脳内の「らっきょ」が袈裟でめかし込んでいたら、代わりに薄汚れた薄緑の作業着を着させてください。残念なことに、彼はそれほど良い人ではありませんでしたから。


 「らっきょ」は私が小学生の頃から土木作業員として務めていて、たいていは作業着のままで町に出没していました。子どもの多い公園やスーパーにも現れたので、特徴的な外見が少年たちの心を掴み、「らっきょ」もしくは「はげ」と呼ばれるようになりました。その煽りを食って、同じ髪型をした理科教師も「らっきょ」呼ばわりされるようになり、名付けブームから彼の知名度は高まっていきました。


 その反面、彼のパーソナリティはあまり知られていませんでした。ただ一度だけ、私が小学五年生の頃の夏休みに、「らっきょ」と子どもたちの交流を又聞きしたことがあります。四年生のやんちゃグループがスーパーの付近の広場で遊んでいたところ、カマキリの卵がくっついた木の枝を渡してきたとのことでした。特段オチもなく、ただ「らっきょ」が地域教育的な活動をしただけの話ですが、「マンガ肉みたいだった」という四年生の感想が妙に印象強かったです。


 こんなエピソードもあってか、子どもたちからの「らっきょ」評はまずまずといった次第でしたが、保護者は彼を強く警戒していました。というのも、薬物中毒者だとか、轢き逃げをしたとか、「らっきょ」を取り巻く噂は物騒なものが多かったのです。この時点では単なる流言に過ぎませんが、数年後に彼が逮捕されたという話から考えると、なにかしら根拠のある噂だったのかもしれません。


 このような次第から親の言いつけもあり、子どもたちと「らっきょ」の間は独特の空間で仕切られていました。私たちの「らっきょ」に対する視線は、地元民がチバニアンの地層に向けるそれと似通っていたと思います。


 そんな「らっきょ」も、私が中学生になる頃には影が薄くなっていました。出現頻度は以前と変わらなかったものの、娯楽が増えて視野も広くなった中学生には、退屈な壮年男でしかなかったのでしょう。そして中三になり、私たちが高校受験のために勉強をしていたころには、彼の姿は町のどこにもありませんでした。きっかけが無ければ、小さい頃の思い出の一つとして、そのまま記憶棚のどこかにしまっていたと思います。


 大学三年生の夏休みに、大学近くのアパートから実家へ帰省しました。数日ほど滞在し、家族との談話を楽しんでいましたが、父から聞いた話は衝撃的でした。


「らっきょって覚えてる?あいつ出所して直ぐに死んだよ」


 「らっきょ」は私が中学生の頃に、何らかの罪を犯して逮捕されたとのことでした。父は薬物じゃないかと語っていましたが、今でも確かな情報はありません。


「衝突事故で死んだらしいよ。そこの○○(某コンビニ)の近くで」


 「らっきょ」が死亡していることに驚きつつも、私を動揺させたのは、彼が犯罪者として捕まっていた事実でした。正直なところ、この話は「彼の幽霊を後に見た」といった形でまとめてしまおうと思っていましたが、そのような脚色よりも、彼の実態の方がより恐ろしく感じます。


 私は「らっきょ」の人間性を詳しく知りません。その髪型を揶揄し、それを友だちと共有しただけで、私が一方的に認知していたに過ぎないのです。彼のことは「少年時代の思い出」として頭の片隅にあっただけなのに、父から話を聞いたとき、嫌悪で塗りたくった忌まわしい記憶となりました。今となっては、薬物に手を出した元同級生よりも、性犯罪で捕まった元担任よりも、ずっと悍ましい人間に思えます。

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