天音 心愛の気持ち
抹茶色のマフィンを手渡された瞬間、私の胸がまた高鳴り始めた。またこれだ、昨日から続くこの動悸は、ますます激しさを増す。『どうしてこんなにも苦しいんだ』と、思わず口にしてしまう。
やはり、鈴が近くにいると胸が苦しい。でもこの苦しみは不思議なことに心地いい。
止まらない胸の高鳴りを抑えながら家に帰った私は、暗闇に包まれた自分の部屋に入って、そのままベッドに身を投げる。
私は苦笑いをしながら『昨日もこんな感じだったっけ』と、呟きながら瞼が重くなってるのを感じた。
───新入生代表挨拶、天音 心愛───
「きゃー、天音様よ」
「今日からまた天姫が見れるなんて幸せ!」
今日から高校生になるのになんでこんなにも姦しいのだ。もう少し小羽を見習って欲しい。ほら、小羽がみんなにバレないように手を振ってくれた。代表として呼ばれた私は、小羽にちいさく手を振り返し壇上へ向かう。
退屈だった入学式も終わり、教室へ行くと小羽が誰かと話しているではないか。小羽に擦り寄る輩かと思い、牽制しようと近づく。しかし、その子の顔を見ると初めてみる人物だと気づく。
『あ、すーちゃん紹介するね。今目の前に居るのが、私の小学校からの親友の天音 心愛。あーちゃんだよ』
『...よろしく、うちの小羽と仲良くしてくれてありがとう』
驚いた。小羽は中々人に懐かないのだがこの子にはすごい懐いている。他の人はしらないかもだが、小羽は気に入った子には下の名前かあだ名で呼ぶからだ。
『こちらこそよろしくお願いします。私は中西 鈴っていいます。心愛って名前凄い似合ってて苗字と相まって可愛くて...とりあえず天音さんに凄いぴったり!』
私は思わず固まってしまった。お世辞でも、小羽以外に下の名前を褒めてもらったのは初めてだ。昔から「天音さんって〖心愛〗って感じがしないよね」とか「心愛じゃなくて王子様を連想させる名前だったら解釈一致かも」って、散々言われてきたから、私という存在が初めて認められたような感覚に陥ってしまった。
『名前が似合ってるなんて小羽からしか言われたことがないからビックリしたよ。鈴も鈴みたいな可愛らしい声でいい名前だね』
私は驚いて自己紹介を返せなかったことに気づき、慌てて返事をし、握手を交わした。しかし、その瞬間、鼓動が早くなり、頬が熱くなるのを感じた。私の奥底に眠っていた、初めての感情が湧き上がってくる。
『2人とも、先生きたよ〜』
考え込む。私はこの感情の正体を知ろうと、自分自身に問いかけていた。しかし、そんな私を小羽の声が現実に引き戻した。
先生が来たから席に戻るもこのモヤモヤは晴れない。原因が中西 鈴なのは確かだ。そう確信した私は、とりあえず鈴を観察することに決めた。
『......だめだ』
一日中鈴の表情、仕草を注意深く観察していたが原因は全く分からない。けど、鈴と目が合う度に引き起こされる私の心臓の高鳴りは、本物だった。
自己紹介とテストを終わらせ帰宅時間になると、私は急いで家に帰った。家に着いた私はスマホで〖目が合うと胸がドキドキ なぜ〗と調べる。でも出てくるのは恋愛相談ばっかりだ。頭の中は、検索結果を否定する言葉ばかりが湧き出てくる。
(女の子同士で恋愛なんてありえない)
当たり前だろう、この私が一目惚れだと?ずっと一緒にいた小羽ならまだしも、相手は今日初めて会った子だ。ありえない。そう結論づけた私は寝ることにした。明日は明日の私がなんとかするはずだと信じて。
(!?!?)
朝、教室へ入ると小羽が鈴に抱きついている。その光景に、私は驚きと焦りに包まれた。頭が上手く回らず、混乱していく。
『小羽、私の鈴に朝っぱらから抱きつかないで貰っていいかい?』
やってしまった。混乱した私は、急いで鈴を小羽から剥がそうと変なことを口走ってしまう。
『やめてよあーちゃん、すーちゃんは私のものだもーん』
冗談なのかわからないが、小羽は私に対抗して鈴を一層強く抱きしめる。その瞬間、私の中にある感情が嫉妬に変わったのを、はっきりと感じた。(鈴は私のものだ)そう言い返そうとする前に小羽が口を開く。
『アハハハ〜、あーちゃんみてよ〜、このすーちゃんの顔』
『少しバカっぽい顔も可愛いね、鈴』
冗談だったことを知り、安心した私はつい鈴をからかってしまった。じゃないと、嫉妬に狂ってしまうところだったから。
しばらくして、先生がやってきた。お、昨日やったテストがもう返されるらしい。結果は...280点、中々悪くないな。これなら鈴に勉強を教えられる。まぁ、私より高い可能性はあるが...
そう思い鈴の方を向くと、鈴は明らかにどんよりした表情を浮かべている。これはチャンスだと思い休み時間になると同時に鈴の方へ向かった。しかし、私より先に小羽がその提案を口にしていた。
『小羽、ちょっと待った!!』
焦った私は急いで待ったをかける。
『どうしたの、あーちゃん?』
『鈴に勉強を教えるのは私の役目だ』
『え?』
『ん〜?あーちゃんはじゃあ合計何点だったのかな〜?ちなみに私は295点ね〜』
『くっ....280点...』
『じゃあ私の勝ちだから私がすーちゃんに勉強教えるからね〜』
『次のテストで小羽に勝って私が鈴に教えるから!』
『え?』
鈴に勉強を教えたいのは小羽も一緒だったらしく、教える権利を賭け、小羽は点数勝負を挑んできた。勝つ気でいた私は、敗れたことにショックを覚える。苦し紛れに捨て台詞をはくが、それでも嫉妬の感情は収まらず、私を苦しめた。
鈴の代わりに、寝眠に勉強を教えることになったが今はそんなことどうでもいい。授業が始まってからも私は鈴と近づくことだけを考える。しかし、時間は経つばかりで、結局何も浮かばず放課後になった。
何も思い浮かばず焦る私の耳に「なんの部活動見に行く?」と、クラスメイトの会話が聞こえてくる。そうだ、それだ!思わず立ち上がってしまい周囲を驚かせてしまったが、そのまま鈴の元へ向かう。
『鈴!(すーちゃん!)一緒に部活動見学に行かないかい?(行こうよ〜)』
また被ってしまった。なぜ小羽はこんなにも鈴に構うのだろう...気を取り直し、再度鈴を部活に誘うがあまり乗り気では無い気がする。事情を聞いてみると、鈴の両親は仕事が遅くなることが多く、小学生の妹のために夕食を作るために早く帰らなければならないとのことだった。
確かに、私が入る予定の弓道部は結構ハードだから鈴には向いていない...そう思った私は納得してしまった。だがそれは、小羽に有利な状況をもたらすことになる、ということにすぐに気づいた。
『待ってすーちゃん、料理部は部活絶対参加じゃないし、作った料理を妹ちゃんに食べさせてあげれば一石二鳥だよ〜!』
小羽に言いくるめられた鈴は、料理部へ行くことになってしまった。2人を見送った私は渋々1人で弓道部の活動場所へ向かう。
弓道部の先輩たちは、私が中等部で一緒に活動していた顔ぶればかりだったから、私はすぐに矢を射ることができた。
複雑な思いを抱きながら、私は弓を引く。弓道には、自分自身との闘いがある。狙いを定め、力を込め、矢を放つ間は、何も考えなくていい。その感覚が何よりも好きだった。
久々に矢を射ることができたため、少しは胸のざわめきが収まった。部活の見学時間が終わったから、鈴達と待ち合わせしている校門へ向かうとするか...
『...愛〜?心愛〜?』
誰かに呼ばれた気がして目が覚める。あぁ、お母さんか。扉をあけ私はお母さんに返事をする。
『ごめん、寝てた』
『いいのよ、ご飯できたから食べなさい』
ご飯を食べながら私はお母さんに質問をする。
『お母さん、ある特定の人の前だけ胸が苦しいんだけど、どうしたr...』
『ついに心愛にも好きな人が出来たのね!?』
言い終わる前に被せられた。
『ねぇ、その人の何が気に入ったの!?今までそんな気配全くなかったのに急ね!』
『ちょちょ、お母さん質問しすぎ。とりあえずその場合ってどうしたらいいのかな...?』
『どうしたらって、そりゃあ告白しかないでしょ』
私は思わず飲みかけの水を吹き出しそうになった。慌ててお母さんに反論する。
『その子女の子なんだよ、告白なんておかしいでしょお母さん』
『何言ってるの心愛、相手の性別なんて関係ないのよ。あなたがドキドキするならそれは絶対恋よ』
『そうかなぁ...』
その後もお母さんと鈴の話をした。「恋」という単語を耳にした瞬間から、私の意識は一気にそちらに向かっていった。その言葉が頭の中を駆け巡り、私の気持ちを混乱させる。やがて、自分が抱いているこの感情が“恋”であることを自覚するしてしまう。
恋だと認めてからは、ますます彼女のことが気になり出した。彼女に近づきたい、彼女と共に過ごしたい、という思いが頭の中を駆け巡る。
そしてついに、私は自分の気持ちを彼女に打ち明けることを決意した。思い立ったが吉日、私はお母さんに頼んで、あらかじめ聞いておいた鈴の家から近い公園に送って貰う。
車の中で私はメッセージアプリを使って鈴を公園まで呼び出す。
───どれくらい待っただろうか。5分かもしれないし30分かもしれない。
まだかな、やっぱりこんな遅い時間は失礼だったかな。そう取り留めもないことばかり考えていると、鈴が公園へやってくるのが見えた。
鈴が私の元へやってきたことを確認すると、私は自分自身を落ち着かせ、口を開く。
『突然なんだけど、私と付き合ってくれないか』
あとがき
こんにちは、ツナ缶です。最後までお読みくださりありがとうございます。
正直、今回の話考えるのが難しくて、間に合わないかと思ってました...間に合ってほんとに良かったです。
それはそうと、初めて星マークと感想を頂きました。ほんとにありがとうございます。執筆の励みになりますのでこれからもよろしくお願いします。
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