第四話 ゲルデの話
「ラクシャラ様は、大陸にいる我らの同胞をどの程度知っていますか?」
ゲルデさんは自分んも小さな椅子を引いてその上に腰かけ、そう切り出した。
「あの……」
「わたくしのことはお気になさらず、自分の思ったままを答えていただいてけっこうですよ」
そう言って穏やかに微笑むゲルデさんに、申し訳ないと思いつつもうなずいた。
「わたしは見た事ないのだけど……村の人から、危険な、けだものみたいな種族だと教わりました。荒地に潜んで、旅人や放浪者を襲う、獰猛な種族だと」
「そうですね。……我々は魔力の影響を受けやすい種族ですので、長きに渡る戦乱で荒廃した大陸本土の同胞は、もはや獣同然でしょうね」
「魔力の影響を受けやすい種族……ですか?」
わたしが首をかしげるのに、ゲルデさんがうなずき説明を続けた。
「わたくしたち〈
ゲルデさんの説明にわたしはうなずく。
「でも……ゲルデさんは、そんな風じゃ、ありませんよね」
「はい、よくお気づきです」
ゲルデさんの微笑む顔に、わたしは大きいラクシャラを思い出してしまう。
「先ほど、ジャンヌ様がお話しされたことを覚えておいでですか?」
「はい。ジャンヌ様自身が魔力を持っていて……それを操ることができる、と」
「ええ。実はその話には続きがありまして……」
そう言って、ゲルデさんは何かのタネあかしをするように指を上げる。
「ジャンヌ様の魔力の及ぶ範囲、というものがあります」
「……ジャンヌ様の、ですか?」
「ええ。というより、魔族の方々の魔力が及ぶ範囲、といった方が正確ですね」
そして、ゲルデさんは近くの棚から地図を取り出して机に広げた。
それは──どうやら大陸西方の、この地域の地図らしかった。
「ラクシャラ様の暮らしていたガルディノ領もあるので、土地勘はつかめるかと思いますが、説明させていただきますね」
わたしはゲルデさんが細い指で地図を示すのにうなずいた。
「ガルディノは大陸の最西端にある小国、そう教わっていますよね?」
「はい。……わたしのいたラクシャラ様の神殿が、ガルディノ領の西の端で、そこから先は……人の通わぬ辺境の土地だと」
「そうですね。人間の住まう世界でいうなら、それも間違いではないと思います」
「しかし……」とゲルデさんは更にその先の西の土地──大陸から突き出た、鎌のように南北に湾曲しながら伸びる半島を示した。
「我々が今いるのは、この半島──異種間戦争の終結した数十年前より魔族が封じ込められた〈西方魔族領〉なのです」
〇
「〈魔族領〉……」
わたしが唖然としてつぶやくと、ゲルデさんがうなずいた。
「ええ、異種間戦争の時代、他種族の脅威となった魔族は種族間の講和がなされたその時、大陸各地の辺境へと追いやられたのです」
そう言って、ゲルデさんは半島の付け根の辺りを指差す。
「この周囲の土地がジャンヌ様の治められる土地、アスタルテ家の所領です」
「ジャンヌ様の……」
「そして、魔族の所領というのはその魔族のもつ魔力が影響する範囲、と考えて差し支えありません」
ゆっくりと、そして丁寧に話を進めたゲルデさんはそこで、ようやくわたしを振り向いて、微笑んだ。
「遠回りをしましたが……ジャンヌ様の所領に住む者たちはジャンヌ様の治める土地の領民であり、ジャンヌ様の魔力の影響を受けた眷属でもある」
そして、うやうやしくわたしに会釈をして、頭を下げたのだった。
「わたくしは先代よりアスタルテ家に仕える〈
〇
わたしは、自分にあてがわれた部屋でぼんやりとしていた。
わたしはこれまでのわたしには、とうてい理解の及ばない土地に来てしまったのだと理解できたから。
ゲルデさんはしばらくわたしに付き添ってくれたけど、それでもどうしたらいいか分からなかった。「また何かあればお呼びください」と、少し困ったように言って、部屋を出てわたしを一人にしてくれた。
ゲルデさんは〈小鬼〉だけど親切で──
ジャンヌ様はこわいけれど、きっと悪い方ではないのだ、と思う。
しかし、それでも、人間のわたしがいるべき土地ではないのだ。
〈魔族領〉──
考えている間に、辺りは暗くなってきた。
分厚い雲に覆われた、気持ちの暗くなるような夕暮れだ。
日の光も乏しい、寂しい土地。わたしはいつまで、此処に──
考えていると、ふと何かが窓を叩くような音が聞こえて顔を上げた。
「えっ?」
そこには、バルコニーからわたしの部屋をのぞき込む〈小鬼〉がいた。
驚いて硝子のはまぅた窓越しに見詰めていると、その〈小鬼〉はじっとわたしを見詰めた後、まるで誘うようにバルコニーから城の外へと飛び出していった。
「ま、待って……!」
わたしはとっさに窓を開けてバルコニーへと飛び出した。
なんだろう。わたしに何か用事がある雰囲気だった。
わたしは困惑してしばらくバルコニーにたたずんでいたが、先ほどのゲルデさんの話を思い出した。
この土地にいる〈小鬼〉の人、ということはジャンヌ様の眷属なのだろう。
だとすれば──ジャンヌ様かゲルデさんがわたしを呼びに使いを送ったのかも──
なんとなく腑に落ちないが、無視するわけにもいかない。
幸い、バルコニーは地上からそう高い場所にあるわけじゃない。
わたしはバルコニーの手摺を思い切って飛び越えた。
城の近くの岬の断崖には、岩だらけの海岸へ続く辛うじて人の手の加わった道があった。
先ほどの〈小鬼〉がそちらから、海岸へと降りていく姿が遠く見えた。
なにかおかしい、そう思いつつ、それでも気に懸かってわたしはごつごつした段差のある海岸への道を降りていった。
「……あのう、わたしに何か用なんですか!?」
岩場と打ち寄せる波の間のごく小さな砂浜に足を踏み入れ、わたしは呼びかける。
ぐるりと見渡してみても、さっきの〈小鬼〉の姿はない。
その時──
「っ!?」
背後の岩陰から飛び出してきた影が、突然、わたしに覆いかぶさってきた。
悲鳴を上げようとしても、大きな手に口を塞がれる。
振り返ると〈小鬼〉ではない、暗緑色の巨体の亜人──〈
わたしの抵抗など意に介した様子もなく、〈野猪鬼〉はわたしの体を抱え上げ、麻袋の内に押し込んでしまった。
目の前が暗闇に包まれたわたしは、そのままどこへともなく運ばれていく。
〇
わたしは、運ばれている間、舟に乗せられていたらしい。
元いた場所とは別の海岸近くの荒地にわたしは連れて来られていた。
麻袋から出されたわたしの目の前には、物々しい雰囲気の陣を敷く軍隊が見えていた。──〈小鬼〉や〈野猪鬼〉からなる亜人の軍隊だ。
周りには投石器や巨大な石弓まである。
そして──
──「こいつが、ジャンヌの連れてきた人間か」
陣の中央で存在感を放つ、角の生えた甲冑姿の魔族がわたしを見下ろした。
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