第7話 今日というもの

「あなたが、お友達の?」


「はい。佐野海と申します。」


 のんちゃん、野村馨ちゃんのお母さんを初めて見たけど、似てるなぁってこんな状況なのに思った。


「生前は、娘がお世話になりましたっ。」


 生前、なんて言いたくもない様子のお母さんを見て、中学の時からネットで繋がっていたのに何も出来なかった。


「来てくれて本当にありがとうございます。」


「いえいえ。何も力になれなくてごめんなさい。」


「そんなこと言わないで。無s目をここまで生かしてくれてありがとう。」


 葬儀が始まっても、ずっと頭に残ってる。あの時風吏くんに言われたことなんて、覚えているはずもなくて。そのまま通夜になった。


「海さん、もしよかったらスピーチしていただけませんか?」


「私で、良いんですか?」


「海さんにお願いしたいの。」


 そう言われてしまっては引くことが出来なくて、スピーチ台に立つ。


「えっと、佐野海、です。野村馨さんとは中学校が一緒でネットで繋がった人でもあります。私と馨さんは現実ではほとんど接点が無かったけど、ネット上や文面上ではかなり仲良しでした。何でも打ち明けられる相手で、学校で嫌な事があったらお互いに愚痴を言い合って。きっと私も馨さんも現実でも味わえたはずのことをやっていました。それが私にとってすごく楽しい毎日だったし、きっとそれは馨も一緒だったのかな、と思っていました。ある日、いじめを受けていると言われて、もう終わりにしようとしてると言われました。結果、私は何も出来ませんでした。」


 静まり返る会場に私の嗚咽音が響く。


「私は、確かにあの日まで伸ばせたかもしれないけど。けど、馨さんを、大人まで生かせることは出来ませんでした。私は、ずっと後悔しかありません。そんな私に出来ることなんて、ここに参列することと、これからもずっと生き続けることだけなんです。だから私は、これからも生き続けますっ。見守っていてくださいっ。」


 スピーチなんて柄じゃないし、今頼まれたばかりだったから支離滅裂でぐちゃぐちゃなのかもしれないけど。それでものんちゃんへの思いはすっと変わらないし、これからも変える気も無い。


 拍手を背にしてさっきまで居た席に戻る。知らないおじさんやおばさんに囲まれる空間が少しだけ苦しかった。もう居ない、この人たちがどこかでのんちゃんを苦しめていたのかもしれないとか思ったら居心地の悪さと共に憎しみを感じた。


「ありがとう。」


 他の人たちとは違う視線と口調を聞いて、やっぱり安心する。他の人のお母さんであっても、安心要素っていうのは持ち合わせてるのかもしれない。


「時間も時間だし、帰っても大丈夫よ。」


「あ、はい。じゃあ。」


「本当に来てくれてありがとう。気を付けて帰ってね。」


「こちらこそ、ありがとうございました。失礼します。」


 最後の最後まで私に明るく接してくれたお母さんから背を向けて会場を出て家に帰ると、今日の疲れが全部出てきて、自分のベッドに倒れ込んだ。


 何でかは分からない。けどあの親戚たちには何か嫌悪感があった。許してはいけない、そう思えた。


 メッセージアプリを開くと、礼華から一件の通知があった。


”海、明日遊ぼう。10時の電車乗ってるから、一番後ろの車両に乗って。”


 どこへなのか分からないけど、どこかに誘われた。明日は別に何も無いし、OKとだけスタンプを送信してスマホを閉じた。こんな時にまで明るいスタンプで何とかしようと思う私自身に笑えてくる。


「あ、こっちこっち。」


 電車の中だから、と少しだけ小さな声で私を呼んだ礼華の隣に座る。時間的に空いててありがたい。


「思ったより元気なフリできそうだね。」


「え?」


「なんでもない。」


 元気そうなフリ、なのもバレてたか。まぁ無理があるもんね。身近な人が自ら命を落としたってなって、平気な顔していられる人なんてそうそういない。病気や事故であっても、受け入れるのには時間がかかると思う。


「今日はもう、良い感じの所行こ!お互い気になったモノ見て、美味しいの食べて、ね?」


「うん。」


 分かってた。私が落ち込んでて、明日以降の学校生活に支障をきたすんじゃないかってこと。持つべきは友、って言うけど私はそうは思わない。何でも分かる友達だ。


「ありがとう。」


「何が。」


「誘ってくれて。」


「ふ、どーいたしまして。」


 きっと昨日部活があったんだと思う。一昨日までには無かった腕の痣。半袖だから分かりやすいのに。きっと痛いのに。


「昨日、部活?」


「そうそう。先輩来てくれてさ、ボッコボコにされてきた。むしゃくしゃするから誘ったわけ。」


「そうなんだ。」


「わ、痣になってんじゃん、まじかー。」


「気づいてなかったの?」


「うん!何か痛いなーとは思ってた。」


 確かに、痣って血が出るわけじゃないから気づきにくいけど。部活の後の着替えとかで気づかなかったのかな?さすが超鈍感。


「ま、いっか。」


 いつか、私も色々まぁ良いかって考えられるように、今日だけは遊んじゃおうかな。のんちゃん、私が遊んでるの見ててよ。人生楽しいんだよって教えてあげたいかも。辛い事だけじゃないんだよって。私見てさ、長生きした気持ちになってよ。

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