第6話 私に出来ること

「海?」


 いつも以上に虚ろな私を見かねて、礼華が私の元にやってきた。いや、虚ろじゃなくても来たかもしれない。


「あ、ごめん。何?」


「今日、すごく元気ないから。」


「ごめん。ちょっと、色々あって。」


「今日はすぐ帰れよ。」


 いつの間にか小野くんや風吏くんもいて、多分周りから見たらカツアゲでもされてるんじゃないかって思われるかもしれないけどそんなのどうでも良い。


「一緒に帰ろう。」


「ん。」


 放課後になっても元気を取り戻せるわけがなくて。あの時何か言えたんじゃないかっていうことが頭の中をグルグルと駆け巡るだけで。他の3人が何話してるんだろうとも何にも思えなかった。


「海。」


「な、に?」


「話して。頭の中のこと。」


「お前、肝心な事口に出さねぇタイプだろ。思ってること、言えよ。それを聞いて俺らが何が出来るかなんかわかんねーけど。せめて聞くくらいは出来っから。」


「友達、ネッ友兼去年の隣のクラスだった子が居るんだ。その子が、昨日、学校の近くまで来たの。学校名とか伝えてあったし、それ自体は全くおかしいことじゃないんだけど。昨日、ごめんね、って。それだけ言って、いなくなって。今朝、ニュースで、見た。」


「それ、高校生が、いじめを苦にして、ってやつ?」


「うん。そう。いじめについて、先週末ではあったけど相談も受けていたのに。昨日何か言えたら、変わってたかもしれない。」


「それはただの思い込みだね。」


 力強い、意思をはっきり感じる声が聞こえた。あの時聞いたのんちゃんの声とは違う声。


「自分も、何度も終わりにしたいって思ったことあるんだ。多分、きっかけさえあれば何も変わらなかったと思う。希死念慮って言うんだけど、それって簡単には変わらない。特別心が揺らがないとどうにもならない。それは専門家でもきっと簡単な話じゃないと思う。きっと彼女の思いを止めるのは、無理なんだよ。」


「せめて、何か言えたら良かったのに。私はただ見ていることしか出来なかった。助ける、一緒にいるって言ったのにっ。」


「そんなのキレイゴトなんだよ!」


 さっき聞こえた落ち着いたあの低い声じゃなくて、怒りが含まれた大きな荒ぶった声だった。


「そんなの、ただのキレイゴトなんだよ。結果だろ。これが結果なんだよ。いじめた犯人が、こんなに助けたいって思う心を持つ奴を感じることすらさせなくなった!そいつらのせいで、キレイゴトがキレイゴトで済まなくなったんだよ。実際命を奪ったのはあいつらなんだよ。お前が何か言ったところで、変わんないんだよ。傷つけられた心は一生治らないんだよ。」


 苦しそうな表情でそう言われたら、私たちは何とも言えなくて。私はいじめられたことが無いから、彼がどういう気持ちでこの言葉を吐いているのか分からないけど。大きな何かを乗り越えないと出せないような表情なことくらいは分かった。


「ごめん。」


「お前は何も悪くねぇよ。俺たちが、分かったつもりになってただけなんだよ。」


「海。海は、昨日までその子の命を繋いだんだよ。そうでしょ?」


「ん。」


「それは、結果だよ。」


 気が付けば私の家まで帰ってきていた。


「ありがとう。」


 家に入ると、お母さんが出迎えてきた。


「おかえり。」


「ただいま。」


 変わらず元気がない私に、あえて何も言わない優しさが今は嬉しかった。部屋に入ると、また通知があった。


”馨の母です。娘から言伝があったのでお話します。娘の葬式に参列していただきたいです。まだ整理のつかない状態であるのは分かります。けれど、娘の最期の願いを聞いていただければと思います。日時と場所は以下の通りになります。”


 そのメッセージを見て、もう居ないんだって、実感が沸き始めた。もうのんちゃんは居なくて、私は最期のお願いを叶えなければならないって。それが私に出来ることだって思ったら、悲しい。


コンコン


「海、ご飯できたけど、食べられそう?」


「うん。今行く。」


 これ以上クヨクヨしてたらダメなのかもしれない。そう言われてるようで最後の最期まで見抜かれてるなって。のんちゃんはいつでもそうだった。私が考えていること、文面上だけなはずなのに必ず見抜かれていた。そして、それに適切なアドバイスをくれた。私はそれを聞くことしか出来なかった。


「お葬式、行くの?」


「うん。行く。私が出来ることは、それしかないから。」


「お葬式、ね。私も一度だけ参列したことがあるの。友達の。絶対お母さんを参列させるからねって言われてて。その子は病気だったんだけどね。お母さんにも出来ることがあったんじゃないかって。唯一出来たことは、参列することだけだった。けどその子のお母さんから、来てくれてありがとう。願いを聞いてくれてありがとうって泣きながら言われた時は、それだけでも、それだけは、お母さんにしか出来ないことなんだって思えたの。」


 私にしか、出来ない事。それをやらなければならないんだって。今お母さんの話を聞いて強く思えた。

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