第4話 あの時

 懐かしい校庭を眺めながら、ネッ友の到着を待つ。こんなに暑いのに活動している陸上競技部の掛け声も、横を過ぎ去る生徒のジャージも、何一つ変わっていなくて。こんな短期間に変わるわけないけど。それが逆に落ち着いた。


「あの、うーちゃん?」


「あ、あ!」


 姿を見ればすぐに分かった。3年生の時隣のクラスに居た学校一の美女と言われていた子。


「野村さん?!」


 勉強も運動も何でも出来て、そして性格も良いという最強の人が居るってことで噂になっていた。


「私の本名、知ってるんだ。」


 顔はほとんど変わらなかったし、身長もほとんど変わってない。ただ、体がげっそり細くなっているのを見てそれが現実であることが手に取るように分かった。


「ちょっとさ、歩こうよ。話したい事いっぱいある。」


「良いよ。」


 今日はまだ始まったばかりだし、せっかくなら話したいと思っていたし。正直いい機会だなって思った。


「私のこと、のんちゃんって呼んでくれてたよね?」


「そうだね。」


 ネットでの名前がのん、だったからのんちゃんって呼んでた。私は海でやってるからそのままうーちゃんって呼ばれてる。


「私、高校に入ってからいじめられててね?」


「うん。」


「先生すら味方になってくれなくて。うーちゃん以外こうやって話せる相手が居なかった。学校が私の敵だった。けど、望んであの学校に行ったのは私だし、それなのに辞めたいって言えなくてっ。」


 中学生の時は大きい立派な背中だな、なんて思っていたはずの彼女の背中はとても小さくて震えていた。この背中には何が背負われてるのだろうか。


「私、もう、無理でっ。だから、昨日終わりにしようと思ったの。」


「じゃあ、これからも私と一緒に居ようよ。」


「え?」


「無理に行かなくてもいいと思うよ。そりゃ他人事だからこんなこと言えるんだろうけど、それでも、学校のせいで命を失ってほしくない。」


 私はいじめを受けたことが無いから辛さなんて正直分かんない。それでも、死にたいって思えるくらいにしんどい思いをさせるものなことくらい分かる。それなのに。


「私は絶対味方。何があっても味方。」


「っありがとう。」


今はいじめが多い、なんて言われるけど私はそうじゃないと思う。いじめられた側の人が声を上げるようになっただけなのに。


あとはSNSを若い、幼い人たちも使うようになったからだと思う。学校外でもいじめられるっていうのもあるんじゃないかな。


「気づけなくて、ごめん。」


「なんでよ?」


「きっと野村さんはSOSを出てたはずなのに。言葉の端々で。」


「良いの。こうやって、一緒に居てくれるのが、味方だよって言ってもらえることだけで、凄く嬉しい。」


そこから学区をふらふら歩きながら、ここを通ったことあるとか無いとか、今だから言える先生の愚痴とか好きな人の話とか。多分普通の高校生なら与えられるはずだったことをした。


「ありがとう。」


「ううん。私こそありがとう。楽しかった。また遊ぼうよ。」


「うんっ。」


会った時よりも表情が明るくなってる。それは私が何か力になれたからなのかもしれない。


「じゃあね。」


きっと家があるんだろう方向に踵を返したのんちゃんはふわりとした雰囲気と一緒に去っていった。その姿は、中学生の時に何度も何度も見かけた憧れの人の背中だった。

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