接触

 僕は男とふたりっきりで狭い部屋にいた。そこはガールズバーの控室らしく、こまごまとした物が所々に散乱していた。

 僕は震えていた。雨にうたれて熱を持っただけではない。その男に怯えていたのだ。

 何処か威圧的な男だった。痩せた体躯にワイシャツとスラックスというありきたりな格好であったのだが、まず左手の薬指が第1関節までしか無かった。

 それに何より男の目だ。優しいセリフを言っている時にも、まるでコンビニで陳列された食パンを見るような目で僕を見る。気怠く、仕方無さそうに。その奥にある濁った食欲が僅かに瞳孔を開かせていた。

 だから仕方なくついてきた。緊張からか体の火照りと目眩がして連れ込まれた部屋でうずくまった。

 男が何か言っていた。そして、服を剥ぎ取られた。それから体をタオルで拭かれた。その手付きは怯えていた。僕の肌の表面をなぞるように慎重な手付きは、まるで少しでも力を込めると皮膚を引き裂いてしまうと思っているかのようだった。

 それから体を引き寄せられて無理やり立たされた。そして、流しに頭を突っ込まれた。

 熱湯がかけられた。

 「熱ッ」

 と、思わず声が出たが、男はそれに気も止めずに僕の髪を洗う。最初は遠慮がちな手つきであったが、徐々に強くなり髪を引き抜きそうなほど力を込められた。実際に男の手に絡まった僕の髪は抜けたのが痛みからわかった。また、男に髪を洗われている間、ずっと熱湯をかけられていた。鼻は詰まっていて蒸気で息苦しく、何度も喘いでしまった。それでも男は僕の髪を洗うのを止めなかった。

 永遠に続くかと思われたこの苦行は5分程度で終わった。その後、男にバスタオルでグチャグチャと頭を拭かれた。そして、髪を梳かれた。

 妙に慣れた手つきで僕の髪をドライヤーで乾かしながら、無造作に置かれていた櫛で髪を梳かす男に身を委ねながら、気持ち悪いなと思い続けた。

 髪が乾くと

「下も脱げるか?」

 と、男は聞いてきた。

 僕は首を振った。

「仕方ねえな」

 と、心底嫌そうに男は僕のズボンに手をかけた。僕は思わずズボンを掴んだ。

「男同士だろ。何を恥ずかしがってんだ?」

 と、男は言った。

 それから

「下もびしょ濡れだから拭いて着替えねえと風邪を拗らせるぞ」

 と、男は続けた。

 確かにその通りではある。しかし、この男の前で裸になるのは妙に嫌な気持ちが拭えない。それでも僕は言われるがままに脱がされてしまった。

 男と目があった。なんとも言えない目をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る