037 撤収
「知らなかったの? ネットにも載っていると思うけど」
秋穂にそう言われて初めて知ったことがある。
それは魔物が扉のある建物に侵入する条件についてだ。
例えば蟹江町のショッピングモールで過ごした時。
外を徘徊している魔物は一匹たりともモールに入ろうとしなかった。
アレは偶然などではなく、そういう仕様、条件を満たしていたからだ。
条件とは、「施設に入るところを魔物に見られていない」ということ。
もし見られていたら、魔物も後を追って入ってくるそうだ。
こんな話をしている今、俺たちは高そうなオフィスビルの中にいた。
戦いに疲れて休憩するためだ。
二重の自動ドアを抜けた先にあるロビーラウンジでくつろいでいた。
「でもあいつら、俺たちのことが見えなくなったわけじゃないよな」
「だねー。今もああして私たちが出てくるのを待っているし」
大きなドアの向こうでは、魔物が中に入りたくてうずうずしている。
じーっと俺たちを見ていた。
「俺や梨花は“スペシャル”だからともかく、普段はどうやって外に出るの? 入口前にあそこまで魔物が固まっていたら厳しそうだが」
現時点で魔物の数は1000体以上いる。
ザコだけなので俺と梨花なら余裕だが、他の人には辛い数だ。
「もちろん厳しい。だから出る時は別の出口を使うんだ。警備員用のものだったり、資材の搬入用のものだったり、大体の建物に何かしらの裏口がある」
玲二が答えた。
「なるほどなぁ」
壁に掛かっている時計で時刻を確認。
現在15時過ぎ。
(さて、ここからもう一暴れしてやるか)
そろそろ休憩の終わりを促そう。
と、その時。
「大阪駅に戻ろー」
秋穂が撤収を提案した。
「もう終わりなのか? まだ大阪に着いてから3時間程しか戦っていないが」
「それだけ戦ったら十分だよ!」
「つーか今日は頑張りすぎたくらいだぜ」と玲二。
「そうなのか」
「涼真はまだ暴れたりないようだね?」
「まぁちょっと」
「でも今日は撤収したほうがいいよー。16時に電車が来るから」
「帰りも電車があるのか」
「そりゃあるよ、大阪だもん」
俺は「へぇ」と言ってこのあとのことを考えた。
「電車で引き上げるとしてどこに向かうんだ? 滋賀に戻るの?」
「ううん、
「能勢……?」
どこか分からない。
チラリと梨花を見るが、彼女も首を振っていた。
大阪人ならピンッと来るのだろうか。
「能勢町と言って大阪の北端にある町だよー。魔物が出現してからは避難先の一つになっているからすごく発展しているの」
「関東でいうところの山梨や長野のような位置づけか」
「そうそう! 能勢をはじめ、兵庫の中央部は全体的に伐採や山の平地化が進んでいて、新時代の首都って感じ」
「それは見てみたいな」
「じゃあ一緒に行こうよ! 私らもそのほうが心強いし!」
「俺はかまわないが……」と、梨花を見る。
「私もいいよー! 新しいところ大好き!」
「新しいイケメンはどうかな?」
玲二が言う。
もはや冗談半分といった感じだ。
あまりにも脈がないから諦めてしまったのだろう。
「イケメンは結構でーす! 涼真君がいるので!」
梨花は笑いながら断った。
『この地球人、ずっと梨花ちゃんにアピールしてるなー』
『ていうか梨花ちゃん、いつの間に主とそういう関係になったの!?』
『もしかして主、梨花ちゃんの裸を見たのか!?』
『裸を見ただけでなく……? マジ? 許されないんだが?』
『独り占め反対! 眼福は共有せよ!』
コメント欄で異世界人が喚いている。
視聴者数が数千人もいると流れるのが速すぎて全ては読めない。
そんな中、あるリスナーの呟きが目に入った。
『杏奈ちゃん、元気しているのかなぁ』
杏奈とは別れたあとも連絡を取り合っている。
なので、昨日、両親と再会を果たしたことも聞いていた。
それから「心配かけやがって」とこっぴどく叱られたことも。
『今日は何しているんだ?』
梨花たちの話に適当な相槌を打ちつつ、杏奈にチャットを送る。
返事はすぐに届いた。
『私がいなくなった途端にイチャイチャしやがった二人を呪っている!』
『知っていたのか』
俺は言っていない。
つまり梨花が杏奈に言ったわけだ。
と、思いきや。
『知っていたのかだぁ!? やっぱりイチャイチャしていたのか! 許せん! なんて奴だ! この浮気者ーッ!』
杏奈から怒りマークのスタンプが凄まじい勢いで届く。
どうやら俺は、彼女のトラップに掛かってしまったようだ。
『安心しろ、俺はまだフリーだ! いつでも手が届くぞ!』
『うるせー! 再会したら二人にゲンコツするかんねー!』
とりあえず、杏奈は元気にしているようだ。
◇
大阪から電車に乗るには特殊なルールを守る必要があった。
一つ、時間を厳守する。
電車はきっかり16時00分に来るため、待っていなくてはならない。
一つ、3分以上前に待機してはいけない。
早くから待機していると魔物が集まってきてしまう。
だから出発の直前まではホームに行ってはいけない。
遅刻は論外として早すぎるのもダメ。
このなかなかシビアな条件を満たし、俺たちは電車に乗った。
「行きとは別の路線なんだな」
「あー、行きしなに乗ったのはJRだったね」と秋穂。
滋賀から大阪に向かう時と同様、電車内では会話を楽しむ。
ただし玲二はいない。
彼は今、別の車両でナンパの真っ最中だ。
数少ない女を引っかけてよろしくするつもりらしい。
彼のような男が旅館やホテルに避妊具をばら撒くのだろう。
「俺と梨花も報酬のKPを受け取ったんだよな?」
「うん、ここで確認できるよー」
「ほんとだー! お給料が入っているよ! 涼真君も見て見て!」
「確認しているぜ。給料って考えると何だか嬉しいものだな」
秋穂にハンターアプリと関西ペイアプリの使い方を教わる。
他にもKPの支払い方法や他人に譲渡する方法なども。
基本的には先発の有名な電子マネーアプリと変わらない。
著作権のない世界になったので遠慮なくパクッたのだろう。
『到着、到着ぅ!』
車掌が駅名も言わずに到着を告げる。
「これが能勢……?」
車窓から見える景色に俺は唖然とした。
どう見ても田舎そのものなのだ。
秋穂の話によると開発が進んで都会になっているはずだった。
「ここは違うよー。能勢のちょっと手前。能勢には電車が通っていなくてさー、ここからチャリで向かうの!」
「そういうことか」
「私たちの自転車がようやく役に立つね!」と梨花。
「だなぁ」
周囲のモブどもに倣って電車を降りる。
改札に向かおうとするところで玲二を発見した。
驚いたことに知らない女と一緒だ。
ナンパに成功したらしく、女の肩に手を回している。
女のほうもまんざらではない表情をしていた。
(すげーな、アイツ)
電車は16時に発ち、17時に到着した。
つまりちょうど1時間走っていたことになる。
たったそれだけの時間で玲二はナンパを成功させたのだ。
マッシュヘアの両耳ピアス野郎は伊達ではない。
「ありゃ今日の夜はあの子と過ごすねー」
秋穂が呆れ顔で呟く。
「恋人としては辛いものがありそうだな。浮気を認めているとはいえ」
「まぁね。でも私だって今日は涼真と過ごすから平気だし」
「え、俺?」
「ダメ? 後腐れ無く楽しめるよ?」
秋穂が腕を絡ませてくる。
だが――。
「ダメでーす! 涼真君は私と過ごすんだから!」
梨花が秋穂を引っ剥がすのだった。
(あのマッシュ野郎ですら口説き落とせなかった女が俺を独占したがっている……これはこれでなんかすごい優越感だ)
俺は密かにニヤけた。
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