036 スペシャル

 ボスと対面した俺は「おほほ」とニヤけてしまった。


 なんと美女だったのだ。

 しかも上半身が裸、つまりおっぱいが丸見えである。


 ただし下半身は蜘蛛で、全長は6メートルを超える大きさだ。

 興奮した次の瞬間には「ちょっとデカ過ぎかなぁ」と苦笑いを浮かべていた。


『おほー! アラクネクイーンじゃん!』

『女王はいつ見てもエロいなぁ!』

『しかもイイ声で鳴くんだよなぁ』

『分かるw 俺も女王をいたぶるの好きだったなぁw』


 リスナーが下品なトークで盛り上がっている。

 彼らの口ぶりからすると、この敵はボスの中でも弱そうだ。

 当然ながらランクはD――ミノタウロスキングと同じである。


「ウフフフ!」


 アラクネクイーンは糸を四方に飛ばし、ハンターを絡め取っている。


「なんだこの糸! 体が……!」


「なんか気分が悪くなってきた……」


「頭がクラクラする……」


 糸にやられた連中の顔色が見る見るうちに悪くなっていく。


「あの糸、毒でもあるのか」


『神経毒が含まれているから食らうと苦しみながら死ぬぜ』


 教えてくれたのはルーベンス。

 困った時の知恵袋だ。


「なら当たらなければいいだけだ」


 俺は玲二から電動自転車を回収した。

 武器を消して自転車に乗る。


「涼真君、何を!?」


「見てな――アシスト機能、オン!」


 スイッチが入るとペダルが軽くなった。

 少し漕いだだけでぐぐーんと進む。


「うおおおおおおおおおりゃああああああああ!」


 圧倒的な加速力でアラクネとの距離を詰める。


「ウフフー!」


 アラクネは体をこちらに向けて糸を射出。


「とお!」


 俺はすぐさま自転車から飛び降りた。

 スピードが出ていたので体が派手に転がる。

 しかし、それも俺の狙いだ。

 ころころと転がっている間に【雷霆】の射程圏まで到達。


「今だ!」


 ただちに武器を召喚。

 その場で刀を横に振るう。


 ズドドドー!


 雷がアラクネを襲った。


「イヤァァァァアアン!」


 びっくりする程セクシーな声で喘ぐ……いや、痛がるアラクネクイーン。


『これこれ! この声!』

『たまんねぇ!』

『いいですねぇ! アラクネクイーンは!』


 大興奮のリスナー。


「これはたしかに……」


 俺もムフフと笑う。


「涼真君、サイテー」


 梨花は呆れ顔。

 知ったことではない。


「そいや!」


 アラクネがスタンで動けない間に距離を詰めて攻撃。

 Dランクの刀で奴の脚を1本切り落とした。


「アァァァン!」


「な、なんという声……!」


 思わず長々といたぶろうかと思えてくる。

 だが、思うだけでサクッと仕留めることにした。

 ボスがコイツだけとは限らないからだ。


「ふん!」


 アラクネの胸を掴んで登り、首を一刀両断。

 それが致命傷となり蜘蛛の女王は死亡した。


「すげー!」


「なんやあの動き!?」


「つーか雷やばすぎやん!」


 ハンターたちはここでも驚いていた。


(ボスが死んだことで糸が消えた。死者は出ずに済んだようだな)


 状況を確認して一安心。


「涼真君すごーい! 私の出番なかったよー!」


 梨花が駆け寄ってくる。


「チャリから飛び降りる時は少しヒヤッとしたが問題なかったな」


「いやぁ、本当にどうなっているんだ……!? マジで何者だよ!」


 玲二たちも近づいてくる。

 彼は俺の乗り捨てた自転車を拾ってくれていた。


『ビシッとカッコイイセリフを言ってやれ! そしたら追加でスパチャするぞ!』


 そう言ってリスナーの一人が5万もスパチャしてきた。

 金の力で配信者に行動を指示してくるタイプだ。

 地球の配信でもお馴染みの存在であり、配信者からするとありがたい。


(要望も大したことないしいっちょ乗ってやるか)


「何者かだって?」


 俺は怪しげな笑みを浮かべて言った。


「俺たちは“スペシャル”さ」


「「「「ス、スペシャル!?」」」」


 玲二と秋穂だけではない。

 その場にいた多くのハンターが驚く。

 梨花も「スペシャル!?」とびっくりしていた。


『決まったァ!』

『ハンターたちの顔草ァ!』


 リスナーは嬉しそうだ。

 そして先ほどスパチャしてきた奴は――。


『クーーーーーーール!』


 とだけ言って20万もスパチャした。

 やはりコイツは大富豪だ。


「なーなー、スペシャルって何なん?」


 知らないハンターが尋ねてくる。

 回答を用意していなかった俺は咄嗟に嘘をついた。


「ドラゴンと戦って半殺しにされると、ごく稀に特殊な力を身に着けて覚醒することがあるんだ。そうした人間を“スペシャル”という」


「「「うおおおおおおおおおおおお!」」」


 俺の厨二病じみたセリフを連中は信じた。

 嘘だと分かっているはずの梨花まで「そうなの!?」と信じている。


「じゃあ二人はドラゴンに殺されかけたんだ?」と秋穂。


「まぁな!」


 梨花も「う、うん」と申し訳なさそうな顔で頷いた。


「ただこの力も考え物だよ」


 モブたちが「何でなん?」と首を傾げる。


「短時間で魔物を倒しまくるとボスが出てくるんだ」


 どうやら既知の情報だったらしく、皆は「あー」と納得していた。


「ええなぁ、俺もスペシャルになりたいでぇ」


「ならドラゴンに挑んでボコボコにされないとな」


「無理無理! それはあかーん!」


 モブが叫び、他の連中が笑う。


(スペシャルか……。わりとアリな説明かもしれんな)


 今度から異世界の武器について聞かれたら「スペシャル」だと答えよう。

 馬鹿正直に話すよりも面倒ごとが少なくて済みそうだ。

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