034 狂気の電車

 日中を走る電車に乗る俺たち。

 なんだか魔物の出現前に戻ったような気がした。


「ハンターの報酬ってどんなのがあるの?」


 俺は秋穂に尋ねた。

 彼女は俺の右隣、手すり横に座っている。


「関西圏で使える電子マネーだよ。KPって言うの。関西ペイの略称」


「そのKPが昔でいう日本円の代わり?」


「そうそう。最初は物々交換が主流だったんだけど、2ヶ月くらい前から電子マネーが導入されたの。これもやっぱり古川市長が主導で行ったものだね」


「へぇ」


 俺は正面を見る。

 向かいに座っている梨花と目が合う。

 彼女はニコッと微笑んだ後、隣の玲二との会話を続けた。


 この摩訶不思議な並びは玲二が提案したものだ。

 互いのパートナーとも仲良くなろう、というもの。

 そんな彼は、案の定、下心を剥き出していた。

 人は見かけによらないと思ったが気のせいだったようだ。


 しかし、俺は全く気にしていない。

 梨花が微塵も興味を示していないからだ。

 むしろ慣れた様子で軽々とかわしていた。


「おーい、他人の女をナンパするんじゃないよー」


 秋穂は呆れ顔で言った。

 玲二は少し焦った様子で「してないって」と笑って誤魔化す。


「やれやれ」


 ため息をつく秋穂。


「二人は付き合って長いの?」


「そうだけど、なんで?」


「だって彼氏が他の女子に下心を剥き出しにしていたらもっと怒るものじゃない? 普通は」


「ウチはそういうのゆるいんだよねー。玲二の女癖は付き合う前から知っていたし。だから私に隠さないなら浮気してもいいことにしているの」


「ほぉ」


「それに、私だって仕返しで他の男と寝るからね。どっちかっていうと、私は涼真の態度が信じられないよ。彼女が取られるかもしれないっていうのに全く動じていないじゃん」


 俺は「ふっ」と笑った。


「誤解しているようだが、俺と梨花は付き合っていない」


「そうなの!? てっきりそういう関係かと」


「たしかに深い仲ではある。でも――」


 俺は玲二の顔を一瞥してから言った。


「――言っちゃ悪いが彼じゃ梨花をモノにするのは無理さ」


「言ってくれるねぇ」


 秋穂は分かりやすくイラッとしていた。

 一方、玲二は梨花を口説き落とすのに必死で聞こえていない。


「だからちゃんと『言っちゃ悪いが』と前置きしておいた」


 この回答は秋穂のツボに入ったようだ。

 声を上げて、あはは、と笑った。


「涼真って変わっているねー。関西の変わり者とはまた違うタイプ」


「そんな自覚はないけどなぁ。ところで、俺たちもハンターとして活動するならアプリの導入が必要だよな。どうすればいい?」


「ハンター用のアプリと関西ペイアプリの二つが必要だよ」


 秋穂に教わり、俺は指定のアプリをインストールした。

 梨花も玲二から教わって導入している。


「俺さ、魔物が出る前はバンドマンだったんだ。ボーカル兼ギター。で、夜はホスト。変わってるでしょ?」


 玲二は謎のアピールをしながら梨花の方に腕を回そうとする。


「インストールできました! これでいいんですよね?」


 梨花はスンッと玲二の手を払い、スマホを見せて確認してもらう。

 彼女が全くその気にならないことで、玲二はかえって燃えていた。

 可能性がないのに健気な男だ。


「ハンターアプリはただ導入するだけじゃダメで、ハンターに登録する必要もあるよ。登録申請はここのボタンを押して必要な情報を入力する感じ」


 ぼんやり梨花を眺めていると、秋穂が優しく教えてくれた。

 鶏ガラみたいな細い体を密着させてきて、全く無い色気を放出している。

 こちらも頑張ってはいるようだが、残念ながら何も感じなかった。


(杏奈とキスしたり、梨花と色々したりする前なら違ったかもなぁ)


 そんな風に思う。

 依然として恋愛経験がないの中、それなりに成長したものだ。


「思ったんだけど、ハンターアプリってどうやって成果を調べるの? アプリを見た感じ、成果を報告する画面とかはないけど」


「成果は関係ないよ」


「関係ないって?」


「ハンターアプリはGPSと連動していて、スマホの所有者が大阪や京都にいる時間を測定しているだけなの」


「じゃあ魔物を倒さずに京都駅で隠れ続けていても報酬が貰えるのか?」


 冗談のつもりだったが、秋穂は「そーそー」と頷いた。


「成果報酬にしたら水増しする奴が後を絶たないし、正しいかどうかを調べる術もないからね。だから滞在時間で判断するの。もちろん古川市長だって完璧じゃないことは分かっているけど、それが最善だからそうしているみたい」


「なるほど、完璧ではないが最善ではあるのか」


 たしかにその通りだと思った。

 大阪で絶大な人気を誇るだけあって頭は悪くないようだ。


「涼真、そろそろ黙っておいたほうがいいよ。京都を通過するから」


 秋穂は背中をシートに押しつけ、手すりをギュッと掴んだ。

 必死に梨花を口説こうとしていた玲二も同じようにしている。


『京都ォ! 京都駅を通過しまぁす! 脱線事故で仲良く死ぬ可能性がありますのでご注意くださぁい!』


 車内にアナウンスが入る。

 車掌はクスリでラリっているのかと思うほどのハイテンションだ。


『さぁ来るぞ! 来るぞ! 来るぞ!』


 車掌の声が響く。

 電車のスピードが新幹線かよってレベルで上がっている。


「やべぇ! すげぇ揺れだぞ!」


「涼真君!」


 梨花は立ち上がると俺の隣に座り直した。

 そして、「怖いよぉ」と抱きついてくる。

 玲二は「えー」と情けない声を出しながら肩を落とした。


「ダッサ! 振られてやんの!」


 嬉しそうに笑う秋穂。


「俺たちも手すりに掴まろう」


「うん!」


 俺は秋穂と反対側の隅に移動して手すりを掴んだ。

 反対の手を梨花の肩に回してギュッと押さえる。


『来たァアアアアアアアアア!』


 車掌が歓喜の絶叫を繰り出す。

 次の瞬間、電車がズゴゴゴゴォと派手に揺れた。

 本当に脱線事故が起きかねない揺れ具合だ。


「おい、もしかして……」


 窓の外を見る。

 案の定、線路に魔物の死骸が無数に転がっていた。

 京都駅に群がっていた魔物を轢き飛ばしたのだ。


『電車ってすげぇえええええええ!』

『鉄の塊やべぇ!』

『これならドラゴンにも勝てるんじゃねぇ?』

『地球人やるじゃん!』


 リスナーは電車の突破力に大興奮だ。

 ちなみにこいつら、少し前も玲二を見て喜んでいた。

 梨花の胸を揉めだの何だの色々と言っていたものだ。

 欲望に忠実な奴等である。


「よーし! 今日も死なずに済んだ!」


 秋穂が手すりを持つ手を緩めてガッツポーズ。

 玲二もホッと安堵している。


「今日もって言うけど、ぶっちゃけ脱線することってあるの?」


 俺が尋ねると、秋穂はすまし顔で「あるよー」と答えた。


「滅多にないけどね。まぁ脱線したらおしまいだよね? 仮に生きていたとしても魔物に包囲されるわけだしさ」


「だからこそスリルがあって楽しいねんなー!」


 これは玲二ではなく同じ車両に乗っていた違う男のセリフだ。

 どうやら俺たちの会話を盗み聞きしていたらしい。


「ほんまそれな! ジェットコースターじゃ味わわれへんほんまもんの興奮があるよなぁ!」


 男の仲間が同意し、彼らはガハハハと盛り上がっている。


「やべぇな関西人」


「私たちとは根本からして違うね」


 俺と梨花は狂気じみた関西のスタイルにガクブルするのだった。

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