033 玲二と秋穂

 俺たちは自転車を押したまま改札を抜けた。

 ホームで待っていた連中の一人が振り返る。

 それに釣られて他にも何人かが振り向いた。


 ただし、チラリと向くだけで大した反応を示さない。

 俺の顔を0.2秒ほど見たあと、梨花の顔を数秒見て、また俺を1秒ほど。

 最後に「釣り合ってねー」と言いたげな表情をして終わりだ。


(驚かれないところを見ると、余所者がいてもおかしくない環境なわけか)


 つまりホームにいる数十人は、全員が仲間というわけではない。

 数名規模のグループが一カ所に集まっているだけのこと。


「見かけない顔やなぁ」


「わざわざチャリを押してきたんか」


「てかあの子めっちゃ可愛いやん制服やし」


 コテコテの関西弁が飛び交っている。

 内容から察するに俺たちのことを話しているようだ。

 だが、向こうからは話しかけてこなかった。


『なんか主と話し方が違うじゃん』

『地球には色々な国があるらしいし他国の人間じゃね?』

『国は日本のままだろ、違う民族なだけで』

『ここの奴等はグイグイ来そうだな』


 リスナーは楽しそうに考察している。

 小銭程度だが「がんばれー!」とスパチャも降ってきた。


「なんかアウェー感あるね」と苦笑いの梨花。


「ここはもう関西圏だしなぁ」


 俺は誰に話しかけようか悩んだ。

 関西弁で四方から畳みかけられると脳がフリーズしそう。

 故に相手は少ないグループがいい。


「君らもペアで活動しているの?」


 そんな時、ありがたいことに声を掛けられた。

 男女の二人組で、声を掛けてきたのは男のほうだ。


「そうだよ。というか関西弁じゃないんだ?」


 それだけで親近感を覚える。

 梨花が言うところの「アウェー感」が薄れた。


「魔物が出る前は愛知に住んでいたからね、俺たち」


 ニッと笑う男。

 こちらに気を遣ってくれるいい人だ。

 しかし……。


(見た目の印象は真逆だからギャップがすごいな)


 外見だけ見ると、決して仲良くなれそうな気がしない。

 両耳にピアスをしているマッシュヘアで、田舎にはいないタイプだ。

 いかにも女に暴力を振るいそうな顔をしている。

 さらに息がヤニ臭くて歯が黄ばんでいた。


(人は見かけじゃないんだなぁ)


「俺たちは関東方面から来たばかりなんだけど、皆はここで何しているの?」


 俺の発言に、マッシュとその相方と思しき女が笑った。


「駅のホームで何をしているかって、そりゃ電車を待っているんだよ」


「電車? この時間に電車が来るの?」


『電車って何だ?』

『夜になると道路を走っている乗り物じゃね?』

『それは自動車とかクルマって呼ばれる奴じゃん』

『電動自動車の略で電車とか?』

『仮にそうだとしてこの場所で待つ意味は? 駐車場があるだろ』

『そもそもこの“駅”って何だ?』


 リスナーがまだ見ぬ電車を想像している。

 異世界では馬や馬車、魔法による移動が一般的だという。

 だから地球の乗り物に興味津々なのだ。


「びっくりだよなー。関西だと日中でも電車が走っているんだぜ。本数は少ないけど」


 男がスマホを見ながら「そろそろ来るよ」と言った。


「私のことは秋穂あきほって呼んでね」


「じゃあ私は梨花で!」


 俺とマッシュ野郎が話している間に、梨花も女と仲良くなっていた。


 女の外見は梨花と真逆だ。

 ライトブラウンのショートヘアで、服装は薄手のブラウスにスキニーパンツ。

 胸は小さく露出も少なく、絵に描いたようなボーイッシュ系である。


「そういえば名乗っていなかったな。俺は玲二れいじだ」


 俺は「涼真」とだけ言って玲二と握手を交わす。

 彼らが苗字を名乗らなかったので、俺もそれに倣った。


「俺たちのことを物珍しげにみていたけど、関東方面ってハンター制度がないんだっけ?」


 玲二が尋ねてきた。


「ハンター制度?」


「やっぱりないんだな」


 そう言うと、玲二は簡単に教えてくれた。


関西圏こつちでは魔物の討伐を生業なりわいとしている者のことをハンターって言うんだ」


「へぇ。自衛隊以外にハンターを倒す仕事があるわけか」


「自衛隊は魔物の侵攻を食い止めるので手一杯だし、警察は街の治安維持に駆り出されている。だから大阪や京都の魔物退治は一般人……つまりハンターが請け負っているんだ」


「わざわざ倒しているのか。東京の魔物は放置されていたはず」


 梨花に「だよな?」と確認すると、彼女は「だね」と頷いた。


「夜になったら勝手に消えていくからそれでいいと思うけど、関西圏を仕切っているのは古川市長だからなー」


 玲二はさらりと言ってのけるが、俺は古川市長が誰か分からなかった。


「古川市長って誰?」


「魔物が出るまで大阪市の市長だった人だよ」


「政治家がトップなのか」


「俺も大阪人じゃないからよく分からないけど、こっちじゃ古川市長の人気ってすごくてさ。この市長が『とりあえずやってみよう!』みたいなタイプなんだ」


「それでわざわざ魔物を倒すわけか」


「意味がないかもしれないけど、倒し続けていれば何かが変わるかもしれない……と考えているようだ」


「なるほど」


 奇しくもその考えは正しかった。

 魔物を地球から消し去る方法はひたすら倒し続けることだ。

 そうすれば、魔物は「この惑星は割に合わない」と判断して消えていく。

 ――と、異世界のリスナーたちが言っていた。


「そんなわけで、ハンターってのは慈善事業じゃなくて立派な仕事として成り立っているんだ。仕事だから報酬だってあるよ」


「ほぉ。詳しく知りたいな」


 俺と梨花には異世界の武器がある。

 魔物退治なら他の追随を許さぬ、いわば究極のスペシャリストだ。

 ハンターになれば関西圏での活動で良い思いができるかもしれない。


「それだったら――」


 玲二が説明しようとしたその時、電車がやってきた。

 アナウンスなどはなく、黙々と迫ってきている。


「――詳しくは乗ってから話すよ。ハンターに興味があるってことは、二人も大阪方面に向かう予定なんだろ? この電車は大阪行きだし無料で乗れるぜ」


「それは都合がいい。俺たちも電車に乗るとしよう」


 と言いつつ、俺は電車を見て驚いた。

 フロント部分に巨大なドリルが取り付けられているのだ。

 前方に魔物が現れたらそれで貫くのだろう。

 まるで鼻のようだった。


『すげー! これが電車か!』

『機械の怪物じゃねぇか!』

『デッケェ! 魔物かよ!』

『俺も乗ってみてぇ!』


 リスナーは初めて見る電車に大興奮。

 視聴者の数も順調に増えて2000人を突破している。

 昨日の配信はグダグダだったので、今日は面白い内容にしたい。


 そんなことを考えつつ、俺は電車に乗るのだった。

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