031 旅立ちの夜に

 杏奈と別れる時がやってきた。

 梨花も含めた三人で美濃松山駅に向かう。

 結局、到着したのは出発の数分前だった。


 貨物列車は既にホームで待機していた。

 自衛隊がフォークリフトを使ってコンテナを積んでいる。


 よく見ると1両目と2両目が見慣れた車両――客車になっていた。

 自衛隊は「貨車」と表現していたが、厳密には「混合列車」だ。


 俺たちはホームで最後の会話を行った。


「絶対に戻ってくるから、それまで死なないでね」


 杏奈が「絶対だからね」と念を押してくる。


「そっちこそ死ぬんじゃないぞ」


「そうだよー! 戻ってくるの楽しみに待っているんだから!」


 杏奈と梨花が抱き合う。

 それが終わると、杏奈は俺ともハグする。


「涼真、梨花のことよろしくね」


「任せろ」


「枢木さん、そろそろ」


 近くの自衛官が電車に乗るよう杏奈に促す。

 杏奈は「はい」と答え、電動自転車を押しながら電車の中へ。


「またね! 二人とも! 戻る時は連絡するから!」


 扉が閉まっても話す杏奈。


「おう! ちゃんと話し合って、そして戻ってこい!」


「こっちからも毎日連絡するから! 元気だよーって伝えるから!」


 俺と梨花は笑顔で手を振る。

 杏奈も明るい表情でそれに応えた。


 列車が音を立ててゆっくりと動き出す。

 その速度が次第に上がっていく、視界の彼方に消えていく。


「無事に帰れますように」


 俺たちの仲間・枢木杏奈がグループから離脱した。


 ◇


 小屋に戻った俺たちは寝る準備に入った。

 俺は布団を敷き、梨花は寝る前のストレッチを始める。


(さて、寝る前に武器を見繕っておくとするか)


 杏奈にダガーを渡したことで、俺たちの武器は梨花の大鎌しかない。

 これでは心許ないため、何かしらの武器を購入する必要があった。


 所持金は70万と少し。

 今までと違って選択肢はかなり広い。


(これだけあるなら……)


 色々と考える。

 そんな時、梨花が「ねぇ涼真君」と声を掛けてきた。


「どうした?」


 俺は布団の上で仰向けになり、スマホをポチポチしながら答える。


「杏奈が帰って二人っきりになっちゃったね」


「だなー。賑やかな奴が消えて静かだ」


「あはは」


 それで会話が終わる――はずだった。

 ところが、梨花は少し間を置いてから話し始めた。


「今日さ、ダイスジョーカーにやられて性欲が爆発したでしょ? 私」


「あれはすごかったな。あの時の杏奈と梨花は別人だったぞ」


「えへへ」


 目を瞑ると、淫らに乱れる二人の姿が浮かぶ。

 ムラムラを1週間ほど我慢した時の俺みたいだった。


「あの時ね、変な気分だったんだよね」


「そりゃそうだろうな。魔物の力で体がおかしくされていたんだから」


「そうなんだけどさ、そうじゃないの」


「……ん? どういうことだ?」


 チラッと梨花を見る。

 ストレッチを終えて、隣の布団に座っている。


「普段なら恥ずかしくてできないことが、魔物のせいとはいえできちゃって、それでなんか全てをさらけ出している感じがして気持ちよかったんだよね」


(実際、全てをさらけ出していたしな……)


 そうは思うが言わないでおく。

 代わりに「ほう」とだけ言って続きを促した。


「涼真君に対して、なんか積極的にイチャイチャしていたでしょ?」


「だなぁ」


 梨花は何が言いたいのだろう。

 やけにモジモジしていて、顔が赤くなっているが。


「ああいう私って嫌……かな?」


「そんなことないよ。梨花は梨花だし、それに……」


「それに?」


「俺はいい思いできたからね。二人が競い合うように服を脱いでくれたおかげで、俺の両目は歓喜の涙を流しそうだったよ」


 そう言って梨花に向かってニヤリ。


「なんかいやらしい言い方だ! もー!」


 と言いつつ、梨花は距離を詰めてきた。

 そしてすぐ隣で横になり、俺の胸を右手で撫でてくる。


「あのね、その、涼真君は嫌じゃなかったみたいだし、私も嫌じゃなかったし、それにほら、杏奈も帰っちゃって二人になっちゃったし……」


 ここでようやく、俺は梨花の言いたいことが分かった。


「もしかして、梨花……?」


 梨花はコクリと頷いた。


「分かった……! だがちょっと待ってくれ……!」


「え?」


「解説サイト詳しい方法を調べてくる。いかんせん未経験なんでな」


 梨花はブッと吹き出した。


「そんなことしなくていいよ! 私も経験がないから分からないし、お互いに初めてってことで上手くいかなくてもいいじゃん!」


「梨花がそれでいいなら……。それにしてもえらく積極的だな。まだダイスジョーカーの効果が残っているのか?」


「そうじゃないけど、奥手のままだったら杏奈に負けちゃうからね」


 ハッとする。

 杏奈とのキスを見られていたようだ。


「まさか見ていたとは」


「これで結構、嫉妬深い女なんです、私」


 そう言うと梨花は、俺の頬をつついてきた。


「だから杏奈には悪いけど、私はこのチャンスをモノにするもん!」


 ◇


 翌朝。

 目を覚ましてすぐ、体を起こそうとしたところで気づく。

 右腕に全裸の梨花が抱きついていた。

 かくいう俺も裸である。


「そうか、昨夜は梨花と……」


 左手でスマホを取って時間を確認。

 現在9時27分。

 寝るのが遅かったにしては早起きだ。


「梨花、朝だぞ」


 このままでは服を着られないので梨花を起こす。


「おふぁよぉ、涼真君」


 梨花はウトウトしながらも目を開ける。

 チュッと頬にキスしてくれた。


「恋人みたいだね、私たち」


「だな。杏奈に一歩リードしているぞ」


「やった!」


 梨花が起き上がって服を着る。

 俺もそれに続きたいが、忘れる前に武器を買うことにした。


「買う前に相談したいんだがいいか?」


「どうしたの?」


「今回は2枠のDランク武器を買おうと思うんだ」


「おー! ずいぶんと思い切ったね! 高いんじゃないの?」


「武器本体が40万で、OPスフィアが1個20万」


「スフィアも2個買うわけだから、合計で80万もするじゃん!」


「今の手持ちは70万だから、とりあえずスフィアは1個の予定だ」


「涼真君が判断したことならそれでいいと思うけど、どうしてそんなに高い武器を買うの? Dランクの武器だとドラゴンには歯が立たないんでしょ?」


 梨花は服を着替え終えた。

 すると今度は、裸の俺に服を着させ始める。

 不慣れな手つきでパンツを穿かせてくれた。


「たしかにドラゴンが相手だときついか、その一つ格下――Bランクくらいなら倒せるはずだ。激戦区を通過する際に何かと役に立つかと思ってな」


「なるほどねー。ボス戦も想定しているならリスナーが教えてくれた【死の波動】は使えないね。あれってボスには通用しないんでしょ?」


「だから1枠目は【雷霆】にするつもりだ。使い慣れているOPだし、スタンが優秀だからボス戦でも善戦できるはずだ」


「いいと思う!」


「よし、じゃあ武器と【雷霆】スフィアを買おう」


 先にスフィアを購入し、それから武器を検討する。

 服を着させてもらいながら悩んだ結果、脇差わきざしを買うことにした。

 Dランクなので、武器本体にも多少の殺傷力を期待したい。


「脇差だからてっきり短いと思ったが普通に長いな」


 刀身の長さは60センチ。

 俺の想像が30センチだったので倍だ。


「でも長すぎなくていい感じじゃん! 大鎌よりも振り回せる!」


「だなー。それほど重くないし、早くも手に馴染んでいる」


 小屋の中で何度か素振りしてから刀を消した。


「ボス戦になったらFランク武器との差を実感できるはずだ」


 ランクが上がったことでどのくらい変わるのか。

 今から楽しみだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る