029 南濃町松山の駐屯地

 20時になるまでカフェで過ごした。

 朱里や梨花、あと異世界の視聴者たちと駄弁りながら。


「時間になったし移動するか」


 外は暗く、魔物もゲートに帰った後だ。

 もはや面白味に欠けるので配信は切っておくことにした。


「うお」


「どうしたの? 涼真君」


「広告収入がかなりあってな」


 なんと約27万ptもあったのだ。


「めっちゃ多いじゃん! 所持金も70万ptを超えているし!」


 杏奈はスマホを見ながら言った。


「すごーい! どうなっているの!?」と梨花。


「今回は視聴者数が多かったからな。最大で3000人以上いたし」


 広告収入は総視聴時間に応じて付与される仕組みだ。


 総視聴時間とは、全リスナーの視聴時間を合計したもの。

 例えば10人のリスナーが20分したら、総視聴時間は200分になる。


「レートは異世界人にも分からないんだっけ? 何分で何ポイント入るとか」


「そう言っていたけど、俺はレートを割り出したぜ」


「マジで!?」


「たぶん総視聴時間1分につき1ptだ」


 異世界人に比べて、俺たち日本人は数学能力が高い。

 だから、データが幾つかあればそれなりに的を絞ることができる。


 特に今回のケースは、配信時間が分かっているので簡単だ。

 平均視聴者数さえ判明すれば、総視聴時間を導き出せる。


「俺の直感だが、平均視聴者数はたぶん500人ほどだ」


 ダイスジョーカーが現れた頃は3000人ほどの視聴者がいた。

 しかし、カフェで駄弁るようになった頃からガクッと減少。

 カフェで過ごす時間が大半だったことを考慮すると約500人が妥当だ。


「涼真君は賢いなぁ」


 感心したように俺を見る梨花。


「学校の成績は私らより低かったよね?」と杏奈。


「能ある鷹は爪を隠すものさ」


「いや内申点に影響するんだから隠しちゃダメでしょそこは」


 杏奈のツッコミに、梨花が「そうだよー!」と笑った。


 ◇


 夜の立田大橋に到着。

 案の定、自衛隊は引き上げた後だった。

 俺たちは堂々と橋を渡って南濃町松山を目指す。


「それにしてもすごい数の車だなぁ」


「みんな名古屋市や豊田市に行くんだねぇ」


 トラックやバスの車列が止めどなく走っている。

 その大半が電動自動車だった。


「夜は彼らに任せるとして――」


 俺は前方を指した。


「――俺たちは休ませてもらうとしよう」


 20時30分頃、ついに目的の南濃町松山に到着した。


「なんかアプリで観た景色と全然違うね」と杏奈。


「ここまで変わっているのは初めてだな。甲府以上だ」


 以前の南濃町松山は、住宅街と農地で分かれていた。

 しかし、今は農地があった場所にプレハブ小屋が並んでいる。

 災害時に建てられる仮設住宅を彷彿とさせる光景だ。

 ネットの情報だと、プレハブ小屋のエリアに大浴場や大食堂もある。


「まずは寝床となる小屋の確保だな」


「手続きしないとダメなんだよね?」


「そのはずだけど、どこで受付しているんだ?」


 パッと見た限りでは分からない。

 多くの自衛官が楽しそうに過ごしているだけだ。


「すみません、プレハブ小屋を借りたいのですが……」


 とりあえず近くにいた若い男の自衛官に尋ねた。


「それなら美濃松山駅に行くといいよ。この道を真っ直ぐ進んで、あそこのテントで右に曲がると着くから」


「ありがとうございます!」


 礼を言って駅に行く。

 発券機の傍に受付所があった。

 といっても、イベント用の簡易テントだ。

 そこに安っぽい木のテーブルがあり、女性の自衛官がいた。

 真剣な顔でノートパソコンを操作している。


「あのー、少しいいですか?」


「はい、住居の一時利用申請ですか?」


「そうです」


「ではこちらに用紙にご記入ください」


 専用の申請用紙とペンを渡された。


(このご時世でも紙を使うんだな)


 魔物の出現意向、紙の希少価値がグッと上がった。

 可能な限りデジタルで済ませて消費を減らしている。


「えーと、どれどれ……」


 用紙に目を向ける。

 項目は本人と親族の名前、生年月日、魔物が出現する前の住所など。

 親族は存命中もしくは生死不明の者のみ、2等親まで記載とのこと。


(変わった項目だなぁ)


 俺たちは順々に書いていった。

 俺と杏奈は親族の欄に両親の名前を書く。

 杏奈に至っては祖父母の名前も書いていた。


「最後は私だね」


 梨花は無表情で用紙に記入する。

 親族の欄は「なし」と書いた。


「梨花……」


 杏奈が辛そうな表情をする。

 それを見て受付の女性自衛官も察した。


「大丈夫だよ。もうだいぶ前のことだから」


 梨花は「元気!」と微笑んだ。


「強いな」


 そう呟くと、三人分の用紙をまとめて自衛官に渡した。


「こちらが家の鍵になります」


 家の鍵が一つ、テーブルに置かれた。

 さらに、「南濃町松山での過ごし方」と書かれたA4用紙も一枚。

 部屋や浴場、食堂の使い方などの説明が書かれている。


「その用紙にはここでのルールが書いています。必ず内容を確認するようにしておいてください」


「わかりました、ありがとうございます」


 特に問題なく家を借りることができた。


 ◇


 俺たちのプレハブ小屋はファミリー用だった。

 20帖ほどの広々としたワンルームで、設備は小さな洗面台とエアコンのみ。

 家具の類は一切なく、部屋の角に4組の布団が積んである。

 別の角には数枚の雑巾と雑巾用ワイパーが立てかけてあった。

 コンセントが4口もあるので、皆で自転車のバッテリーを充電しておく。


「で、過ごし方の紙には何か気をつけることでも書いていた?」


 杏奈が布団を敷きながら尋ねてくる。


「特にないかな。普通にしていれば大丈夫だ。ただ、利用できるのは今日だけらしい」


「明日になると出ていかないとダメなわけね」


「厳密には二日目以降もいていいんだけど、その場合は1日6時間のボランティア作業に参加する決まりなんだとよ」


 部屋の清掃や食堂・浴場の管理がボランティアの仕事だ。

 ボランティアという名称からもお察しの通り給料はでない。

 特典といえばここで過ごせて食堂や浴場を無料で利用できることだけ。


「なるほどねー! そんじゃ、大食堂でワイワイご飯を食べたらお風呂に入って寝るとしますかー!」


 俺と梨花は「おー!」と手を挙げた。


 ◇


 大食堂には数百人の自衛官がいた。

 その一方で、一般人は数えるほどしかいない。

 この場所が原則として自衛隊用であることがよく分かる。


 食事中は近くにいた自衛官と話した。


「見ない顔だけどどこから来たの?」


 と、声を掛けられたからだ。


「愛知のほうです」


「本当かい? 魔物の数が相当だったろうにすごいな」


 ここで「皆殺しにしました」と言えば面倒なことになる。

 甲府の時のような展開はごめんなので嘘をついた。


「モールで隠れていました。たぶん奥の方にいたから魔物も気づかなかったみたいで」


「なるほどなぁ。運がよかったねー」


 そんな他愛もない会話が終わると大浴場へ。

 残念ながら混浴ではないため、杏奈たちとはそこで別れた。


 ――――……。


「ぷはぁ! 気持ちよかったぜぇ!」


 入浴を終えて小屋に向かう。

 大浴場も自衛官だらけで、俺は明らかに浮いていた。

 だが、本格的な石造りの風呂を堪能できたので気にしない。


「ん?」


 借りている小屋が見えたところで足を止める。

 扉の前に数人の自衛官が立っていたからだ。


(明らかに俺たちのことを待っているな……)


 近づいたら声を掛けられることは間違いない。

 それでも俺は――。


「らららーらりるれろー♪ はひふーへほー♪」


 自作の歌を口ずさみ、何食わぬ顔で家に入ろうとする。

 その結果――。


「城ヶ崎涼真君だね?」


 案の定、自衛官に止められた。


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