028 足止め

 ダイスジョーカーの危機は去った。

 12時過ぎ、俺たちは満を持してモールを発った。


 目的地は岐阜県の南濃町松山。

 ここ愛知県蟹江町から行くには、道中で川を渡る必要がある。

 そのための橋――立田大橋たつたおおはしに向かった。


「いやー、【死の波動】があると快適だねぇ!」


 杏奈が手放し運転を披露する。


「日中にこれだけ移動できるのって私たちくらいだよね! 涼真君のおかげだー!」


 梨花はしっかり両手でハンドルを握っている。

 ただし、体を左右に揺さぶっていて、それはそれで危なっかしい。


「武器を自衛隊に供与できたらいいのになー」


 俺は数秒に1回の頻度で【死の波動】を発動。

 その度に、どこからともなく魔物の悲鳴が響いた。


「知らないところを自転車で走るのっていいねー!」


 梨花の言葉に、俺と杏奈も同意する。


「電動自転車だから快適だしな」


「高いだけの価値はある!」と杏奈。


 軽快に自転車を漕ぎ続ける俺たち。

 リスナーものんびりと田舎の風景を楽しんでいる。

 ただし、スパチャは伸び悩んでいた。

 自転車を漕いでいるだけなので仕方ない。


「む? 露骨に敵の数が増えだしたな」


「どこかにゲートがあるのかな?」と梨花。


「かもなぁ」


 目的地の立田大橋まであと僅か。

 その頃になると、もはや道路で埋め尽くされていた。

 とはいえザコばかりなので、【死の波動】で容易に蹴散らせる。


「アレだな、立田大橋」


 いよいよ橋が見えてきた。

 河川敷で自転車を止め、皆で立田大橋に目を向ける。


「うわー、すごい数の魔物!」


「見て見て、自衛隊もたくさんいるよ!」


 立田大橋には自衛隊が展開していた。

 戦国時代さながらの弓術で魔物の侵攻を防いでいる。

 矢の雨を突破してきた敵には刀で斬りかかっていた。


 それが第一防衛ラインだ。

 突破された場合、中州を挟んで伸びる長良川ながらがわ大橋が第二防衛ラインになる。

 ここには銃火器を持った部隊が展開していた。


 驚くことに、そこを突破された後の備えまである。

 岐阜県海津かいづ市の南端・油島あぶらじまに架かる油島大橋が最終防衛ラインだ。

 その橋を渡った先には戦車などの軍用車両が固まっていた。


 三つの橋と中州、油島の合計距離は約2km。

 かなり長い戦場だ。


「あの様子だと立田大橋を渡るのは無理だな」


「魔物を皆殺しにして突破すりゃいいじゃん!」


 杏奈の意見に梨花が頷く。

 リスナーも同意していた。


「それは避けたいんだ」


「なんで?」


「ボスが出そうじゃん」


「あっ……!」


 経験上、ザコを皆殺しにするとボスが出てくる。


「ボスがミノタウロスキングみたいな弱い奴ならいいけど、ドラゴンやダイスジョーカーみたいに現状の戦力では太刀打ちできないタイプだときつい。自衛隊に被害が及んでしまうからな。下手すりゃ自衛隊が壊滅して周辺の住民に被害が出るかもしれない」


 御殿場駅の戦いで学んだことだ。

 あの時はミノタウロスキングを放置して自衛隊に迷惑を掛けた。

 同じ轍は踏まないでおきたい。


「たしかに……そりゃここで暴れるのは危険だね」


「私も涼真君の意見を聞いて考えが変わった! ここでの戦闘はダメ!」


 杏奈と梨花が理解を示す。


『そうか、地球は魔物に対する戦力が低いんだったな』

『ただ戦うだけじゃなくて全体のことを考えるのは評価できる』

『派手な映像が欲しくて安直に戦う配信者が後を絶たないもんな』

『やっぱり地球人は賢い』


 リスナーも俺の考えを支持した。

 ここでも『賢い』という評価がもらえて嬉しい。


「別の橋から渡ろう。橋はここ以外にもある」


「「了解!」」


 俺たちは1時間ほどかけて河川敷を移動。

 そうしていくつかの橋を見たが――。


「ダメだな、どこもドンパチしている」


 魔物がいかに多くても橋の幅がボトルネックになる。

 だから自衛隊としては橋の上で魔物の侵攻を止めたいのだろう。


「どうする? もう15時になるけど」


 杏奈がスマホを見ながら尋ねてくる。

 俺たちは立田大橋の傍まで戻ってきていた。


「夜まで適当に過ごすか」


 魔物がいなくなれば、自衛隊も撤退するだろう。

 そうなれば迷惑を掛けずに橋を渡ることが可能だ。


「ならお昼にしよーよ! 私もうお腹ペコペコ!」


 梨花がお腹をさする。

 俺のお腹もぐぅぐぅと鳴っていた。


「引き返して道中にあったカフェに行くか」


「カフェ? 行っても食材は残っていないと思うけど」


 不思議そうにする杏奈。


「でもメシを食うスペースがあって、運がよければ蛇口直結型の情すきもあるはずだ」


 俺たちは道路に出て、名古屋市方面に向かった。

 広大な畑に挟まれた広めの車道を自転車で進んでいく。

 10分ほどして目当てのカフェに到着した。


「実は通りがかった時に入ってみたかったんだよ、この店」


 杏奈と梨花が「分かる!」「私も!」と共感する。


 そのカフェは明らかに場違いだった。

 高級感の漂う三階建てで、東京の白金にありそうな雰囲気がしている。

 周りには畑しかないのに、どういうわけか洒落たテラス席がある始末。


 俺たちがそうであったように、通りがかった人間は気になるだろう。

 結果、店内は当たり前のように荒らされており、冷蔵庫も空だった。

 それでも蛇口直結型の浄水器があって、席自体は綺麗なままだ。


「ふぅ、疲れたぜ」


「私の足が! 筋肉痛で悲鳴を上げている!」


「涼真君とイチャイチャせいで私もヘトヘト!」


 窓際のテーブル席に座った。

 全面ガラス張りで、外の田んぼがよく見える。


「「「いただきまーす!」」」


 リュックから食糧を出して遅めの昼食タイム。

 時間が経つにつれてフロア内の温度が快適になっていく。


「お高そうな見た目の通りエアコンの質も高いようだな」


「ねー!」


 ホッと一息ついたことで体が回復する。

 温かいメシが食いたい、などと贅沢なことを思い始めた。


「今日は夜までここで過ごす感じ?」と杏奈。


「それでいいんじゃないか。快適だし。夜になったら橋を渡って南濃町松山に行けばいい。ということで、今日の配信はこれにて――」


「ぬおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺の言葉を遮るように、外から人の声が響いた。


「なんだ?」


 皆で窓の外に目を向ける。


「もっと飛ばせ理子君! このままだと追いつかれるぞ!」


「だから荷物は最小限にしましょうって言ったじゃないですかぁぁ!」


 声の主は朱里と理子のコンビだった。

 理子がアクセル全開で電動スクーターを飛ばしている。

 朱里はリヤカーでくつろぎながら応援していた。

 荷物が多くてスピードが全然出ていない。


「「「グォオオオオオオオオオオ!」」」


 そんな二人を魔物の群れが追いかけている。


「お! そこにいるのは涼真! それに美女たち!」


 朱里がこちらに気づいた。

 必死な理子と打って変わり、彼女は余裕そうにしている。


「こんなところで会うとは運命!? それとも仕組まれた必然!?」


 笑顔で手を振ってくる朱里。


「危機感の欠片もない女だな……」


 俺は苦笑いで頭をペコリ。

 杏奈と梨花もそれに続いた。


「ところで涼真! あの夜、何故私の部屋に来なかった! 私は裸でずっと待っていたというのに! そのせいで風邪を引いたではないか!」


 大声で叫ぶ朱里。

 どうやら甲府のバーで会った日のことを言っているようだ。


「裸になって私を追い出したのはそういうことだったんですか!?」


 理子が驚いている。


「あの夜ってなに!?」


「裸でどういうことなの涼真君!?」


 杏奈と梨花に詰められる。


『おい! そういうのは配信中にやれよ!』

『なに配信外でよろしくやってんだよ!』

『幸福のお裾分けをしようって精神はないのか!』

『このモテモテ野郎! やることやってんじゃねぇか!』

『羨ましすぎるだろチクショー!』


 リスナーも盛り上がっている。


「いやぁ、その、なんと説明すればいいのやら……」


 困惑する俺。


「まぁいい! また今度、あの夜の続きをしよう! さらばだ諸君!」


「皆さんさようならー! またどこかでぇ!」


 朱里と理子は、魔物を引き連れたまま去っていった。

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