020 モババの仕様と貨幣制度
俺は何度となく関口のスマホをモバイルバッテリーにかざした。
それでも結果は変わらない。
試しに秦野や他の連中のスマホでも試したがダメだった。
「このモバイルバッテリー、ついにイカれちまったのか?」
誰も答えられない。
全員が「どうしたものやら」と言いたげな表情をしていた。
『壊れることはないから、ただ条件を満たしていないだけだろう』
閑散としているコメント欄が動いた。
俺の知恵袋ことルーベンスだ。
「条件って?」
「ん? 城ヶ崎君、誰と話している?」
俺の発言に驚く秦野。
「たぶんリスナーだと思います。涼真の視界には異世界人のコメントが見えているので!」
杏奈が代わりに答える。
「そういえばさっきそんなことを言っていたな」
「いかん、理解が追いつかん……」
秦野たちは複雑怪奇な顔をしている。
母親から唐突に「15892を137で割ると?」と問われた時の俺みたいだ。
ちなみに答えは116である。
『アプリは誰にでも授けられるわけではない。条件を満たしている者のスマホにのみインストールできるんだ』
俺はルーベンスのセリフを皆に伝えた。
「その条件とは?」
秦野が尋ねる。
『一つはモバイルバッテリーの所有者、つまり主が性的に惹かれる相手でなければならない』
「――と言っています」
「んな馬鹿なぁ」と、関口は机に突っ伏した。
「私らって涼真のお眼鏡にかなったわけ!?」
「なんだか嬉しいなー、涼真君に認められたみたいで!」
杏奈と梨花はニコニコしている。
「条件は他にもあるんだろ? 『一つは』って言ったし」
俺は先を促した。
『もう一つある。それは主が自分の意思で能力を授けたいと思わなければならないということ。誰かに強制されるなどした場合は、たとえ性的に惹かれる相手でも反応しない』
つまり、美人な自衛官を連れてきても意味はないということ。
「すると……我々は君らの武器を使うことができず、また、武器を入手する機会も与えてはもらえないということか」
秦野が残念そうな顔で話をまとめる。
俺は「そうみたいです」と頷いた。
おそらく今、俺と秦野は同じ事を思っている。
誤算だったな、と。
俺にとってはありがたい誤算だ。
この展開であれば、自衛隊は為す術がない。
秦野からすると嬉しくない誤算だ。
「どうにもならないのかな? 他になにか、例えばモバイルバッテリーの所有権を別の人間に移すとか」
諦めきれない様子の秦野。
『無理だ。モバイルバッテリーは最初に使用した者が所有者であり、それを変更することは
こう言われると、流石の秦野も諦めるしかなかった。
もしもゲームなら、次の展開は勧誘だろう。
特別隊員として自衛隊でその力を振るわないか、と。
だが、現実は違っていた。
「時間を取らせて悪かった」
秦野は会話を切り上げ、勧誘することなく俺たちを解放したのだ。
特殊な力を持つ若造に加入されても鬱陶しいだけなのだろう。
自衛隊は組織力が命だから、輪を乱しかねない人間は必要ない。
「それでは失礼するよ」
秦野が関口以外の部下を連れて出ていく。
「ごめんね、ここまで来てもらったのに」
関口が謝ってきた。
「いえいえ、気にしていませんよ」
秦野の態度は無礼に感じるが、悪気がないのは俺にも分かる。
なので、取り立てて腹を立てることはなかった。
「大したお礼はできないが――」
関口は懐から長財布を取り出した。
そこから1万円札を6枚抜いて渡してくる。
「――ウチの隊を助けてもらったことと、ここまで付き合ってもらったお礼に受け取ってほしい」
「気持ちは嬉しいですけど、貨幣制度が崩壊した現代で金なんか貰っても……って、ん?」
万札を見て気づいた。
透かしの部分に「甲府自衛隊」の公印が押されてある。
「たしかに貨幣制度は崩壊したが、山梨と長野に関しては復活している。その公印が押されたお金に限っては、魔物が現れる前と同じように使用できるよ」
「マジっすか!?」
「「ほんとに!?」」
杏奈と梨花も食いついた。
「諸々の都合で紙幣オンリーだし、物価も以前とは異なるけどね。総じて前よりも安くなっているから、それだけあれば数ヶ月は働かずに過ごせるだろう」
「すげー」
今すぐにでも金を使いたい。
俺はそう思ったし、杏奈と梨花の顔にもそう書いていた。
それが伝わったのかは不明だが、関口は話を切り上げた。
「では私も失礼するよ。またどこかで会ったらよろしく」
足早に会議室を出る関口。
部屋の扉が閉まるなり俺は言った。
「夜の街を探索しようぜ! この金を使ってさ!」
「「賛成!」」
21時30分。
これまでなら眠りに就いている時間帯。
俺たちはヘトヘトの体に鞭を打って飛び出した。
◇
甲府の発展具合は俺たちの想像を超えていた。
商店街は活気に包まれ、とんでもない数の人が行き来している。
そこから少し離れると、あちらこちらで建設工事が行われていた。
「とりあえず何か食おうぜ」
「だねー」
「私もうお腹ペコペコだよぉ」
ということで、マックンドナルド――通称「マック」に入った。
世界で最も有名なハンバーガーチェーンだ。
「懐かしい匂い!」
「マックの匂いだー!」
杏奈と梨花は店に入るなり大興奮で香りを楽しんでいる。
彼女らほどマックの経験がない俺は落ち着いていた。
(やっぱりマックは若い奴が多いなぁ)
マックの客は子供連れの家族や同年代の人間が多い。
20代後半から30代が主流の個人経営ぽい居酒屋とは大違いだ。
「いらっしゃいませ、店内でご飲食ですか?」
受付のお姉さんが尋ねてくる。
俺は「はい」と頷いた。
「私ダブルチーズバーガーとコーラ! あとMサイズのポテト!」
最初に注文したのは杏奈だ。
「私はマックフィッシュバーガーと牛乳でお願いします!」
「俺はこのビックリマックとナゲット、飲み物はコーヒーで」
魔物の出現前に使われていたメニューを見ながら頼む。
「かしこまりました。以上で3枚になります」
「へ? 3枚って?」
首を傾げる俺たち。
「引換券3枚です」
「引換券?」
「なにそれ?」
関口の話だと現金が使えるはず。
引換券などという単語は一度も出てこなかった。
『引換券って何だ?』
ルーベンスも疑問に思っている。
その他数名の視聴者は何も言わない。
「もしかして甲府に来られたばかりですか?」
お姉さんが聞き返してくる。
俺たちが頷くと、引換券が何か教えてくれた。
「なるほど、そういう仕組みだったか!」
数分の説明で完全に把握した。
引換券は1000円以下の物を購入する際に使われるチケットだ。
価格は30枚で1000円。
全ての店舗で共通しており、交換した店舗以外でも使用できる。
飲食店の場合、1食につき引換券1~2枚が相場だ。
マックだと1セットにつき1枚を要求される。
セット内容は、バーガー1つ、ナゲットかポテトのどちらか、ドリンクだ。
バーガーの種類やポテト、ナゲットのサイズは不問である。
「30枚で1000円ってことは1枚あたり30円ちょっとなわけで……」
「それで1セットってめちゃくちゃ安いじゃん!」
杏奈が鼻息を荒くする。
梨花も「すごーい!」と感動していた。
「1日3食としても3000円ありゃ1ヶ月は過ごせる。その他の出費もあるが、6万もありゃ数ヶ月どころか1年近くニート生活を送れるぞ!」
今さらになって、関口の謝礼6万円がとんでもない大金だと分かった。
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